ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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「なんでこんな散らかして……引っ越しの片付けしてるって聞いたのに」

 

 私を思い切り叱った彼女は、信じられないものをみるような目で部屋を見回しつつ言った。引っ越しの片付けから何故こんな光景になるかは私も分からない。最早超常現象。神のみぞ知るという感じだ。なんて開き直ったことは言えないため、私は苦笑して曖昧に応じる。金髪の少女はため息を吐き、開いた襖を通ると部屋の中へ入ってきた。それから膝に手をついて中腰になり、優しげな目をして語りかける。

 

「私も手伝うから、頑張ろう?」

 

 完全に子供扱いである。それも駄目な子を言い聞かせる言い方だ。二十代の大人相手にこの対応。間違っていないのが悲しいところである。ここで大人だとは言えるわけもなく、私は素直に首を縦に振った。

 

「うん、ありがとう。えっと……」

 

「紗路。シャロって呼んで」

 

 にこりと微笑むシャロ。ふむ、この子も可愛くて綺麗な人だ。千夜の友達なのだろうか。そういえば、千夜が幼馴染のことを話していたような。まさか彼女が? 確か泣き虫で、面白い子だとか言ってたな。けどしっかりした子だよね。優しいし。

 

「私は小空 彩矢(おそら さや)。同じく、サヤでいいよ」

 

「サヤちゃんね。よろしく」

 

 私の頭を撫でて、シャロはてきぱきと床に落ちている物を拾いはじめる。年下ばかりにやらせるのは流石にまずいだろう。ゲーム機の電源を切り、私も作業を再開した。セーブはしていないが、またプレイできる楽しみが増えたと思うことにしよう。

 

「サヤちゃんはなんでここに来たの?」

 

 片付けを真面目にしていると、不意にシャロが尋ねてきた。

 

「ええと……お店の手伝いに」

 

 年齢がバレないよう、返答に困りつつ答える。嘘は言っていない。実家でぐーたらしていたら、私を哀れに思った両親から半ば強制的にここへ送られたのだ。なんでも、親戚に私のことを愚痴ったら甘兎のおばあちゃんが仕事をくれると言ったらしい。人手が少し足りない日があるようで、娘とおばあちゃんだけでは回らないときがあるようだ。両親は私の許可無くその話を快諾した。

 というわけで、私はアルバイトとしてここに雇われることに。嗚呼、素晴らしきかなコネクション、である。

 

「ちっちゃいのに大変ね。何か困ったらすぐに言ってね?」

 

 きっと両親が出張したり、離婚したり、仕事で忙しかったり、なにかあったのだと思ったのだろう。やたら同情するような目で見ながら、シャロは言った。うん、まぁ小さいし大変なんだけど、間違ってないんだけど……多分彼女は色々間違っている。言うべきか言わないべきか――迷いに迷い、私は言うことにした。

 彼女が恥かくことになりそうだし、今後の人間関係のためにも素直に言うべきだろう。それに私の精神がもたない。

 

「あのね、シャロちゃん」

 

「殆ど服ね……それも大量の。うん? どうしたの?」

 

 10年近い年月がもたらした大量の服に苦戦していたシャロは、笑顔でこちらを見る。物凄く言い辛い。でもこれも彼女と私のため。言わないと。

 

「実は私、結構な歳なんだよね」

 

「あははっ、面白い。何歳なの? 12歳とか?」

 

「23」

 

 大学卒業から一年ニート。率直に言うと空気が凍りついた。が、それは一瞬のことで、すぐにシャロは微笑む。

 

「ふふっ、そうなんだ。じゃあ敬語使ったほうがいいかしら?」

 

 駄目だっ! 全然通じない! こういうときばかりは私の過剰な若々しさが憎い!

 

「あの、本当なんだけど?」

 

「本当なら、私すごく失礼になっちゃうじゃない。信じられ――」

 

 作業に戻った彼女の言葉が途中で途切れる。シャロの視線の先にあったのはパスケース。奇しくもそれは免許証の面が上になっており、私が運転免許のとれる年齢だということを示していた。シャロの腕の中から小さな山になっていた服がドサッと落ちる。

 

「お、大人子供!?」

 

 意味が不明だった。

 

「玩具――じゃないわよね。ええと、本物……定期まである」

 

 慌てた様子でケースの中身を確認するシャロ。裏面にある期限の切れた定期を見つけ、彼女は確信を得たようだ。バッと勢いよく頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい! てっきり小学校とか中学校の子かと!」

 

 無事誤解が解消したというのに、心が砕けそうだ。

 

「き、気にしてないから……。こっちもごめんなさい」

 

 悪いのは正直に言わなかった私だし、叱られるのも当然のこと。シャロに非がないのは誰が見ても明らかである。半分グロッキー状態になりつつ、私は気にしないよう言う。これからはもう少ししっかりしよう。親から説教されるよりも堪えた。

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

 ホッとした様子でシャロは胸を撫で下ろした。

 

「千夜からは親戚としか聞いてなくて……勘違いしてました」

 

 ……なんだろう。それ、千夜が故意にやったような気がする。なんでも面白くしようとする傾向があるし。後で訊いておこう。

 

「いいよ、本当に。よくあることだから。あと敬語もいいよ? 私全然気にしないから」

 

「ええっ? 駄目ですよ、そんなこと」

 

 首をブンブンと横に振るシャロ。遠慮とかではなく、本気で駄目だと思っているようだ。真面目な子である。

 

「いいんだよ。……私人権ないし」

 

「な、なにかあったんですか?」

 

「まぁ、ドナドナ的な」

 

「ドナドナ!?」

 

 うん、間違ってない。だって話をされて業者に電話したと思ったら、いきなり車に乗せられて放置されたもん。

 

「とにかくっ、私がそうしてもらいたいからそうすること! 仲良くしたいんだ、シャロちゃんと」

 

「なら……いい、んでしょうか」

 

「いいのいいの。むしろ呼び捨てするくらいの勢いで。命令する感じで。興奮するし」

 

「それは止めてほしいです」

 

 そこはきっぱり断るんだね。くそぅ。

 

「じゃあそれはいいや。フレンドリーに話そう。ほら、シャーロちゃんっ」

 

「ええ……と、じゃあ、サヤちゃん」

 

 押しに弱いようで、視線を泳がせていたシャロはついに観念し私の名前を呼ぶ。戸惑いながらも私の名前をちゃん付けで呼ぶ彼女。その姿に得も言われぬ達成感を覚える私であった。決して興奮は感じない。

 

「うんうん。そうだよ、シャロちゃん。遠慮は必要ないんだから」

 

「なら……早く片付けるわよ、サヤちゃん」

 

 戸惑っていたシャロだが、私のリアクションを見て大丈夫だと思ったのだろう。落としていた服を拾い、笑顔を浮かべる。ちょっと距離が縮まったような気がする。私は嬉しくなって笑い返した。

 

「ほら、にやにやしてないでさっさと動くの。早く」

 

 距離が……縮まったんだよね。上下が変わったけども、きっとこの関係が正常だと思うのだ。命令されないと私だらけそうだし。

 

 

 


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