クガヒロトはある日、GBNで奇妙なメールを受け取った。
そのメールは、彼の拭いきれない後悔を思い起こさせるには充分な内容だった。ヒロトは、己の罪悪感に打ち勝てるのだろうか。

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『後悔』

 時刻は夜10時。ヒロトの自室にて。ヒロトは机上にあるコアガンダムIIを見つめた。薄暗い電灯が、微かに彼と機体を照らしている。

 明日は、決戦だった。エルドラでは無い。GBN内での極秘のバトル。その為に、ヒロトは今こうして最終調整を行なっている。彼は機体を手に取ると、ヤスリを用いて丁寧に表面処理を行なっていく。時間はかかったが、エルドラで戦い、傷ついたユーラヴェン以外のアーマーを再調整。明日の戦いには何とか間に合いそうだ。

 何故、明日に決戦が控えていたのか。それはある男からヒロト宛にメールが届いていたからだ。

男から送られたメールの内容は簡素なものだった。

___クガヒロト 殿

来週末、午後8時にGBNロビーにて待つ。例の惑星(エルドラ)について話がある。仲間は連れず、1人で来ること。尚、本メールの内容を他者に口外、若しくは待ち合わせ場所に複数人で来た場合、(シドウマサキ)の安否は確約(かくやく)出来ない。

 脅迫めいた文面から察するに、明らかな敵意を持ってヒロトを誘っている。しかもメールの文面は"エルドラ"を知っている相手だ。尚の事、油断は出来ない。本来ビルドダイバーズのメンバーしか知らないはずの情報。それが何処から情報が漏れたのか調べる暇は無かった。

「油断は出来ないな……。」

 呟きを漏らしながら、ヒロトはイブの写真を眺めた。イブはヒロトにとっては大事な存在である。彼女を殺めた時の引き金の感触が忘れられない。今でも、戦う度に彼女の姿が脳裏を過ぎり、寝ている時でさえ夢であの時の光景を見るときもある。

 

 偶然が重なって始まったエルドラでの戦い。ヒロト自身、当初は異世界などという存在を信じてなどはいなかった。ただ、イヴが何処かにいる様な気がして、彼女が助けを求めている様な気がして。当初は懐疑的だったエルドラの人々を守る事に決めた。

 

 妄想じみた考えだと分かっていたとしても。それに縋らなければ心が折れてしまう。

 

 あの時のリクと呼ばれた少年には出来た事が、自分には出来なかった。奇跡を最後まで信じる事が出来なかったから____イヴを見殺しにした。その経験はヒロトの心の片隅に苦いものを残す。

 

 ヒロトは改めてコアガンダムを眺める。コアガンダムII 。新しい小型のガンプラが彼を眺めているかの様だ。ヒロトの改良により、機体の可動域。拡張性、コアドッキングのパーツの種類の増加、全てにおいて前回の機体よりも上回っている。明日の戦いには最適な機体だ。

 

(調整はこのぐらいで十分だな。)

 

 欠伸をしながら、ヒロトは時計を眺めた。時刻は夜11時。寝るにはいい時間だ。ヒロトは作業を中断すると、布団に潜る。疲れていたのだろう。あっという間に眠りに落ちていく。

 

 次の日、ヒロトはGBNへと足を運んでいた。時刻は午後7時50分。約束の時間より10分前に到着。10分前行動は社会人になった時の礼儀だよ。と、以前父に教えられた経験がある。だからだった。仮に、敵の姿の情報が少しでも拾えれば良いなと思いながら相手を待った。

(誰かのために頑張れる……か。なら……誰かの為でなければ頑張れない?教えてくれ……イヴ。)

 エルドラを知っている相手。なら、イブの事も若しくは……という淡い期待があった。万が一、情報を持っていなかったとしても、逃げるわけにはいかない。ヒロトはロビーに備え付けられた椅子に座る。上を見ると、デジタル時計が午後8時を刻んでいた。

(……ッッ!?)

8時になると同時に、視界が眩む。真っ暗な闇。

何が起きたのかと思う暇も無く、意識を手放した。

__________

________________

_______________________

 

(ここは……何処だ?)

