ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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「というわけでタカヒロさん。私今日は挨拶しに来たんです。初めまして。大人同士仲良くしましょう」

 

 席に座った私はカウンターに身体を乗り出して手を差し出す。小さい私が大人同士と言う違和感は強いようで、タカヒロは苦笑していた。が、しっかり手は握ってくれる。

 

「はい。チノとココアくんともども、よろしくお願いします」

 

「ワシもな」

 

 にっこりと、営業スマイルとはまた違うナイスな笑顔を見せるタカヒロ。私とタカヒロの手の横で跳ねるティッピー。これで一人――そして改めて一匹とも友達だ。ふふふ……嬉しい。大学出てから、全然友達いなかったし……。

 手を離し、席に座り直す私。その間も私の顔はにやけっぱなしだった。さて。

 

「よっし、これでお互いタメ口だね。タカヒロさん、今日のおすすめは?」

 

「いきなりですね……」

 

 気さくに、まるで常連のようにいきなり尋ねる私。タカヒロは呆れたようにため息を吐きつつ、私の前にメニューを置いた。娘から話を聞いていたからか、そのリアクションはある程度私の行動を想定していたみたいだった。普通なら面食らうのに。

 

「今日のおすすめは、きのことベーコンのクリームパスタです」

 

 ふむ。タカヒロはタメ口を使う気がないみたいだ。まぁお客さんとお店側だし、その対応は納得だ。気さくな会話はプライベートで期待しておくとしよう。

 それにしてもクリームパスタか……それもきのこの。千夜に頼んで夕食を抜いてきた甲斐があった。名前を聞くだけでも美味しそうだ。

 

「じゃあ、それとお酒を何か一つ。酔えて、飲みやすいもので。カクテルとか憧れるかも」

 

「かしこまりました」

 

 丁寧に頭を下げて、タカヒロは厨房へと消えていく。カウンターにはティッピーのみが残った。

 静かな店内の中、音楽と食器の音、人々の談笑の声が聞こえる。賑やかなはずなのだが、これもこれで落ち着く雰囲気であった。昼の雰囲気も好きだけど、この空気も中々だ。店内を見回し、私は笑顔を浮かべた。そして、カウンターの上に視線を向ける。

 

「二人きりになったね……ティッピー」

 

 白くてもこもこした魅力的な生き物……ティッピー。彼に遠慮無く触れることができる。私はそれを物凄く喜んでいるのだが、彼はそうでもないみたいだ。私の言っていることが分かっているのか、反応するように身体が揺れる。野生の勘というやつだろうか。逃げるべきか否か悩んでいるようだ。

 

「うへへ……」

 

 が、私がにやけつつ笑みをこぼすと、ティッピーはいよいよ身の危険を感じたのか、後ろに小さく跳ねた。そんなに嫌がらなくても、取って食ったりしないのに。ただ撫でて撫でて撫でまくるだけで――あ、これ嫌がられるの当たり前か。

 

「お嬢さん。隣、座ってもいいか?」

 

 どうティッピーとコミュニケーションをとろうか考えていると、不意に隣から声がかかる。突然のことに驚き、そちらを見てみると――なんだか、現実味のない人物がいた。すらりとした長身の男性だ。年齢はタカヒロくらいだろうか。身長もまたそれくらいで、ヒゲがあるのもまた同じだ。が、第一印象はタカヒロと大きく異なる。男性にしては長い流れるような黒髪、そして黒い眼帯、隠れていない目はどこか野性味のある言い様のない『凄み』があり、ワイルドな印象を受けた。

 身のこなしも微妙に常人と異なる気がする。

 まさか私に話かける人物が――ましてや男性などいるとは思えず、私は自分の後ろを見る。が、私の後ろには誰もいない。っていうか、カウンター席には誰もいないのだ。話しかけるなら私しかいない。……いや、でもあり得ない。この状態で、私の隣に座ろうとするなんて、ナンパなんじゃ。信じられない思いで私は彼へと再び顔を向けた。

 まるで親友に数年ぶりにでも会ったような気さくな笑みで、彼は私を見ている。私としては誰だお前みたいな気持ちなんだけど。

 いきなり私に馴れ馴れしくされた千夜やリゼ、タカヒロもこんな気持ちだったのだろうか。今一度、私の対応を改めなくては。

 

「は、はい……どうぞ」

 

「ありがとう。失礼する」

 

 椅子に座る男性。彼が動くと高級そうな香りがふわりとし、優雅な動きで着席する彼はまるでどこぞの王様のように思えた。彼は絶妙な間を空け、ちらりと私のことを見た。何気ない仕草に気品というか、隠しきれないなにかが見え隠れする。危険な男……とは、多分、この人のようなことを言うのだろう。大学時代の友人などは、キャーキャー言っていたかもしれない。

 

「サヤさん……だな?」

 

「そそそそ、そうですけどっ?」

 

 私しかいないカウンターでわざわざ隣に。それだけで混乱しそうなのに、初対面の筈の男性に私の名前を言い当てられた。わけの分からない展開が続き、私は盛大に狼狽える。

 

「緊張しなくていい。私は君と仲良くなりに来ただけだ」

 

 そんな私のことを見て微笑し、彼は言った。

 私と仲良くなりに……?

