「報告って?」
なんとなく読めてきた私だが、一応訊いておく。テテは真面目な顔をして続けた。
「バイトや高校。今は娘の様子を部下にそれとなく見てもらうよう言っているのだが、どうにも彼らはやりすぎるようでな。そこで、リゼの友人である君に娘の様子見を依頼したい」
……全然知らなかった。
え? ということは、私がラビットハウスにいるときも様子を見ていたってことだよね。私の名前も姿も知っているみたいだし。そう考えるとゾッとしなくもない。
「時々店外から気配を感じるからな。抑えてもらえると俺も助かる」
そして私が気づかなかったそれを、タカヒロは気づいていたと。気配ってなんだ。何者だ。
「すまない。私はずっと見ている必要はないと言ったのだが」
「そうお前に言われても見るもんだ。それが部下だろう?」
「日本社会のマナーとかじゃな」
よく聞く話だ。上司の話を真に受けて行動すれば気が利かないと怒られ、かといって話以上のことをすれば怒られる。で、どうすればいいのかと思えば自分で考えろなどと言われる。厄介な話である。
「でもそれなら、私じゃなくて他の人に頼んだら?」
ココアとか、チノとか、アルバイトで接する時間が多い彼女らの方が適任だろうに。
私はホワイトラビットを口にし、テテを見る。うん、ひんやりとしていて美味しい。味としては、あの白い棒アイスをもっと上品に、味を濃くしたような感じだろうか。確かに子供っぽい印象を受ける味だけども、美味しいと思えた。ほんのりと主張するアルコールの味が心地よい。
パスタとの相性は中々。甘い味が喧嘩しがちだけども、ジュースをお供にご飯を食べていた少女時代を思い出す。悪くはない気分だ。
「大人として、というよりも、彼女らの青春に気をつかって、君を選ばせてもらった」
「青春……」
まるで私の青春が終わったような――いや、終わってるな。とっくのとうに終わってる。
「あまり係ると気を遣わせて、交友関係にも影響が出る、と。そういう意味?」
彼の言葉について考え、私は尋ねる。特にココアなど、リゼのことを報告してほしいなんて言えば意識するだろう。物凄く分かりやすいくらいに。そう考えれば、確かに彼女らの青春に大きな影響を与えることは否定できない。そして勿論のこと、リゼからも嫌われてしまうだろう。娘は親の過剰な干渉を嫌うものだ。
「うむ。高校時代は貴重な時間だ。無駄にしてほしくはない」
「それなら干渉しなければいいのに」
頷くテテへ、ぼそりと呟く。そこは痛いところだったようで、彼は狼狽えた。見た目に反して感情をすぐ表情や様子に出す人だ。そこは素直に好感を持てる。
「だ、だが心配なのが親だろう? できれば、娘のことは詳しく知りたい」
「親、かぁ……」
私の親のイメージ像は決して娘の心配をするような人物ではないんだけど、世間一般ではそうなのだろう。それになんといっても、リゼだ。リゼのような子が娘ならば、私だって心配になるだろう。あんなにも可愛くて、きりりとしてて、それでいて純粋な子を私は見たことがない。なにかよからぬものに騙されないか、四六時中心配になることだろう。
「そうだね。……まぁ、気が進まないけど」
「受けてくれれば、週一ここでごちそうしよう」
「受ける」
渋々であるが受けようとしていた最中、聞こえてきた条件に私は即答する。少しの罪悪感はラビットハウスの美味しい料理とお酒に吹っ飛んだ。自分のことながら、現金な女性である。
でもここの料理すごく美味しいし、お酒もいいし、雰囲気もいいし言うことなしで――週一でここで食事できるとなれば、言うことなしだ。
「よし、契約成立だ。よろしく、サヤ」
ぱちんと指を鳴らし、上機嫌に笑うテテ。彼は私の肩に手を回して、親しげに言った。人懐っこい人だ。
「うん。これで友達、いや、ファミリーだね、私達」
「あぁ、そうだ。よろしく、ファミリー」
ふふ。図らずもまた友達が……それも異性。感激だ。こんな経験、これまで全然なかったからなぁ。できて保護者みたいな異性だったし。
「……あまり俺の前で悪巧みはやめてくれねぇか?」
笑い合う私達の前。タカヒロはため息混じりに言う。
「失礼だな。これは親として当然の心配だ。タカヒロ、お前も分かるだろう?」
「……分からなくはないな」
「お前も親ばかだからのう――ぅいたっ」
グラスを磨いていたタカヒロが、ティッピーへデコピンする。軽そうなので、まぁ虐待には入らないだろう。
「ティッピーだってチノについては過保護だろ」
「否定できんな。ま、家族のことはいつでも誰でも心配ということじゃ」
ティッピーの言葉を否定せず、むしろ頷く面々。娘のことをストーキングするような行為を肯定するとは、親とはおそろしいものだ。いや、そこまでさせる娘の可愛らしさがおそろしいのか。
「ま、何事もやりすぎるな、ということだ」
「そうだな。それは私も気をつけている」
結局、娘を観察することは許容されたのだった。私が娘だったら怒りだしてるね。うん。
「タカヒロ、なにか酒の肴を頼もうか。それとワインだ」
テテが笑顔を浮かべ、曖昧な注文をする。が、タカヒロは特に何も言わず首を縦に振った。
「かしこまりました。おまかせでいいな?」
「構わない。お前の腕は信用している」
ううむ、やはり見ていてかっこいい。そしてテテはいつまで私の肩に手を回しているのだろうか。
「テテ、いい加減暑苦しい」
「私にアダ名をつけたんだ。これくらいいいいだろう? ファミリー」
「奥さんとか娘さんに言いつけるよ」
「ごめんなさい」
ぱっと離れるテテ。奥さんやリゼに嫌われるのは相当嫌なようだ。さっきまでファミリーだとか言ってた人がごめんなさい、って。
「テテはなんだか、フレンドリーだね」
「そうか? ふむ、サヤが小さいから親しみやすいのかもしれない」
テテがすっぱりと口にする。こうもはっきり言われると、ショックを受けることもないというか、清々しさすら感じてしまうから不思議だ。
「それってロリコン……」
「ろりこん?」
またもや意味が通じていないようで、テテは首を傾げる。……この人は普段どんな生活を送っているのだろうか。ロリコンの意味も知らないなんて。
「なんでもないよ。でも、なんで小さいと親しみやすいのかな?」
「娘の小さい頃を思い出す。あの頃のリゼも可愛かった……」
あぁ、そゆこと……。
目を細めて懐かしむように語るテテを見て、私は苦笑する。この人の親ばかっぷりはタカヒロよりはるかにすごそうだ。それだけリゼが愛されていることにもなるし、微笑ましくはあるのだけれど――流石にレベルが違う。
「ま、親しみやすいのはいいことかな。さて。テテ、私にお酒ご馳走してくれるんだよね?」
言っても仕方ないことだろうと結論。
ホワイトラビットを飲み干し、私はテテへ問う。
「ああ。何が飲みたい?」
「じゃ、私もワインで。安くていいよ。味分からないから適当で」
「なら私と同じだな。タカヒロ、ワインもう一つ追加だ」
厨房に声をかけるテテ。するとタカヒロは手だけを出してサムズアップ。了承という意味だろう。
「ワインって初めてだよ私」
「そうなのか? ということは……チューハイとかか?」
「そうだね。あとは……日本酒?」
おばあちゃんと呑んだ時のことを思い返す。あの時の日本酒の味は中々忘れがたいものであった。
「渋いな。ワインも飲まずに日本酒とは」
「そういうものかな?」
確かに日本酒は癖が強そうな印象だけども。