ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

17 / 20
二話:あなたのそばに
(1)


 

 

 

 ラビットハウスにバータイムなるものがある。

 それを聞いてから、私は必死に働いた(当社比較120パーセント)。珍妙なメニューを読み解き、今では自然と長い名前が何を示しているのか自然に理解できるようにも。掃除もほどほどで、あんこが拐われる回数も目に見えて減った。

 まだまだ未熟だけれど、甘兎の従業員といっても過言ではないだろう。

 全てはぐーたらと呼ばれないため。そして、青山さんと仲良くなるため。

 彼女の番号が書かれた紙は今でもしっかり保存してある。最早家宝にする勢いで、自室のミニ金庫に鍵付きで保存だ。ちなみに鍵は金庫の横にある。金庫は簡単に持ち運びできるものだし、最早自分でも何がしたいのかは分からない。多分、テンションが上がっていたのだろう。大の大人が何をしているのだろうと我ながら呆れてしまう。

 ――が、それほどに青山さんとの約束は重要なイベントであった。重要だと自負している。

 なにせ、二人きりの食事だ。

 ここでアピールすることができれば、仲良くなったり、あわよくばその先の関係に進めたり……。期待は止まない。互いに大人だろうし。

 まぁそんなこんなで、重要イベントを前に下準備に精を出していたわけだ。資金も順調に溜まりつつある。消費する機会なんて、ラビットハウスか甘兎のスーツを味わう時くらいだし、家賃だって食事だってタダ。携帯を持っているわけでもないし、本当、実家ぐらしというか、居候だということを有り難く思う。お陰で少し豪遊してもまだまだ余裕がある程度にはお金が溜まった。

 ――そして、日曜の夜。

 

「時は来た」

 

 私は再びラビットハウスの前に立っていた。

 見慣れたラビットハウス。しかし時刻がいつもと違い、街の雰囲気が変わると、お店もまたいつもと違うように見えた。日中は灯りをつけずとも明るい店内だが、夜はそうもいかない。ほんのりとした優しい灯りが店内に灯っており、窓から見える景色は落ち着いた喫茶店から、お洒落なバーへと変貌を遂げていた。お客さんもそれなりに入っているように思える。喫茶店のときより多いかもしれない。

 ふむ……まず見た目は問題なしだね。意中の人と行くのには申し分ない雰囲気だ。

 外観を観察し、私は頷く。お店の前で仁王立ちしていたため、周囲の視線が痛かったけど、気にしない。今日は来るべき日のために視察へやって来たのだ。気を抜くことはできない。

 

「よし、突入」

 

 バーと言えば、お酒。お酒といえば、お一人様でもそれほど寂しくはないはず。意気込んで私は突撃。ドアを丁寧に開いて、入店。閉める。

 バーらしいシックな音楽。雰囲気のある照明。そしてカウンターにはなんか渋い男性が。時間によってこれほど姿を変えるのかと、感心してしまうほど完璧なバーであった。私の勝手な、創作物で得たような妄想が実現したみたいな、昼のラビットハウスもそうなのだけれど、どこか幻想的に思える内装である。

 

「いらっしゃいませ。お客さま、お好きな席にどうぞ」

 

 店内を好奇心のまま見回す私。するとカウンターの男性が声をかけてきた。外見通り渋い声だ。妙に落ち着くような、優しさを持っている。男性らしい高い身長。鍛えているのだろうか。がたいはいいのだが、服の下から窺える身体のラインはよく引き締まっている。渋い、掘りのある顔、威圧感のある身長や体格ながら、目つきは優しく、穏やかな雰囲気が特徴的であった。顎のヒゲが素敵である。

 中々美形というか、こういう人のことをイケメンだとか言うのだろう。声も合わさって魅力的に思える。――などと、冷静に分析している辺り、私は一般的な女性の視点を失ってしまっているのだと痛感する。青山さんや千夜、ココア達を見た時の高鳴りと言ったら……彼を見た時とは比較にならない。

 彼は容姿も服装もバーテンダーと言えば、な姿をしている。かっこいい――のだが、彼の近く、カウンターに座るティッピーの存在がバーテンダーさんのダンディさをかなり和らげていた。わりかしシュールである。

