成幸と半同棲生活を始めてから、成幸はケッコーなITオンチだということに気づいた。考えてみればスマホを手にしたのは高校生になってからだった。パソコンを買ったのも大学生になってレポートを書く必要があるからだと言っていた。周りに聞きながら苦労してセットしたらしい。勉強やバイトで忙しかったようだし、あたしが留学から帰ってからはあたしの家によく通っていた。ということはパソコンに慣れる機会なんてなかったのだろう。
だからこれもしょうがなかったのかもしれない。あたしの家に置いている共有のパソコンのアカウントを切り替え忘れていたことも、画像フォルダの中に「資料」だなんて逆に目立つフォルダを作っていることも、今まで隠すという発想がなかったのだからしょうがなかったのかもしれない。だから気になったあたしがついついフォルダを開いてしまったことも不可抗力のはずだ。結果的に成幸の隠されたセイヘキを暴いてしまったことも、全部誰が悪いというわけではないはずだ。
「これなんだけど」
パソコンの画面を成幸に突きつける。誰が悪いというわけではなくても知ってしまったからには言わずにはいられない。成幸は顔を青くして黙ってしまった。動かぬショーコというやつを突きつけられたのだから当然の反応だと思う。
パソコンを突きつけたまま成幸が何か言ってくるのか少し待つ。成幸は慌てた様子で何か言おうとしているけれど、言葉にならない声しか出さず、何も言ってくれなかった。仕方がない。パソコンを突きつけたのはこっちなのだから、あたしから言おう。
「あたしはこれに嫉妬してます」
「…………なんで?」
なぜか敬語で会話を切り出す。なんでなのかは自分でもわからない。それよりも成幸の返事だ。成幸は青ざめた顔を困惑に変えて「なんで」と宣った。いくらなんでも「なんで」はない。
「なんでも何もある!?」
「いや、その、こういう写真を保存してたのはごめん。言い訳できない」
言い返すと成幸はすぐに謝った。謝るくらいなら言わないでほしい。それに別に謝って欲しいわけでもなかった。
怒りのオーラを隠さずにそのまま黙っていると、成幸は重たい口を開いた。
「その、いやらしいとか気持ち悪いとか言われるだろうしそれは仕方ないと思ったんだけど、なんで嫉妬?」
「え? 別に変な写真じゃないしいやらしいとか思わないけど。でもやっぱ悔しいじゃん」
「……これ全部うるかの写真だぞ?」
「全部あたしの水着姿の写真じゃん!」
成幸が「資料」というフォルダに隠して保存してたのは全部あたしの写真だった。別に盗撮とかではない。新聞や雑誌、テレビなんかの取材でネットにアップされた写真とか大会の写真ばかりだ。だからそれ自体にどうこう思うわけじゃない。まあ成幸はあたしの水着姿が好きなんだなとは思う。今度着てあげよう。
「いや……うるかだろ? 悔しいって何が?」
「だって成幸といるとき精一杯女の子らしい格好しようと思って頑張ってるのに、そーいうあたしの写真よりこっちのほうが多いじゃん!」
「ああ、そういう……」
納得したように成幸は呟く。うんうんと頷いて一人で完結している。あたしはなにも納得してないのに。
「なんであたしの私服よりこっちのが多いん?」
「……まあ確かに数だけ見れば多いけど、それは単に俺一人で撮ってるのと何人も撮ってる人がいるのとの差じゃないか?」
「ああ言えばこー言う」
「他に理由はないんだけどなあ……」
成幸が正論を吐いてごまかそうとしてくるけれどごまかされたりはしない。いやまあ、言われれば確かにと思わなくもないんだけど。
「というか私服姿なんてそんな毎回撮るもんじゃないだろ?」
「……まあ、毎回撮られたらあたしもなんでって思うかも」
「だろ?」
成幸がどんどん正論を言ってきて、あたしはどんどん説得されていく。というかそのとおりなんだろうなと納得していた。一度の大会で何十枚と写真を取られているのだし、それを保存していたら大量になるのは当然だった。
