王子から婚約破棄されて王都追放された悪役令嬢がショックでしおらしくなってて可愛い 作:松風呂
サブタイに話数入れました。
残りの道中も特に事故などは無く、無事にハーケン村に着くことが出来た。御者さんに御礼を言って俺はメアリーと一緒にクロワッサン家を目指して歩き始めた。
ハーケン村は王都から離れてはいるが、人口は三千人くらいで結構栄えてる俺の故郷である。前回帰ったのが兄貴の結婚式の時だったから約2年ぶり、久しぶりの帰郷だ。クロワッサン家は実家とは別に商店街でパン屋を営んでいて、兄貴が後を継いで4代目だから結構な老舗として村ではそこそこ知られている。
何故田舎のパン屋のせがれが大貴族の使用人になってたのかというと、クロワッサン家は先祖がサマリー公爵家に命を救われたとかで、恩返しの為に代々一人は使用人として働くように家訓としているのだ。
俺は次男坊だったので7歳の時におやじに手を引かれ、サマリー領にあるでっかいお屋敷に連れてかれた。年齢の割には達観してた当時の俺は現状をすぐ受け入れ、クロワッサン家の代表として相応しい使用人になるぞと心に決めたものだ。懐かしいね。
「いつまで歩かせんのよ! いい加減にしてよね!」
まーた癇癪が始まってしまった……。
「メアリーさん、あと10分くらいだから頑張って歩いていただけませんかねぇ」
「疲れた疲れた疲れたー! もう一歩も歩けないー!」
どうもさっきの俺の失言から機嫌が悪くなったように思う。一瞬笑顔にときめいてしまった俺の純情を返してほしいくらいのいつも通りのメアリーだ。俯いて泣いているよりは、こうして癇癪起こしてる方がメアリーらしいっちゃらしいのでちょっと安心している自分がいて、その思考に恐怖した。
「おんぶしなさい」
「いや自分荷物持ってんすけど……」
ほとんどの荷物は先に実家に送っておいたが、万が一のことを考えて多少の手荷物は持ってるし、普通に人一人背負って歩きたくない。
とはいえ、彼女が大声で喚くので道行く人の目線がさっきから痛い。しょうがない実家まであと数百メートルくらいだし泣き寝入りするしかないか。
「よっこらしょ」
「ふふん。口答えしてないで最初からそうすればいいのよ」
こうしてまさしく名実ともにお荷物と化したメアリーを背負いながら整備された道を歩く俺だったが、年頃の女性を背負う行為に潜む危険性を考えていなかった。
「なんかあんた顔赤くない?」
「もう夏ですから暑いんですよ」
最初に言いわけをしておくと、幼少期の頃は、勉強が嫌で屋敷から抜け出して領地内の森で寝ているメアリーを背負って、部屋まで運んだものだ。初めて会ったのは7歳の頃で、当時から周りに迷惑ばっかかけてる女の子だった。メアリーを背負うのは10年ぶりくらいだが、昔はしょっちゅうしてたので抵抗感がそこまで無かったんだ。
話を戻すが、彼女を背負ったことで女性特有の柔らかい膨らみが服越しに当たってるんですよね。あの頃の、涎たらしてぐーすか寝てた女の子もいつの間にか立派に成長して、しっかり女性になっているのだと生命の神秘を背中で感じとりました。
おまけに俺のうなじにあたってる吐息がなま暖かくて、嫌でもメアリーを一人の女性として意識してしまう。本人に言ったらいやらしいとか言いながらまたアッパー食らいそうなので黙って歩く。
「やっぱり自分で歩きませんか?」
「嫌よ楽だもん」
実家の前には筋肉質な男性とふくよかな女性が手を振っていた。何を隠そう彼らこそ俺の親父のオイシーとお袋のチョコである。メアリーを降ろして2年振りの親子対面を果たした。
「久し振りだな我が愛しの息子よ。そしてメアリー殿、遠路はるばるよくいらっしゃいました。アルベルトの父オイシーです」
「ほんと無駄に遠かったわ足が棒になっちゃったわよ」
「あらあら、それは申し訳ないです。どうぞ、うちの中に入って下さい」
「邪魔するわ」
お袋に促されて家の中に入る二人を見ながら、俺は親父にこっそりと話しかけた。
「兄貴と義姉さんは今日もパン屋?」
「ああ、メアリー殿のことは話しといたから仕事が終わったらあいさつに来ると言っていた」
「なるほど、真面目な話がしたかったから兄貴達がいないのは好都合だ」
王都にいた頃に親父達には手紙を出した。クロワッサン家としてメアリーの身元引受人になる許可を貰いたかったから、現状を相当オブラートに包んで書いた上で、だ。お人よしが服着て歩いているような頭お花畑な二人なら同情心を煽れば許可は貰えると踏んでいたが、返事が"許可する。パパとママより"だけだったのは心底驚いた。
