ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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「綺麗に片付いたわね」

 

 あれから30分くらい経っただろうか。すっかり綺麗になった部屋を眺め、シャロが満足げに言った。荷物はタンスや押入れに収め、ダンボールはきちんと畳んで一箇所にまとめてある。二人でやったとはいえ短時間でこの作業量。司令官という役割の重要さを痛感した私である。やはり命令を出せる人間は重要だと思うのだ。

 

「ありがとう。私だけなら魔境になってただろうし、助かったよ」

 

 心を込めて私はお礼を口にする。あのまま一人でやればダンボールから出す、しまう、その無限ループで段々と目の当てられない状況になることは明白。彼女には感謝してもしきれない。

 

「いいのよ。今日は暇だったから。それに楽しかったし」

 

 本当にいい子だ……。眩しい笑顔を浮かべるシャロが、なんだか神々しく見えた。私に彼女の要素が少しでもあれば、ドナドナされるようなこともなかったのだろう。嗚呼……。

 

「シャロちゃんが娘に欲しい……っ!」

 

 切実に、彼女みたいな子が身近にいたらと思う。そうすれば日々の生活に困らない上、強制的に送られるようなこともないのに。親は孫に弱いものである。

 

「いきなり何言ってるんだか……」

 

 シャロは露骨に呆れた目をこちらに向ける。そのまま私を見つめ続け、ボソッと呟いた。

 

「本当に歳上に思えない……。リゼ先輩にはタメ口なんて無理なのに。っていうか使おうとも思わないのに」

 

 リゼ先輩が誰だかは分からないけど、余程私が若く見えるのだろう。いや、これは『幼く』と言った方が正しいか。

 

「いいんだよ? 妹扱いでも子供扱いでも。そしたら遠慮なく甘えるから」

 

「お断りするわ。今日みたいなことが何回もあったら嫌だし」

 

「だよねー」

 

 私は笑いつつ、若干落ち込む――素振りを見せる。ちょっとシャロをからかいたくなった。肩を落とし、ちらっと彼女の表情を窺う。するとシャロは見るからにあたふたしていた。

 

「だよねー?」

 

 あとひと押し。小さく首を傾げ、私は同じ台詞を繰り返した。

 

「うぐっ。け、けど友達扱いなら……」

 

 呻くと、もじもじと恥ずかしそうにしながらシャロが言う。顔をほんのりと赤くしちらちらとこちらを見ており、すごく可愛らしい。ちょっと演技しただけで……からかい甲斐がありそうな子だ。ふふ。

 

「じゃあ友達だね。嬉しいな。初めての友達がもうできたよ」

 

「え……?」

 

「この街で、ね」

 

「あ、ああー。良かった」

 

 ホッと息を吐くシャロ。私は余程友達がいない人間に見えるらしい。大人なのに子供のフリをしているイタい人――とか思われてないよね?

 ここは私のコミュニケーション能力をばしーっと見せつけなくては。

 

「いい? 私は一杯友達がいるんだよ。携帯のアドレスだって――5件――あ、る」

 

 私は胸を張り、ポケットから携帯電話を取り出す。最新機種ではないけれど傷一つないそれを優雅に開き、ボタンを押した。が、感触がおかしい。違和感にジッと携帯を見てみれば、それはお店でよく見るレプリカであった。わけの分からない展開に震える身体を押さえ、私はおそるおそる視線を上げる。メールを打つ場面らしき画面には、ご丁寧にボールペンで書いたような文字が。

 

『解約しました。自分で稼げるようになったら、自分で契約してくださいな。がんばるんば』

 

「せいっ!」

 

 私は携帯をへし折った。ぺきっと軽い音がし、破片すらなく綺麗に真っ二つとなる。私はそれをダンボールの山の上にポイっと投げた。

 

「ええぇぇ!? なにしてるの!?」

 

「ふふ……私の友人はシャロちゃんだけだと思ってね。仲良くしよう?」

 

「なんか怖いんだけど」

 

 まさか勝手に解約されているとは。名義が親で、料金も親が払っていたから文句は言えないけども、『がんばるんば』ってあんた!

 

「なにはともあれ、無事に片付けが終わったわけだし、遊んでく?」

 

「何事もなかったみたいに進めるわね……」

 

 もう携帯はどうにもならないし、諦めるしかない。ここは気を取り直して遊ぶのが得策だろう。ぽかんとしているシャロを尻目に、私は友達と遊べるような物を探す。

 

「ゲーム……は一人用しかないし、ボードゲーム、なんてないし、テーブルアールピージーは違うし……トランプはどうかな?」

 

 結局これくらいしかない。押入れの中をあれこれと漁ってやっとこさ見つけたトランプを手にし、私は微笑む。シャロが頷くのを確認すると、ちゃぶ台を挟み私達は向かい合うように座った。

 

「色々持ってるのね、サヤちゃんって」

 

「まぁ、一年間何もしなかった時期があるからね。あと大学四年生は殆ど暇だったし。卒業研究とかなくて」

 

「就職活動って言葉知ってる?」

 

