ボクシングは辞めたけど、このたび超絶可愛い幼馴染と付き合うことになりまして   作:マクハリ

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「──えへっ。はーやた♪」

 

 ──ぎゅむっ。

 不意に、柔らかな感触が背中に伝わる。

 学校から帰宅し、俺の部屋で二人きりになった途端、天音は声を弾ませながら、いきなり後ろから抱きついてきた。

 毎度のことながら、天音のスイッチのオンオフの切り替えの落差は、本当に激しい。

 人前では周りの目を気にして、絶対こんなことはしてこないのに、二人きりになるとまるで(たが)が外れたように、必ずこうしてくっついてくる。

 無論俺は、天音のそういった部分も含めて彼女のことが好きだ。

 

『──私、颯多のことが好き……!』

 

 彼女にそんな風に告白されたのは、忘れもしない。中学三年の秋頃だった。

 右目の手術を終え、通院しながら徐々にボクシングにも見切りをつけ始めていた、それぐらいの時期。

 その日は今日みたいにたまたま空音とは別行動で、学校から家までの帰り道を天音と二人、何気ない会話をしながら歩いていた。

 

 いつもは三人一緒が当たり前の帰り道。

 けれど、その日は二人きり。

 白状すれば、俺も幼い頃からずっと、天音に対し密かに想いを寄せていたので、彼女と二人きりのその状況に内心かなり緊張していた。

 そんな緊張が天音にも伝わっていたのか、それは定かではない。

 けれど時間が経っていくにつれ、お互い口数がどんどん少なくなっていって、やがて俺たちは完全に無言になってしまった。

 しかし、その数秒後。

 

『────!!』

 

 天音は突然立ち止まり、大きく俺の名前を呼んだ。

 思わず振り返って目を丸くしている俺に、天音は数瞬の間の後、俺に告白の言葉を告げた。

 

 最初は俺も驚いたし、突然の事態に何が起こったのか分からず、激しく動揺した。

 それでも何とか、自分は今、好きな女の子から告白されたのだという事実を認識する。

 そしてぎこちないながらも俺も彼女のそんな告白を真っ直ぐに受け入れ、そうしてその日から、晴れて俺たちは恋人同士の関係となったのだった。

 

 高校生になった今も、その関係はもちろん続いている。

 ……が──。

 

「ちょっ……、天音」

 

 ……いくら付き合っていると言っても、こうして急に抱きつかれるのはさすがに心臓に悪かったりする。

 

「──むふぅ」

 

 しかし天音は、そんなことまるで気にしていないように満足げな声を漏らしながら、俺の背中に顔を埋めてくるのだった。

 服越しに彼女の吐息が背中に当たってこそばゆい。

 

「私、颯多とこうしてくっつくの好きだなぁ」

「……そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺、部屋には着替えを取りにきただけで──」

「うん、分かってる。だから、ちょっとだけ……」

 

 こういうとき、俺はどうしたらいいのか分からない。

 小さい頃からずっとボクシング漬けで、あまり娯楽に触れてこなかったせいか、普通の恋愛の仕方というのがいまいちよく分かっていないのだ。

 俺も好きだよ、と言って抱き返せばいいのか、それともこのままじっと、されるがままでいたほうがいいのか。

 強引に振りほどく、という選択肢はもちろん無い。それが相手を傷つける行為だということはさすがに分かる。というかそんなこと絶対したくない。

 だって、俺も天音のことが好きなのだ。だからこんな風に彼女にくっつかれると素直に嬉しいし、できることならずっとこうしていたいとも思うが、さすがにそれは恥ずかしいし、心臓も持たない。

 今だって俺の心音は、ターボエンジン並みに加速しっぱなしなのだから。

 

「すごいドキドキしてるね……」

 

 そしてどうやらそのことは天音にもしっかり伝わっているようである。

 なんだか物凄く恥ずかしい。

 

「……でもやっぱりこうしてると、すごい落ち着く」

 

