山村にて、玉を想う   作:ローグ5

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今回出てくる一級呪霊の一眼坊は呪術高専の3話で夏油が乙骨たちを包囲する時に出していた一つ目の呪霊と同一呪霊の設定です。
あの場で高専側への見せ札にするんだからそれなりの格がある呪霊だよなあ等と考え本作に出してみました。


-急-

「ほうほう。成程、猿とは比べ物にならない程聡明な理奈が怯えるだけはある。

 これほどの呪霊を見かけるとは計算外だったよ」

 

 夏油傑は目の前の呪霊に確かに感心した。

 飛び込んできた呪霊は確かに、強力だ。

 

 肥満した身体は巨大であり、顔の中央にはまる一つ目の数珠のように頭部を首から上げた呪霊の放射する呪力は強大な物。

 恐らく一級相当の術式持ちであろう呪霊がこのような人口の少ない山奥にいるとは意外だった。

 

「かかれいっ一眼坊っ

 その売僧を八つ裂きにしろ!」

 

 広い裏庭に転がり込んだ柴田が掲げるのは呪具たる杖。

 一眼坊に刺さった巨大な針と装飾からして同系統の代物であろうそれは確かに呪霊を操る効果を持っているようだ。

 現に今夏油よりははるかに殺しやすいはずの柴田とヤクザらしき肥満男に一切危害を加えずに、虚ろな一つ目にしっかりと夏油を捉える。

 

 他方で夏油はしっかりと一眼坊の姿を捉えながらも、柴田の持つ杖を確認する。

 成程、これもまたなかなかの呪具だ。

 

(おそらく杖と針は二つで一つの呪具というところだろう。

 針を刺した呪霊を杖によって操る、効果範囲や持続時間に対して何らかの縛りがあるとはいえ、これ程の呪霊を猿にでも操れるようにするとはかなりの腕の呪術師の業だ)

 

 大木の如き腕を振りかぶる一眼坊と呼ばれた呪霊に対して一方の夏油は依然冷静なまま。

 彼の言葉通り予想以上の呪霊、ひいては呪具に対して見定めていた。

 

 夏油の推測は当たっている。

 針と杖の呪具は寛永の時代に柴田の嫁いだ前村長の祖先が腕利きの呪術師に依頼して作ったものである。

 当時の彼が何を考えたのかは今となっては分からないが、強力な呪霊である一眼坊を強制的に鎮める事で魔除け変わりにした外法は強力であり、近日まで問題なく一眼坊を封じてきた。

 それを以前から裏社会と密かにつながりがあり、呪霊の事について知っていた柴田が解き放ったのだ。

 その最初の犠牲者はこの村の前村長である。

 

「■■■ーッッ!」

 

 そんな故を見せる事無く知性を感じさせない叫びと共に一眼坊は腕を振り下ろすが、夏油は余裕のままひらりと躱していく。

 幾度なく振り下ろされる呪霊の腕に対して、夏油は無理なく風に吹かれる木の葉のように軽々と体を動かし避け続ける。

 それは幾度なく呪霊と闘い生き抜いた呪術師の動き。歴戦の動きだった。

 

「無駄な事を。

 こう見えて体術には自信があるんだよ。

 さて、一級呪霊ならそろそろ術式が来るところだが────―」

 

 そうつぶやく夏油に対して一眼坊が数珠の如く提げる生首、十を超える球体が散らばる。土気色をした醜悪な面相の生首は四方八方に転がるがそれらは夏油に一つも当たらない。

 悪趣味なドッキリのような生首に夏油は顔色一つも変えない。

 

 されど如何に人間と異なる思考回路を持つとはいえ悪意に満ちた呪霊が殺し合いの場で無意味な事をするはずもなし。

 再度感心する夏油へ殺到するのは生首の口から吐き出された呪霊呪霊呪霊。

 死体めいた土気色をした眸の欠けた呪霊の数は二十を超す。

 それが全方位からただ一人の呪術師を覆っていく。

 

「■■■■■ォ!!」

 

