山村にて、玉を想う   作:ローグ5

1 / 3
この話は東京都立呪術高等専門学校の後半において夏油傑が百鬼夜行を決行する数年前の話となります。


-序-

 翠川理奈(みどりかわ りな)の人生はこれまでの所、おおむね幸福だったと言えるだろう。

 

 理奈の生まれ育ったのは西日本の山村。

 平成とは思えない田舎であり、村に通うバスも日に数本あればよいというような具合だった。

 

 ただそれでも理奈は生まれ育った村が好きだった。

 

 良くテレビでやっているような田舎特有の陰湿さ等は全くなかったし、よそから移住してきた若い家族にも皆親切だった。

 ちょっと都会からは遠いけど長閑な村はいつも平和だった。

 

 そんな村で理奈は皆から可愛がられて育った。

 しっかり者でそれでいて素直な理奈は家族だけでなく村の老若男女に好かれていた。

 

 そうして理奈はこれまで幸福に生きてきた。

 ……少なくとも一か月前までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村の学校の終わりは早い。

 年齢の違う子供達が一緒に授業を受けている事もあり、日が暮れる前には帰宅できるようになっているから、理奈や楓はのんびりと帰ることが出来ている。

 

「理奈ちゃん洒落恐って知ってる?」

「ええと確か……インターネットの怖い話のまとめだったっけ?」

 

 村の分校からの帰宅時、そろそろ日が暮れようかという時刻に理奈は楓と帰路についていた。

 

「ウンそんな感じ。話はつまらないのも面白いのも両方ある宝石……混合?」

「ひょっとして玉石混合?」

「それそれ! 何だけど偶にすっごい怖くて面白いのがあるんだよ! 

 たまに怖くなることもあるんだけどあたしはまっちゃってさ~」

 

 楓が怪談話が好きな事についてちょっと理奈は意外に感じた。

 楓はゲームが好きだけど、ジャンルはRPGやシューティングが好みでそういう方向には興味がないと思っていたからだ。

 

「そんな怖いの良く見れるね……夜眠れなくならないの?」

「うーん。そこまでは怖くならないかなー。

 ただちょっと気になることがあってさ、洒落恐って田舎を舞台にした話が多いんだけど

 この村にもなんというか、ああいうヤバめのスポットとかってあったりするの?」

 

 楓は興味本位で理奈に聞いてみた。

 楓は数年前に都会に疲れ、ここに越してきた家族の一員でそういった昔の風習については良く知らない。

 迫害されているなどと言う事は全くないが、それでも昔からこの地に住んでいる人々程にはこの辺りの風習に詳しくはない。

 

「ん~まったく聞いた事ないよ。

 私も調べたことがあるけど、この辺りずっと昔、それこそ戦国時代から物騒な話は、ないし。

 当時の庄屋の人も毎日暇だなぁ見たいな事を日記に書いていたんだって」

「凄い呑気だね~戦国時代の人とは思えないや」

 

 そう、基本的に平和であるのが古くから取り柄の村なのだ。

 ただしこの村には幽霊や神様はいないが、物理的な安全上の問題で近寄ってはいけないところもある。

 

「ただ……柴田さんの裏にある廃屋……あの建物何で使っていないかっていうと毒のある建材を使ってたからなんだって。

 家に長期間住まなければ大丈夫らしいけど、手間もかかるしまだ解体もされていないって前聞いたよ」

「あ~お父さんがそんな感じのニュース見ていたなぁ」

 

 柴田とはこの村の村長の名である。

 柴田元は遠方から前村長の元に嫁いできた人だったのだが、前村長がなくなった後村長の役目を引き継いでいる人だ。

 なんでも株で儲けるのがうまいらしく、遣り繰り上手だとか。

 

「後は山の中にある社ね。

 あそこも山の神様をまつっているから入っちゃダメだって」

「あはは、寄りにもよってあそこまでいかないよ。第一歩いていくの大変だって」

 

 そう言えばそんなのちらっと見えたなと楓は思い出す。

 この村を囲む山の奥にある社はもうずいぶん手入れされていないからボロボロだし、切り立った崖の近くにある物だ。

 興味があっても行く気になれなかった。

 

「しかし楓ちゃんがそういう怖そうなの好きなの意外だったな。

 心霊スポットとか行ってみたいの?」

「いやぁ……それはいいかな。

 ああいうところって変な人とかいそうだし。

 それに幽霊なんて遭っても良いことないしさ」

 

