次の日。沙綾の家でもあるヤマブキパンは、相も変わらず通常営業だった。
CiRCLEでのライブに浸りながらの仕事だった為、パンをこねる時に"Yes! BanG_Dream!"を流してしまったりだとか、焼いてる時に"STAR BEAT!~ホシノコドウ~"を流してしまったりしていた。
「……」
一心不乱にこねる。バターを塗る。卵黄を塗る。オーブンに入れる。お父さんと時々、店のカウンターを交代しながら朝、昼と時間が過ぎていく。
昼を少し過ぎると、陸、海、空が、幼稚園から帰宅する。最近は、沙綾の手を要らずとも登園、降園ができるようになっていた3人は、バタバタと帰ってくるなりおやつおやつと騒ぎ出す。
「はい、今日のおやつはチョココロネだよ」
「「「わーい!」」」
バスケットに、3つのチョココロネが仲良く転がっている。3人が我先にとチョココロを手に取り、はむはむと食べ始める。
3人にジュースを置いた後。沙綾も、ちょっと失敗してしまったバンドリカレーパンを咀嚼する。
ーーちょっと辛いかな。
半分くらい食べたあと、余ってた牛乳を飲む。甘辛に作ったつもりだったカレーパンだったが、今日は何時もよりも辛く感じていた。ルーと具材を入れるだけなのに、ちょっと失敗してしまったとかあるのだろうか……。
そんな事を考えながら、弟たち眺める。
そうこうしているうちに、お店に騒がしい4人組が登場した。
「到着!」
「りみりん……はやすぎ……!」
「はぁ……はぁ……ちょっとあんた! 足早すぎるのよ……!」
「あはは……。沙綾センパイ、ご無沙汰っす」
流れるように現れる4人。スタイリッシュに敬礼をするりみ。ちょっと息が荒い香澄。息も絶え絶えで、膝に手を着いている有咲。その3人を眺めて、苦笑いを浮かべているたえ。4人がバタバタと、ヤマブキパンのドアベルを鳴らしていた。
ーー相変わらずだなぁ。
この4人だけは、大人になってもずっとこんな感じでゴキゲンでいるのだろう。楽しく騒いで、跳ねちゃうくらいにドキドキする日常を、ずっとずーっと送っている気がした。
「ふふっ、おはようみんな」
「おはよう、沙綾ちゃん!」
その日初めて会ったら「おはよう」と挨拶することが、Poppin’Partyの定例になっていた。朝であるどころか、今は16時前。おやつ時である。
「沙綾センパイ、おはようございますっす。……今日のおすすめはなんっすか?」
たえが、ペコりと頭を下げる。礼儀正しいたえちゃんは、挨拶する時に必ずこうして頭を下げてくれるのだ。
その姿に、温かいものを感じながら、沙綾は今日のおすすめ目を指さす。
「今日のおすすめは……。ボンゾ・ベーグルと焼きたてのチョココロネだよ!」
4人用に別で取っておいた2種のパンを、カウンター裏から差出す。4人が現れる時間帯を狙って焼いた8つのパンは、沙綾事実かなりの会心の出来だった。
「チョココロネ! 何故だかは分からないが、食べなくてはいけない気がする!」
そう言って、まず先にとりみりんがチョココロネを手に取る。店内ではあるが、1口口に入れた途端。
「うむ……ふむ……。ビ、ビミーッ! 米派のウチを、ここまで唸らせるとは……流石獅子メタルセンパイである」
と、頷きながら食べている。本人は、難しそうな顔をしているつもりなのだろうが、溢れ出るオーラとニヤケ顔が盛れだしていた。
それを見た3人も、ゴクリの唾を飲む。
「沙綾、袋に入れてもらってもいい? 蔵に行ってからゆっくり食べるわ」
ちくり。有咲の何気ない言葉に、沙綾は小さい棘が刺さったようだった。
平日。学校が終わってから、ポピパのみんなでパンを食べること。皆がするであろ、何気ない日常の一風景のはずだが、"沙綾はそれが出来ないでいる"。
休日とかだったら、確かにやっている。けれど、沙綾が欲しいのは"学校終わりに皆で行う何気ない日常"なのだ。休日は、いつもある学校がない為、非日常の中にいるような感じがしていた。
「……うん! ちょっとまっててね!」
