王子から婚約破棄されて王都追放された悪役令嬢がショックでしおらしくなってて可愛い   作:松風呂

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幕間 あるべると君ななさい

 

 悪人を先天的悪と後天的悪の二種類に分類するならば、メアリー・フォン・サマリーは典型的な後天的悪人である。

 

 メアリーは愛や情とは縁遠い環境で幼少期を過ごした。

 

 公爵家という圧倒的権力を持っていた彼女の周りには、取り巻きのような人間こそいても、真実の友は一人としていなかった。

 

 また、生まれて直ぐに母親を病気で亡くした為、彼女に愛を注げる家族は父親であるルドルフと姉のアイリスの二人だけだった。

 

 しかし、父親のルドルフの関心は常に、不出来な妹では無く圧倒的に優秀な姉に向いており、姉のアイリスの関心もまた別のことに向いていた。

 

 誰からも愛されず、何をしても叱られず、周りに信頼出来る人間も居ない。

 

 そんな幼少期を過ごしていたメアリーは、つまるところ常に愛に飢えていたのである。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「アルベルト、お前が使用人として働き始めて早一カ月だ。何故ここに呼ばれたか、検討はついているか?」

「申し訳ございません。思い至りません。何か不備があったのでしょうか」

 

 サマリー領にある公爵家本家屋敷の執務室にはまだ年端もいかない少年と、固定式のイスに座りながら書類作業をしている少女がいた。

 

「仕事自体は問題ない。だが、職務態度に問題があるな。他の使用人からお前が何て呼ばれているか知っているか?」

「他の方からは修行僧、もしくは能面などと呼ばれていることは確認致しました」

「気づいているなら直せ。表情の変化も乏しく、何をしても動じないのは長所ではなく短所だ」

 

 黄金色の髪が特徴的な少女、10歳にして領主代行を勤めるアイリスの言葉にアルベルトは肩を落とした。彼自身、自分の悪癖は理解していた。なにせそれは彼が公爵家で働くことになった理由の一つでもあるからだ。直せることなら今すぐにでも直したかった。

 

「お前はその歳で悟りでも開くつもりか? ただ頬の筋肉を歪ませるだけのことが出来ない理由でもあるなら簡潔に話せ」

「いつからか、気づいたら出来なくなってました。申し訳ありません。明日までには直します」

「甘えるな、今すぐ笑え。領主代行命令だ」

 

 アイリスに命令と言われてしまっては、アルベルトに逆らうことは出来ない。彼は意を決したように、精一杯の作り笑いを浮かべた。鏡で確認するまでも無くその笑顔は酷く歪んでいることが彼にも分かった。

 

「現状は良く分かった。物理的に不可能な訳では無いな」

「解雇でしょうか?」

「このくらいで一々使用人を解雇にしてたら今頃うちの領内は失業者だらけだよ」

 

 アイリスはそう言うと手元にあった最後の書類に公爵家の判を押した。

 

「明日からお前は愚妹の専属使用人だ。執事長と侍女長には私から話をしておく。職務異動だ。これ許可証。受け取れ」

「メアリー様の、専属使用人ですか?」

 

 アルベルトは唐突な展開を不思議に思いながら許可証を受け取った。彼も遠目でしか見た事は無いが、アイリスの3つ下の妹のメアリーは姉に負けず劣らずの美少女で使用人の間でもその美貌は評判だった。しかし、愛らしい見た目とは裏腹に性格は我儘で高飛車で最悪だとも評判だった。

 

「まずは様子見で今日から一カ月、あのじゃじゃ馬に誠心誠意尽くせ。匙を投げたくなったら言いに来い」

「分かりました。粉骨砕身の思いで仕えさせて頂きます」

「うむ、任せたぞ。来月この件についてまた面談する。次回から敬語はいらんぞ、無駄に肩がこる。……さて私はそろそろお昼寝の時間だ。休憩、休憩」

 

 

 

 

「平民が私に専属で仕える? ふざけないで! 家訓だかなんだか知らないけど、ここは王国にこの貴族ありと言われたサマリー家よ。身の程を知りなさい、解雇よ。今すぐ出て行って!」

 

 メアリーとの初の邂逅の際、アルベルトは早速彼女の癇癪を受けた。実年齢以上に精神年齢が幼いメアリーにとっては合理よりも彼女の感情が何より優先されるのである。

 

 貴族至上主義の彼女にとって、平民の、ましてや男が自分の専属使用人になることなぞ、いくら姉の許可があろうとも到底許容できない事だった。

 