 これこそが一眼坊の術式。

 捕食した呪霊を生首内に保存し有事の際には呪力を与え吐き出す事で己の眷属として再利用する陰惨な使役術式。

 一眼坊の内包する悍ましき呪霊の群れがその強さの理由であった。

 

 そうして出現した土気色の波濤に夏油はあっけなく飲まれる。

 奇々怪々な波濤は呪霊という人間にとっては猛毒で構成された物。

 いかに夏油が呪霊を祓いなれているとしても生存は不可能な猛毒の呪檻が裏庭に顕現していた。

 

「や、やりおったか! いかに呪詛師と言っても所詮はこの程度よ!」

「ふぅ……たくっ驚かせやがって。

 出来れば生きたまま火あぶりにでもしてやりたがったが仕方ねえな。

 クソッ散々に殺しやがって数合わせの引っ張るにしても無料じゃねえんだぞ」

 

 毒づく柴田と肥満男は蠢く呪霊の山に顔をしかめながらも吐き捨てる。

 己の悪行を顧みない身勝手な言葉は呪霊に群がられて平気な人間などはいないという当然の事実への安堵もあるが、それ以上に他者を食い物にすることを長年続けてきた醜悪な精神性が根源を成す者である。

 およそ正気の人間なら耐えがたい醜悪な会話を平然と繰り広げていた。

 

「まあこれで改めて呪詛師と、儂の一眼坊の強さが分かったわけだ。

 多少の損害は出たが勉強したという事にしとこうや」

「う、うむそれもそうだな。

 あの小娘もあそこまでの強さではないとはいえ呪術師。

 これから色々と呪詛師として働いてもらわねえとな。色々と」

「やれやれ魔羅を立ておって。

 年甲斐もなく好き物なところは久しぶりに会っても変わらないのぉほっほっほ」

 

 まるで猿のように歯を剥き出しゲラゲラと下劣に笑う二人。

 彼らはこれからも他者の尊厳を食い荒らし薔薇色の人生を自分だけが送る為に罪を重ねていくつもりだ。

 彼らの次の犠牲になるのは間違いなく理奈、無垢な少女だ。

 

 それは因果応報は自動でなく、どこまでも不完全な世界の一旦。

 醜悪であるが紛れもない現実の光景。

 反吐が出るほど醜悪なこの世の不条理の一端。

 

 

 

「────────―随分とふざけた口をきいてくれているな猿共」

 

 

 

 だがそんな穢れた考えがまかり通る現実を拒絶する者がいた。

 

 まるで連発式の銃のように連なって聞こえるのは固い物で肉を撃つ打撃音。

 密集した呪霊がただの一瞬で吹き飛ばされると、そこに立つのは三節混を手にした夏油。

 呪霊が払われた証である、ザフッという音と共に煙が立ち上る中仁王立ちするのは、何処までも冷たい目をした男の傷一つのない姿。

 その堂々たる立ち姿の背後には多数の髑髏の面を持つ黒い軟体や百足に似た物、盲目の肥大した赤子の群れ等など幾つもの呪霊が従っている。

 

「なん、じゃと……貴様、なんじゃその呪霊は……!?」

「う、嘘だろこんなことが……こんなことがあり得るってぇのか!?」

「貴様らの便壺の中身程度の価値しかない脳味噌でも分かるように教えてやろう」

 

 驚嘆する柴田とヤクザを後目に夏油は一眼坊に向き直り、三節混をしまいこむ。

 そして右腕をそっとあげた。

 

「私の術式は取り込んだ呪霊を操る呪霊操術。

 特級術師である私が長年収集した呪霊は質も量もなかなかでね。

 この程度の呪霊の攻撃など全方位から来ようが何ら問題なく対処できるんだよ」

 

 夏油は怒っていた。

 彼の家族である呪術師に対してこの下衆共は何をさせ、何をしようとしていた? 

