ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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 カランカランと音。ドアを開くとどこかで聞いたようなベルが鳴り、私の来店を告げる。

 ラビットハウスの中は『どこかで見た』と思わせる、喫茶店らしい見た目をしておりました。立ち並ぶテーブルと椅子は年季を感じさせるものの、木特有の落ち着いた雰囲気と色であり、奥にあるカウンターはさながらお洒落なバー。棚に並べられた道具や皿なども、インテリアとしての役割を持っているようで、色は勿論並べ方もまた綺麗だと思える。

 絵画なども壁に飾られていて……なんだか、美術館のよう。この喫茶店自体が美術的な作品であると言われても、まったく疑うことはしないだろう。喫茶店として完成されたスタイルである。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店をきょろきょろと見回す私。すると、不意に目の前から声がかかった。てっきりココアかチノかと思っていたけど、彼女らとはまた違う声音である。誰だかは勿論分からない。が、女性であることは分かった。なのでココアチノと同じく美少女を期待するのだが――その予想をはるかに上回る人物がそこにいた。

 

「お客様、お一人ですか?」

 

 若干悲しくなる質問を完璧な笑顔で投げかける、目の前の人物はまごうことなき美少女であった。

 腰を越す長さの紫色の髪は、ツインテール。三次元では浮きがちなそれを、彼女は見事自分のものにしていた。きりりとした目の瞳は、髪と同じく紫色。大きなリボンがついたウェイトレスの制服であろうその下から、女性らしい豊かなスタイルが窺える。

 可愛らしくスタイル含め女性的でもあるのだが、凛々しいという言葉が何故か思い浮かぶ少女だ。

 綺麗な人だ。異性にももてそうだが、同性にももてそうである。事実私もときめきめいているし。

 

「あ、はい。一人です」

 

 見知らぬ少女の容姿に見惚れること数秒。我に帰ると私は慌てて返答する。

 小さな女の子が一人で喫茶店に。不思議に思われたのか、店員の少女は一瞬きょとんとするものの、すぐにまた笑顔を顔に作る。流石は店員さん。迷子かだとか訊いたりしてこない。嗚呼、普通のことだけど有り難い……。

 

「カウンターとテーブル席、どちらがよろしいですか?」

 

「カウンターでお願いします」

 

 カウンターをちらりと見やれば、チノにくっついているココアを発見。彼女らに挨拶に来たようなものなので、勿論カウンターを選択した。

 

「では、こちらへ」

 

 女性店員さんはこれまた見惚れてしまいそうな、見事な物腰でカウンターへと私を案内する。彼女についていき、私はその後ろ姿を眺める。女の子――というか、女性らしい。後ろ姿のラインすらなんだか立体的に見えて、こう……世の男性らのフェチというものも理解できるような気がする。長めのスカートから見えるタイツ……? それともニーソか。分からないけど、スタイルも相まって生足よりいかがわしく見えた。……っていうか、私は女の子の後ろ姿を眺めてなに長々と語っているのだろうか。

 馬鹿か。

 

「どうぞ、お客さーーうおっ!?」

 

 前から驚いたような声が聞こえる。なんだろうかとぼんやり考えていると、何か柔らかいものに当たった。

 

「んえ? ――っとと、ごめんなさい!」

 

 思考から我に帰れば、前には店員さんが。いつの間にやら私はもうカウンターの前まで来ていたようだ。で、立ち止まって振り向いた店員さんに私は構わず直進したと。

 馬鹿か。二度目の呟き。

 

「あ、いや、気にしないでください。急に立ち止まった私も悪いので」

 

 慌てて頭を下げる私に、笑顔を浮かべて優しく店員さんは言う。その言葉には、私が主に悪いというニュアンスが含まれているのだが、まぁ間違いないだろう。だって視界が限られてるわけでもないし、カウンターがどこかなんて見て分かるし、店員さんが立ち止まるタイミングなど容易に分かるものだ。そこで店員さんに突っ込んでいったのだから、完全に私の不注意である。私が男性だったら間違いなくセクハラだ。

 

「店員さんは全然悪くないですよ。すみませんでした。……えと、席は自由なところで?」

 

