—――ここはどこだ?
—――俺はなんでこんなところに?
—――死んだのか?
フッと目を覚ますと天乃河は何もない暗い空間にいた。彼は、なぜ自分がこんな場所にいるのか、ここはどこなのか、どうしてなにも身に着けていないのか、自分が死んだのかさえも分からずにいた。わかっているのは、自分の意思で手や脚、首なんかを動かすことはできず、ただジッと体が沈んでいくかのような感覚を味わうことだけ・・・もちろん、藻搔くことも抗うこともできない。
時間にしてどれくらい経っただろうか・・・数秒?数分?数時間?。正確な時間はわからないが、体感的には数分の刻(とき)が過ぎて行ったように感じる。暫く沈んでいくと、一筋の光が視界の端に見えた。しかし、そこに行くことはできず、手を伸ばすこともできない。
—――もう、自分はこのまま底まで沈んでいってあとは死ぬだけなのか
と思った瞬間、急に意識が途絶えた。
★★★★
次に意識が覚醒したのはベッドの上だった。
そして、目の前には見慣れた天井がある。
「ここは・・・」
そう今、天乃河がいるのは自分の部屋だ。なぜ、こんな場所にいるのか記憶を思い返してみるとさっきまでのことを鮮明に思い出した。訓練場で剣弥に勝負を仕掛けたが、あいつに当たることはなくすべて射なされ、打ち返されて左腕を斬られたことを。
先ほどまでの出来事を思い出すと腹の底からどす黒い感情が湧き出てくるが、なんとかその感情を殺して左手を確認してみると、やはりそこの左手は存在せず肘から下が包帯で巻かれていた。どうやら止血だけはしてくれたらしい・・・じゃあ、左腕は?と疑問を持ち辺りをキョロキョロしてみるとすぐ横のサイドテーブルの上に氷漬けにされた左腕を発見した。
「剣弥、いずれ殺してやる・・・」
「そうそう、その域だよ」
天乃河が剣弥に復讐を誓った瞬間、自分以外誰もいないはずなのに自分のとは別の声が聞こえた。声のした方を見てみるとそこにいたのは・・・フードを深々と被り顔を隠している人物が立っていた。しかし、声からして女性なのだろうということはすぐに分かった。普通ならその時点で誰なのか、どうやって入って来たのか、望みはなんなのか聞くのだろうが天乃河にはそういった焦りはなく普通に布団に包まり顔だけをその人物に向けていた。
「ねぇ、力欲しくない?何者にも負けないち・か・ら」
「それは‥欲しいさ。あいつを殺せるなら悪魔にだってこの命差し出すさ」
拳を強く握りながら彼女の質問に答えると、その答えに満足したのか彼女は口元をニタァとしていた。その表情を始めて見た天乃河はその瞬間全てを悟った。彼女が人間ではなく、人間から嫌われている魔人族であることを。
正義感の強い普段の彼ならこんなどこの誰なのかわからない相手の提案など即座に断っていたが、今の彼は正常に物事を考えられるような状態ではない。今の彼の頭の中にあるのは、幼馴染2人を自分から奪い、クラスメイトから白い目を向けられるようになった原因(本当は雫が自分の意思で言ったことだが、彼の中じゃ剣弥に脅されて無理やり言わされたと思っている)、左手を斬ったことに対する黒野剣弥への復讐心のみ。そのためならばどんなことだってするし、怪しい連中とも手を結ぶこともする。
「その答えを聞けて安心したよ。じゃあ、この力あげる」
そう言いながら彼女は彼の頭に手を置いた。すると、彼の体は目視できる程の禍々しいオーラを纏い始めたが、すぐに体の中へと消えて行ってしまった。何が起きたのかサッパリ理解できなかった天乃河は自身の右手を開いたり閉じたりして感触を確かめていた。
「これはすごい。奥底から力が漲って来る・・・これなら、あいつを殺すこともできるかもしれない・・」
