対魔にンAkUイ…『コンクルージョン・ONE』 作:迷子の鴉
色々困難がありますが、とにかくきれいにまとめて終わらせることを第一に書いていきます
悪意【あくーい】
①他人に害を与えようとする心。わるぎ。「―を抱く」「―に満ちた批判」「―のない冗談」
②わざと悪くとった意味。「―に解釈する」
誰も助けてくれなかった
トウサンだけが助けてくれた
ーまえさき市五車町、五車学園敷地内第一訓練場14;00ー
魔界の者たちの侵略に対抗するために日夜問わず。対魔忍は己が持つ「忍術」を極め駆使することにより卑劣で悪辣な魔の手から人を救っているのである。
その対魔忍を養成する五車学園で翡翠は一人荒んでいた。
「……ハッ、せいっ、やぁっ!!」
錫杖を構え、ゆっくりと体勢を変えて一気に力を放出させ、攻撃を繰り広げる。
対魔忍の体内を
更に動きを止めずに遠心力で体を回し、全方位へ錫杖を振り払ってゆく。
更に次々に刺突、薙ぎ払い、袈裟おろし、蹴り上げからの追撃の下突き。実戦で用いる動きを取り入れた演武を繰り広げ続けること5分。
「……」
どれだけ美しく速く重く。繰り広げる武の舞を変化させても彼女の表情は、戸惑いと苦痛に満ちたものだった。
「駄目、やっぱり……あれから全く体がついて行かない」
動きを止めて訓練用に着替えていた対魔忍スーツの裾をめくり、覆われていた体を見る。
そこには、まばらにだが赤くぽつぽつと浮き出たアトピーが翡翠の体全体に広がっていた。
みんな嫌いなんだ誰もボクのことを見てくれないから
「痒い…」
自主練に区切りをつけた翡翠は制服に着替え、教室に置いた荷物を取りに廊下を歩いていた。やはりその際にもアトピーの湿疹が服と擦れて痒くなってしまう。服で隠せない手首に脹脛の部分は包帯を巻くことで周囲の目をごまかしていた。
2日前に人生で生まれて初めて皮膚科の診断を受けたが、そもそも対魔忍の体は一般人とはかけ離れたものであるうえに診断材料が圧倒的に足りない。というより対魔忍のカルテはたいていが戦死か行方不明で埋め尽くされるために病状を判断できるものがない。だから政府管轄下の専門医でも「原因不明」という苦虫を噛み潰したような屈辱の判断をくだす他なかった。
任務に失敗した日。白い異形と出会ったあの日。地に手を付け座り込み、自分は錫杖を向けることしか出来なかったあの日。
どの魔族とも違う覇気、殺気を纏うそれに終始圧倒されるしかなかった。
大きく深く長く煮こんだ悪意が奴から溢れていた。
あの時、偶然キングダムで単独捜査中だった
『人か』
『敵か』
『敵なら』
『殺す』
恐怖は未だに記憶から拭いきれないほどに深く浸透しすぎていた。あの日を境に魔族の惨殺を行う異形は公式に「白い死神」と呼ばれるようになり、多くの裏社会関係者が彼に注目し、裏掲示板*2では日夜情報が更新され続けるほど世界をさわがせている。
異形が彼女に残したものは確実に由利翡翠という少女の心に悪影響を及ぼしていた。
人間と魔族が織りなす「悪意」。
命を失い、凌辱され、仲間を失う「恐怖」。
奪われ、弄ばれ、それでも今が何も変わらないことへの「憤怒」。
終わらない戦いへの絶望
あの日から由利翡翠の中でナにかが壊れ始め、ナニカが蠢き始めた。
『死神』が大技を出すときに発した電子音が頭の中から離れない。どれも対魔忍として戦う際、抑え込むべき感情なのに以前より歯止めが利かなくなっている。
運動不足、PTSD、恐怖心。どれも違う。体も集中も平常運転だ。心だけが「悪意」に捕らわれたままだ。
念のために桐生佐馬斗の魔界医療の診察も受けてみたが全項目異常なし。
あの日から、周りの対魔忍達からは動きが良くなった。判断が早い。キレが違うと褒められもした。
だが賞賛の言葉をもらっても翡翠の心は晴れなかった。むしろ悪化した。その頃からアトピー性皮膚炎の症状が出始めた。
何かが足りない。その「何か」が分からなくて苛立つ。足りないと言うよりは何か余計なものが体に纏わりついて重くなっているような気がする。周りが良くても自身が納得出来ない。まだいける領域があると本能が叫んでいる。
言うなれば、体と心の波長が合っていない。体が脳の命令にスムーズに動かない。
今の自分はまだまだまだまだ強くなれる。
今よりもっと早く動ければ効率よく殺せる。方向転換を早くすればスムーズに殺せる。対魔粒子の巡りを意識すれば軽く殺せる。
殺せる早く殺せるいっぱい潰そうキモチワルイ死んじゃえ消えろ滅びろぶつけロ弾けろ。
もっと先へ行ける。今よりももっと高く高く高く高く高くどこかへと行けるような。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せコロせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せこロせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺すすすす殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺す