 天音は昔から俺とよく一緒にいることが多かった──と、いうか、分かりやすい言い方をすれば俺にめちゃくちゃ懐いていた。その様はほとんど飼い主に尻尾を振る犬と同義で、いったいどんなきっかけでそんな風になったのか分からないが、気付けば天音は俺にいつもベッタリだった。

 学校の休み時間は暇さえあれば必ず俺の元に来て、ジムでの練習中もずっと端っこで見学しながら、それが終わったら一緒に帰ってほとんど、それこそ風呂と寝るとき以外はほぼ一緒にいた。妹の空音とも一緒にいる時間は長かったが、さすがに天音ほどベッタリではない。

 そして俺はそんな、いつも俺の周りを付いて離れない彼女、須ノ原天音の事をいつの間にか好きになってしまっていた。思春期という成長の過程を経て天音のことを徐々にただの幼馴染から異性として意識するようになり、やがて初恋の少女へと変わっていったのだ。

 

 だってこんなん可愛すぎるやん!

 この子明らかに俺のこと好きですやん!

 

 いつしかそんな感情を抱くようになり、俺の中で須ノ原天音という少女の存在がどんどん愛おしくなってきて、『嗚呼、守ってやりてぇこの笑顔……!』とやがては完全に恋に落ちていた。

 正直小学生ぐらいの時から、あ、たぶんこの子俺のこと好きだなー、となんとなく気付いていたが、俺はリングの上以外ではとことんヘタレ気質の奥手野郎なので、なかなか想いを告げられず、結局中三になって彼女のほうから告白してくるまで何もできなかった。

 男としてなんとも情けない話ではあるが、結果的にこうして付き合えたので結果オーライと言えよう。草食系男子とかまだ需要あるんですかねぇ? あってほしいなぁ切実に。

 

 ……と、そういう訳で俺こと涼村颯多は須ノ原天音のことがずっと前から大好きだ。

 

 しかしふと、そこで俺の頭の中に一つの疑問が浮かんでくる。

 それは、“どうして天音は俺のことを好きになったのか”、だ。

 単純に顔だろうか? たしかに俺は特別不細工という訳でもなく、アスリートによくありがちな特徴の無い塩顔フェイスだと自負しているが、顔に惚れたと言うのなら同じ系統でももっとイケメンはたくさんいる。

 ならばボクシングしている姿が好きだったから?

 だとするならボクシングを辞めてしまって、さぞがっかりしていることだろう。

 というか、頭であれこれ考えるぐらいならいっそ本人に正面から直接聞いてみるか。

 俺にどんな魅力があるのか、俺自身としても興味がある。

 

「なあ、天音。一つ聞いてもいいか?」

「うん。なに?」

「天音はどうして、その……。俺に告白したんだ?」

「? 颯多のことが好きだから?」

「うーん、そうじゃなくて。どうして俺を好きになったのかな、って」

「あー、なるほど、そういう話ね……」

 

 訊ねると、天音はうーむ、と唸る。

 え、俺の魅力って、そんな真剣に考え込む必要があるほど出てこないものなの? それはそれで割とヘコむんだけど。

 

「どう言えばいいのか、それに、どこから説明すればいいんだろ……」

「そ、そんな難しく考えずに、こう、パッと思い浮かんだことをそのまま言ってくれれば……」

「うーん、じゃあやっぱりアレだ。颯多はさ、ちゃんと私のことを見てくれてるんだよ。だから好きなの」

「うん……?」

 

 言葉の意味がうまく理解できず首を傾げる。

 

「ほら、私と空音って双子でしょ?」

「うん、そうだな」

 

 何を今さらそんな当たり前のことを。

 

「それも一卵性で、すっごい似てて。顔とか体型とかもほとんど同じでしょ? だから普通はさ、他の人から見たら、私たちって見分けがつかないんだって」

「まあ、たしかによく似てるもんな」

 

 須ノ原姉妹は本当によく似ている。たぶん双子というカテゴリーの中でも特にそっくりな部類に入るだろう。髪型を揃えてしまえば、たしかに彼女たち二人を見分けられる人間はかなり限られるかもしれない。少なくとも、関係性の浅い人間にはまず不可能なことだろう。