 

「あ、はい」

 

 たっぷり観察すること数秒。バーテンダーさんが怪訝そうな顔をしたのが目に入り、私は我に帰る。そして首を縦に振り、店の中を進む。目指すはカウンター。多分、彼はチノの家族だろう。年齢から察するに父親か。大人として、普段親しくしてもらっている子供の保護者には挨拶しておかねば。こういう地道な心がけが普段の生活を変えるのだ。――などと、普段は考えもしないことを思う。青山さん、ココアらが関わっているときの私は、結構常識人だなと自分でも感じる。

 

「じゃあここで」

 

 遠慮無く彼の前に座る。すると、バーテンダーさんが優しい口調で語りかける。

 

「あの……。今はバータイムで、お嬢さんのような方は」

 

 彼の言わんとしていることはすぐ分かった。

 なるほど。入り口に立つ私を怪しそうに見たのは、そういう理由か。安心する反面、微妙にショックである。

 

「大人。です」

 

 苦笑し、私はポケットから免許証を取り出す。するとバーテンダーさんは慌てて頭を下げた。何度目かなこのやり取り。

 

「も、申し訳ありません」

 

「ぷくく……」

 

 謝るバーテンダーさんの横で、笑い声のような鳴き声を上げるティッピー。バーテンダーさんは彼の頭を軽く指で弾いた。心なしかイラッとしたような顔つきである。

 

「いえ、気にしてません。えと、私はサヤという者ですが……あなたはチノさんのご家族ですか?」

 

 年齢のことは日常茶飯事。それほど気にしていない。なので、話題を早く変えようと私は尋ねる。こっちの方がお互いのためにいいだろう。

 

「はい。チノの父親のタカヒロです。娘のお知り合いですか?」

 

 バーテンダーさん、タカヒロはホッとしたように息を吐き、笑顔を見せる。やはり父親。それにしても美形だ。チノがあれほど可愛かったのも納得である。

 

「はい。チノちゃんとは友達で。この一週間は毎日会ってますね」

 

「売上への貢献では一、二を争うな」

 

 と、ティッピー。彼は身体を一度揺らし、暢気な口調で言った。――んん!?

 

「あれ? 喋ってます? ティッピー」

 

 チノがいないのにどうやって。どんな仕組みで!? まさかチノが天の声的な感じで、この時間帯にもティッピーの腹話術を担当してたり――あり得ないよね。

 

「私の腹話術です」

 

 またもやティッピーの頭を小突き、平然と答えるタカヒロ。どう見てもティッピーが話していたのだが――流石は親子ということか。練度が娘とは違う。チノが自然な腹話術ならば、彼のそれはティッピーが話しているようにしか思えなかった。これが年の功というものか……改めて月日というものの恐ろしさを知った。

 

「そうですか……すごいですね。勉強したいくらい」

 

 是非とも私も一芸として身に付けてみたいものだ。

 感心して呟く私の前。二人はこそこそと顔を近づけて話す。

 

「大丈夫じゃ、サヤは単純というか、純粋だからな」

 

「いや、そういう問題じゃねえだろう親父……」

 

 思い切り聞こえていたが、流石は腹話術の天才。その場で即興で、ティッピーと一人二役で会話をこなすなど私には到底できなそうもない。

 

「な? キラキラした目じゃ」

 

「……話に聞いていたサヤさん、そのものだな」

 

 二人の視線が私を捉える。二人共微妙に呆れた口調なのは気のせいだろうか。

 

「私のことを聞いていたんですか?」

 

「は、はい。娘や、ココアくんから」

 

 聞こえていたとは思ってもいなかった――演技をしたのだろう。しゃきっと背筋を伸ばしてタカヒロは答える。

 そっか。チノやココアが父親に私の話を……ふふ、すごく嬉しい。

 

「大人なのに、気兼ねなく接することができると言っておったな」

 

 にやける私へティッピーが告げる。大人なのに気兼ねなく……果たしてそれはいいことなのか、悪いことなのか。いや、いいことだよね。私は本当に友達になれているということだ。うん、ポジティブに受け取ろう。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。