ロイドの見せ場を一つ潰します。リーシャの父親の名前を捏造。
それはミシュラムで一日視る仕事を行ない、その後昼食をマリアベルと楽しんだあとの夜のことだった。眠れなくなった俺はラウンジで水でも飲もうかと思って起きた。するとそこには見知った顔がソファに座って窓の外を眺めていた。
「リーシャ・・・?」
「アドルさんでしたか。ど、どうしてここに・・・・・・」
「俺もマリアベルに呼ばれてね。休暇をとっていたところさ。そしてこのホテルの部屋を用意してくれていてね。だけど、眠れなかったから水でも飲もうかと思ったらリーシャがいたわけさ」
月夜にリーシャを見るのは初めてかもしれない。とても、とても綺麗だった。そして見惚れてしまった。それを隠そうとしても無理だった。心臓の鼓動は高なりを抑えきれずにいたためだ。
「・・・・・・?ごめん、いきなり声をかけて驚かせたか?」
「あはは、そんな・・・私がただボーッとしていただけですし・・・・・・」
沈黙がその場を包む。
「えっと・・・そこいいか?」
リーシャが座っているソファを指さして同意を求める。
「・・・・・・(コクン)」
正面に座って向かい合う。満月の光が辺りを照らし、荘厳な雰囲気を出していた。
「凄い月だな・・・。いつも見慣れている光景なのになぁ。ここはクロスベル市と違って街の明かりが少ないおかげかな?」
「ふふ、そうですね。・・・・・・」
またまた無言。リーシャは何かを考えているようだ。
「その・・・最近同じ夢を何度か見たんだ」
「えっ?」
「俺が、夜中にふと起きて女の子とバッタリ出くわして2人っきりになった夢を・・・。正直起こらなさそうな夢だとは思ったけど、正夢になるなんてなぁ」
「ふふっ・・・・・・」
やっと少しその場が和らいだように思えた。
「アドルさんは不思議ですね。誰かに側に居て欲しい時に本当にそこに居てくれて・・・・・・そこにいるだけで何だか安心できてしまう。ふふっ、あなたのそばにいる人が幸せです」
「買いかぶりすぎだよ。これでも最近は思い悩むことが多々あってね。もっと、もっと強くならなきゃって思うんだ」
「そうでしたか・・・・・・」
「なぁ、リーシャ。失礼かもしれないが、聞かせてもらっていいか?」
「え?失礼だなんて・・・・・・いったい何でしょうか?」
俺は佇まいを正して問いかける。
「どうして君はそんなに、そんなに
「・・・!」
「思えば最初に会った時からそう思っていた自分がいた。アルカンシェルで、イリアさんに望まれて最高のステージで活躍して・・・・・・。リーシャ・マオと言えば今やクロスベルじゃ二大有名人だ。なのにどうして・・・・・・どうして君はいつも何かを諦めたような微笑みを浮かべているんだ・・・・・・?」
「ど、どうしてそんな・・・」
「俺にも家族というものがあってね・・・。今は無き母親がいつもそんな表情をしていた。その表情の意味に気づくのに少し遅れたけれども・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「その人の笑みは、大好きな人にもう会えないという哀しみに耐えようとするものだった。だったら、君は・・・・・・?イリアさんが大好きな君はどうしてそんな風に笑うんだ?彼女はいつも君の側にいるのに」
「・・・・・・・・・・・・」
またしばらくの沈黙の時間。そして・・・。
「正直、驚きました。鋭いなと思うときはありましたがまさかそこまでなんて・・・・・・」
「俺の予想は正しかったのか?」
「ええ、概ね正解です。多分、私はそう遠くないうちにアルカンシェルを去りクロスベルから居なくなると思います」
「やはり、か。理由は俺が聞いちゃいけない内容か・・・」
「はい。でも、そうですね・・・。詳細は止めておきますが私には本来歩むべき道があるんです。家業と言ったほうがいいかもしれませんが。小さい頃からそのために生きてきました。気の遠くなるような昔から祖先が受け継いできた道。今となっては何のために歩んでいるのか分からない道ですが」
「・・・・・・」
「でもだからと言って否定できるようなことではありません。少なくとも父はその道を受け継ぐことに意味を見出しているようでした。世界そのものに働きかけ、歴史を動かすきっかけ足り得る、暗く密やかな道を・・・。そして私も父からその道を受け継ぎ今まで歩いてきました。多分これからも……」
「(やはり君は・・・・・・)・・・・・・」
「ふふっ、変ですね。私イリアさんが勧めてきたワインはちゃんと断ったんですが・・・。それともこの綺麗な月の光に酔ってしまったのかしら」
「そうか。全てに関して納得がいった」
「えっ・・・?」
「君の父親の名前はエリック・マオだな?」
「っ。ど、どうしてそれを・・・?」