「さ、ブラックジャックしようか?」

 

 今は遊ぶ。それだけである。カードをシャッフルすると、私はそれを適当にテーブルに並べた。

 

「スルー……。あれ? ブラックジャックよね?」

 

 さながら神経衰弱のように並べられたカードを眺め、シャロは不思議そうにする。

 

「折角だから選ぶ楽しみを追加しようと思って」

 

「あんまり意味ないわよね、それ」

 

「選択してもさほど意味がない。人生みたいだよね……」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 私のハードボイルドな台詞が一蹴され、シャロがカードを二枚取る。

 

「馬鹿じゃないもん」

 

 膨れつつ私も二枚選択。1と5というそれとなくいいカードだ。ここから強くなる可能性が高い。一枚、二枚くらい引いても大丈夫かもしれない。

 私はカードで口元を隠し、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、いいカード引いちゃった」

 

「そうなの? ――ハッ!? まさか、並べたのは傷とか折り目とか覚えてるからじゃ……!」

 

 世界の秘密に気づいてしまったかのように目を見開き、シャロが驚愕する。

 

「いや、気分だけど」

 

「流石親戚ね……嫌なところがそっくりだわ。一枚引くわね?」

 

 一転してがっくりと肩を落とす。テンションを幾分か下げ、シャロはカードを一枚追加で拾った。

 

「あ、これは……」

 

 いいカードを取ったみたいだ。表情をぱあっと輝かせる。

 ぐ、これだと21を出さなければ負けるかもしれない。私はごくりと唾をのみ、カードを一枚引いた。出た数字は4。おしい。あと1で最強なのに。

 しかしまだ勝算はある。ここで一枚か二枚引いて、1か11となれば勝ち。まだまだ神様は私のことを見捨ていないのだ。ふっと笑い、私はカードを引く。そしてかっこよく、素早く一枚を選び取った。

 見えたカードは……エース! 勝った!

 

「ふふ、私の勝ちだね」

 

 取ったカードを並べ、私は勝ち誇る。21ならば勝ち、引き分けはあるも負けはない。決まりだった。

 

「いや、負けね」 

 

 だがシャロは平然と言う。馬鹿な、と思って彼女の前を見てみれば、キングと3、7の三枚のカードが開いて置かれていた。21にも追いつかない、20。

 何故この数字で勝ちを確信しているのだ? 疑問に思い再び彼女の顔を見ると、シャロは耐え切れないといった感じで吹き出した。

 

「ぷふふ……っ、サヤ、カード見れば分かるわよ。あははっ、面白い……」

 

 最強を嘲笑うとは、恐れ知らずな女だぜ……! などど思いつつ本当に状況が飲み込めないので、自分のカードを見る。そこには1、5、4、11の合計21のカード……と、二枚のキングが並んでいた。エース二枚を1として数えても余裕でオーバーである。

 

「な、なん……だと……」

 

 まさかの事態に震える私。ま、まさかあのスタイリッシュな取り方が仇となったのか!? くそう! デスティニーな場面に備えて、ドローの素振りをもっとしておくべきだった!

 

「完敗です……」

 

「ぷっくく、お、お腹、痛い……!」

 

「シャロちゃん、サヤさんとお片付けーーあら?」

 

 真っ赤な顔で敗北宣言する私。床に転がって大笑いするシャロ。そんな不可解な状況の自室に、千夜がやって来る。湯のみと茶菓子を載せたお盆を手に、彼女は部屋を見回す。

 

「面白そうなことがあった気配がするわ!」

 

 それから目を輝かせ、驚くほど素早くテーブルに近寄り、トランプをいそいそと片付けてお盆をテーブルに置いた。すごい食い付きである。

 

「なにがあったんですか?」

 

「いや、聞かんといて……」

 

「関西弁?」

 

 かっこつけてトランプを引いたら自爆した、なんてとても語れるものでない。この一件は封印しておこうと思う。

 

「千夜、今サヤちゃんがね――」

 

「わーわー! 駄目だよ! 言ったら!」

 

 大笑いから復帰したシャロが暴露しようとするのを私は大声を出して止める。

 

「えー? いいじゃない、面白いんだから」

 

「面白いから駄目なんだって!」

 

 シャロの近くに行き、口を手で塞ごうとする私。シャロはそんな私の頭を押さえて楽しげに笑う。騒がしい攻防を眺め、ぽつんと一人で見ていた千夜は一言。

 

「シャロちゃんが弄る側に……!」

 

 余程驚くべきことなのか、シリアス顔でカタカタと震える千夜。つまり普段は弄られていると。興味深い話である。

 

「どういう意味よそれ!」

 

「特に深い意味はないわ。それじゃ、お祝いしましょう」

 

「なんで私が弄る弄られるでお祝いなんてするの!」

 

「え? サヤさんの引っ越し祝いだけど……お祝いしてほしかったの?」

 

「……もうやだこの血筋」

 

 きょとんとする千夜に、シャロは心底疲れた様子で呟く。

 傍から見ると私もあんな感じなのか……。

 

 

 


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