闇夜を滑るようにして空を飛んでいた。眼下にはロイドたちが何か得体の知れない物・・・多分誰かの式神と思われる魔獣と戦っているのが見えた。しかし今のアドルにはそれをどうにかしようという気にはなれなかった。それは目の前に広がっている至宝の光を見たからだった。
「どうして・・・・・・どうして・・・なの?」
その場には、一人の幼い少女が鏡の城を見上げて呟いていた。その横に音を立てることなく降り立つアドル。
「どうした・・・?」
「だれ?」
虚ろな目でこちらを見てきた。そのどこを見ているのか分からない目に少し驚きながらも返答することにした。しかし、この姿で出会うのは初めてのこと。アドルと言う名前は使えないだろう。
「私の名前は“始まりにして終わりを意味する者”イニティウム・フィーニスと言う。好きなように呼んでくれて構わない(これが本当の名前・・・)」
「え、えっとぉ・・・・・・」
言いにくい名前に圧倒されたのかもしれない。目の前にいる少女の発光現象が、一時収まったかのように見えた。
「じゃ、じゃあね・・・。フィーって呼ぶね!」
「女性っぽい呼び方だな・・・。ま、まぁ好きに呼んだらいいさ。それでキーア、君はどうしてここにいる?」
「ふぇっ・・・・・・。キーアどうしてここにいるの?」
俺はそれを聞いて一気に肩の力が抜けた。そして今までは光を放っていたのに、光が消えてここにいるのはただの少女だった。
「おいおい。ロイドたちが心配してここにやってくるぞ?寝ぼけたにしてもここまで自分で歩いてきたのか?」
「う、うーん。夢の中で誰かがキーアを呼んだような・・・・・・」
「そっか・・・・・・。(キーアの完全な至宝開放まで時間は少ないってことなのかな)ほら、ロイドたちのところまで送ってやっから背中におぶさりな?」
「ありがとー。キーアもう眠くって・・・・・・」
言いながら背中に少しの重みをもたらし、もたれかかってくるのを感じた。それでゆっくりと片膝を付いていた状態から立ち上がった。懐かしさを感じながらしばらく歩いていると、中央広場のほうからロイドたちが大慌てでこちらに向かってくるのが見えた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・。その後ろにいる子は知っている子なんですが・・・・・・」
「そうらしいね・・・・・・。(あぁ、そっか。この姿でロイドたちの前に出たことないもんなぁ、知らない人を見るような堅い表情を浮かべているわけか)」
こちらを見てこわばった表情を浮かべているロイドたち6人。戦闘で疲労困憊な中。急いでここにやってきたのだろう。
「返して・・・下さい」
ティオの声が小声で聞こえてくる。
「私はこの子を保護しただけなのだかな。誘拐犯のように思われても嫌だ。それに教団の生き残りが何をのたまう?」
「「っ」」
ロイドとティオが息を呑むのが分かった。こちらは事実を述べたまでのこと。困らせるつもりは無かったのだがそれだけで、残りの人たちも武器を構えるのが横目で確認できた。
「これが最後です。早く、早くその子を返してください」
「・・・はぁ?なんだ。あんたらはつまらないな。今のこの子には用は無いから返すよ」
両手に風を集めて、キーアをその上に横たわらせそのままロイドらに渡す。
「な、なんだこのアーツは・・・・・・」
「この形状はエアリアルのようにも見えますが。体が切り裂かれません」
驚きを隠せない6人を尻目に、私は警告を投げかけることにする。
「一つ言っておこう。その子にはある時、重大な選択肢が投げかけられる。その時、支援課の諸君はどのような結論を出すかな?その子は全ての鍵だぞ・・・・・・?」
「っ」
皆が、驚いた表情を浮かべてこちらを凝視していた。
「あれ、どうして知っているのかって?それは・・・ね。私とキーアがとても近しい関係だからだよ?」
「それはどう言う・・・・・・?」
「どう言う事ですか?」
ノエルやエリィが聞いてくる。ここで
「私はそのためにここに来たのだから。この後、クロスベルに大いなる転機が訪れる。選択を迫られた時に私はもう一度姿を現そう」
言うことは言ったと言わんばかりに向きを変えて立ち去った。両手を広げて、重力を操りあ然とこちらを眺めている面々を横目に雲の上まで上昇する。
後ろから「待って・・・」とか「名前を聞かせて・・・」という声が聞こえていたが、それらをすべて無視した形になったが、どうせすぐに再会するだろうと視ていた。
雲の上に行ったものの、少し気になって鏡の城を調べてみることにした。触り程度だが、もし何かにキーアが反応したのであれば自分にも何か関係のあることだからだ。
「どれどれ。フム・・・・・・。なるほどね。巧妙に隠されはしているが、“鐘”が関係しているのか」
触り程度のつもりだったが思わぬ収穫だった。クロスベルのいたる所に置かれている鐘の持つ意味が随分と分かったような気がした。キーアに執心していたヨアヒムが、ここまで分かっていたとは考えにくいがクロイス家が関係している事は明白の事実となった。
「さて、問題はベルがいつ起こすか・・・だ。リー坊にも言っておいたが、イリアさんの結末にはほとんど最悪の結末しか視えなかった。それは何なのかは分からないが、リー坊が横で泣いているのが視えた。あいつの泣き顔はもう見たくない。それが嬉し涙だったら良いが誰かを失うことの涙だったらその原因を作ったやつを殺してしまうかもしれない」
ギュッと握りこぶしに力を入れて、数年ぶりに再会を果たしたリーシャに対する家族愛を示したアドルだった。
「その家族愛が偽りだったとしても、その愛が見せかけだけのただ薄っぺらい何かだったとしても、この瞬間、今だけは守りたいんだ。それが偽善だったとしても・・・・・・」
その横顔はもし誰かが見たのであれば、心配し戻ってきて覗き込むようなぐらい落ち込んでいた表情を浮かべていたそうだ。
イニティウム・フィーニスですがアドルの昔の名前です。ラテン語で始まりと終わりを意味する言葉です。