つまり今回の件について両親は概要でしか知らないので、直接話したいと思っていた。
「むふふ、真面目な話か」
「なんだよ気持ち悪い笑いして」
「いやなに、若いころを思い出すなぁと思ってさ」
「は?」
「父さんも、お前くらいの歳にはな、母さんと一緒に盗んだ馬車で駆けだした青春の夜があったもんさ」
なんか勘違いしてないかこの親父。急いで手紙一枚の文章だけで伝えたから齟齬が発生しててもおかしくない。
ちなみに手紙の内容は、仕えてたメアリーが婚約者の王子に捨てられた上に、サマリー家からも追い出されて路頭に迷うからクロワッサン家で養子として引き取ってくれ。あと貴族殴ったから俺も退学になったんで帰省します。みたいな文面で送ったように思う。
「むふふ、それでアルベルト、チューくらいはしたのか?」
「ちょっと待て、なんか勘違いしてるぞ親父」
「なにっ!? 身分の差を乗り越えて二人で駆け落ちしてきたんじゃないのか!?」
「俺が書いた手紙の文章力が至らぬばかりに済まんが、そんなロマンス小説みたいな色のある話じゃないぞ。後で二人にはきちんと話すよ」
「なーんでぇつまらん」
頭がお花畑に加えて中身はピンク色に染まっている気もするが、2年振りに会った親父は人柄が変わっていないようで安心した。相も変わらずただの陽気なおっさんだ。
リビングにはソファーで茶菓子を食べてるメアリーとその横に座る俺、対面には俺の両親がいる。
「改めまして、オイシー・クロワッサンです。昔はパン屋をやってましたが、今は畑仕事をしながら妻と二人で生活しております」
「妻のチョコ・クロワッサンです。この度はうちの息子をどうぞよろしくお願い致します」
「メアリー・フォン・サマリーよ。いえ、もう家名はないから只のメアリーだけど、あの……今後ともよろしくお願いするわ」
やはりこの一カ月のめまぐるしい環境の変化により、おそらく心境にも大きく変化があったのだろう。メアリーは平民である俺の両親に頭を下げた。
そのやりとりは、なんてことない只のあいさつだったが、俺は人知れず感極まっていた。
お袋が未だ俺とメアリーの関係を勘違いしていることが少し気になったが、そんなことよりも俺は、貴族主義と虚栄心が服着て歩いているようだったメアリーの成長が見てとれたことが非常に嬉しかったのだ。
「親父、お袋、急にこんなことになってかなり心配かけたと思うし、迷惑かけて本当に申し訳ない。今後ももしかしたら迷惑かけるかもしれないけど、彼女としばらく一緒に暮らすことをどうか許してほしい。正直に言うけど、メアリーは我儘で横暴で偉そうな性格だけど、最近だいぶマシになったんだ。せめてちゃんと自立できるようになるまではどうかお願いします……!」
俺はそう言って頭を下げた。
犬や猫を飼うのとは訳が違う。ほとんど会ったことも無い他人と一緒にこれから住むことになるんだ。おまけに元貴族の令嬢と平民の元パン屋じゃ、文化の違いなんてものは下手したら異国の人間より大きいかもしれない。
それでも息子である俺の気持ちを汲んでくれた二人には申し訳ない気持ち以上に感謝の念が堪えない。
「気にするな。親ってのは子供に迷惑かけられるのが一番嬉しいもんさ。さぁ今日は新しい家族が増えた歓迎パーティーやるぞ!!」
「ふふ、メアリーちゃんも今日からうちの子になるんだからこれからはどんどん迷惑かけてね。私ね娘と買い物とかずっと夢で嬉しくてね……」
「本当に、ありがとう親父……! お袋……!」
俺は優しい両親を持てて本当に良かったよ。と思っていたら、右にいるメアリーから左フックが飛んできた。
「誰が我儘で横暴で偉そうな性格だって!? 調子に乗って!」
訂正します。我儘で横暴で偉そうな性格の上に怒ると口より先に手が出るんだこいつは。
愛する息子が目の前で暴力を振るわれているのに、微笑ましい顔で見ているだけの両親の愛に少し疑問が生じたが、なんとなくメアリーはこの家に馴染めるような気がしたし、思ったよりなんとかなりそうな予感がした。
それはただの希望的観測かもしれないが、不思議と俺はそう思った。きっと俺の両親に受け入れられた時の彼女の口元がニヤついてて嬉しそうだったからそう思ったのかもしれない。