4回に分けると前回の前書きで書きましたが、7回くらいに分けるかもしれません。
きりのいいところで分けようとおもいます。
6
ウェスターはゆっくりと目を開ける。ぼんやりと人の顔が映る。何かを言っている。悲壮な表情を浮べているのはわかる。
誰だ。そして、ここはどこだ。
そうだ、イース。
意識を失う前に見た光景が脳裏に浮かんだウェスターは膂力をみなぎらせ、身体をグイッと起こした。
「ちょっ……ウェスター!」
「まだ起きちゃダメだよ」
立ち上がり、足元を見下ろす。そこには、メビウス政権下の頃、死闘の果てに和解し、共闘した桃園ラブと蒼乃美希がいた。
「お、おまえら、何故ここに?」事態を把握できないウェスターに「それはこっちが聞きたいわよ」と美希。
「とにかく、生きていてよかった」と少し胸を撫で下ろすと「一体、何があったの?」ラブが不安げに聞いた。
「おまえらこそ、何故ここにいるんだ? ここはどこだ? 時空移動できたのか、俺は?」
「質問を質問で返さないで。とりあえず、その身体じゃ……まずは病院に行って治療を受ける事が先よ」不安げな表情を崩さない美希とラブ。そんな二人にウェスターは口の端をゆがめた。
「俺は大丈夫だ。この程度の傷ならすぐに治る。生まれつきそういう風に作られているんだ」とわざと前腕を曲げ、大きく上腕二等筋を隆起させる。
そういう風に作られてるって……と、若干美希が呆れる。強がりもいいところだ。全身を血に染めた状態で、何を言うんだろうとウェスターを見つめる。
呆れ顔の美希にウェスターは真剣な眼差しを返す。
「強がりではない。俺は、いや、ラビリンスの人間は全員そうなのだ。役割によって個体を調整されている。俺は最初から、『肉体』に特化した個体として生まれた」
ウェスターは全身に力を込める。額から溢れていた血が少しづつ止まり、傷口の周囲の肉が盛り上がって、傷を塞いだ。
「うそ。そんな力があったの」
「ごめん、ウェスターって、単なるバカなマッチョだと思ってた」と驚くラブと美希。
「おい、キュアベリー。お前、少し失礼だぞ。それに、俺だけじゃない。イースもサウラーもそのように独自に特化した性質を持っている。ラビリンスはそういう世界だ」
そう言った後、首と肩を軽く回した。関節がゴキリと鳴る。
「でも、やっぱり、不安だよ。せめて椅子に座って休んでてよ。何か飲み物とかでもいる」ラブは心配げにウェスターを見上げる。そんなラブの瞳をウェスターはどこか優しげに見つめた。
「イースがお前にあれだけなつくはずだ。あいつはお前に深く心酔しているからな」と短く笑う。
「そういえば、せつなは? あなたがいるって事はせつなも一緒なの」と美希。
「あたし達、ブッキーを探してここに来たんだけど、もしかしてまたラビリンスと関係あるわけ? 一体何が起こってるの?」とウェスターに詰め寄るラブ。
「そうだ、イースだ。ブッキーというのはキュアパインのことだな。やはり彼女も一緒だったか」ウェスターは何かに気付いたように周囲を見渡す。
嵐が通り過ぎた後のような室内を一通り見回したウェスターはクソッと吐き捨て、こうしてはいられんと散乱した室内から無線機を拾うも、レシーバーに耳を当てると舌打ちして忌々しげに地面に捨てる。
「やはり壊れていやがる」
悔しそうに立ちつくすウェスターにラブと美希は詰め寄った。
「ちょっとまって。一体何が起こってるの。せつなにも何かあったの?」
「ブッキーもやっぱり関係しているのね」
詰め寄る二人を両手を前に出して軽くいなし、「おそらく、お前達の協力がいる事になる。俺一人じゃ多分何もできん。協力してくれるか」と二人の顔を交互に見つめた。
「とにかく説明してよ。あたし達に出来る事ならなんでもするから」と美希が言うと同調するようにラブが何度も頷いた。
ウェスターは、他人に説明するのはあまり上手くないんだが、と前置きし、ひっくり返った椅子に腰掛けた。
「俺たちは壊れた時空転移装置を修理していた。どんな所にでも移動ができるのはリンクルンを持っているイースだけ。したがって、俺達が機械を修理しながら、イースがこちら側で調整するという役割分担で修理を進めていた。時空移動は、違う時空軸にある二つの平行世界を繋げることが目的だ。そして、繋いだ後、繋がった状態を安定させる必要がある。修理は上手く行き、とりあえず時空は開いた。しかし、安定させようとした瞬間、歪めていた時空がさらに歪んだ。歪んでねじれた時空に亀裂が出来た。その隙間にイースとおそらくキュアパインも飲み込まれた。事が起こったとき、ねじくれた空間の隙間からイースのほかに見たことのあるような人影が見えたので、恐らくもう一人誰かがいる事はわかっていたが、やはりキュアパインだったのか」