 

 フラッシュバックするのは無残な死体を前に気色悪い笑顔で拍手する猿の群れ。

 無知無能無力無恥無駄、奴らには無い物が多すぎる。 

 ああ本当に嫌いだ反吐が出る一匹残らず虐殺したい。

 

「と、特級……! ひひぃ……ひひひいいいいいっ!!?」

「俺が悪かったぁ! 頼む全財産をやる、いや差し上げます! だから許してくれぇ!」

 

 吹き上がる火山の様に激怒する夏油の目前で力の差を知った猿二人が無様に命乞いをする。

 その見苦しい姿を見る夏油の目は何処までも昏く冷たい。

 

 夏油は弱者が強者を搾取し虐げる事を絶対に許さない。

 どれ程償おうが、謝ろうが今現在の世界の仕組みを、この上なく醜悪に表したこの二人を許さない。

 

「駄目だね。お前達には私の家族を傷つけ、追い詰めた咎で死んでもらう。

 だが、その前に猿の中でも飛びぬけて私を不快にさせた貴様らに対して良い物を見せてやろう」

 

 夏油は冷酷極まりない死刑宣告と共に一体の呪霊を解き放つ。

 黒き波濤とともに現れるのは鳥の足をした十二単姿の面をした女。

 呪霊にしては異形性が少ないが、その呪力は非術師でも本能的に理解できるほどに強大で禍禍しい。

 十六体確認されている特級仮想怨霊が一体、化身玉藻前(けしんたまものまえ)が醜悪な猿の前に降り立った。

 

「私の切り札の一体だ。

 貴様ら猿をいつも少しだけ耐えられるようにしてくれる優れものだよ」

「やめろーっ! やめろおぉぉぉおっ!」

「嫌だあーっ! 死にたくないぃぃいっ!!」

「それではさようなら猿共。せいぜい──────苦しんで死ね

 

 何処までも冷たい夏油の目には歓喜、侮蔑、憎悪。

 最早分類不能なほどに複雑な感情を湛えた目はただ苦しみこの上なく惨たらしく死ぬ二人を見ていた。

 朗らかなまでに笑いながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、良い事をすると気分がいいなぁ!」

 

 柴田の屋敷での殺戮を終えた夏油は上機嫌で歩き出す。

 化身玉藻午前の圧倒的な呪力は柴田やヤクザをその心根に相応しい有様に変えた。

 実に胸のすく光景だった。

 

 ! 猿を駆除して一眼坊という格の高い呪霊も回収できたうえに呪術師を助けられた。

 これこそまさに一石三鳥! 

 

「やあ理奈、待たせてしまったね。

 醜悪な猿のせいでひどい目に遭ったが、面倒事は全て私が片付けておいた。

 これで君は自由の身だよおめでとう!」

「あの……あ……夏油さん」

「ははは礼には及ばないよ。

 家族は助けあうのは当然のことだろう? 

 ああ、そうだ君もグロテスクなものは嫌いだと思ったから残骸は綺麗さっぱり掃除しておいたけど良かったかな?」

「柴田達を、殺し……たんですか」

 

 上機嫌の夏油は理奈の言葉にぴたりと笑顔を止める。

 理奈の顔は青ざめている。

 先程よりもずっと。

 

「ああ、殺したよ。綺麗さっぱりとね」

「なんで、何でそんな事をしたんですか……! 私があなたに、助けってって言ったか、ら……?」

「……最初に言っておこう。

 私はね、非術師が嫌いなんだよ。

 奴らを殺さなくても君を助けることは十分にできたが、折角だから殺しておいた。

 私自身の意思と責任で、奴らを愉しく殺したよ」

 

 夏油は己を誇示する為か広く両腕を広げ理奈に伝えた。

 その様は尊大でそれでいてどこか自己犠牲的。

 先程と同様の託宣に理奈には思えた。

 

「私は本当に、本当に非術師が嫌いなんだ。反吐が出る。この世から一人残らず消えて欲しい、いや遠くない未来に皆殺しにしようと思っている」

「皆殺しって……嘘ですよね? 