「気に入ってくれて嬉しいよ♪じゃあ、頑張ってね!」
そう言い残し、彼女は部屋から姿を消した。一人残された天乃河はすぐに寝間着から自身の装備に着替え部屋をあとにした。
★★★★
部屋を出て訓練場に向かっていると、前から兵士が喋りながら歩いてきた。しかし、その兵士は自分とすれ違ったというのに挨拶の一つもしてくることはなかった。そのことに多少苛立ちを覚えたが、兵士たちの会話を聞いてすぐにその苛立ちは収まりつつあった。
「おい、聞いたか?勇者様とその仲間の一人が訓練場で殺し合いをしたらしいぞ。それで勇者様が左手を斬られた挙句、その人物に負けたんだとよ」
「マジか・・・勇者ってのは、人類の希望なんだろ?ってことは最強じゃないといけないんだろ?でも、負けちまったらこの先真っ暗じゃねーか!なんかあまり希望もてないな。で、その勇者様は今はどんな感じなんだ?」
「だね・・・えっとな、確かその殺し合いのあとすぐにメルド団長と何人かの宮廷魔術師が駆けつけて治療したらしいが、今は意識不明の重体らしいぞ?それでよ、その勇者様を倒した相手なんだがよ勇者殺しの罪でこの国から追放されたらしいぞ。」
「まぁ、経緯はどうあれ勇者を殺したんだから追放されて当たり前だな」
この会話を聞いて天乃河は初めて剣弥たちが追放されたことを知った。内心ではザマァと思っていたが、すぐにそれが殺意に変わっていった。
(追放じゃあ甘い!できれば自分の手で殺したかった!)
その殺意を自分の中に押し留めながら廊下を進んでいくと今度は、メルド団長に遭遇した。
「おぉ、光輝目が覚めたか!心配したぞ!」
「ありがとうございます、メルド団長。今日から訓練には参加しますので」
「そうか・・しかし、無理は禁物だぞ!」
「わかっています。それで、今の訓練状況はどんな感じなんですか?」
「つい先日、オルクス大迷宮を30層まで攻略したところだ」
どうやら自分がふかふかベッドで横になっている間にオルクス大迷宮の攻略が始まっていたらしい。そして既に30層まで攻略したらしい。ということは、他のクラスメイトに比べて実践経験の差がかなり開いてしまったことになる・・・しかし、そのことよりも次の言葉の方が衝撃だった。
「実はな、剣弥やハジメ、雫たちのことなんだが・・・30層を攻略している途中に檜山が緑鉱石に触れてしまって60層に飛ばされてな。そこで伝説の魔物ベヒモス、トラウムソルジャーとの激戦になってしまって・・魔法で援護をしている際に檜山が意図的に前線で戦っていた剣弥やハジメ、雫たちに魔法を当てたことで階層の下に落ちてしまったのだ・・すまぬ」
「・・・じゃあ、なんで追放されたことになっているんですか?」
「それは・・・追放は彼らが落ちた日に決まったことだったため階層に落ちたことにするよりも勇者殺しをした罪で追放扱いした方がなにかと都合が良かったのだ。」
「そうでしたか・・・」
そのことを聞いた天乃河は雫たちが階層の下に落ちたことの心配よりも自分の獲物に手を出した檜山に対してとてつもない殺意の方が湧いてきていた。しかし、次から次へと湧き出て来る殺意を完全に抑えることができなくなり遂に天乃河は檜山の殺害を決めたのだった。だが、そのことを顔に出してしまうと目の前にいるメルド団長にバレてしまう。だから、彼は必死のポーカーフェイスで隠しいつも通りを演じ続けることにした。
「そんなことがあったんですね・・・それは心配ですね」
「そうだな。お前も無理だけはするなよ」
「もちろん、わかってますって」
メルド団長は最後に心配の言葉をかけ、その場から立ち去ってしまった。その場に残った光輝はというと檜山がいるであろう部屋に向かって歩き始めた。口元に怪しい笑みを浮かべながら・・・