 

「双子だから仕方ないことだけどさ、私にとってはずっとそれがコンプレックスだったんだよね。すぐ比べられるし、名前もよく間違えられたりして、私を一人の人間として見てくれてる人なんかどこにもいない、みんな私たちを双子として、二人セットで、同じものとして見てるって。どっちがどっちかなんて、どうでもいいんだって。そう思ってたの」

「……うーん。でも、俺はちゃんと分かるぞ? 顔を会わせれば、どっちが天音でどっちが空音かなんて、だいたいすぐ分かる」

 

 とはいえ、何か二人の容姿に決定的な違いがあるわけではない。言葉で説明することはできない。それでも、きっと一緒にいた時間の長さからだろう。俺は実際に会いさえすれば、二人の顔をちゃんと見分けることができた。

 たぶん細かい表情の作り方とか、そういう雰囲気的な部分で、ほんのわずかに違いがあるんだと思う。

 

「そう! だから颯多は凄いんだよ! 他に誰も私たちのことを見分けられる人なんていないのに、颯多だけは一目見ただけで簡単に私たちのことを見分けられるんだもん!ねえ覚えてる? 前に私と空音で服と髪型を入れ換えてさ、私が空音で、空音が私として、それぞれお互いのフリをしながら話しかけた時のこと」

「ああ、うん。たしかその時は、『あ、今日は服交換してるんだ』って……」

 

 俺としては、まあそんな日もあるんだろうなぁ、というぐらいの気持ちで何の気なしに言ったセリフである。髪型についても、今日はそういう気分なんだろう、と、それぐらいの感覚だった。

 

「本当、あの時はビックリしたなぁ。だってお母さんでさえ、入れ換わってることに気づくのにすっごく時間かかったんだよ? それなのに、颯多は一瞬で見抜いちゃうんだもんなぁ」

「まあそりゃ、赤ん坊の頃からの長い付き合いだからな」

 

 ちなみにフォローしておくと、彼女たちの母親である『時音(ときね)』さんは、二人が生まれる前に旦那さんを病気で亡くし、それ以来シングルマザーとして女手一つで彼女たちを育ててきたので、仕事で忙しくほとんど家にいてあげられないが為に、単純に一緒にいられる時間が極端に少ないのだ。たぶん二人と一緒にいる時間なら保育園からずっと同じ所に通っていることも含めて俺のほうがだいぶ長い。それに、単純に仕事の疲れもあったのだろう。

 だから二人の入れ換わりをすぐに見抜けなくても無理はないし、それに時間がかかったとしてもちゃんと気づけたのだから十分凄いことだ。ただ長く一緒にいただけの俺なんかよりもずっと。

 

「だからその時思ったの。ああ、ちゃんと颯多は私のことを見てくれてるんだって。私のことを須ノ原天音として、一人の女の子としてちゃんと見てくれてるって。──そう思ったら、私、すっごく嬉しくなって、その日から、いっつも颯多のことばかり追いかけてた。颯多の傍にいるとなんだか凄く安心して、ずっと一緒にいたいって、心からそう思うようになったの」

「……そうだったのか」

「うん。颯多は本当に凄いと思う。ボクシングだってすっごく強いし、練習も頑張ってたし、大会で良い成績残しても、全然偉そうにしないし、優しいし。──それにね? 実は今でも定期的に私と空音が入れ換わってるってこと、気付いてる?」

「えっ!? そうなのかっ!?」

 

 やばい、全然気付いてなかった……。

 

「ふふっ。安心して。颯多はちゃんと全部気付いてるよ。だって私が空音のフリして話しかけても、必ず第一声で私のことを天音って呼んでたもん。もちろん私のフリをした空音のことも、ちゃんと空音って。──まあ、颯多のほうはたぶん、入れ換わりとかそういうのじゃなくて、単に私たちがちょっとイメチェンしたぐらいにしか思ってなかったんだろうけどね?」

「……うん。完全にそう思ってました」

 