 幽霊を始めとする怪異には会いたくない。

 それは当然の理屈である。

 古今東西怪談に出てくる幽霊は人に危害を加える物が多いが、洒落恐のような現代の怪談は特にその傾向が強い。

 幾ら好奇心旺盛だろうと好き好んで合いたいはずもない。

 

「それにさ、無害でも何でも幽霊が存在するって事を知る、それだけで滅茶苦茶怖いと思うよ。

 訳の分からない物がこの世にあって、いつどこで遭遇するかもわからないなんて、怖くて街を歩けないよ」

「あはは……それもそうだね。

 じゃあまた明日」

「また明日──―」

 

 家への分かれ道で理奈は楓と分かれていく。

 少し前までならまだ同じ道を歩くことが出来ていたが、ある事情により今は帰り道が分かれている。

 

「…………じゃあね」

 

 更に楓に背を向けると理奈の表情は一変する。

 顔をキャンパスに例えるならばそこに塗りこめられた絵具は陰鬱の一色。

 どれ程鈍い人間でも一目で精神的に追い詰められていることが分かる程の暗い表情だった。

 例えるならば白の絵の具に無遠慮に濃い灰色や黒を混ぜたかのような。

 

「……只今戻りました」

 

 村の最奥にある柴田家の屋敷に重い足取りで至ると理奈は扉を開ける。

 そのままじっと待つとやってくるのは柴田。

 常に年代物の曰くありげな、黒ずんだ杖を持った老婆だ。

 その杖には目のような文様が描かれている。

 

 老婆はこの村の実質的な支配者であり、理奈を恐怖で支配している存在である。

 その為皆から敬意を抱かれているが何処か畏れられているところもあった。

 

「遅かったのう。

 大方小娘同士喋り散らしていたんだろうが……まあ良い。

 今日は"実戦訓練"じゃ支度をせい」

「はい」

 

 理奈は柴田の後ろを無表情でついていく。

 それは先程まで快活に友達と話していた少女の姿とは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────この世には、呪霊(じゅれい)という存在がいる。

 

 呪霊は人の負の感情が具現化した存在であり、通常の人間には不可視の悪霊に近い存在。

 日本国内での怪死者・行方不明者は年平均1万人を超えており、その殆どが呪霊による被害とされている実に悍ましき存在だ。

 

 そんな呪霊を祓い人々を守るのには呪力という超常の力を持った人間、呪術師(じゅじゅつし)の存在が不可欠であり、彼らは日夜人々を守る為に呪霊と死闘を繰り広げている。

 

 そうしたこの世の裏側の理を知ったのは幸か不幸か。

 少なくとも翠川理奈は不幸だと感じている。

 

 薄暗い廃屋の中で理奈は呪霊と対峙する。

 緊張した面持ちの理奈の頬を一筋の汗が伝った。

 生まれつき呪術に適応した脳を持つ理奈は本来見えないはずの呪霊の姿をはっきりと確認している。

 

 対峙する呪霊の姿は肉色の身体をした単眼の蜥蜴。

 脈打つ細長い尾がその生理的嫌悪感を一層に強めていた。

 気色悪く本来絶対に近づきたくないそれに対して理奈は顔を引きつらせながらも対峙する。

 

「■■■■ル」

「ひっ……!」

 

 嫌悪感に背筋を泡立たせながらも理奈は何本も下げたペットボトルの蓋を開け中の水を解き放つ。

 物理法則によって流れ落ちるはずの水は中空にとどまり十数個のビー玉程度の大きさの球形を成していく。

 それは理奈の持つ術式。呪術師の多くが一人一つ持つ異能である術式の発露である。

 

「呪水操術、水蓮っ!」

 

 

 圧縮された水球は呪霊に殺到。

 着弾と同時に呪力を含んだ水が散弾の如くはじけ、呪霊の皮を肉を削いでいく。

 

 呪術師の多くが一人につき一つ持つ異能"術式"

 理奈の持つそれは水に呪力を付与し攻撃や防御に使用する呪水操術(じゅすいそうじゅつ)と名付けられた物であった。

 

 芳醇な呪力を含んだ水の連弾は呪霊に確かなダメージを与えた。

 苦痛に叫ぶ、形容しがたい声に耳をふさぎたくなるがここは我慢の一手。

 肉と皮膚がはじけ飛ぶ生理的嫌悪感に口をふさぎたくなるが、止まることはできない。

 

(ひどい声……! 本当に気持ち悪い。でもあんなの近寄せられないっ)

 

 身体を削ぎ落されながらも太い足で接近しようとする呪霊に対して理奈はさらにペットボトルの水を解き放つ。

 それはこの場限りでなく一日かけて呪力を込めた特別製の水。

 分子の一つ一つまで理奈の持つ呪力がしみ込んだ魔を祓う為の銀の弾丸。

 其処から生み出されるのは固い呪霊の皮膚をもつらぬく貫通に特化した一撃! 