 第一嫌いだから殺すなんてっ私みたいに非術師に利用されている呪術師がいるから非術師を皆殺しにしようなんて! そんなっそんな……!」

「確かに私の言葉を聞いてそう思うのも無理はないね」

 

 理奈の言葉に夏油はうなづき肯定する。

 筋道の立った話をする賢い子だ。

 でも彼女自身の責任は何もないが、一つこの世界の仕組みについて決定的な事実を知らない事が思考に穴を穿っている。

 

「君は賢いが、一つ勘違いをしている。

 呪術師を搾取し虐げる非術師がいるんじゃない。

 そもそもこの腐った世の中は非術師全員が呪術師全員を虐げる事で成り立っているんだ」

 

 夏油はベテラン教師のように分かり易く解説する。

 そもそも呪霊を構成する呪力は全て非術師から漏出した物であり、対して呪術師のそれは極端に少ない。

 それこそこの世界にある呪霊は、全て非術師の負の感情の排泄物ですらあるともいえる程に。

 呪術師はその後始末をしている不条理を負わされている。

 

 だから夏油は全人類を呪術師とし、適応できない非術師を殺戮する事で呪術師が呪霊の処理の為に搾取され続ける現状を変えようとしているのだ。

 それはいつの世も行われ失敗してきた、非適合者の排除による理想郷の現出を目論む極端にもほどがある試みである。

 けれどこの男は家族と称する呪術師たちの為に本気で、計画を練り戦力や資金を集め、いつか実行する気なのだ。

 

「私はね、もうこれ以上呪術師が使い潰され死んでいく現状を許しては置けないんだよ。

 私が直接知っている呪術師の中にも、君と同じように猿に苦しめられている者が大勢いた。ある者は猿を守る為に呪霊に殺されある者は愚鈍な猿に暴力を振るわれ苦しんでいた。

 ……ああ、猿のくだらない妄想のせいで殺されてしまった子もいた。

 丁度君と同じ年頃で、未来にはまだまだ幸せな事が沢山待っているはずだったのにな」

 

 そうつぶやいた夏油の顔は本当に悲しそうだ。

 この差別主義者は非術師への深い憎しみとは裏腹に、呪術師への誠意と愛を持っている。

 まだ14歳の理奈にだって分かる。

 夏油は欠片も嘘をついていない、誠心誠意理奈に話している。

 

「だから私は仲間を募り計画を進めている。

 その内容は私の組織に入ってもらわないと話すことはできないが……まぁ、そうでなくてもいい。例え組織に入る気がないとしても君に危害を加える気は毛頭ない。

 其処は安心してもらって構わないよ」

 

 穏やかな口調で紡がれる言葉には説得力がある。

 が、理奈は夏油の言葉に同調する事が出来なかった。

 

 確かに夏油の考えは理奈のような呪術師が生きやすい世の中を創る事への一つの理論ではあるのだろう。

 現にその一環としてだが夏油は無償で理奈を救い、彼女の心に巣食った絶望を滅ぼした。

 倫理的な問題を考慮しても紛れもない恩人である。

 

 でもたとえ正しくても、その方がよりよい未来が来るとしても人を殺してしまえば命というかけがえのない物を軽んずるようになる。

 柴田の横暴によってもたらされた確かな他者への憎しみのままに、理奈は理由をつけて人を殺すそんな人間になってしまうはずだ。

 人殺しを正当化して行う人間、理奈はそんな人間になる為に両親に育てられたのでは断じてない。

 

 それに、それ以上に理奈が拒絶することがある。

 当然ながら夏油の理論でいけば、呪術師になれない人間は死ぬしかない。

 それはつまり。

 

「……夏油さんの計画だと、呪術師になれない人には全員、殺してしまうんですよね」

「話が早くて助かるよ。無論そのつもりだ」

「なら……私のパパとママや友達も呪術師になれないなら殺す……んですか」

「そう、なるね」

 

 そう答える夏油の表情は先程と違い漂白されている。

 冷たいと言える夏油の表情を認識したリナの心臓は動機が収まらない。

 理奈の胸の内にあった最悪の未来、夏油はそれに近い事を実現するつもりだ。

 

 理奈は震える。この夏油傑という男が怖くて怖くて仕方がない。

 柴田ごときの小悪党などこの男に比べれば藁のように軽い。

 呪霊などよりも遥かに悍ましい負の感情を有した最強の力を持つ男。

 この男ならば老若男女も善悪も関係なく、この世から非術師が居なくなるまで殺し続けるはずだ。

 

