シャーリィの壊れっぷり・・・。
――七曜暦1204年、初秋。新クロスベル市長にしてIBC総裁でもある、ディータ・クロイスが提唱した『西ゼムリア通商会議』が始まった――。
――西の大国エレボニア帝国からは鉄血宰相ギリアス・オズボーンに加え、
――東の大国、カルバート共和国からは庶民派として支持を集めている、サミュエル・ロックスミス大統領――。
――北東にあるレミフェリア公国からは若くして国を治める、アルバート大公――。
――南西にあるリベール王国からは女王代理としてクローディア王太女――。
いずれも国賓クラスのVIPたちが今まさにクロスベルに集まりつつあった。
国賓クラスの代表らを迎えるために、クロスベルには大掛かりな規制がなされた。そしてその規制された道を、それぞれの代表らが乗った導力車が警察に護衛されながらオルキス・タワーに到着した。しかしクローディアの横にはまだアドルの姿はなかった。
それもそのはず、アドルはクロスベルの外壁に沿って不審者が紛れ込んでいないかどうかの偵察を行なっていたからだ。
「フム・・・これだけの規制がなされているとは想像もしなかったな。だがどこから紛れ込むか分からない。用心に用心を重ねても完璧とは言えないだろう。それにしてもいやはや、二人とも少し見ないうちに綺麗になったな」
見とれている自分が、近くにあったビルの窓ガラスに映って自己嫌悪に陥ったアドルは偵察を続行した。
「オルキス・タワーの間近に支援課のメンバーがいるのか。これは想定範囲内。でも俺の道を邪魔させない。クロイス家が何をしようとしているのか・・・それについても推論できているのだから・・・」
眺めている先には新市長が挨拶を行ない、いよいよタワーの除幕式がなされるみたいだった。現時点で居場所が判明しているのは赤い星座の連中と黒月の連中。それにデパートの屋上にいるキーアとアリオスの娘であるシズクだった。
「いよいよ・・・・・・か」
眼前で幕が一気に下ろされる。するとアドルの胸が得体の知れない痛みに襲われたのだった。
「っ。な、なんだ。この
同時刻、キーアもデパートの屋上で何かを感じ取っていた。
「(なんでだろ・・・。初めてあれを見るはずなのに。キーア・・・・・・あのビルどこかで見たことある気がする。・・さん、どこにいるの?)」
この二人にはどんなかかわり合いがあるのだろうか。しかし、それはまたの機会に語ることにして除幕式が行なわれた今日は、昼食会に各種懇談会。夜には晩餐会とアルカンシェルの観劇が予定されているみたいだった。
「どこで合流するかね・・・。おっ、ジーク飛んでる・・・・・・。ジークに都合良さそうな時に合流しようかなー」
口笛を吹くと上空から一直線に下降してきた。そしてアドルが、佇んでいる建物の柵に優雅に止まった。
「ピュイ!ピュイ?(アドル!どうしたの?)」
少し鳥語が分かるみたいだ。クローディアと一緒にいた時に培ったものらしい。そしてジークもアドルの言いたいことは少し分かるらしい。
「ジーク久しぶり。クローディアは元気?」
「ピュイー!(うんうん元気ー)」
バサバサと羽根を羽ばたかせてそれをアピールする。
「そっか。じゃあ俺の言いたいことは何となく分かるな?これをクローディアかユリアに渡してくれないか?」
「ピュイピュイー(分かった。じゃあねー)」
用事は済んだ事を察知し、静かに空へと上昇しみるみるうちにアドルの視界から消えていった。
「頼んだよ。ジーク・・・・・・。さてとそこから覗いている血まみれの子鬼は、いつになったら出ているのかなぁ?」
ちょっと姿勢を後ろに傾けると赤髪が特徴的な女の子が、そこに立っていた。
「いつから・・・・・・?」
「ついさっき」
「そう・・・?。
シリアスな雰囲気はどこへ行ったのか、そう言うとすぐに後ろから抱きついてきたシャーリィ・オルランド。
