オレは世界政府の所有する大病院へ五老星の1人の様子伺いに来ていた。
怪我なんかありゃしない、年寄りだしショックも受けただろう。念の為のドック入院だ。
事務的に顔だけ見てさっさと出て行こうとした、その時。
ベッドの上のジイさんが有り得ない事にオレに何がしの金を手渡したのだ。
「こんな事を回りの者には頼めん。クザンよ、すまんが私の代わりに・・。」
なんだ、小遣いくれるのかと思ってちょっと退いてしまった。喜ばせやがって。
見舞いの花を持って行ってくれ・・だとさ。まァ頼まれてやるか。
「ん・・? この部屋番号・・小児病棟じゃない。」
オレは売店で花と新聞を買い、ジィさんの云う通りの病室へ向った。
個室か・・。ドアをノックしようとしたら中から看護師が飛び出してきた。
「手分けして探しましょう!」
混乱の最中覗き見るとベッドはもぬけの殻で・・点滴を外して出歩いてるらしい。
看護師たちが右往左往してベッドの主を探し回っていた所だった。
本人が居ないのでは仕方ない。オレは花だけを置いて立ち去った。
そして今、緑豊かな広い中庭のベンチに腰掛け新聞を広げたところだ。
≪ピッツ・バウンド大寺院占拠事件終結へ≫ ______
紙上と巷ではサイファーポールが鎮圧? ふーん・・。
・・・・ん、コーヒー? それに甘い、何か懐かしい匂いがする。
「・・・・・・。」
バサッ。オレが新聞を下して音を立ててもお構いなしだ。
気配すら感じさせなかった、隣の少女はパジャマ姿でコーヒーとミニドーナツを齧ってる。
右肩から首へ斜めに、幅広の包帯が巻かれていたので怪我でもしたのかと思って見てた。
ババ臭い仕草で紙コップのコーヒーを啜ったりして・・ミルクは入っていない様だ。
「・・・・・・・美味しい?」
『 ウン 』
「 ・・・! 」
・・・・オレは以前、この少女と似た声を発する女と出会った事がある。
サラツヤに光るブラウンの長い髪、横顔の長い睫。そしてやっとオレを見上げた翠の瞳。
『 コーヒーはあそこで売ってる 』
徐に彼女が指を差した。何故オレがコーヒーを飲みたくなったと解ったんだろか?
立ち上がるとコーヒー売り場で買ったものを手にベンチに戻って来た。
『 ハイ 』
「あ・・・アリガトね。」
少女は小さなドーナツの入った四角い紙箱を差し出しオレに勧めてくれる。
1つ摘んで口に入れるとさほど甘くない、もっちりした食感が美味いものだった。
「どこで買ったんだい?」
『 鼻の長いお兄ちゃんがお見舞いに持って来てくれたって云ってた 』
「へーぇ、いいお兄ちゃんじゃない。」
『 ウン 』
鼻の長い・・? その言葉は見知ったある男をオレに連想させる。
確か甘い物にはかなり口の肥えた、特にドーナツには五月蝿い若造だった。
「・・・・・・お腹、減ってたんだ。」
次々とドーナツを口に入れていく少女に少し呆気に取られながら。
『 丸二日何も食べていない 』
そう云われて、またドーナツを取ろうとしていた自分の手を思わず引っ込めた。
どうやら・・間違いない様だ。ジジイが見舞えと云ったのはこの少女らしい。
「それを食べたら戻りなさい? 皆、お前さんを探してたンだから。」
『 おじさん? 』
顔は笑わないんだけどね、小首を傾げるサマがまたカワイイじゃないの。
「オジサンはないだろ、クザンのお兄ちゃんと呼びなさい。お嬢ちゃんのお名前は?」
『 ・・・リドル 』
「アララ、いい名前だ。」
『 ミホークが着けたんだ 』
「そう・・・。」
オレも小耳に挟んだ程度だ、噂じゃ、ヤツの養女は相当な剣の"使い手”だと聞いた。
実はヤツぁ、オーディションでもやったんじゃないの? と疑いたくもなる。
"神の恩恵”賜りまくりって云いたいね・・探そうったって、そうそういるタイプじゃない。
『 もうお腹いっぱい、あげる 』
ベンチに肘を掛け、眺めていたオレにリドルは紙の小箱を両手で手渡して立ち上がった。
到底、剣士などに見えるものではない。稀に見る・・透ける様な美少女であった。
気紛れに吹き抜けた春の風に、細く軽やかな髪を遊ばせてる後姿にまた声を掛ける。
「リドル、病室のお花は501号室のお爺ちゃんからだ。お礼を言っとくといいよ。」
『 ・・・? わかった。おじさん、ありがと 』
「・・・・・・・・・ク・ザ・ン!」
