ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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「おかしなシャロちゃん。はい、どうぞ」

 

 お盆に載せていた湯のみをこの場にいる三人、それぞれの前に運ぶ千夜。流石は甘味処の看板娘といったところか、私とは比較にならないてきぱきとした動作でお茶菓子も配置していく。湯のみの中は綺麗な緑色をしたお茶が入っていた。香りがよく、物凄く落ち着く。この色と香りならばきっと味もいいのだろう。そしてお茶菓子は羊羹だ。茶色っぽい羊羹の中に栗が入っており、見るからに美味しそうである。家庭で使うような箸やスプーン、爪楊枝とは違う黒の菓子楊枝が品を高めていた。最早お皿に乗っているのを眺めるだけで、満足してしまいそうだ。

 熱いお茶と羊羹。なんとも理想的な間食だろうか。甘兎に来て良かった。いつまでも眺めていたいが、これは食べ物。空気に触れていては劣化するばかりだ。私は手を合わせ、いただきますと言い羊羹を一口食べる。栗が入るよう切り分けて、口へと運ぶ。

 柔らかい。栗も羊羹も簡単に噛みきれ、絶妙なバランスの甘みが広がる。羊羹は甘めで、栗がさっぱり気味なのかな……最初は甘さがぐわっとくるのだけど、噛めば噛むほど緩和され、程よい具合になる。故に後味がよく、次の一口を早く食べたいという気持ちに繋がるのだ。この羊羹、下手したら一本は食べられるかもしれない。甘兎、おそるべし。

 

「美味しい……。もっと食べたくなるね」

 

「本当ですか? ふふ、でも夕御飯が近いからおかわりはなしですよ。ご飯がお祝い本番なんですから」

 

 嬉しそうに微笑み、千夜がお茶を飲む。私もそれに釣られてお茶をすすり、その味に驚く。ハーブティー、とはまた違うまったりとした香りが鼻を通りぬけ、濃いお茶の味わいが香りを残し、液体と共に喉を流れていく。決して渋くはなく、後を引かない美味しさだ。

 ま、まずい……絶品なのに、否、絶品だからこそ心配になる。私、ここに住んでたら貧血と肥満に困るかもしれない。

 

「うん、分かってる。残念だけど」

 

「あぁ……おいし……」

 

「絶賛みたいで嬉しいわ。お茶はおかわりあるから、いつでも言ってください」

 

 夢中になって食べる私。うっとりと呟くシャロ。二人を見て千夜は笑みを深めた。羊羹を食べつつ私は彼女の表情を眺め、ふと気になっていたことを尋ねてみることにした。

 

「そういえばなんで千夜は敬語なの?」

 

 私の記憶が正しければ、最後に会ったときは敬語じゃなく普通に話していた。昔の記憶と同一の人物の喋り方が変わると違和感がすごい。歳上に敬語は当たり前。だけどどうにも落ち着かなかった。

 

「え? ええと、大人ですし……」

 

 当然のことを指摘され、困り顔を見せる千夜。ふむう、小さいころはそんなこと気にしなかったのに、大人になっちゃってまぁ。嬉しいやら寂しいやらである。

 

「いいのいいの、私に敬語なんて。これから家族みたいな関係になるんだし、タメ口ばっちこいだよ」

 

「そう? それなら、普通に話そうかしら……サヤちゃん?」

 

 私が強く頼み込むと、千夜は記憶と同じ喋り方で、おずおずと私の名前を呼んだ。疑問文となっていたが、まぁこれから慣れていくだろう。私は敬語を使われるようなキャラでもないし。

 

「あ、そうだ。お姉ちゃんって呼んでいい?」

 

「サヤちゃん、それ覚えてたのね……」

 

 嬉しくなった私がお願いすると、千夜は恥ずかしそうに言った。千夜の容姿は成長していて気付くことができなかったけれど、彼女となにをしてなにを話したかはよく覚えている。たった一日、二日のこと。だからこそ濃い記憶として私の中に未だ残っていた。

 

「千夜がお姉ちゃんってどういうこと?」

 

「昔のことなんだけど、実は……」

 

 シャロに尋ねられ、私は記憶を辿りながら語る。

 親戚の集まりで会った日のことである。

 当時の千夜は私のことを歳下だと思っていたのか、初対面でありながら私のお姉さんを自称していたのだ。きっかけは覚えていない。千夜は私のことを連れ回したり、食べ物を食べさせてくれたり、それはもう甲斐甲斐しく話を焼いてくれた。私はそんな千夜に対して自分の年齢を隠し、妹を演じることを決めたのだ。小さな千夜が大人ぶって世話してくれるのがとても可愛らしく、本当の年齢を明かそうとは思えなかった。いや、純粋な彼女のためにも言わない方がいいと思ったのだ。

 このまま私の年齢がバレなければ、幸せなまま終わることができる。幸せな時間の中、私は自分の正体が発覚する瞬間がこないよう祈った。気持ちは舞踏会で王様と踊るシンデレラである。

 しかし二日目。時計のベルが鳴り響く。

 ――なんて言うとロマンチックな響きだけども、現実はそう美しくはない。

 千夜が胸を張って言い放った『お姉さん』という言葉に、私の母は言ったのだ。『その子は千夜ちゃんより大人だよ』と。流石は実の娘をドナドナする極悪人。空気を読むことも、思考する素振りもなくストレートに言い放ったことを今でも覚えている。子供の夢を壊すのはいつだって大人なのだ。