「ああ・・・。だから、はーなーれーろっ!」
強めに抱きしめられたのを強引に剥がしてそのまま向き直る。そこにいたのは、殺人狂な女の子ではなく、年齢相応の恋する女の子だった。真っ赤に顔を染めて、俯き加減に両手をギュッと握り締めアドルの反応を窺う少女が・・・・・・。
「アハハハ・・・。どしたん、こんなに天気は晴れ渡っているのにその不機嫌さは・・・。それとも俺に何かやって欲しいことがあるのかなぁ?」
「・・・して欲しい・・・・・・かも」
「ん?聞こえなかったよ。もう一度大きな声で?」
実は少しだけ聞こえていた。『抱っこして欲しい』だ。シャーリィはこう見えてビックリするほどの甘えん坊。どうして殺人狂になったかというとアドルが関係していたりいなかったり。
「抱っこ・・・して?」
「・・・・・・よく言えました。ご褒美に抱っこしてあげる。おいで!」
「っ!うんうんっ」
両手を大きく広げてアドルの胸の中に飛び込むシャーリィ。そしてそのまま匂いをかぐようにアドルの服に顔をうずめた。
「ったく、どうしてお前はこうなんだろ?いつまで経っても甘えん坊で困る。いや、俺は困んないかなぁ・・・・・・」
『困る』と言った瞬間、シャーリィの悲しそうな瞳がアドルを貫いた。それだけで人は殺せるような殺気を伴って・・・。アドルはそれを簡単に避けて抱きしめながら頭を撫でる。それだけで、殺気は霧散しどこ吹く風の如く甘えん坊に戻るのであった。だから難しい子なのである。
「むふふふ。ふへへへへ・・・。にゅふふふ・・・・・・。むにゃむにゃ・・・・・・」
段々と落ち着いてきたのだろうか、寝息がするようになった。そして安心しきった顔を浮かべてアドルの胸の中で深い眠りにつくのだ。
「おいおい、それも変わってないのか?ま、シグに連絡取るからいいか」
数コールの後、緊張したシグムントの声がエニグマから聞こえてきた。
「もしもし・・・・・・」
「アドルだ。今いいか?」
「ええ、勿論ですよ。どうかしましたか?」
「今、俺の胸の中にシャーリィが眠っている」
「・・・・・・はぁ~。
「ああ、
「アハハハ。アドルさんにも弱点があったんですね?そちらに行きましょうか?」
「いや、そちらに赴こう。ずっと放っておいたんだから少しの間、いい夢でも見させておこうと思う。どこにシグはいるか?」
「私は今ルバーチェの跡地にいます」
「ってことは買い取った建物でいいのかな?」
「はい。お待ちしております」
シグムントの返事を聞いた後、エニグマを切り起こさないようにゆっくり移動を開始する。だからと言ってエリィやユリア、クローディアに見つかるような真似はしないように、ゆっくりしかし敏速に行動しシグの元にたどり着いた。
一言、二言話を交わした後、シャーリィを寝床に寝かせてその場を後にする。雰囲気からして、シグも通商会議中に何かをしでかすのは確信を持てた。シグの元に行った時、二丁戦斧を砥いでいる音がひっきりなしに聞こえてきたからだ。
余談だが、アドルが去ったあとに起きたシャーリィが大暴れしたのは無理のないことである。
『どうしてっ。起きた時に近くにいるのがアドルさんじゃないのーっ!』
『わわっ。お、落ち着いて下さい。お嬢。あーっ、この前買ったセプチウム鉱石がーっ。もう暴れないでくださいーっ』
『どうして引き止めてくれなかったの?』
『えっ。そ、それは・・・・・・(副団長の戦斧を研ぐ音で忙しいと思ったアドルさんが気を利かせて帰ったなんて言えないしなぁ。どうしようか・・・・・・)』
『パパのせい?』
『(ギクッ)ソ、ソンナコトナイデスヨ・・・・・・』
性格が壊れてしまってますがこれはアドルの前だから壊れているだけであっていつもは戦闘狂や人喰い虎の異名にふさわしく行動しています