『 ウン 』
その言葉に過剰に反応し、忙しなく右手の人差し指を立てて振り、訂正する。
オレも何だか大人ゲないねぇ。
だけどその時、少女が笑った風に見えた。目を少し細め一度瞬きをして見せたから。
彼女は自分の居た病室を見上げたが特に慌てずにガラス戸を押し開けてった。
後・・そうだなあ、8年ほどすりゃァもっといいカンジの女になるだろうな。
それにしても一度だって笑わないンだね、あの子は。
女の子ってのはもっと、ニコニコしてるもんだとばかり思ってた・・。
「あー? ・・・嘘でしょ? 」
出張先から此処へ直行していたオレは翌日、本部に戻り事実を報される事となる。
朝イチでCPから回って来た報告書は、世の中に出回っている風聞とはかなり違った。
眠い目を擦り、デスクでコーヒーを飲みながら思わず部下の前でそう呟く。
" 人質優先の為、約二百人の異教徒を暗殺・・? "
レポートの角の所に事件に関わった人物の写真が貼ってある。
昨日出会った、ちょっと変わりダネな美少女。まさしくリドルだったのだ。
彼女は最年少で世界政府公認委託暗殺者に認定登録されていると云うから驚く。
(ジジイめ・・、つまり恩人じゃないの。)
" 事件後、帰りの船で風邪をこじらせ発熱、病院に搬送す "
「L・ロゼッタか。これもイイ名だ・・。」
「____ 移った?」
「ええ、13棟の方へ。」
その後、オレは何度となく彼女を見舞いに病院を訪ねていた。
ある日13棟へ移ったと聞かされ、彼女に何かあったのだと直ぐに察した。
そしてまた、リドルは相変わらず看護師を騒がしていた。
「リドル?お土産を持って来たンだけど。」
彼女は立ち入れる筈のない屋上で柵越しに座り、外を眺めていた。
髪をふわりと浮かせ、オレに振り向いた目を細める。
『 ク・ザ・ン。また会えた 』
ピョンと目の前に降りて来ると見上げて立ち竦む。いつも触れ様ともしない。
コミュニケーションの取り方も知らぬ、その少女に会う度オレはキツくハグしてやるのだ。
「お前さんの好きなドーナツだ・・、何かあったの?」
少女はオレの腕から少し離れると首を左へ傾けて答えた。
『 ううん・・悪い記憶を消しちゃうんだって 』
「・・!! いつ?」
『 明日 』
彼女に記憶障害があるのだと悟った、そして13棟に来た理由も。
リドルは明日から"感殺し"と呼ばれるプログラムを受けるのだろう。
それは、ある地域の特別な教育法を荒削りに改良した恐ろしいプログラムだ。
"感殺し"を受けた者は過去を失うばかりか、凶暴化するリスクを背負う。
実際・・壊れた自身を裏に隠し、殺しだけを生きがいにしている男が報告されている。
完璧ではないものを・・、それをこういった少女に受けさせるとは無謀な話だった。
オレは大人達が・・彼女を一生自分達の所有物にする意図を感じずにはおれなかった。
『 明日になったら・・カクや、クザンの事も忘れるのか 』
少女はオレの腰元で静かにそう呟いたらしい、何も聴かされていない筈が感じ取っていた。
この短い間、リドルと云う少女を調べ上げていたオレは・・やるせない気持ちにもなる。
(オタクなマッドサイエンティスト共の"夢の実体化”中でも"最後の力作"?)
海軍本部に存在する事自体おかしい、権限のないレベルの極秘資料をこっそり盗み見た。
何が正義か・・? もう迷いなんかありゃしねえ。
「 心配はいらんよ・・、大丈夫だ。」
『 ・・・・ウン 』
その後、主治医の元を訪れたオレは彼女の治療を秘密裏で無理やりに変更させた。
何か他に方法はないかと訊ね、まだテスト段階だった別のプログラム密かに実行させたのだ。
世界政府のジジイども、ミホークさえ気付いているかどうか・・である。
退院時にはオレの事や例のあの事件をすっかり忘れてしまっていた。
リドルは過去、約一年分ほどの記憶を失っているらしい。
それが彼女の為になるのならそれも致し方あるまいと思う。
それからオレは間もなく、あの男の養女と出会う事となる。
リドルと同じ話方、同じ顔、彼女とは違うモデルである比較的温厚なトゥルーと。
だけど今でも思い出すンだよ。あの時、笑ったかに見上げたお前さんの・・瞳の色を。
_____________ ク・ザ・ン。 また会えた ___
+ end +