咲ちゃんとキャッキャウフフしたいだけの人生だった   作:sannsann

10 / 19
●とある刑事の独白

彼女とはじめて出会ったのは、とある雀荘でだった。

私は少年課の刑事だったのだが、未成年の女学生がヤクザから略取等の何らかの被害にあっている可能性が高いとの情報を得て、被害者と同じ女である私と、暴力犯課の刑事達と共に現場に踏み込んだ。

 

踏み込んだ先で見たのはヤクザを踏みつけている彼女だった。

数々の悪ガキを見てきたが、あんなのは見たことがない。

漫画やドラマのように、格闘技が強い女子高生がヤクザを制圧したわけではなく、単純にヤクザを餌に尻の毛までむしりとっていたのだった。

 

本署に任意同行して調べてみるとまだ中学生だった。

『取り調べといえばカツ丼ですよね!』とか言ったので自腹でいいならと注文を頼んだ。

 

結局彼女は年齢のこともあってか、何の罪にもならず被害者扱いとして母親に引き渡した。

母親が涙目でカツ丼代を支払っていたのが印象的だ。

 

 

 

その後、彼女が鮮烈な高校デビューを果たした事を新聞の一面でみた。

高校一年生にして麻雀の全国チャンピオンとなったのだ。

 

それからも彼女の伝説は続き、春季大会でも優勝したり、世界大会にも出場したりしていった。

 

不良がボクシングに出会い、チャンピオンになっていくように、彼女もきっとそうなのだろう・・・。

きっと彼女と会うことはもうないだろう。

そしていつの日か私は『実は彼女昔はヤンチャしててさ、私が取り調べしたのよ?』等と自慢する日がくるのだろう、それこそドラマのように。

 

 

 

 

 

そんな風に思っていた時期が、私にもありました。

 

 

 

 

 

それはとある有名名門校の教師と保護者という女性が相談に来たことから始まった。

思えばその女性にはどこか見覚えがあったが、その時は思い出せなかった。

 

相談内容は、とある女生徒が他の女生徒に対してスカートを捲ったり胸を触ったりと・・・いささかスキンシップの域を超えている行為をすることについてだった。

 

最初はまあ女子校だし、軽い百合かな?と思っていたが、聴取してみると、スキンシップなんてとんでもない。

股間に顔を埋めたり、胸も…その乳首までいやらしく触ってきたり、挙げ句の果てに首筋や頬をペロペロと舐めてきたりと、普通に犯罪行為であった、擁護のしようがない。

こうしてウチ(警察)にお願いする前に、生徒指導の先生も含めて矯正しようとしたが、ダメだったそうだ。

なるほど、それでウチに来たわけか。警告段階はもうすんだ、と。

 

ところが被害届を出すのかと思えばそうではないようだ。

何でもそれは少し避けたいらしい、と言うのもその女生徒と言うのが、今世間を賑わしている宮永照(チャンピオン)だという…

その全国チャンピオンの不祥事はマズいというのも、多少あるらしい。

だがそれ以上に被疑者である当の本人が全く悪意がないからだそうだ。

いやあるだろ悪意。むしろ悪意の塊だろ。

 

だが被害者等が言うには、本当にキラキラとした瞳で、まさに汚れを知らない少年のような瞳で見つめてきて「パンツ見せて」と懇願してくるらしい。

真面目な顔で何言ってんだこいつら、と思った私は悪くないはずだ。

て言うか私の中で、彼女については良い話で終わっていたはずなのだ、やめてくれ、これ以上チャンピオン像を崩さないでホントに。

 

 

 

何とか叫びたくなる気持ちを抑えつつ続きを聞いていくと、そういった行為をする時のいやらしさも、確かに感じるそうだ。

まるで中年親父にハアハアと見つめられているような悪寒もするらしい。

だが、彼女の瞳はどこか神々しいモノを見るかのように輝いているらしい。

いっそ愛まで感じるらしい、自分だけでなく、自分の後ろにある何かに対するような愛。

 

そういったものがあるせいで、申し訳ないが警察の、刑事さんの方から厳しく注意してもらえないか、との申し出だったのだ。

 

ただ、万が一、もしもの時のため、一応・・・一応、調書は取るということになった。

被害者調書はもちろん、彼女を参考人として。

 

以前の光景(ヤクザを足蹴)を思い出しながら、当時から破天荒だった彼女が一体どれだけ成長・・・・・・いや、道を反らしたまま突き進んだのか、考えるだけで寒気がした。

 

 

 

 

数日後、改めて件の女生徒とその母親を呼び出し、取り調べを行うこととなった。

 

「こんにちは、宮永さん。ごめんね急に呼び出して。

 今日はね、もう聞いていると思うけど君の学校での・・・その行動というかね、そういうのに関してちょっとお話があるんだ」

 

「はい、刑事さん。

 先生から聞きました。

 なんでも私のスキンシップが少し激しすぎるとかどうとか」

 

「うん、そうなんだ。

 それでごめんだけど、今日のことはちょっと書類に残させてもらうね?

 あ、色々質問とかするけど、言いたくないことは言わなくて良いからね?