 負の方向に熟成された超重力じみた存在。

 そんな人ならざる者が傍にいれば、いくら自分を害そうとしないとはいえ怖くないはずがない。

 理奈の脚は勝手に震え下半身に力が入らず視界はぼやけて定まらない。

 

(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)

 

 夏油傑は怖すぎる。

 例え自分の恩人だとしてももう一生会いたくない。

 一秒だって話したくない。

 だけど────―理奈には大切な人がいる。

 

 この村で唯一同じ年の友達の楓ちゃん。

 マニアックな知識を楽しく教えてくれて、都会にいた時に好きだったというお菓子を手作りしてごちそうしてくれた。

 本物は百倍美味しいんだよって言って笑っていた。

 

 これまで自分を育ててくれた両親。

 嫌な事があった時は否定せず理奈の話を聞いてくれて熱を出した時は夜を徹して二人で看病してくれた。

 いつか結婚した時、二人に花嫁姿を見てもらうのが理奈のひそかな夢だ。

 

 それに村の人たちだって理奈は好きだ。

 柴田は酷かったけどそれ以外の人たちは少数派や新入りを迫害するような卑しい心根の人たちじゃない、穏やかな優しい人たちだ。

 

 そんな人たちを夏油傑はこの世に不要だから殺そうと言っている。

 彼は恩人だけどそんなことは絶対に嫌だった。

 絶対に許せなかった。

 だから理奈は、近くにある川の。

 

「やめておきなさい。己の命も顧みずにそんな事をするものじゃないよ」

「あっくぅ……痛……い!」

 

 呪水操術を発動しようとした瞬間。

 理奈の腕には既にムカデの呪霊が絡みついている。

 夏油の細かな指示による物か関節を動かせないような形で巻き付いた呪霊は触れているだけで痛い。

 思わず理奈は膝をつく。

 

「……何故こんなことをするのか皆目わからないな。

 いいかね理奈? 弱者が強者を利用し成り立っているこの世の中の矛盾。

 それを君は今日まで味わっていただろう? 

 あの醜悪な光景は許しがたいもののはずだ」

 

 まるきり不可解だという様に夏油は呟く。

 けれど一方的な演説めいた言葉が呟かれるたびに理奈の胸の内に浮かび上がってくる感情があった。

 

「私はこの世をただそうとしているだけだ。

 なのに何故────―」

「そんなの、知らないよ!」

 

 その感情に名前を付けるなら、理不尽への怒り。

 

「確かに柴田の、金の事しか頭にない業突く張りのサイコパスクソババアなんて死んでしまえばいいと思ってた!  

呪霊なんて私をエロい目で見るキモいだけのマジで有害な害虫でこの世から一匹残らず消えればいいって心から思う!  

でも、楓ちゃんも私のママもパパもこの村の人たちもみんな私の大切な人なんだよ!? 

そんな人達が、呪術師になれないだけで死んでしまうだなんて、そんなっ」

 

 理奈の頬から零れ落ちる涙。

 こんな大声を出したのは初めてだ。

 でもこれだけは、これだけは夏油傑という絶対の強者に言っておきたかった。

 

「そんな世界認められないよぉ……!」

 

 そのまま感情のままに夏油への言葉を吐き出すと、理奈はわあわあと大声をあげて泣いた。

 これまでため込んでいた物を吐き出すように大口を開けて子供のように泣きじゃくった。

 

 親しい人たちに死んでほしくないという思いの発露。

 ごく当たり前の感情は水の様にありふれているからこそ人の胸を打つ。

 

「──────」

 

 胸の内の言葉を吐き出し、泣き叫ぶ理奈を夏油は驚いた様に見ていた。

 そして理奈を拘束したムカデの呪霊をひっこめると、何かを思い出すかのように天を仰ぎ、少しの間遠い目をしていた。

 

 暫くしてようやく理奈が泣き止もうとする頃。

 ようやく夏油は口を開いた。

 