若干の羨ましさと、自分の境遇のついてなさを思いながらパンを紙袋に詰める。何時もよりも丁寧に袋煮つめた後、袋を各々に渡した。
「はい! まいど、ありがとうございました! おしぼりも付けてるから、使ってね」
「うん! ありがとう、沙綾ちゃん!」
香澄ちゃんの笑顔を見る。いつもながらの眩しい笑顔だった。そして、その笑顔が、今日この後見れないのが若干悔しくもある。
香澄は、その笑顔のまま他の面々に顔を向ける。笑い合いながら、談笑するその中に、この後は入れないのも口惜しい。
実際、そんな事ないとは思うのだが。何だかちょっとだけ仲間はずれのような……。
「じゃあ、また明日ね、沙綾ちゃん!」
「うん! また明日ね!」
後腐れなく、笑顔で手を振るようにする。
これから香澄ちゃんたちは、蔵でうちのパンを食べて、練習するのだろう。
別にパン屋の手伝いをすることとかが、定時制だということとかが嫌いなわけじゃない。ただ、愛しい友達と、一緒の時間をあんまり過ごせないことが、少しだけ寂しかった。
「……ふう」
香澄達の行く背中を見ながら、ため息をついてしまう。カウンターに肘をつき、頬に手を当てながら、沙綾は脳裏に浮かぶ言葉について考えていた。
"転入"。意味としては、転校と同じようなもの。
りみが放ったその言葉は、花咲川学園の"定時制"から"全日制"へと移動するということを示していた。
ーーりみりんの言っていたこと、本当なんだろうか……。定時制から全日制に行けるって、どういうことなんだろうか。そもそも、そんなこと許されるのだろうか……。
この場では解決しない問題が次々と溢れてくる。グルグルグルグルと脳内を駆け回り、沙綾はボーっとしながら"転入"という言葉を考え続ける。
……気がついたら、学校へ行く時間となっていた。父親に「行ってきます」と一声をかけて、夕方の学校へと向かう。
席につき、携帯のメッセージをチェックし、授業の準備をする。暇を持て余した沙綾は再び頬をつき、ポケーっと黒板を眺める。
ーーもしかしたら……。嫌でもまさか……。でも……。それなら……。
そんなことを考えていると、既に教師が授業の準備を行っていた。他の生徒も既に準備を完了していて、他の生徒と話したり音楽を聴いたりしている。
ーーもし、本当なら私はどうしたい……?
そんなことを考えていた。
もし、定時制から全日制に移れるのなら、香澄ちゃん達と一緒に学校に行ける。授業も、一緒に受けることが出来る。バンド練習も、一緒にすることが出来る。
けど、本当にいい事だけなのか。お店の手伝いは? 陸、海、空の世話は? ご飯とかは……?
モヤモヤと考える。やっていい事なのか、本当にいいのかを考えた。
ーーそうだ。まずあの話が本当なのかを聞かないといけない。
黙々と数学の授業準備を行う教師を見て、沙綾は衝動的に駆け寄った。
「あの、先生」
「ん、どうした?」
教師は黒板に板書を書く手を止めて、沙綾に向き直った。
「えっと……この学校って、定時制から全日制に転入出来るんですか?」
「確か出来たはずだぞ」
「……!」
"出来たはずだぞ"。その言葉に沙綾は目を丸くした。
「ただ、それなりに難しいぞ」
「……え?」
教師は難しい顔をする。
「定時制と全日制じゃあ、授業をやるペースが全然違うんだ。内容すら違うことだってある。だから、全日制に入るにはテストで一定以上の点数をとる必要があるな」
テストさえ出来れば、なんとかなる。勉強して、合格点さえ取れば、なんとかなる。その言葉は、沙綾の頭にずっと残ることになった。
「まぁ、諸々の手続きとか転入の理由をしっかり申請しなくちゃいけないとか色々あるが……山吹?」
沙綾は既に、教師の言葉が聞こえなくなっていた。テストに受かれば、全日制に行けるかもしれない。テストが良ければ、ポピパのみんなと一緒にご飯を食べたり、授業を受けたり出来るかもしれない。
沙綾は、授業中。その事が脳裏から離れなかった。