 それじゃあはじめるよ。

 私もね、女子校だったから・・・そのスキンシップというか、まあくっついたりするのはよくわかる。

 よくわかるんだけどね・・・ただその、さすがにね?

 胸を直接触ったり、股間に顔を埋めたりするのは、度が過ぎると思うんだけど・・・君はどう思っているのかな?」

 

「はい、確かに刑事さんの言うとおりかもしれません。

 けれど、仕方がないのです! 

 私は、私は最高に幸せなんです!

 だって神の世界にいるんですから!

 ああ、ああ、そうなんです!

 今私は神の作られたこの世界に!

 咲ちゃんを筆頭に、天使達と共に生きているのです!

 彼女達の吐いた息を吸えているんです!」

 

咲ちゃんというのは彼女の妹さんらしい。

母親曰く、溺愛・・・と言うレベルもおこがましいほどの愛を向けているらしい。

異常性癖です・・・と呟いた母親の顔は今にも窓から飛び降りそうな表情だった。

そもそも人の吐いた息を吸えるってなんだ、発想が頭オカC。

ていうか麻雀雑誌で特集を組まれた時に写っていた彼女の顔の瞳はキラキラと輝いていて、今日も、確かに輝いては、いる。

いるが、その奥にはヘドロのような、ドブ川の底のような、ドロドロとした光を通さない闇のようなモノが見える。

この目はアカンやつや・・・昔取り扱った狂信者と同じ・・・いやそれ以上にヤベエ瞳だわ。

 

「その天使達のなんと可憐で美しいことか!

 そんな天使のパンツやおっぱいが気にならない人間がいるでしょうか!?

 いやいません!

 いないんです!!

 いるはずがありません!!!」

 

三段活用して叫ぶ彼女の瞳は逝っていた。

普通に怖い。

 

「そしてその気持ちが抑えられる人間も、またいないのです!

 当然のことなんです!

 さすがに私だって頑なに拒否されたら、しません。

 天使達を泣かせることは禁忌ですから!」

 

既に泣かせてるし、そもそも泣かせるとかそういう以前の問題にお前の行動が禁忌(犯罪)だよ。

こんなの調書に書けねえ・・・上司に見せたら即座に舐めてんのかって破られる。

・・・逆に笑ってくれるかも?いやないわ。どうしよう。

 

コレ(彼女)は違う世界に生きていると言っていいレベルの存在だ。

会話をしているようで、会話になっていない錯覚に陥る。

まるで自分が神話の世界に迷い込んだ幸せな人間のように語る彼女は、別次元の人間のように感じ取れた。

女生徒に痴漢行為をするのも全て知的好奇心のためだとか、その欲望を我慢することはできないとか。

様々なドロドロとした欲望を吐き出し続ける彼女だったが、だが決して無理強いはしないという固い信念も感じ取れたのだ。

さらに大声で喋り続ける彼女に対して、私は時折相づちを入れたり質問を挟んだり、時には注意したりした。

ただ、たぶん・・・というか絶対私の言葉は彼女に届いていないと思う。

途中、思わず『・・・こんなのが・・・チャンピオンか・・・』と呟いてしまった。

ていうかもう20分くらいしゃべり続けているけど大丈夫かこの子・・・いや大丈夫じゃないわ普通に考えて。

 

「照ッ!わかった、わかったわ、貴方の思いはわかったからもうこれ以上喋らないで!」

 

どうしたものかと悩んでいたら母親が涙を流しながら彼女を止めていた。

まじで調書どうしよう・・・とふと取調室の扉の方を見ると、同僚や直属の上司どころか課長までのぞき込んでいた・・・おそらく彼女の叫び声(演説)が聞こえて見に来たのだろう。

 

私が上司と課長に対して、どうしましょう・・・と視線を送ると二人とも首を左右に振ったのだった。

 

 

 

 

 

結局、彼女の言葉をそのまま調書に落として終えた。

彼女の文言をパソコンに入力しているとゲシュタルト崩壊しそうだった。

正気を保った私を褒めて欲しい・・・いや結局やけ酒に逃げたけども。

 

 

 

 

帰り際に、母親が課長や上司、私達に対してお詫びとお礼を言ってきた。

 

「今日はお忙しい中すみませんでした、そしてありがとうございました。

 これで娘も少しは変わってくれたらいいのですが・・・。

 これからもご迷惑をおかけするかもしれません、万が一、娘のことで何かあればいつでも、たとえ深夜だろう連絡いただけますか、どうぞよろしくお願いします」

 

彼女()はアレかもだけど、お母さんはしっかりしているな・・・そしてあんなぶっ飛んだ娘だけどちゃんと母親として向き合っているのだなと感心した。

しかしその直後、

 

「ただ、もしあの子のことに関して、今日知り得たことを、必要最低限の人員以外に、たとえ噂話程度でも漏らすようなことがあったり、ないとは思いますが麻雀雑誌等の外部にリークしたりしたら・・・・・・・・・・・・

          

   覚 悟 し て お い て く だ さ い ね   」

 

とドス黒く、光を一切通さない瞳でそう言ってきた母親を見て『あ・・・やっぱこいつら親子だわ・・・』と、そう思ったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。