パチン‼
頬をひっぱたいて暴走しかけた思考を閉ざし、現実へと目を向ける。
「……本当に疲れているかも」
このように一度思考に入ると殺意が増幅するようになり、あたりかまわずゼンブぶっ壊したくなるような以前の自分では考えられないほどのすさんだ感情が彼女を蝕んでいた。そろそろ限界が近づいてきた翡翠は帰りに稲毛屋のアイスを買って帰ろうかと考えた。
だから翡翠は気づけなかった。後ろから普通に近寄る彼女に。今最も会ってはいけない『対魔忍』に。
「今から帰るの?翡翠ちゃん」
「⁉……鬼埼、ちゃん……」
普段なら早く気付けるはずの同級生に反応が遅れてしまう。
「ちょっと大丈夫?ここ最近変よ。なんかあからさまにみんなと距離置いてるし」
「…そう、かな」ズキズキ
「そうよ!委員長とかさくら先生も心配してたし」パキパキッ
話に相槌を打っているが内心早くこの場から去りたい。駆け足でもすぐに。頭痛が酷くなる。
実際にアトピーよりも翡翠を悩ませているのが仲間とのコミュニケーションの際に生じてせりあがるこの不快感だ。
由利翡翠という少女は基本仲間のことを重んじる協調性のある対魔忍だ。
基本は無口でコミュニケーションが取りにくい翡翠だが任務を共にする仲間に対しては深く信頼し、何が何でも守り抜こうと必死になれる者だ。
だが、最近は酷く思いが虚ろになってきていた。
日夜問わずに仕事を依頼してくる上層部への不満。我先にと突っ込んで敵に捕まってアヘアへいう仲間に煩わしさと殺意がにじむ。
此の世で息つく全てのものが翡翠を苦しめるような。そんな悪夢が長々と続く日々。
今まで仲間にも親にも先生にも思っていなかったことが浮き上がってどろどろと心に侵食していく。媚薬よりもへばりつき鈍らせ殺意を高めるこの悪意に翡翠の心は限界だった。
なによりここで彼女、鬼埼きららという『対魔忍』に遭うことは翡翠にとって大災害に等しい苦境に立たされた瞬間だった。
「そういえばまた任務で大けがしたんでしょ」「そ、そうだね。でももう大丈夫だから」「良くないわよ!また男をかばって怪我したんでしょ!」「それは、私が行かなきゃもっと酷いことになっていたかもしれないから・・・」
「だからってねぇ。ああもう!」
やめろ。やめてやめてよ。
今の私の前でこれ以上言葉を吐かないで。
「ほんと。男ってどいつもこいつも頼りにならないわよねぇ。足ばっか引っ張ってさ!翡翠ちゃんも気をつけなよ!」
⦅ふざけるなオマエはいつモ自分しか見テナい癖に⦆
『Malice learning ability』
「‥……ッ!!」
頭を振りかぶって廊下の壁に激突させる。
即座に回れ右をして駆ける。頭から血が流れ始めたが気にもできなかった。
「え? ちょっと翡翠ちゃん!?」
後ろからきららの驚いた声が聞こえる。
翡翠は振り向けなかった。これ以上向かい合えば自分が何をするか怖くなったから。
仕方ないから。全部壊そう。誰も何も聞いてくれないし邪魔しかしないからさ
―東京都内渋谷区某ビル15;26―
「あちゃ──翡翠ちゃんだっけ? 彼女には荷が重かったかねぇ」
渋谷の高層ビルの屋上。そこに行くためにはビルの管理会社のアクセスキーが必要となる場所に少年はいた。
八重歯をのぞかせ口元をあげて笑っている彼は、まえさき市の方角を向いて独り言を呟いていた。常人には見えることも認識することもできないはずのはるか数百キロの距離の田舎町の様子を彼はその場で見ているかのように認識して上で呟いているのである。
「とはいえあれはアーク様に必要な『要素』だからねー簡単に抜けられると僕ッチがアーク様と
座っていた屋上の淵から立ち上がり、飛び降りる。
「もう少し、
ビルの下の道路には今日も変わりなく車がうごめき、人は歩く。
そこには何の変化もない日々が続いていた。
③〔法〕ある事実を知っていること。「悪意の」は「知りつつ」の意。必ずしも道徳的不誠実の意味を含まない。
引用:広辞苑 第七版
-五車学園三年生フロア「3-〇」教室前-
由利翡翠が鬼埼きららから逃げた教室前の廊下に二人の若き対魔忍がいた。一人は可愛いもの好きの女装の男子生徒。もう一人が髪で顔の半分を隠したミステリアスな剣士の女子生徒。
「(・・・・)」
「ん?どうしたのコロちゃん?」
「(何でもない。……行こ)」
友人の声にこたえ、彼女は己の仕事、風紀委員としての操作を全うするために彼とともにその場から去り行く。
少し早歩きになりその場から一刻も早く離れるように急ぎ足で着替えを取りに行く。
コロちゃんなら、きっと俺に気づいてくれると思っていたんだ
「(なんだか……すごく懐かしかったような・・・・)」
道は長くとも終わりは必ず結び付く。