 意識を取り戻す。辺りを見渡すが、そこは彼の知っているGBNの光景では無かった。空は暗雲が立ち込め、各地に見られる建物は全て朽ちかかっている。牧歌的な雰囲気のGBNにはあまりにも異質な光景に、力拳を握り警戒した。遠くから、何かが来るのが見える。どうやらMSの様だ。

「お待たせ。いや、違うな。ようこそ。ヒロト君。」

 MSから上体を乗り出し、男が手を振っている。距離が離れているのか、男の声が遅れて上から響いた。聞こえた嫌な、耳障りなしゃがれ声だった。聞くものの心に威圧感を与える声色。恐らく意図的なものだ。その上から見下されている感覚に陥る話し方に、静かな怒りと嫌悪感が湧いた。

「あんたは……?」

ヒロトが苛立ちを抑えつつ男に問いかけた。

「僕かい?僕はね。まぁ、どうでもいいじゃないか。名前なんてさ。強いて言うなら、名無し。でいいよ。ガンダムWのトロワみたいでいいだろ?」

 挑発的な声を崩す事なく、男が話し続ける。名無しと名乗る男。ヒロトは該当するプレイヤーではないかと思い、念の為メニューを開き男のIDを探る。だが何故かメニュー画面には情報が一切映らなかった。何故だろうという疑問が湧き上がるが、今は男の話に集中しなければと考え、男に向き直る。男もヒロトの疑問が理解できたのか、前髪を弄りながら答えた。

「ここではね……いらないんだよ。そんな情報は。名前も、ランクも、チーム名も、全てが非表示に設定してある。素晴らしいよ。こっちのGBN(世界)は。」

「目的はなんだ……!何故エルドラを知っている。」

 

ヒロトは思い出した。かつて、ブレイクデカールによって非合法的に作られたフィールドがあると聞いた事を。おそらく、ここがそうなのだ。納得すると同時に、自身の置かれた状況の危険さも理解した。

 

 この際、のらりくらりとした男の態度は許容する事にする。ヒロトは話の本題に入るべく男を促した。

「ヒロト君……単刀直入に伝えよう。僕達の仲間にならないか?」

「仲間……?」

男の口から語られた"仲間"という単語に、ヒロトが不審な表情を浮かべる。

「君は、Lダイバーやエルドラを知っている。加えて、僕達が辿り着けなかったエルドラに足を踏み入る事が出来ている。しかも、しかもだ。そのコアガンダム。良く作られている。可動域。拡張性。丁寧な処理による高い頑強性。正に理想のガンプラだよ。」

「君とコアガンダム。そして僕達のフォースが力を合わせれば、あの惑星で自由を得る事が出来る。」

「何を……言っているんだ。あんたは。」

自由という言葉の意味が今一つ理解出来ない。

ヒロトはまたも問いかけたが、男は無視して話を続けた。

 

「僕はこう見えてもGBNの開発にも参加していてね……。君のバトルデータ、勝手ながら見させてもらったよ。それにあの……君の仲間の……えっと、そう!カザミ君!彼の動画も拝見させていただいた。拙い出来ではあったが、あの動画を見て僕達は確信したんだ。あそこは別の世界だとね。」

「……ッッ!!」

 男の仲間になれという言葉はおおよそ理解できたが、この男は信用出来そうになかった。

「仲間になったら……あんた、いやあんた達はどうするつもりだ?あの世界に行ける人間には限りがある。偶然が重なっているだけで、行く為の条件もまだはっきりとしていない。」

「君は知らないだけだよ。ヒロト君。"過去にLダイバーと接触"した経験のある君だから、あの世界に招かれたのだよ。これらは偶然では無い。君は確固たる理由があってエルドラへと招かれたのだ。シドウマサキの様に。」

「僕達は、あのアルスを支持する。邪魔な現地住民を排し、次にアルスすらも排除し、僕達とLダイバーが共に暮らす真の理想郷を創り上げる。制約のない、本当に自由な世界を。」

 男が怠業な動作でヒロトに語りかける。今度は、先程とは違う甘ったるい声。大人が子供に諭す時の様な語り口調。また苛立ちが募った。

「……断る。」

ヒロトは冷静に、だが大きな声で言い放った。建国、理想郷などという甘言は、彼にとっては下らないことだった。Lダイバーとの共生という理念は理解出来たが、男の様相からは信用することなど不可能な話だ。