 それからデリカシーのない母は大人げなく、まるでスイッチを押していない目覚まし時計の如く喧しさで、千夜のこと延々とをからかい――千夜は物置に引きこもってしまった。可哀想に、幼い千夜にはすごくショックだったのだろう。私はそっとしておこうと思い、彼女が元気になることを祈った。さながらその時の気分は舞踏会に行けるよう夜空に願うシンデレラであり――その想いを叶えたのは童話の通りおばさんみたいな魔法使い。千夜のおばあちゃんだった。

 彼女はつっかえのある物置の扉を力づくで引きずり出すという、魔法もびっくりなことをやってのけ千夜を救出した。シンデレラにドレスを着せて、城へ投げ飛ばすようなパワフルプレイである。時間にして数分の引きこもりであった。おばあちゃんに説教されて元気はどうかは察しがつくだろうが、物置から出された千夜を見て心底ホッとした。引きずられて可哀想とも思ったけれど。

 後にオニばばあと称した千夜に、私は心底同意したものだ。

 

「……嘘でしょ?」

 

 エピソードの一つを語り終えると、シャロは露骨に怪しむ目をこちらに向けてきた。顔を真赤にさせた千夜がなによりの証拠だと思うのだけど、まぁシンデレラ云々の脚色を加えたから信憑性がなくなるのは当然か。でも起きたことは全て実際の出来事、ノンフィクションである。私の鮮明な記憶がそう言っている。

 

「ま、まぁ嘘か本当かはどうでもいいと思うわ。他の話しましょう、他のっ」

 

 両手を合わせた千夜が可愛らしく話題を変えようとする。まだ頬が赤く、恥ずかしがっていることが容易に分かった。その反応でようやく察したか、シャロが目を細めた。

 

「千夜、まさか今の本当なの?」

 

「ど、どうでもいいじゃないっ。ねぇっ、サヤちゃん?」

 

 慌てふためく千夜は、私へ助けを求めるように話を振る。私はニヤッと笑った。

 

「お姉ちゃん呼び、いい?」

 

「うっ。いい、わ……」

 

「わぁい。それじゃ、お姉ちゃんとシャロちゃんのことを聞こうかな」

 

 交渉成立。新たな話題を考えると提示、それから羊羹を口に放り込む。千夜はホッとした様子で胸を撫で下ろし、大きく息を吐いた。彼女にとってよっぽど恥ずかしい話らしい。

 

「釈然としないけど――何を聞きたいの?」

 

 シャロがお茶をすすりつつ尋ねる。

 

「うーん……定番だと学校のこととかかな」

 

 親戚。それも大人と子供となれば、それが王道だろう。私も何度親戚の集まりのことで聞かれたか。

 

「シャロちゃんの学校ってどんな学校なの? お嬢様学校?」

 

「ええ、まぁ……一応」

 

 自分でお嬢様学校と言うのに抵抗があるのか、曖昧に頷くシャロ。見た目の雰囲気で言ったけど、やっぱりそんな感じなんだね。制服もお洒落だし。

 

「どう? 入学して一週間ってところだけど学校生活は」

 

「本当に親戚っぽい会話よね……」

 

 若干げんなりしながらシャロが言う。自分でもそう思った。

 

「それは私も気になるわ。友達できた?」

 

「できてるって。順調だし大丈夫」

 

 少し煩わしそうにしながらシャロは答えた。きっと何回も訊かれたのだろう。

 

「っていうか、その質問した回、数二桁いってるわよ? どれだけ心配なのよ」

 

 あ。合ってた。

 

「でもシャロちゃんごきげんようとか言わないから、学校で孤立してないか心配で心配で。ちーっすとか言ってない?」

 

「挨拶で孤立するわけないでしょ。あとそんなこと言わない」

 

 至極真っ当なことを言って羊羹を口にするシャロ。

 

「甘くて美味しい……」

 

 まぁ、お菓子でこれだけ幸せそうにできるのだ。きっと何事もないのだろう。今度は千夜の学校の様子を尋ねることにする。

 

「お姉ちゃんはどう? 妹として気になるなぁ」

 

「私の方も問題はなし。ココアちゃんっていう友達もできたわ」

 

 にこりと笑って答える千夜。うん、心配することはなさそうだ。良かった良かった。

 

「二人は同じ学校なのかな?」

 

 安心から気軽に訊いてみると、二人が微かに反応を示した。どうしたのだろう。なんだか空間にヒビが入ったかのような不穏な空気を感じたんだけれど。

 

「シャロちゃんと私の学校は違うの」

 

「え? そうなの?」

 

「うん。シャロちゃんは特待生で学費が免除されるから、って今の学校に入ってて。私は普通の学校に通ってるの」

 

「あー……なるほど」

 

 千夜に語られ、納得する。高校の学費も結構ばかにならないからなぁ。減らせるなら減らすに限るよね。それにお嬢様学校ともなれば頭もいいところなんだろうし、いいこと尽くしだ。

 しかし特待生か。優しくて可愛くて、それで頭もいいって――将来有望である。

 

「……」

 

 腕を組み、考えこむ。まさか二人が別の学校だとは。こうして放課後には会えるだろうけど、部活やバイトをするならば会えない日もある。寂しさを感じているに違いない。私にできることといえば――

 

「よし、二人とも。寂しかったら私が遊ぶからいつでも呼んでね」

 

 彼女らと遊ぶことだ。

 大人である私が遊ぶと言うと、彼女達は揃って苦笑を浮かべた。

 

「ええ、ありがとうサヤちゃん」

 

「私がお姉ちゃんだけど頼りにしてるわ」

 

 大人として、少しは力になれたらと思ったけど、逆に子供扱いされているような気がする。

 まぁいっか。力になれるなら大人でも子供でも。お茶をすすり、私は暢気に考えるのだった。

 

 

 


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