「分かった。君に免じてこの村の猿を殺すのは後回し、計画を遂行する中でも最後の最後にしよう。

 ただしあくまで後回しにするだけだ。

 私は非術師の猿が生きている事が許せない。だから最後には必ず殺す」

「……絶対に失敗しますよ、そんな計画」

「かもしれないね、悟や他の術師は私を止めようとするだろうから

 特に高専の呪術師たちは」

 

 呪術師の中でも少数派(マイノリティ)なんだ私は。

 夏油は寂しそうにそう言った。

 その口ぶりを見て理奈は何となくこの人にも自分みたいに家族に愛されて育って、友達と一緒に過ごしていた幸せな時があったんだろうかと思った。

 

 そんな理奈の考えを見透かしたように夏油は呟く。

 その言葉はどこか懺悔のようでいて、また懐古の風情があった。

 

「私もね、君と同じように両親から十分な愛情を注がれ育ち、かけがえのない友人と過ごした輝かしい時があった。

 もうずいぶんその時から時間がたったけれども幸せな時間だった……。

 ああそうだ。私には君の気持ちがよく分かるとも.

何せ―――」

 

 独唱するかのように紡がれる言葉。

 最期に夏油はまだ涙にぬれている理奈の頬へと顔を近づけるとささやいた。

 

「」

 

 最期の言葉を呟くと夏油はじきに呪術高専の者が来る、正直に話せば悪い事にならないといった後処理についての内容を言い残し、村の誰にも危害を加える事無く去っていった。

 

 理奈が夏油傑という男と出会ったのはこれが最初で最後となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠川理奈が夏油傑という男に救われてから数年後の夏。

 現在高校一年生となった理奈は楓と一緒に近隣都市にある学校に下宿先から通っているが、学校が夏休みに入った事を機に帰郷しようとしていた。

 

 地方都市のビルがあってもどこか長閑に感じる街並みはうだるような熱気。

 バス停の日陰の中理奈と楓は並んでバスを待っている。

 時間を調節したおかげでもうすぐバスが来るはずだった。

 

「理奈ちゃん理奈ちゃん、あの五条さんって人もう来ないの?」

「うーんあの人忙しいらしいから……今度ここら辺まで来るのはいつになるかなぁ」

「マジか~残念だなぁ。あのイケメンお兄様にまた会いたかったのに」

「でもあの人20後半でノリが学生のそれだよ? 

 なんか女子生徒の制服パクってウェ~イwとかやってそ……あ、ちょっと待って」

 

 其処まで話したところで理奈は自分たちに続きバス停に並ぼうとしている老婆の肩に乗った呪霊に気づく。

 卑劣そうな顔つきの小さな呪霊はどうやら老婆を転ばせようとしているようだが、この程度の四級の雑魚は理奈にかかれば蚊と変わらない。

 

「おばあさん大丈夫ですか? 今日は暑いからお水飲んだ方がいいですよ」

「■ッ!?」

「ありがとうねぇ。最近の若い子は親切だねえ」

 

 ふらつく老婆を支えるふりして理奈は呪霊を押しつぶす。

 そうして待合席に座った老婆に会釈すると戻った。

 そんな理奈に楓は声を潜めつつ話しかける。

 

 楓は非術師なものの去年理奈から呪術師と呪霊の事について聞かされていた。

 突飛な内容に対して不審に思うことなく、そう言えば理奈が何かを祓うような動作をした後体が軽くなる事もあったなと思いだし、すぐに納得してくれた。

 柴田との一軒が終わった後もわだかまりなく接してくれる、本当に得難い友人だ。

 

「今、例の奴いた感じなの?」

「うん。サクっと祓ってきたよ。蚊や蚤みたいにプチっと」

「理奈ちゃんは真面目だねえ」

「呪術師にはなってないからせめてこれぐらいはね」

 

 そうしている間にバスが来た。

 二人共暑い日差しに辟易していたからクーラーのついた車内は大歓迎だ。

 早速乗り込むと冷たい空気であたりが満たされ生き返る気がする。

 

「ハァ~生き返るぅ~あたしクーラーを発明した人は神として祀るべきだと思うよ本当に。

 現代日本の救世主だよ……理奈ちゃん?」

 