 

「これで終わって!呪水操術、水仙っ!!」

「■■ッ!?」

 

 螺旋軌道を描き宙を貫く青き水流。

 弾丸の如き勢いで伸びていった水の波濤は正面から呪霊の顔面を貫き、そのまま内部ではじけ呪霊の身体を半ばから吹き飛ばす! 

 

 あたり一面に飛び散る呪霊の残骸。

 その確実な死を目の当たりにして何とか理奈は一息をついた。

 

(何とか倒せた……今回も気持ち悪い呪霊だった。あんなのもう二度と会いたくないよ……)

 

 呪霊は人間の醜悪な面から産まれ出た以上そのどれもが醜悪極まりない姿だ。

 過去に二度戦った呪霊も今回と同様に二度と見たくない姿であった。

 嫌悪感を振り捨てるように頭を振るとこの廃屋から出ようとする。

 

「■■■……」

「え? な、なに?」

「■■■■ォ」

 

 そこまでした所で理奈の思考は一色に塗りつぶされた。

 足に触れているのは醜悪な肉の尾。

 先程まで戦っていた呪霊の尾のみが残り、緩慢な動きながらも足に巻き付こうとしている。

 

 おそらく本来の核はこちらなのだろう。

 理奈の術式で体の大半を吹き飛ばされながらもまだ動いている。

 

「あっ……ひぃっ! な、なんだまだっ……!」

「■■■ヤル」

「えっ何を言って」

「■■セロォ」

 

 呪霊の尾には口がついており、その口が理奈に対して汚言を嘯いた。

 この上なく汚らわしい言葉を。

 耳から入り、脳に到達し理解した言葉。

 悍ましい言葉を拒絶しながらも理奈はおぞけを感じる。

 

 硬直したリナと対照的にぬたりと肉の尾が鎌首をもたげた。

 

「────あ」

 

 その言葉を聞いた途端理奈の中で何かがはじけた。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ! 

 

「あっああああああああああああっ!!」

 

 呪霊をただひたすら理奈は踏み続ける。

 踏んで踏んで踏んで踏んで踏み続けて、尾がひき肉になった後も理奈はありとあらゆる負の感情のままに踏み続けた。

 

「はあっ……はぁう……はああ……! おえええ……!」

 

 理奈は痛む足を抑えつつ肩で息をする。

 激情のままに行った行為を後悔はしていない。

 ただ、頭の中が嫌悪感でいっぱいだった。

 

 目が回る。吐きそうになる。

 この場にもういたくない。

 およそ分類できない程の負の感情に苛まれ理奈は息を荒げ嗚咽を漏らす。

 

「────やれやれ術師は己を律するが肝心と聞いているだろうに。

 儂は術師ではないがの」

「柴田、様……」

 

 ひたひたと静かな、それでいて陰湿さを感じさせる足音と共に道場へ入ってきた柴田は理奈を値踏みする。

 柴田の目は何処か昏い赤色に輝いている。

 それは呪力の込められた呪具であるコンタクトレンズ、非術師にも呪霊を認識させるものによる効果だとは理奈も知っている。

 だがそんなものがなくとも、人を何らかの価値感のみで測る、非人間的な視線であった。

 

「術式という奴の扱いは慣れてきたが心構えは小娘のまま。

 このままでは儂もお主の扱いを見直さねばなるまいが……まあ良い今日は家に戻って休むといい。

 何せ一週間後にはお披露目を控えておるのだからな」

 

 うつむいていた理奈は"お披露目"という言葉にびくりと肩を震わせる。

 お披露目。陰鬱な少女に向けられる言葉としてはあらゆる意味で不適当。

 その言葉を聞いた少女の目には恐れがあった。

 

「安心するとよい。

 あちらにはお主と同じ年頃の娘がおる。

 油断した所を狙えばほれ、呪霊なんぞ獣よりよっぽど容易いわ」

 

 そういうことを聞きたいんじゃない。理奈は否定したかったが実際に口に出た言葉は違う。

 