「……残念だ。では、交渉は決裂だな。」

 男はコックピットに戻り、機体を起動させた。鈍い金属音を響かせながら、MSが立ち上がる。その姿にヒロトは驚きを隠せなかった。

「ティターンズカラーの……コアガンダム……!」

先程までそのMSは膝をつき、頭を垂れていた姿勢だから気づかなかったが、その姿は紛れも無くコアガンダムだ。ティターンズカラーと呼ばれる青を基調とした色に塗られている。

「驚いたかい?君のコアガンダムが素晴らしいから、つい影響(インスパイヤ)されてしまったよ。だけど……もっと驚くと思うよ。」

「コアチェンジ……"インレ"!!」

 

暗雲が晴れ、そこから巨大なパーツが降りていく。上半身。下半身。コアガンダムの全身全てにパーツを装着し終えると、頭部のデュアルアイが怪しく輝いた。

「ふふ、ご注文はインレですか?」

 

 全長100メートルを越えようかという巨大な機体。巨大なだけでは無い。一見しただけでも分かる。全身の至る所に搭載された豊富な兵装。気を抜けば、その迫力に呑まれてしまいそうになる。勝てない、というネガティブな考えは頭から消し去った。ヒロトはコアガンダムIIにアースリィアーマーを瞬時に纏わせる。

 

 ビームシュートライフルを構えながら、ヒロトは男の出方を伺う。

「素晴らしいだろう?このインレは。君のコアガンダムも素晴らしいがね。……ウーンドウォートでは無く、コアガンダムを使ったのは君に対する尊敬の意(リスペクト)だよ。」

 男が長身のビームキャノン「ビグウィグキャノンⅡ」を構えながら静かに答えた。その口ぶりは、本気でヒロトのコアガンダムに敬意を払っていた。

「もう一度問うよ。仲間になろう。ヒロト君。」

男が銃口を向けながらヒロトに語りかける。断れば撃墜する気なのだろう。本気の様だ。ヒロトもビームシュートライフルをもう一度構え直す。

「……断る。」

 ヒロトがそう言い放った瞬間。ビグウィグキャノンIIが放たれる。真っ赤な殺意に満ちた光が視界を覆い尽くす前に、ヒロトもビームシュートライフルを発射。粒子と粒子が激しくぶつかり合う。戦いの火蓋が切られた。ヒロトはビームシュートライフルを発射状態(アクティブ)に維持したまま手元から離し、ブースターを噴射。高速軌道でインレのスカートの下に潜り込むと、頭部に備え付けられたバルカンを発射した。瞬く間にインレに搭載されているキハールの曲面装甲に穴を開けていく。

モビルビット(キハール)は使わせないっ!」

 攻撃が功をなし、数機のキハールを機能不全に陥らせる事に成功。男もヒロトが主武装であるビームシュートライフルを捨てるとは思わず、面くらった様だ。しかもこの短時間で数機のモビルビットを破壊された。

 

 余裕の表情を浮かべていた男の顔色がさっと変わる。どうやら、油断してはならないと改めて理解した様だ。

 

「判断が早いね。ではこうしよう。」

 

 インレの胸部ユニットからファンネルが射出。更に残る数機のキハールを全て稼働させた。

 それらがコアガンダムIIを囲むと、全方位からビームを放つ。ヒロトは被弾を避けるべく機体を高速移動。お返しにバルカンを放つが、威力が低い。ファンネルに傷をつけただけだった。そこにビームサーベルを展開したキハールが同時に3機襲いかかる。真正面、真上、真下。

「リミテッドチェンジ!アーストゥマーズ!」

 ヒロトはコアガンダムIIの腕部、脚部の装甲をマーズフォーユニットに換装。キハールのビームサーベルをマーズフォーユニットの堅牢な装甲で受けつつ、左手のコアサーベルと右手のアックスでキハールを切り裂いた。モビルビットといえど、自動制御(オートマチック)である以上、咄嗟の反撃に対応出来ない。なす術なく破壊され、残骸が地上に落下。

「リミテッドチェンジ!マーズトゥヴィートルー!」

 劣化したマーズフォーユニットを外しヴィートルーに換装。残る一機はバルカンでよろめかせ、そこに、ヴィートルーユニットの脚部に搭載されたミサイルが直撃。爆散した。残るファンネルも、ミサイルによって迎撃されていく。しかしそこへ更に追加で放たれたファンネルミサイルが猛烈な勢いでコアガンダムIIに迫る。