 心地よいイオンの臭いがする空気を吸い込む楓は茫洋とした理奈の様子を訝しむ。

 呪術師も日射病になるのかな? と思うが理奈は静かに首を振った。

 

「ん、ちょっとね。何事もなく家族が待っている村に帰れるのって何かいいなって」

「そうだね……あたしはともかく理奈ちゃんはいろいろあったからね」

 

 

 

 ────―結局夏油傑の計画は失敗したらしい。

 

 すぐに来た呪術高専、呪術師の統括機関の人々は夏油出現の報を受け駆け付けてきたらしく理奈の存在を知ると驚いていた。

 その後理奈は言われた通りに自分の身に起きた事から夏油が柴田達を殺すまでの事を説明し、自分は呪詛師ではないと納得してもらうまでに時間がかかったが何とか最終的に納得してもらう事が出来た。

 

 彼等の交錯により結局は柴田は行方不明扱いとなり、事件は闇に葬られた。

 村の人たちはそのことに不安を覚え様々な憶測を話しながらも、理奈を疑う事もなくむしろ落ち込んでいないか気にかけてくれた。

 両親は真相を知ると理奈に気づいてあげられなくてごめんと泣きながら謝ったけど理奈は二人が生きていてくれればそれで良かったから、しばらくわだかまりはあったけど今も仲の良い親子でいる。

 

 その後しばらくして、理奈はそれなりに貴重な術式を持っている事から正式に呪術師になることを打診されたが、理奈は自分に戦いは無理と感じていた事と「向いてない奴を無理やり術師にすんのもアレでしょ」という偉い人の鶴の一声もあり呪術師になることはなかった。

 

 ただし全くの無関係とはいかず、柴田のような悪党からの保護も兼ねて呪力を持つが呪術師にはならない人が西日本各地から集まっている私立の高校に通うことになった。

 将来的には窓と呼ばれる呪術高専の協力者になって欲しいそうだ。

 

 そんな訳で理奈は進学の準備を進める中迎えた去年の冬。

 年が明けてそう間もない時期に訪ねてくる男がいた。

 目隠しをした背の高い人、理奈をアレコレかばってくれた人らしい。

 

 かつて高専時代の夏油の同期であり、現代最強の特級術師であるという理奈の恩人の名前は五条悟(ごじょう さとる)

 彼は理奈に夏油の反乱は失敗に終わり夏油が死んだことを伝えに来たが、同時に彼女に夏油と会った時のことについてしきりに聞きたがっていた。

 

 軽い態度とは裏腹の五条の真剣な様子に理奈はあれから何度も思い出した内容を可能な限り詳しく語り、そして夏油が別れ際に言った言葉を伝えると五条は哀し気な顔をしていた。

 その哀し気な表情は不思議と夏油のそれと似ていて、理奈はこの人が夏油の親友だったんだなと直感的に感じた。

 

 そんな風にして色々あったけど理奈は今も元気に、幸せに生きている。

 夏油傑という規格外の男の事を確かに記憶しながら。

 

「それより楓ちゃん。お土産このお煎餅でよかったのかな? やっぱりもっとハイカラなお菓子とかの方が」

「ハイカラって何理奈ちゃん!? それもう化石時代の言葉だよ!?」

 

 楓と談笑している時、夜床に就こうとしている時、それ以外にも様々な時に理奈は思い出す。

 夏油傑が別れ際に言っていた言葉を。

 

 夏油は確かにこう言った。

 山村にて、確かに彼は在りし日の幸福を思い浮かべて理奈にこうささやいたのだ。

 

 

 

 

 

「家族や友達、大切な人が死ぬのはとても悲しい事だからね」

 

 

 

 

 

< 山村にて、玉を想う 終 >

 

 

 




これにて本中篇は完結となります。
拙作を読んでいただきありがとうございました。



夏油が理奈を放置しておくかについては原作考えると微妙なんですけど、一際醜悪な猿を殺して家族を救えて割とスッキリした事、理奈が天内理子と同年代でちょっと思い出したのとか色々あって結果理奈の意思を尊重する方向に行きました。



しかし最後の科白、友達はともかくとしてこの場合夏油の言う「家族」が指している相手って誰なんでしょうね……

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