 やっぱり小説のように長々と思考するのがいかんと思うのだ。厄介な癖である。

 このまま謝り続けても相手が困るだけだろうと判断。私はカウンターの席に視線を向ける。店員さんは頷き、手でどうぞと示す。

 

「はい。お好きな席に」

 

「じゃあ、ここで」

 

「――あ! サヤちゃん!」

 

 適当な席を選び、店員さんの横へ出る。すると大きな声がカウンターの向こうから上がった。ココアだ。私を見つめ、キラキラと目を輝かせている。

 少し気付くのが遅いような気がするものの、たぶん私がリゼの影に隠れていたから誰だか分からなかったのだろう。入店した時はチノとふれあっていたし。

 

「や。暇ができたから早速来たよ」

 

 気さくに手を挙げる私。ココアの隣に立つチノは控えめに会釈をする。会ったばかりからか、その動作は若干ぎこちない。

 

「本当に来てくれて嬉しいよ。ささ、どうぞどうぞ」

 

 彼女とは対照的に、ココアの方は変わらずフレンドリーだ。笑顔を浮かべて私にカウンターの席に座るよう、ボディーランゲージで示す。てっきりお店だから敬語かなにか使うと思ったが――ここはそういうことを気にするお店でもないのだろう。私もそういうことを気にする人間ではないので助かる。むしろ敬語だと堅苦しくなりそうだ。

 ココアに進められるまま、私は席に。ちょうどココアとチノの中間辺りの位置だ。

 辛うじてつま先が付く椅子に座り、ほっと一息。仕事中殆ど立ちっぱなしだったから、ただ座るだけでもかなり楽になった気分だ。

 着席から少しの間を空けて、ココアがカウンターの上に身体を乗り出す。そしてとても楽しそうな、いきいきとした顔で彼女は私に尋ねた。

 

「ご注文は何にします?」

 

「……ココアさん、まずメニューを渡してください」

 

「ああっ、そうだった! ちょっと待っててサヤちゃん」

 

 ――大丈夫なんだろうか。

 ばたばたと、おそらくメニューが置かれている場所へと向かうココア。慌ただしい彼女の様子を眺めつつ、私は苦笑した。危なっかしいけど見ていて面白い。

 フッと私の隣から小さな笑い声。ちらっと見やれば、案内してくれた素敵な店員さんであった。

 

「見事な空回りだな。ココア、メニューなら私が持ってるぞ。どうぞ」

 

 彼女は容姿の印象からイメージし難い口調で話し、私の前にメニューを置く。黒いカバーに金色の枠、デザイン、メニューとアルファベットで表記が。店先同様、シンプルで分かりやすい。

 

「あーっ! リゼちゃん、私がおもてなししたかったのに」

 

「知らん。っていうか持ってきすぎだ」

 

 メニューを数冊抱えて戻ってきたココアへ、リゼと呼ばれた店員さんが冷静なつっこみを入れる。

 

「普段はしっかりできるのに……張り切りすぎです」

 

 再びどたばたとメニューを戻しにいったココアを眺め、チノは小さくため息。良かった。普段はできてるんだ。

 

「また妹がらみか? ……って、すみません。私語ばかりで」

 

「いや、いいんですよ。二人とは友達ですし、気にしなくて」

 

 首を横に振る。レストランのような物とはまた違う、ずっしりとしたメニューを手に取り、私は笑顔を浮かべた。

 

「むしろタメ口推奨です。私も使っていいですか? 使ってよろしいでしょうか?」

 

「……チノ、この人は」

 

「ココアさんみたいな人だと思ってください」

 

 ジト目の二人がこそこそと、こちらに聞こえる声で喋る。ココアみたいな人かぁ……嬉しい。嬉しいけど、なんだかいい意味で使われていないような気がする。今みたいなはしゃぎっぷりのことを言っているのだろうか。それとも、初対面でも遠慮無くずけずけと踏み込んでいくところだろうか。

 ふむ。でもそこもココアのいいところだと言えよう。そんな彼女に似ているのだから、私も誇らしい気持ちで――

 

「チノちゃんっ! メニュー入れるところ外れちゃったんだけど!」

 

「どれだけ強い力を込めたんですかっ!」

 

「いや転んじゃって」

 

 ――うん、前言撤回。

 

 

 


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