 

 ヒロトはそれを視界に入れると同時にコアサーベルで切り払う。爆発。爆炎がコアガンダムIIを包んだ。ヴィートルーユニットの装甲が炎に(くすぶ)られ、劣化していく。爆炎が晴れる暇なく、今度はインレの複合防御バインダーから伸びたビームサーベルがコアガンダムIIを切り裂こうと迫るが間一髪避けようとするも、避けきれない。右腕が握られたコアサーベルごと第二関節の下からちぎれ飛んだ。力無く地上へと落下していく。

 

 ヒロトはビームサーベルを避けつつ、咄嗟に機体を換装させる。インレの複合防御バインダーから伸びた有線スプレッドビームの嵐が襲う。その光の嵐はジュピターブに搭載されたビームシールドで傘の様に防ぐ。

 この判断の速さと反応速度こそが、ヒロトの強さである。ほぼ全ての武装を封じられたインレが更に両腕からコアサーベルを2本抜刀。複合防御バインダーから展開したビームサーベル2本。系4本のビームサーベルがコアガンダムIIに迫る。

 

 ヒロトはコアガンダムIIを操作し、右肩のドリルを回転。左肩のビームシールドを全開。左手のビームサーベル、右足の予備のコアサーベルも伸長しインレの4刀を防いでいく。光と光の鍔迫り合い。ヒロトは眩しさに目をやられない様に、片目だけ(つむ)り対処した。鍔迫り合う中、男の耳障りな(ノイズ)が響く。

「君はやはり強い!この高揚感!この技と技のぶつかり合い!素晴らしい!やはり君は僕達の仲間になりなさい!金は幾らだって出す!ガンプラだって好きなだけ買えるぞ!」

「だから……しつこいって!」

一瞬距離をとり、また斬りかかる。だが、男も負けてはいない。先程と同じくまた鍔迫り合いになる。

「ヒロト君……一つ、いい事を教えてあげよう。僕は以前の記録を調べた。プレイヤーの行動はその思考や感情も含め、逐一データとして残っているのだよ。そうしたらね。ある面白い事実が判明した。」

男の声がコックピットに響いた。ヒロトは黙ったまま話を聞いた。

「君とあのLダイバーの逢瀬(ふれあい)……。とても興味深いものだった。君はあのLダイバーを実に深く愛していた様だ。……抱けもしないのに。だけど、手遅れだった。あのLダイバーはGBN中のバグを取り込み、その負荷はもはや取り返しが付かなかった。君があれを"消去"してくれたおかげで僕達はこうして今もバトルが出来ている。だからこそ、僕達は君に感謝しているんだ。」

 男の言葉に一瞬。イヴの笑顔が脳裏を過ぎる。ヒロトの心に、鋭く重い痛みが走った。その認識は、ヒロトの罪悪感を少しも軽くはしなかった。より絶望的な気分にさせただけだった。ヒロトの表情を読んだのか、男は勝ち誇ったかの様に言った。

「あの娘を"殺してくれて"ありがとう。」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっーーー!!」

 冷静さなど保っていられなかった。操縦桿を握る手に力が籠る。必要以上の力が。だがそれは隙となった。突如、インレのダイダロスユニットの下部から伸びた隠し腕がコアガンダムIIを切り裂き、大勢を崩したコアガンダムIIがインレによって四肢を削ぎ落とされる。辛うじて装甲部だけが切り落とされたようだが、武装を失ったコアガンダムIIに抵抗できる力は残されていなかった。

「勝負有りだね。ヒロト君。」

 男は空中にインレを携えたまま、地上に落ちたコアガンダムIIを冷たく眺めていた。ビームサーベルを構え、コアガンダムIIが不審な動きをしたとしても、すぐに潰せる様に態勢を整えている。隙はない。

「……。」

 インレを見上げる。絶望的な光景がヒロトの目の前に広がっていく。メルクワン以外の全てのアーマーは失われた。勝機は無い。残酷だが、そう判断するしか無い。逃亡(ログアウト)しようかどうか躊躇う(ためら)が、メニュー画面にはログアウトの項目も無い。細工がされているのだろう。周到な事だ。とヒロトは自虐的に笑った。