 混乱していた頭は徐々に落ち着きを取り戻し、私はある一つの結論を導き出した。わざわざ私の隣に。そして私の名前を知っていた。さらには私と仲良くなりたいと言ってきた――これはつまり、

 

「ナンパ?」

 

 私を口説きに来たということか。ロリコンか。私は合法なのだが、それがなおさら犯罪的になることを知らんのか。

 緊張していた私だが、目の前の男への疑念に思考がはっきりしてくる。いい男ふうな容姿をしていながら、ロリコンとは。まったく、人は外見によらないものだ。

 

「――なんぱ?」

 

 が、私の考えは間違っていたようだ。呟きを聞いた男性は首を傾げる。ナンパという言葉を私が口にしたことに疑問を抱いた――と言うよりは、『ナンパ』という言葉に疑問を抱いたような口調なのがすごく気になる。まるでナンパを知らないような口ぶりであった。

 

「見知らぬ女性をいきなり口説くことだ」

 

 なんて言うべきか悩んでいると、そこへタカヒロが戻ってきた。彼は皿を片手に男性を見やり、呆れたような口調で言う。どうやら知り合いらしい。

 

「――口説っ!? す、すまない、そんなつもりはなかった」

 

 男性が狼狽える。それまでのキザな感じの様子など欠片もない必死さで、彼は頭をぺこぺこと下げた。なんなのだろう、この人。まさかとは思ったけど、ナンパの意味を知らなかった、とか? え? あり得ない、よね。そしてナンパのつもりもなかったのに、あんな思わせぶりな登場とか台詞とか、表情とかしていたの? ……お、恐ろしい。

 

「お待たせしました。きのことベーコンのクリームパスタです。お飲み物は少々お待ちください」

 

 ことりと、私の前にお皿を置くタカヒロ。更に乗っているのは名前の通り、きのことベーコンの入ったパスタ。舞茸やしめじ、マッシュルームときのこ盛り沢山で、その他にはアスパラやベーコンが入っており、それらを白く染めるクリームソースがたっぷりと。私の好みをそのまま集めてぶっこんだようなパスタだ。素晴らしい。続けてフォークが置かれると、私は早速それを手に取り、いただきますと挨拶。一口、まずはパスタだけ食べる。

 湯気を出すあつあつのそれを躊躇うことなく口へ。とろとろとした食感の中に、パスタの感触がしっかりと残っている。クリームと聞いたときはもっと甘いような味を想像していたが、実際は違った。むしろチーズ感が強く、まるでグラタンのホワイトソースに味が近い。そこにきのこの風味、香り、そしてベーコンの旨味がこれまでかというように凝縮されており――パスタだけでも途方もない幸福感を得られた。口に入れても素直に食べることのできない温度なのがまたいい。たこ焼きしかり、焼き芋しかり、やはり食べ物はあつあつなくらいがちょうどいいと思うのだ。口に入れて熱いと冷まそうと悪戦苦闘し、そして飲み込み、ホッと一息つく。それが、食べているとい気持ちを強めてくれる。温かい気持ちになる。

 

「うう、美味しい……」

 

 ソースのせいだろう。パスタといえばさらっと食べられるボリュームのイメージなのだが、これは違った。麺だけでも満足感が強い。

 

「あのー……」

 

 あ、しまった。美味しそうな料理――いや、美味しい料理を前にすっかり男性の謝罪のことを忘れてしまっていた。私は一口分食べると、申し訳なさそうな声を出す男性の方へと振り向いた。

 

「気にしてないから大丈夫だよ。ちょっと驚いただけで」

 

 そしてまたパスタを一口。今度はきのこ類を三種加えて、麺を。ソースに感じられていたきのこの風味が口に広がり、心地良い食感がパスタに加わる。癖の強いきのこのにおいが、見事ソースによって中和されていた。感心しつつ、アスパラのみをソースによく絡めて口へ。シャキシャキとした歯ごたえにソースにも負けないみずみずしい味。しっかり塩ゆでしてあるらしく、後味も青臭くなくていい。この味付けならば、主役だけではない、きのこやベーコンのよき引き立て役となってくれるだろう。

 完璧……。完成された料理だ。これがそこらのレストランより少し安めのお値段で食べられるのだから、考えられない。嗚呼、

 

「私は今、すごく幸せ……っ!」

 

「全然話を聞いていないのう」

 

 ティッピーの声がした。その声に反応して隣を見れば、何故か男性がカウンターに顔を突っ伏していた。

 ……私、何か言ったかな? すっかり料理に意識を向けていて、何を喋ったのかも思い出せない。

 すごく失礼なことを言ったのかもしれない、と考えるものの、思い出せるのはパスタの幸せな味のみ。……気をつけないといけないね。うん。

 

 

 


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