深呼吸をしてから更に言葉を紡いだ。
「俺の名前はアドル・Mと名刺にあったな。それを支配人から見せられているはず。どうだ?」
「・・・・・・(コクコク)」
大げさなぐらいリーシャの頭が上下に頷く。
「フフッ。俺がクロスベルに来たことにはちゃんと意味があったってわけか。この時ばかりは出会いについて
「・・・・・・?ま、まさか・・・あなたは」
「今度はちゃんとフルネームで自己紹介しておこう。アドル・マオだ。また会ったな、リー坊?」
「っ。その呼び方は一人しか知らない呼び方。お、お兄ちゃん?」
信じられないものでも見るかのように、仰天に染まるリーシャ。
「ああ、もっと確信が持てるようにしようか?ちっちゃい頃は、いつも俺の後ばかりついてきては転んで泣き俺に慰められてよく笑い、そして父親によって持ち逃げされた。俺が呼んでいた時の名前はリー坊。そしてお前は東方人街で不老不死と呼ばれるまでに至った
「・・・っ。・・・・・・う、うん、そうだよ。私が父の後を継いで
リーシャは、会えて嬉しかったみたいだが俺には喜びが無かった。それは偽りを語っているからかもしれない。しかし、アドルには言わなければならないことがあった。それはリーシャの心が揺らぎ危うい状況へと移っていたからだ。
いつもの天真爛漫な性格と、仕事をしている時の冷酷非道な性格が分たれている状況だったからだ。いつかは精神崩壊の危機に至ると考えて話したたのだ。
「それで…。今の
「えっ?」
「どうしてそんなに気持ちが分たれている?どうしてクロスベルから逃げようとしている?そんなんだと、一番大切なものが守れなくなるぞ?」
「ど、どうしてそれを?・・・も、もしかしてみっしぃランドで会った将来を視る人ってお兄ちゃん?」
「ああ、そうだ。ベルに言われてな、手伝っていたんだが二人の将来があんなんだとはなぁ」
ソファから身を起こし詰め寄って来そうなリーシャに俺は動揺して揺れ動く心を突いた。それは残酷なことかもしれないが、リーシャが成長するには大切なことだと思った。
「お兄ちゃんは私にどうしろと・・・・・・?」
「・・・何かを求めるつもりはない。だが、その生ぬるいまま今を続けるのであれば銀剥奪の為一騎打ちでも仕掛けようかと思ってな・・・・・・」
一気に力を抜くと柔らかいソファは、俺の身体を物質的に包み込んだ。それを呆然とした表情で見つめるリーシャ。
「・・・・・・・・・」
「これから自治州を巡る事態は深刻さを増してゆく。その時が来た時にお前がどう行動するか、見ものだな。だが、忘れるな。壁に行き当たった時には呼べ。力になろう。夜は深まった、早う寝なさい。辛辣な言い方だったかもしれないが俺はリー坊に会えて本当によかった」
「うん、私も嬉しかった。行方不明だった兄さんが同じクロスベルにいて再会出来たんだもの。兄さんの忠告を胸に考えてみるよ・・・・・・」
「ああ、それがいい。まだ事態が動くまでに少しの時間が残されているはずだ。まだ若いんだから悩み抜いて・・・それで結論を出すが良い。どんな事になったとしても応援する」
「うん・・・おやすみなさい」
最初に見たときよりも晴れ晴れとした表情になって、リーシャはそこから居なくなった。
――次に来たのは・・・・・・――。
「アドル兄さん?」
「っ、キーアだっけ・・・?」
リーシャが去ってから少し経って、幼い女の子の声がアドルに届いた。
「う・・・ん。少し眠れないの。そばにいていい?」
「ああ・・・。おいで」
自分が座っているソファを手で叩き、横に来させる。
「どうした、キーア?怖いことでもあった?」
「うん、さっきロイドと寝てたんだけど・・・怖い夢見ちゃって起きたんだ・・・・・・」
と、言いながらも眠たそうだった。
「そっか・・・・・・」
このまま寝てもいいように、自分が羽織っていた服をキーアに被せてみる。もどかしい気持ちでいっぱいだった。この時間軸のキーアは何も思い出していない・・・。俺はキーアに関する全ての記憶を持っているのに・・・・・・どうして?と言う気持ちでいっぱいだ。その事でキーアを詰問する事はできないけれども。
「お兄ちゃん?」
「ん、どうかした?」
「どうしていつもキーアを見るときみけんに、しわよっているの?びょーき?」
「っ、何でもないんだ・・・。何でも・・・・・・。それよりもキーア、眠くない?」
「うー・・・ん、眠いかな?お兄ちゃんとしゃべっていると何だか落ちつく・・・・・・」
覚えていなくても、心のどこかで求めている?のだろう。半分眠りに落ちたキーアを、ロイドたち男性陣が寝ている部屋の入口まで同行して室内に導いた。
「おやすみー」
「うん、キーア。おやすみ(今は焦ってもどうしようもない。このまま見守るしかないだろう)」