ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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 いつの間にか個性的なのは千夜だけかと思ってたけど、他の面々も彼女同様濃い方なようだ。悪い人ではないと断言できるけど、なんだか不思議な感覚である。面倒事が嫌いな私が、係わりたくないと思わないのだから。

 

「シスターコンプレックスはともかく、私はお姉ちゃんの妹みたいなものだから、みんなも私と仲良くしてね?」

 

 こちらに質問が飛んできたら厄介だ。話を変えるために私は笑顔を浮かべて言う。ココアがそれに満面の笑みを浮かべて応じた。

 

「うん! 私のこともお姉ちゃんって呼んでいいんだよ?」

 

「ココアちゃん……いい加減に手を離してくれない?」

 

 未だに繋がった手がブンブンと振られ、私は呆れながら言った。元気な彼女が何かする度に手も連動して動き、微妙に疲れてしまう。

 

「あっ、忘れてたよ」

 

 パッと手を離すココア。忘れてたのね。わざとかと思ってたのに。

 

「相変わらず妹のことになると我を忘れますね」

 

「私シスターコンプレックスだから……嗚呼、それも過去の名だね」

 

 何故そこでシリアス調になるんだと言ってやりたい。

 

「ココアさん。そろそろお店に行かないといけません」

 

「え? もうそんな時間……って本当だ! 早くしないとチノちゃんのお父さんに迷惑かかっちゃうね」

 

 ココアは時計を見ると、その場で慌てて足踏みをする。チノがやって来てから10分は経っていた。それほど時間が経っていないように思えるが、チノが言うには彼女の働く喫茶店はここの近く。この僅かな時間でも結構響いてくるのだろう。10分もあれば着替えたり、準備もできるし。――って、そういえば。

 

「ココアもチノと同じ場所でバイト?」

 

「うん! チノちゃんの家に下宿させてもらってるから、そのお礼にご奉仕、って」

 

 ほう……下宿。チノみたいな子がいる家に下宿。それも喫茶店。若い時、青春真っ盛りな時期にそんな体験ができるとは羨ましい限りである。私も私で現在おいしい状況ではるのだが。和服美人の大和撫子と同居――これであのおばあちゃんがいなければ、小躍りしているレベルの幸運だ。

 元気よく答えるココアを前に、私は一人頷く。

 

「そっか。それなら行く理由が増えたかな。友達二人に会えるし」

 

 美少女二人だし。

 笑顔の裏で私は密かに付け足す。

 

「チノちゃん、サヤちゃんと友達になったの? よかったねー」

 

「……早く行きますよ。お邪魔しました、千夜さん、サヤさん」

 

 ぺこりと頭を下げて、足早に店から出て行くチノ。ほんのりと頬を赤らめて、逃げるように退店する彼女はとても可愛らしかった。恥ずかしがり屋さんなんだなぁ、と微笑ましい気持ちになってしまう。

 

「あ、チノちゃん! じゃ、またね二人とも。よかったら遊びに来てね」

 

 手を大きく挙げてチノを追うココア。姿が見えなくなるまで彼女の印象は変わらず、背中ですら元気そうだと思わせる雰囲気があった。彼女のような人をムードメーカーというのだろう。一緒にいて飽きなそうだ。

 

「……さて。私もお仕事しようかしら。サヤちゃんはどうする?」

 

 伸びをし、小さく息をもらした千夜はこちらを横目で見やる。彼女からの視線を感じ、私は咄嗟に目線を上へ。危ない。つい胸を凝視してしまった。これでは思春期の男性ではないか。いやでも、スタイル抜群で大人っぽい彼女が、制服姿で伸びをしているのだ。見ざるを得ないというもの――ってこれもなんか駄目だ。語れば語るほど駄目人間になっているような気がする。

 

「私は休んどこうかな。今日は頑張った」

 

 掃除の割合が多いけれど、頑張ったのは事実だ。疲れたのもまた事実であって、ずっと立ちっぱなしなのはニート生活をしていた私には堪えた。もう今日はこのままベッドインしたいくらいである。

 きっぱりと自分で頑張った宣言をする私。千夜は面白そうに笑い、口元に手を当てた。上品で、それでいて嫌味のない仕草だ。彼女によく似合っているからそう思えるのだろう。

 

「ふふ。じゃあ、おばあちゃんに言ってから着替えて上がりね」

 