普段のデートでも2人で写真を撮ることはあっても、あたし一人だけ写真を撮るなんてそうあるわけじゃない。旅行でも行けば別だけど。だからまあ、成幸の言う通りなんだと思う。
「……まあ、確かに成幸の言う通りかも」
「だろ?」
「そんで話変わるんだけどさ」
「うん?」
「成幸は競泳水着好きなん?」
「……」
不意打ちのように聞かれた成幸は言葉を無くして黙ってしまった。私服写真のほうが少ない理由はわかったけれど、水着写真を集めた理由はまだ聞いてない。
「……いや、普段見られないうるかの姿を集めてたらたまたまそうなったというか」
「その割にジャージ姿とかの写真全然なくない? 水着写真が何十枚もあってようやく1枚あるかなってくらいなんだけど」
「……」
写真を保存しているフォルダを見せる。運動したわけでもないのに成幸が汗を流している。別に好きなら好きでいいのに。
「競泳水着好きなん?」
「いや、その……」
「その?」
「……好きだよ! でも言っとくけどうるかのせいでもあるんだからな!?」
「あ、人のせいにした」
「いやこれはうるかのせいだから! 高校のとき俺に水着渡したろ!? 使用済みのやつ!!」
「うぇ!?」
忘れもしない、というよりは忘れたくても忘れられない記憶。成幸に筆箱をプレゼントしようとして、何をどう間違えたのか部活で使ったあとの水着を渡してしまったことがあった。婚約までした今でもたまに思い出しては悶える思い出。あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。
「そ、そんなん今関係ある!?」
「ある! あれ渡されて本気で悩んだんだからな!?」
「こっちこそ死ぬほど恥ずかしかったんだからね!? ベッドで一晩中転げ回ってたんだから!」
「それはお前の自業自得だろ!?」
「そうだけど!」
あたしの人生でイチニを争う恥ずかしい記憶を持ち出されて思わず声を荒げてしまう。釣られるように成幸の声も大きくなっていく。
このまま続けるとどこまでもヒートアップしてしまいそうで、一度落ち着こうと大きく深呼吸をする。成幸も真似して深呼吸をしている。新鮮な空気を取り込んで、ようやく少し頭が冷えた。隣の部屋に聞こえてなければいいんだけどなんて今さら思う。
「んで、それがなんであたしのせいなん?」
「…………気にするようになるだろ普通。同級生の女子からそいつが使った水着渡されたら」
「つまりあたしが使用済みの水着を渡したせいで成幸のセイヘキが曲がったと」
「………………まあ」
顔を真っ赤にして目をそらしながら答える成幸の様子がおかしくて、思わずクスリと笑ってしまう。
とりあえずあたしが間違って渡した水着のせいで成幸はあたしの水着写真を集めるようになったようだ。つまりあたしの嫉妬の原因は過去のあたしの間違いだった。これも因果応報というのだろうか。風が吹けばなんとやら。
ジンセイのショギョームジョーかなにかよくわからないものに深く思いを馳せていると、あたしが黙っているのを怒っているからだと思い込んだのか、成幸が言い訳するように口を開いた。
「あと水着以外の写真も見かけたら保存してるから。その、どうしても水着のほうが多くなってるけど」
「……それなんのフォローなん?」
「……自分でもわからん」
変な言い訳をした結果、成幸は余計に顔を赤くしている。成幸は割と攻めっけが強いほうだけれど、たまにこっちから攻めるとうぶな反応をしてくれるのが可愛い。そもそも競泳水着が好きだからって別にどうとも思わないのに。他の子の写真もあったら別だけど、全部あたしのだけなんだし。
ここはあたしの家だから、当然競泳水着も置いてある。着替えてきたらびっくりするかななんてことを考えながら、もう少しだけからかおうかなと思い、笑顔を見せながらも黙ったまま、次の成幸の反応を待つことにした。