 アルベルトは噂以上のメアリーの人柄を直接見て、前途多難そうな未来に辟易しそうになった。その後も紆余曲折はあったものの、一応二人は主従の関係となった。

 

 アルベルトの予期した通り、今までの労働環境に比べ、彼にとっては過酷な日々が始まりを告げた。

 

 メアリーが癇癪を起したら宥めたり、感情の機微を素早く察知して事前策をとったり、屋敷を勝手に抜け出したメアリーを探し、見つけ、背負い、運んだり、彼女のいたずらの被害にあった使用人達へのフォローをしたりと、アルベルトは日々奔走した。

 

 そんな風に身を粉にして尽くしたからか、アルベルトにとって怒涛の一カ月が過ぎる頃には、彼はメアリーの信頼を十二分に勝ち取っていた。

 

 

 

 

「この一カ月、何故私がお前を愚妹の専属にしたか、思う理由を言ってみろ。変に繕わず、正直にな」

「誰もやりたがらない過酷な労働環境に一番立場の低い自分が飛ばされた?」

「悲観的過ぎるだろ。何故そう穿ってしか物事を考えられんのだ。はい、再検討」

「彼女の苛烈すぎる性格を矯正する為、ですか?」

 

 その回答を聞いて、相変わらず机に溜まった大量の書類を片付けていたアイリスは手を止めた。

 

「当たらずとも遠からずだな。だが、私が矯正したかったのはどちらかと言うとお前だよ」

「私ですか?」

「答え合わせをするなら、理性的過ぎるお前と本能のまま生きる愚妹、真逆の二人だからこそ互いに学ぶ物は有ると思って専属にした」

「お陰様で刺激的な日々を過ごせましたよ」

「皮肉を飛ばせるようになったか。成長したな。表情も多彩になったし、もう不名誉なあだ名で呼ばれることも無くなるだろう」

 

 事実として、メアリーに苦労をかけられてる様子を皆に見られたアルベルトは、以前までのように気味の悪い無愛想な子供ではなく、妹の我儘に悪戦苦闘する苦労人のお兄ちゃんのように周りの目には映っていた。

 

「多分困り顔とか引き攣った顔とか絶望した顔とかしか表情のレパートリー増えてないんですけど」 

「十分だ。喜怒哀楽のうちの一つを学べたじゃないか、引き続き愚妹の元で学べよ。アレは良くも悪くも直情的だ。常に笑って泣いて怒ってと、見てる分には飽きないのだがな……」

「もしかして専属使用人は継続なんですか?」

「当たり前だろ。最早愚妹の相手はお前しか務まらん。今やカルガモの親子のようにどこに行くにもお前にくっ付いてるじゃないか。アルー! アルー! ってしょっちゅう呼んでるし、多分アレの初恋相手はお前だぞ。役得だな」

「適当なことを……」

 

 その時、執務室のドアは突然開け放たれた。ドタドタと部屋に入ってきたのはメアリーだった。

 

「アル! こんなとこに居た! 今日は一緒に本を読むって言ったでしょ!」

 

 そう言ってメアリーはアルベルトの腕を引いて退出しようとするが、アイリスとの面談中であったのでアルベルトは困った顔をした。

 

「ああ、話は済んだ。メアリー、もう連れてっていいぞ」

 

 そう言ってアイリスは手をひらひらとさせるが、それをメアリーは憎々しげに睨んだ。

 

「アルは私の専属使用人なんだから、お姉様じゃなくて常に私を優先しなさい」

「勿論ですよお嬢様」

 

 仮に否定していたらまた面倒なことになると予想したアルベルトは、アイリスの前だったが、メアリーの言うことにすぐさま肯定した。

 

「ふふん。それで良いのよ」

 

 そう言って勝ち誇るように姉を見ているメアリーを見て、アイリスはため息をついた。内心、何でこんな性格に育っちゃったのかなぁという思いだった。

 

 そのまま退出しようとした二人を見送りながら、アイリスはアルベルトに言った。

 

「あとアルベルト、自分で気づいて無いだろうが、メアリーの前だとお前はちゃんと笑えてるぞ」

 

 その言葉が聞こえたかどうかはアイリスに分からない。返事が無かったから聞こえなかったのかもしれない。

 

 まぁどちらでもいいかとアイリスは執務室の扉を閉め、再度、溜まっている書類を片付けるべく机に向かうのだった。

 

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