 コックピット内に、イヴとの思い出である翡翠色のイヤリングだけが静かに揺れている。揺れるイヤリングを眺めながら、ヒロトはイヴと出会った日の事を思い返した。

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 GBN内に広がる草原エリアに、2人の男女が座っていた。見上げる空は青く澄み、真下には草木の爽やかな光景が広がる。GBNでは嗅覚や味覚といった知覚情報はない。視覚と、聴覚のみだ。MMO用に作られた仮想データとは言えど、一面に広がる空と草原の美しさは確かだった。ヒロトはその光景をイヴと2人で眺めていた。あの時、どんな話をしたか、細かくは覚えていない。だが、仮想現実とはいえ、確かにヒロトはイヴを心から愛していた。

 

それは虚しい事なのかも知れない。現実の女性との愛を育むべきという意見も正しい。だが、この瞬間だけは仮想現実だとしても、関係が無かった。

 

彼女の美しい横顔を眺めながら、このイヤリングを贈ったのをはっきりと覚えている。イヤリングを受け取ってくれた彼女の笑顔。ヒロトにとっては大事な想い出。かけがえのない、大切な記憶。

 

「ヒロトは、この世界で何をしたいの?」

 

イヴが透き通る様な美しい声で問う。

 

そうだ。この世界で俺は______

 

「返事を聞かせてよ。ヒロト君。」

男がインレの脚部ブースターでコアガンダムIIのコックピットを突いた。その衝撃で思わず目が醒める。口が切れた。血の味が滲む。更に両目からは涙が溢れ出ていた。

「イヴちゃんの代わりなんて、幾らでもいるさ。気に病む事はないよ。だってあれは。」

 

______ただのデータ(Lダイバー)なんだから。

 

 一言。男が放つその言葉がヒロトの琴線に触れた。ありったけの頭部バルカンを否定の言葉の代わりにインレにぶつける。頑強な装甲の表面に傷がついた。男もヒロトの反抗の意思を汲んだのかビームサーベルをもってコアガンダムIIに襲いかかる。とどめを刺すつもりなのだろう。

 だが、それは叶わなかった。コアガンダムIIを覆う翡翠色の粒子がビームサーベルを完全に防ぎきっていたからである。

「……っ!?なんなんだこれは。」

 男が驚愕の表情でコアガンダムIIを睨んだ。無理もない。過去のバトルデータには無い反応。知らない武器が内蔵されているのかと焦る。隙が生まれた瞬間、コアンダムから翡翠色の光が伸び、油断したインレの片腕を破壊した。融解でもなく、切断でも無く、瞬時に"蒸発"させる。

 

 何が起きたのか判断する間も無い。一先ず機体を後方に下げ様子を伺う。コアガンダムIIに見たこともない装甲が装着されていく。咄嗟に有線スプレッドビームを放つが、弾かれた。何に?と脳裏に浮かぶ疑問は、また自身に放たれたビームを避けることに集中するため、頭から掻き消えていく。

「これは……まさか。」

ヒロトもこの装甲には覚えがある。だが、使う事はしなかった。それは2人の想い出の詰まったアーマーだから。戦うための装甲では無いから。

 

_________ヒロト

 

脳裏に声が、響いた、様に思えた。

コアガンダムIIに翡翠色の装甲が装着し終える。

 

「ネプテイト……アーマー……!!」

 

いつかイヴの惑星に一緒に行くために。彼女に会うために作成した装甲。倉庫の奥底にしまい、本来ある筈のない装甲が、厳然と存在している。

ヒロトの想いが、願いが、そして2人のガンプラを愛し合う気持ちが形となって顕現。デュアルアイが深紅に輝いた。

 

 立ち尽くすネプテイトガンダムにインレのミサイル、有線ビームスプレッド。ビグウィグキャノンIIが一斉に放たれるが、傷一つ付かない。Iフィールドでも無く、PS装甲でも無い。なのに悪意ある攻撃全てを弾き切っている。

「……この反応はサイコ・フィールド。いや、そんな馬鹿な!GBNに実装はされていない筈だ。あり得ない!」

 男が焦る。飛び道具が駄目ならばとビームサーベルを構えて特攻を仕掛ける。その速さは光速に等しい。だが、ネプテイトガンダムは光波推進の帯を描きながらそれを易々と避けた。

 

