ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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 翌日。

 

「サヤちゃん、朝よ。起きて」

 

 あの乾杯の後、これまでより信じられないほど早い時間に眠った私は、聞こえてきた千夜の声によって目を覚ます。窓から射し込む朝日が眩しい。制服姿の彼女の姿を薄目で確認し、私は身動ぎした。

 

「ん、お姉ちゃん? ……あと五分」

 

 別に目は覚めていたが、お約束というやつである。千夜に起こされるというのも悪くない。お姉さんぶる、といった可愛らしさはなく余裕ある対応はお姉さんそのものなのだけど、そういう千夜もまたいい。甘えたくなる。我ながらとことん駄目な人間だなとは思う。

 

「あら。おばあちゃんに怒られるわよ。ほら、早く」

 

「うわっと、びっくりした」

 

 布団が捲られたと思えば、ひょいと持ち上げられ、私は寝ぼけたふりをやめる。

 

「はい、これでよし」

 

 床に私を立たせると、千夜は満足げにしながら言った。ニコッと笑い、寝癖のある私の頭を撫でる。

 

「おはよう。時間は……おおう、結構早い」

 

「仕込みとかあるから。サヤちゃんもお仕事今日からよね? ご飯用意してあるから、食べたら下に行って」

 

 ということはこの時間より早くにおばあちゃんとか千夜は起きているわけだ。お茶屋さんも大変である。まぁ、大変と言っても、学校の登校前ということで、現在の時刻は7時前後なんだけども。でも私のここ最近の睡眠事情を考慮すると、この時間に起きることは物凄い早起きなのだ。むしろまだ寝ていない時間だったことも多々ある。

 

「了解。お姉ちゃん、学校頑張ってね」

 

「ええ、ありがとう。がんばってお勉強してくるわ」

 

 グッと拳を握り、ガッツポーズを作る彼女。やる気は満々といった感じだ。そんな彼女を見ていると、こちらまでやる気が出てくる。

 

「私も頑張らないとなー。さーて……二度寝」

 

「言ってることと行動が一致してないわよ」

 

 布団に潜り込もうとする私につっこみが飛ぶ。流石は千夜。つっこみもできるのか。感心である。

 

「というのは冗談で、お姉ちゃんは朝ごはん食べたの?」

 

「私も今から。一緒に食べましょう?」

 

 のほほんとした雰囲気で言い、千夜は部屋から出ていこうとする。私もその後に続いた。朝食はやっぱり和食なのだろうか。昨日の晩御飯は洋食――それもお祝いだからか鳥の丸焼きだったり、唐揚げ、ポテト、サラダにスープという豪勢なラインナップだったのだが。あれは美味しかった。丸焼き以外は千夜が作ったらしいし、朝食も期待できそうだ。

 千夜の後ろ姿を眺め、廊下を歩く。するとお味噌汁の匂いが漂ってきた。久しく嗅ぐ匂いだ。大学生になってからは朝食なんて抜いて当たり前な感じだったし、お味噌汁はたまに夕食や牛丼屋で食べるくらい。朝に飲むなんて何年ぶりだろうか。

 なんて思っていると、私のお腹が鳴った。

 

「ふふ、腹ペコみたいね」

 

「あはは、いい香りでつい」

 

 苦笑気味に答える。まさか匂いでお腹が鳴るなんて。私の身体はいつからこんな正直者に。

 

「健康的でいいことよ。作った人間として私も嬉しいし」

 

「健康的ね……」

 

 居間の襖を開き、中へと入っていく。部屋の中心に置かれたちゃぶ台には昨晩と同じ位置に料理と箸が配置されていた。あそこが私の定位置になるようだ。座布団に着席。千夜とテーブルを挟んで向かい合う。

 朝食のメニューは和食だった。お味噌汁と焼いた鮭。それから漬け物といった献立だ。シンプルながら美味しそうだ。早速手を合わせて挨拶をすると、私達は食事をはじめた。

 朝食といえばこれ。そんな感じのメニューの味はとても懐かしく、素朴ながら美味しい。塩加減は若干柔らかめで優しい味がした。健康的にもよさそうだ。

 

「そういえば、お姉ちゃん私について知ってるの?」

 

 食事をしつつ、私は問う。おばあちゃんには私の両親を通じてぐーたら生活が露見していたけど、彼女は知っているのだろうか。

 

「サヤちゃんについて?」

 

「うん。ほら、ここに来た理由とか、普段の生活とか」

 

「はむっ、んー……」

 

 鮭を口に入れ、むぐもぐとやりつつ千夜は視線を斜め上に向けて小さく唸る。何か考えているようだ。そうして思考した後、口の中のものをのみこむと、彼女は短く答える。

 

「特には」

 

「あ、そうなんだ」

 

「ぐーたら生活してたとはおばあちゃんから聞いたけど」

 

「……そうなんだ」

 

 くっそー……あのおばあちゃんめ。次会ったら褒めまくって恥ずかしい思いをさせてやろう。ふっふっふ。

 ま、秘密でもなんでもないしいいんだけどね。そういう生活をしていたのも事実だし。けどそれを千夜に知られるのは少し恥ずかしい。……これからは仕事をするわけだし、せめてぐーたらと言われないようにしないと。

 

「あ、でも一応仕事はしてたんだよ? 犬の散歩とか洗濯とか家庭内のお手伝いだけど」

 

「そうなの? 偉いわね、サヤちゃん」

 

 うん、なんだか言ってて虚しくなってきた。

 千夜ちゃんは本気で私のことを褒めてくれているのだと分かるけど、だからこそ心苦しいというか。仕事をしている全国の皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいである。合計一時間もしない作業を仕事と呼んでごめんなさい。全国の多忙な主婦さんにも謝罪します。私のは家事のおままごとレベルでございます。

 真面目にしないとね、ほんと。今日から私は生まれ変わるのだ。ぐーたらとは言わせない。

 そのためにも朝食をしっかり食べてエネルギーをためておこう。ふぅ……お味噌汁やっぱり美味しい。

 

 

 


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