「何故……その人たちを?」

「何のことはない。先生にとって邪魔だからよ。

 それ以外の理由が必要か?」

「い、いえ」

 

 先生とやらがどこのだれかは全く知らない。

 けれど邪魔だからと言って人を殺させることができる精神性は理奈にとって全くの理解の範疇である。

 

「そう怯える事もなかろう。

 お主が務めを果たせばこの世から不要な人間が消え、先生のような徳の有る者が上に立つ。

 謝礼でこの村も豊かになり、何よりも……お主の両親の助けにもなるぞえ」

「っ……」

 

 柴田は理奈の肩をそうっと何処か粘ついた、おのれの人間性を象徴するかのような悪意に満ちた手つきで撫でた。

 二重に感じる嫌悪感に肌を泡立たせる理奈は懸命に、されど言い返す事も出来ず先程同様にただ理不尽に耐えるのみ。

 見せびらかすように杖を振るうと柴田は嫌な笑いを残し去っていった。

 

 理奈はその背中に追いすがり、術式や呪力を込めた打撃で痛打を与え最終的に殺すこともできるだろう。

 何せ柴田は呪具を持っているとはいえ呪具を持たない非術師で理奈は半人前とはいえ呪術師なのだから。

 

 けれども幾重にも重ねられた縛りが、そのような行為を理奈にとらせない。

 何よりも理奈は普通の大人しい女子中学生であり、どれだけ追い詰められても委縮した状態で他者を殺害できるという、狂気がなかった。

 故に少女にはどうする事も出来ない。

 たんに呪力を以て相手を殺傷するだけが能の人形になるしか。

 

「……帰ろう」

 

 打ちひしがれていた理奈はふらふらと廃屋から出ていく。

 まるで熱があるかのような頼りない足取りだが廃屋から立ち上っていく黒い煙とその先にある山中の社を見ないようにしていく事だけはしっかりとしていた。

 

 ただそれでも視界の端には入ってしまう。

 あの社、柴田に見せられた悍ましい呪霊を内包した社を。

 今自分を蝕む元凶を。

 

(見ただけで分かる。私はあの呪霊に勝てない……あんな弱い呪霊で震えている私では無理)

 

 理奈は柴田を殺すことはできないが、それでもあの老婆が憎くてたまらない。

 そして、疑問でたまらない。

 

 何故あんな危険な呪霊を呪具で制御できるからと言って解き放ったのか。

 何故あれの力で脅して自分を支配しようとするのか。

 何故何も悪いことをしていない両親に危害を加えようとするのか。

 

(パパ……ママ……ごめんなさい)

 

 自分のしている事やこれからしようとしている事を考えたら理奈は、もうすでに自分が汚れ切っているような気がした。

 

 柴田の田舎に似つかわしくない邸宅────呑気な村人は投資で建てたという説明に納得しているの離れの扉を開けると風呂を入れる。

 待つこと10分ほどで沸いた風呂に入ると、理奈は少しだけ自分が清められた気がした。

 

「……はぁ」

 

 湯気の中、姿見に浮かび上がるのは己の裸身。

 己の齢を考えると早熟な体つきに、濡羽色の長い髪。

 豊かな双丘は瑞々しい弾力を湛え、水滴を弾く。

 腰元はくびれ、臀部になるとまた滑らかな曲線を描いている。

 

 友達から冗談交じりのやっかみと共にスタイルいいねと称され、普段面倒を見ている年少の子からほのかな思いを寄せられている自分の容姿は嫌いじゃなかった。

 むしろ両親に自然に感謝するほどには好きだった。

 

「ひっ……!」

 

 でもあの呪霊は、私を見てどう言ったか。

 それを考えると震えが止まらなくて、自分の容姿が恨めしくてたまらない。

 

「やだ……やだよぉ……怖いよぉ……」

 

 湯煙の中理奈は震えながら自分の身体を抱きうずくまる。

 限界を迎えつつある少女の精神は不安定なまま。

 でも本来彼女を助けてくれるはずの友達は頼ることができないし、両親はここにいない。

 

「誰か、誰か助けてぇ……!」

 

 少女は一人すすり泣く。

 か弱きままに誰にも助けられることもなく。

 未来を閉ざされ苦しんでいた。

 




理奈は術式が汎用性に優れる物であることもあり、一級術師もワンチャン有り得るくらいの才能があります。
ただ性格的に呪術師にかなり不向きな人間なので、一級に昇格する前に戦線離脱する可能性がかなり高いでしょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。