 驚異的な反応速度だった。ネプテイトガンダムは攻撃を避けながらも、落ちたコアガンダムIIの右腕を拾い、インレのコックピットを斬りつける。

 しかし、胸部に張られたIフィールドにより攻撃が阻まれ、互いに決定打に欠けたまま空中で睨み合いを続ける。

「なんだその装備は……!素晴らしい!やはり君は選ばれた存在だっ!仲間になりなさい!」

 男は感動しながらまたもブースターを噴射し加速。馬鹿の一つ覚えの如くネプテイトガンダムにビームサーベルで斬りかかる。コアガンダムIIもコアサーベルで応戦した。互いのビームサーベルの粒子がじりりと弾け、装甲を焼いた。2機は鍔迫り合いになりつつも、ネプテイトガンダムが推力でインレを押し続ける。インレの巨体が押された。質量保存の法則など通用しなかった。

 

ヴォアチュールリュミエールでもここまでの推力は出ない筈である。男の額に脂汗が滲んだ。誰もが想像出来ないだろう。これまでのヒロトのアーマーとは比較にならない性能に、インレが押されている。コアガンダムIIが鍔迫り合いの態勢のままインレに前蹴りを放ち。すぐさま距離を取る。

「リミテッドチェンジ!メルクワン!」

換装。いや、メルクワンユニットを質量兵器として直接ぶつけた。咄嗟に反応できなかったインレが飛来したメルクワンユニットにぶつかり、大きくよろめく。その隙を見逃すヒロトでは無い。

 

「ヴォアチュールリュミエールッッ!」

 

光波推進で加速。狙うはインレーー敵のコアガンダムのコックピット。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

そこにウォーターニードルガンを構え、放つ。ネプテイトユニットの光波推進によって亜高速近くにまで加速して放たれた実弾。それが敵のコアガンダムのコックピットを穿った。実弾の前には自慢のIフィールドも無力だった。

「……がッッ!」

パイロットが断末魔すら上げず、目の前から消えた。

即死だろう。穿たれた胴体が、敵の敗北を告げる。

 

主を失ったインレが、呆気なく地上に堕ちてゆく。ヒロト。いや、ヒロトとイヴの勝利だった。2人だからこそ掴めた勝利。2人の温かな想い出が、狂気に打ち勝った。空に、沈黙が流れる。雷雨が止み、雲が晴れていく。コックピット内では、2人の想い出であるイヤリングが、静かに揺れていた。

(君が、守ってくれた?)

 ヒロトは、溢れる涙を腕で拭いながら、イヤリングをそっと手で包んだ。イヴの温もりがまだ残っている様な、気がした。

 

__________

________________

_______________________

 

 ふと気がつくと、またGBNのロビーに戻っていた。辺りを見渡しても、あの荒廃した景色では無い。何の変哲もないいつものロビーだ。ヒロトはデジタル時計を眺める。時刻は午後10時。あれから2時間も経っていた様だ。

(……まさか、夢。だったのか。)

不思議な感覚だった。GBN内で寝落ちでもしたのか。と疑問が生じたが、口の中の痛みが、先ほどの出来事が事実であると告げる。蹴られた時に口の中を切ったのだ。

_______ヒロト

脳裏に懐かしい、声が、響いた。ヒロトの表情が変わる。その声の主は分かり切っていたからだ。

(君は、此処に居てくれている?俺は……。)

 いつの間にか、外套のポケットにはイヤリングが入っていた。そっと取り出し優しく、握りしめる。

 あの時、自分が殺した少女。大切な人。もう何処にも居ないと思っていたのに。会えるはずが無いと悔やんでいたはずなのに。彼女は確かに此処にいてくれた。姿形は無いが、安らかな魂の残り香を感じる。

 ヒロトは、ネプテイトアーマーを戦いの場に引き摺り出してしまった事を後悔した。彼女との想い出。彼はこれ以降、ネプテイトガンダムを戦闘に使用する事はしまいと決めた。

(決めた。)

メニュー画面を開きGBNからログアウト。一瞬の暗転の後、部屋へと意識が切り替わる。部屋の中を眺めた。写真に飾られたイヴが優しく笑っている。

____君は、もういない

____だけど、ここにいる

必ず、約束を果たす。そしてもう誰も、死なせない。

救えなかった君の代わりに。

 

ヒロトは、シドウマサキの奪還を改めて決意した。

 

 



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