私にあてがわれた部屋は至って普通な和室だった。広さは約7、8畳といったところか。自室としてはそれなりに広い部類である。家具は既にタンス、ちゃぶ台とテレビがあり、右奥には押入れが見えた。入り口から奥には窓があり、陽の当たりも良好だ。窓際に山積みにされたダンボール以外、今のところ不自由はない。いい部屋である。
「ここが新たな私の城か……ふふふ」
今までフローリングなお部屋だったけど、これも中々。居心地がよさそうである。さて。荷物の確認といこう。部屋の中を観察し、ぼちぼちダンボールの個数を数える。……ふむ。しっかり全部揃っている。流石は業者。お金を払っただけはある。丁寧な仕事だ。
「これで遊べるなー。よしっと」
そうと決まれば早速開封。そして片付け。それから遊ぶの3コンボといきましょうか。ぐーたらで通っているけど、ご褒美が待っていれば頑張れる人間なのだ私は。ふんと鼻を鳴らし、私はダンボールを崩しはじめた。これくらいどうってことはない。一時間もしない内に終わることだろう。
「駄目人間じゃないところを見せてあげよう」
見ていてよ……私をぐーたらと電話越しに罵った甘兎のおばあちゃん!
○
と、意気込むのは大抵失敗する前兆であって。
「駄目だ……」
私は頭を抱えた。目の前には床に点々と開かれたダンボール箱数個。そしてそれらの隙間を埋めるようにして散らばった数々の私物。見事に足の踏み場がなくなっていた。あまりにすごい散らかしっぷりで、どうやったのか自分でも覚えていない有り様だ。多分これが4コマ漫画ならば台詞一つで一コマ。『ここが新たな私の城か……ふふふ』から始まって、そして『駄目だ……』と言った場面がオチになっていたことだろう。綺麗な起承転結である。
と。自分のストーリー構成にほれぼれしている場合ではない。この惨状を誰かに見られでもすれば、間違いなく駄目人間認定だ。なんとかせねば。
「とりあえず近くの物から箱に詰めてこう」
なんだか無限ループが展開されそうだけども、それが一番な筈。しゃがみこみ、私は床に散らばった物を回収していく。バレないうちに素早く正確に。あのおばあちゃん微妙に怖いんだよなぁ。叱られない内に早くしないと。
「……ん?」
荷物を拾っている途中、ふとある物を見つける。他の物と同じように床に落ちていたそれは、私の愛用している携帯ゲーム機である。床に置いていて踏んでは事だ。見つけた端からすぐ回収。大事に腕へ抱えた。
「ふぅ、良かった」
まさか私としたことが、床に置きっぱなしにしてしまうとは。姉に踏んづけられた苦い思い出を繰り返すところだった。ホッと安心し、ゲーム機の画面を撫でる。黒一色で作られたそれは携帯ゲーム機にしては洗練されたデザインで、二年は遊んでいる今もかっこいいと思えた。
……そういえば、カセットは何が入っていたっけ。
私は自然と電源をオン。その場に座り込み、収集していた私物をまた床に置いておく。わくわくする起動音が鳴り響いた。当初はカセットの確認だけが目的だったのだが、折角の新生活なのだからとセーブデータやインストールしたゲームの整理をはじめ、ついには自然とゲームをプレイしていた。
怖いものだ。ゲームは人を堕落させると言うが、まさにそうなのだろう。私のように意志を鋼のごとく固めた人間ですら、知らぬ間の内に熱中してしまうのだ。さぁやろうと思って取り組めば、どれだけの時間をもっていかれることか。こんなものを発売して、ゲーム会社の人は何を考えているのだろうか。末恐ろしいものである。
こうやって語りを入れている時点で色々察しがつくと思うのだけども、まぁゲームのせいだ。悪いのはゲームだ。
私は鼻歌混じりにゲームを順調に進めていく。引っ越しの準備とかダンボールの箱に誤って封印してしまったり、あれやこれで最近できていなかったせいか、物凄く楽しい。よし。そろそろ途中だったステージをクリアできそうだ。一段落し、膝の上にゲーム機を置いて伸びをする。――と、その直後、小さな足音が耳に入った。それはトントンと一定のリズムでのんびりと近づいてくる。誰のものかは分からない。けれども誰に見られてもまずいのだ。私は慌ててなんとかしようとするが、遅かった。すぐに部屋の襖がノックされてスッと開き、一人の少女が顔を出す。
「あ、あの、初めまして。手伝ってと言われたので、来まし――」
微妙にカールしたどこか品のある金髪。青の瞳。華奢で、守ってあげたくなるような可愛らしい顔立ちの少女である。どこかの学校の制服らしき白いブレザー、白と黒のチェックのスカートを着ており、頭には黒リボンを付けていて……どこぞのお嬢様っぽい子だ。ただ、なんとなく幸薄そうな感じがするのは何故だろうか。
彼女は優しげな笑みを浮かべて部屋の中を見、固まった。笑顔のまま瞬間冷凍されたようにギギギとぎこちない動きで周囲を見回し、そして最後にゲーム機を膝に乗せた私へ視線が止まる。
……誰だか分からないけれど、見られてしまった。
私はこの場の空気を和らげようと苦笑。わなわなと震えた彼女は徐々に表情を変え、すうっと大きく息を吸う。
「――めっ!」
そして子供を叱るように大声で言った。
まさかこの歳になってそんなふうに怒られるとは思わなかった私である。