「ん。了解」

 

 頷いて、私は千夜へと一歩近づく。そして頭をずいと突き出した。

 

「どうしたの?」

 

 私の行動の意図が分からないのだろう。頭上から、きょとんとした様子の声がかかる。頑張った宣言と同じく、私は恥ずかしげもなく自分の要求を口にした。

 

「撫でて、お姉ちゃん」

 

「あ、そういうこと」

 

 ポンと手を打つ音。合点がいったらしい。少しして、千夜の手が私の頭に触れる。

 昔とあまり変わらず、小さくて、頼りない手。だけども心地よい感覚だった。なんでだろう。両親からやられると恥ずかしくて仕方ないのに、千夜だとそんな気持ちもないのだ。ただ心地よくて、素直に甘えていられる。撫でられたのも会ったのも結構昔なのに、この感覚はよく覚えている。お姉ちゃんとはやはり偉大なものだ。

 目を閉じ、撫でられる感覚をしっかり味わう。髪が乱れない程度の優しい手つき。かすかに漂う千夜の香り。いい……この甘えているという実感。心地よくて駄目人間になりそう。

 

「――こうしていると、サヤちゃんに会った時のことを思い出すわ」

 

「昔だし、期間も短いのに覚えてるものなの?」

 

 目を開いて上を見てみる。千夜は私の頭を丁寧に撫でながら、懐かしむように目を細めていた。

 

「覚えているわよ。私の妹のことだし」

 

「……なんかお姉ちゃんから妹って言われると照れくさいね」

 

「サヤちゃんからそう呼ばれてる時、私も同じ気持なのよ」

 

「ほう。じゃあ両想いということですな」

 

「ふふ、そうね」

 

 互いに笑い合う私達。最後に一撫ですると千夜は私の頭から手をゆっくりと離した。

 再会したばかりだというのに、こんなふうに冗談を言い合えるとは。本当に両想いなのかもしれない。なんちゃって。

 

「はい、おしまい。明日また頑張ったらしてあげるわ」

 

「本当に? よーし頑張っちゃうぞ」

 

 ――今思ったけど、私って大人だよね?

 なんで頭を撫でられるくらいでこんなやる気が出るのだろうか。冷静になってみると、ここ数分精神が幼くなっていたような。

 

「さぁ、頑張って休もうかな」

 

 まぁ考えていても仕方ないことだろう。私は思考を放棄し、肩を回す。

 千夜から頭を撫でてもらえるなんて、きっと誰でも喜ぶご褒美だ。私がやる気を出してもしょうがないと思う。うん。今回はそういうことにしておく。

 

「うん。頑張って、サヤちゃん!」

 

 見当違いなことで頑張ろうとする私を、笑顔で見送る千夜。きっとシャロがいたらつっこまれてたんだろうなぁ、なんて思いつつ私は千夜へ笑顔を返して、厨房へと向かった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 で、それから少しして。

 休む予定だった私は、とある店の前に立っていた。

 

「ここがラビットハウス……」

 

 ラビットハウス。あのチノと、ココアが働いているという喫茶店だ。

 外観は至って普通の喫茶店、といった感じ。白い壁に、窓やドアは木製。特に目立ったものは見つからない。そこら辺に並んでいる家々と変わらず、なんだかひっそりとした印象である。

 店の前には小さな花壇や、椅子の上に置かれた植木鉢など、割と色豊かなコーディネート。なのにこう落ち着いて見えるのは、おそらくお店側のこだわりか何かなのだろう。なんとなく、ゆっくりできそうな気がしてしまう。

 じっくり見れば見るほど、しっかりしたお店に見えてくる。

 そしてお店のドア近くに提げられた金属製の看板。これがまた洒落ていていい。カップとうさぎ、そして周りには葉っぱのようなデザインの装飾が。ここがラビットハウスだと一目で分かるデザイン。そして森の茶会……そんな童話チックなイメージが頭に浮かぶ。

 メルヘンチックな落ち着いたお店。現実(朝から夕方までの労働一回)に疲れた私にはぴったりだろう。

 日給だと5千円を貰って、すぐ来るのはどうかと思っていたけど……その迷いも吹っ切れた。こんな素敵な喫茶店、入らねば損だ。

 

「よし入ろう」

 

 私は意気込み、入り口のドアノブを捻る。

 いざ、ラビットハウス――!

 

 

 


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