 ……そうか。じゃあ、あのいつもの唐突な髪型交換が行われている日はそういう意図があってやっていたのか。しかしよく見抜いた。偉いぞ、過去の俺。

 

「……本当、ここまで見事に見抜かれちゃうと、なんだかこっちが悔しくなってくるよ。特に一番最近なんて、サイズが同じとはいえ、制服だけじゃなく下着まで交換して万全の構えで挑んでたんだよ? それなのに一瞬だもんなぁ。ほんと好きぃ」

「おう、ありがとな……?」

 

 唐突に愛を囁かれ、反射的に疑問形ながらもお礼を言う。

 

 ──とにかく要約すると、天音が俺のことを好きになったのは俺が天音と空音のことを完璧に見分けられるから、ということだろうか。

 ほう。まさかそれぐらいのことで好きになって貰えていたとは。おそらくボクシングで養ったであろう自らの観察眼に拍手を送りたい気分だ。

 

「あと割と顔も好き」

「ありがとう」

 

 割と、という部分がすごく気になるが、やはり男は顔だった。

 いや顔『も』ということだったのできっと内面のほうも好いてくれているに違いない。そう信じよう。

 まあ話を聞く限り天音が俺のことを好きになったのは小学生の頃らしいし、小学生なんて足が速いだけですぐ女子にチヤホヤされていた時代だ。

 

 あまりにも単純なきっかけで、劇的なドラマのような展開こそ無かったが、実際の恋なんてきっとこのぐらいシンプルなものなのだろう。

 だって俺のほうも、単に天音が俺に対してめっちゃ好き好きオーラ発してきてたからいつの間にか好きになっていたっていう単純すぎる理由だもんなぁ。

 

「……でも颯多って、ずっとボクシング頑張ってたじゃん? だから、私が告白なんかしたら、頑張ってる颯多の邪魔になっちゃうかもって思って、なかなか勇気が出なかったんだよね……。けど、去年颯多が目を手術して、ボクシング辞めることになってさ、すっごく落ち込んでる姿を見て、こんな傷心につけ込むようなこと良くないって思ったけど、でも落ち込んでる颯多の顔を見たら、思ったの。私が支えてあげなくちゃって! 颯多のことを支えてあげられるのは私しかいないって!」

「……そうか。それで告白してくれたのか」

「うん。他にも色々と葛藤みたいなのはあったんだけど、言葉でまとめると、そんな感じ」

 

 言い終わると、天音はえへへ、と、はにかむようにして笑った。

 そんなふとした仕草がいちいち可愛い。

 

「ありがとう。俺も好きだよ、天音の顔」

「こーらー!!」

「あはは、冗談だって。俺も、天音の優しくて思いやりがあって、恥ずかしがりやなくせに見栄っ張りで、それから夜は怖くて未だに一人でトイレに行けず、隣の部屋で寝ている空音をわざわざ起こして一緒に付いてきてもらうところとか、大好きだぞ!」

「なんか余計なのが混ざってるんだけど!?」

「あと夜な夜な自作のポエムを作って密かに部屋で一人復唱してる乙女チックなところとかも──」 

「わーっ!! もういいってばーっ!!」

 

 俺がからかうと、天音の顔が面白いようにみるみる真っ赤に染まっていく。天音のこんな可愛い表情をこれだけ引き出せるとは、情報提供してくれたSさんには感謝しなければ。

 

「あ、そういえばヒナ姉に聞いたけど、颯多って小学校三年生までおねs──」

「──ってうぉおおい!? なに反撃してきてんだ!? というかそれ嘘だから。姉は嘘しかつかない生き物なんだから」

「私も一応姉なんだけど」

「そんな馬鹿な」

「どういう意味だっ!」

 

 ──それからも、俺たち二人の不毛な暴露合戦、もとい、黒歴史の応酬は互いのネタが底を尽きるまで続いた。

 付き合いが長いということは、それだけ互いの弱味も知り尽くしているということでもある。

 幼馴染という互いに気心の知れた関係。恋人として付き合う上で秘密がないということは美徳かもしれないが、それも場合によっては少し考えものなのかもしれない。

 

 

 





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