直死の行く末、桜の行く末   作:月面のモモンガ

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最終話:プロローグ

「それにしても、まさかあなたに看取られるとは思いませんでした」

「ああ、僕もだ。僕が誰かを看取るようなことがあるとは、思ってもいなかった」

 

 骨と皮。

 彼女のやせ細った腕は、最早比喩表現などではなく、骨に皮が引っ付いているだけといった印象だった。

 けれど、彼女の腕はずっと前から細かった。

 病気で肉が落ちて、より一層細くなってはいるけれど、初めて会った時からずっとそうだ。

 細い体に、何も映していないような瞳、今にもバラバラに砕け散ってしまいそうなほどに儚い印象。

 

 だが、戦場の彼女はその印象をあっという間に書き換えるほどに苛烈でもあった。彼女が持つ刀は特別鋭さが増すように、触れるだけですべてを切り裂きそうで、何よりも真っすぐで。

 彼女と共に戦うときは、自分もいつも以上の実力が出せているような気がしてならなかった。

 

 そして、正直な気持ちを言えば、いつか彼女と――全力で殺し合いたかった。

 

 

「……また、殺気が漏れていますよ? 本当に隠すのが下手ですね」

「なんだ、気づいていたのか? 人が悪いな」

「誰がですか。戦ってる時でも……芹沢さんの時なんかも、いつあなたが襲い掛かってくるのか気が気じゃありませんでしたよ」

「君が強すぎるのが悪いのさ。僕はね――今の君にこんなことを言うのは気が引けるけれど、死が好きなんだ。いや、死にたいわけじゃなくてね、死が近くにあるのが好きなんだよ」

 

 僕の言葉に、沖田総司は特別変わった反応を示すことは無かった。一応は一般常識だって知っているつもりだが、僕のこの感情は異端のものだ。人間としてふさわしくないものだ。存在が――不適合だ。

 

「そうだなぁ、話半分に聞いてくれないか? 僕は多分次で死ぬ。こんな眼を持っているからか、なんとなく自分が次で死ぬことが分かっているんだ。次の戦場で、僕は死ぬ。けれどそれで行くことをやめるなんてことは無い。何度も言うけれど、死にたいわけじゃない。ただ、死が近くにないと、不安なんだ」

「……なるほど。少し納得した気がします。思えばあなたは、ずっとそんな感じだった」

 

 一つ、かすれた声で返事をした沖田は、ゴホゴホと湿った音交じりに咳をした。口元を手で覆っているが、指の隙間から赤いものが見えた。

 

「無理に返事をしないでくれ。そうだな。最後に、君には僕のことについて、全部話しておこうかな」

 

 

 

 僕の力なら、沖田を治すことが出来るかもしれないと思ったこともあったが、もともと彼女の『線』は特殊で、複雑に入り混じっているように見える。極端に濃く見えるところもあれば、普通に見えるところもあって、下手に手を出せない。そして、今の彼女をわざわざ殺そうとは思わない。

 楽にしてあげようと思ったこともあったが、最後まで戦いたかったと泣く彼女に、そんなことはできなかった。彼女は最後まで戦えなかったと思っているが、いまだって十分戦っていると知っている。

 

 眼前に迫りくる死の恐怖は、僕が誰よりも知っているからだ。ずっと怖くて怖くてたまらなかった。ずっと身近に感じて、最早死が近くにないと不安に感じるようになった今でも、あの時に感じた恐怖感は失われていない。

 

 

「あれは、僕が一回死ぬ前の話だ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 トラックにはねられた。そう実感したときには、体が宙を舞っていた。痛みは感じないし、意外なほどに冷静だ。

 漫画なんかでトラックにはねられるシーンがたまにあるが、なにが起きたのか解らないと感じている描写が多い。それとは違って現状をしっかりと把握できている。何が起きたのかも、自分がおそらく助からないだろうことも理解していた。

 

 自身の体から出た血が、自分と同じように宙を舞っている様が、なぜか面白かった。

 

 ああ、漫画と同じところは、時間の流れが長く感じられてしまうところだろう。

 

 体感としては、本当に何時間も宙を舞っていたような気がして、ようやく地面に真っ逆さまに落ちた。グシャ、なんて音が自分の身体の中から骨を伝わって、耳に届いて――意識が―――――絶えた。

 

 

 

 

 意外なことに、気が付いた。

 意識がある。けれど体が動かない。腕を動かすよう命令してみても、足を動かすように命令してみても、瞼を開くよう命令してみても、伝わっていないみたいだった。

 

 ふと、何かが聞こえてきた。

 水の中にいるみたいに、モゾモゾとした音で、男と女の泣き声。誰かの名前を必死に叫んでいる。それが自分の名前だと気づいた時に、泣いているのが両親だと分かった。

 

 ふと、真っ暗な世界に一瞬だけ淡い光が届いた。無理矢理世界の中に光が差し込まれたみたいで不快に感じたが、けれど体が動かないのだからされるがままだ。

 

「脳死状態です」

 

 やけにクリアに、そんな言葉が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 あれから何年もたった気がする。時間の感覚がないから、もしかしたら本当は数日しかたっていないのかもしれない。何度も気が狂いそうになったが、そのたびに目の前により一層深い闇が広がってきた。それが死なのだと気づいて、必死に意識を保ってきた。目の前に何時までも広がって飲み込もうとしてくる死が、何よりも恐ろしい。

 

 それからさらに、長い長い時が流れた。

 

 

 目の前に迫る、漆黒の闇が、とても安心できるものになってきた。今の僕に理解できるほぼ唯一のものが、目の前に広がる闇、死だけなのだ。死だけが、僕が生きていることを証明してくれた。

 

 だから――僕も――死を理解したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに長い時間が過ぎ去って、僕はある一つの好奇心だけが、ある一つの不安だけが胸中を満たしていた。あれは本当に死なのだろうか。直感で死だと分かっているが、本当にその直感は正しいのか。

 

 動かない身体に命令して、腕を伸ばそうとする。それにこたえるように闇は近づいてきてくれた。

 

 ああ、間違いない。これが死だ。

 

 

 

 

 次に気が付いた時。僕は夜に一人立っていた。あれだけ動かなかった身体が動いて、世界が黒一色ではなくなっていた。

 

 そして、変わらず見える。形は変わってしまったが、視界いっぱいに広がっている。

 つぎはぎだらけの世界に見える。そのツギハギの黒は、見慣れた、美しい、死であった。




月姫リメイクがちゃんと出たら続き書きます。
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