「まだ、ブッキーだと決まったわけじゃないけど、多分そうだとあたしも思う。でも、せつなまで巻き込まれていたなんて」とラブが言うのに瞬きでそれにこたえ、「で、あなたはラビリンスにいたんでしょ? どうやってこっち側へ」と美希。
「開いた時空に飛び込んだんだ。その時、時空軸同士の間衝、つまり、荒波みたいなものだ。それに飲み込まれてこのザマだ。まぁ、何とかこっち側には移動できたんだが、俺が侵入したときには、イースもキュアパインも狭間に飲み込まれた後だった」
「無茶するわね」と呆れ顔の美希。ウェスターは「そういう荒仕事が俺の役割だからな。そういう身体に生まれついているんだ」とさも当たり前にこたえる。その姿に美希は憤りに似たもどかしさを感じ、何かを言いたげになるも「サウラーは? 一緒に居たんでしょ」と、話題を変える。
「サウラーはラビリンス側だ。向こうの様子を知りたかったんだが、通信機が壊れた。恐らくこの部屋全体が時空軸の潮流にかき回されたに違いない。そのあたりに散らばっているものを見てみろ。何か感じないか」とウェスターが言うのに、周囲を見渡すラブと美希。
やがて、美希が何かに気付いたように、「これって」と呆然とする。
「うん、ミキたんの言いたいことはわかるよ」とラブが足元に転がった木製の椅子を見つめた。その椅子は、真ん中から全く違う物質のように変化していた。というよりも、真ん中から右は綺麗で新しいのに、左側はまるでアンティーク家具のようにニスが抜け落ち、木がどす黒く変化していた。つまり、右と左で時間の経過が違ってしまっている様に見えた。
「お前らの思っている事は当たってるよ。時空軸の潮流の谷間に飲まれてそうなったんだ。俺は詳しいことを知らんが、そういう現象が起こるのは知っている。デリートホールを覚えているだろう?あれはそういう仕組みだったからな。あれは時空の狭間に廃棄物を破棄する装置だ」
「つまり、二人は時空の狭間に飲まれてしまったということ?」悲壮な顔でラブが聞く。
ウェスターはしばらく考え込んだ後、「恐らく」と語気を落とした。
「シフォンは?シフォンなら二人を救い出せるかも」と美希が向き直る。
「スゥイーツ王国へ行く手段は絶たれている。ラビリンスから研修に出ている人間もいないから、連絡も取れない。それに、時空転移装置を修理したとしても、あそこに行くのは難しい。我らの世界から非常に遠いんだ。仮にラビリンスに戻ることができたとしても、今のラビリンスにその技術力はない。受信側と送信側に装置がなければ、今のラビリンスは時空移動など出来ない。すなわち、実質的に無理だ」とウェスターは頭を振った。
「そこで、お前達の力を借りたい」
「あたし達が、リンクルンで二人に呼びかければいいのね」とウェスターの心中を読んだかのように返す美希。ラブはすぐさま、握り締めていたリンクルンのダイヤルを押し、せつなに連絡を取ろうと試みる。
お願い、せつな。返事して。しかし、ラブの耳元から聞こえてくるのは沈黙のみ。ラブは絶望的な気持ちになるも、再度、せつなを呼び出す。
ほぼ同じタイミングで祈里に連絡を取ろうとした美希が大きな声で「こっちは通じてる。ラブ、ブッキーのリンクルンには繋がってる」とラブに手を上げる。美希の耳元で鳴り続ける呼び出し音。やがて、プッと入力信号のような音が聞こえた。
「み、美希ちゃん?」弱々しげだが、きちんと言葉を紡ぐ声。美希のよく知っている祈里の声に間違いはなかった。
「ブッキー? ブッキーなのね?どこにいるの、そこはどこ?」必死に、そして、わきあがる感情を押し殺して、丁寧に美希が聞く。リンクルンのレシーバーをスピーカー設定にして、会話が外部に聞こえるように設定した。感情の奔流に流されず、状況把握に最善を尽くそうと、美希は必死だった。
その様子を固唾をのんで見守るラブとウェスター。周囲を見渡す祈里の姿が受話器越しにも伝わる。
「わからない。でも、呼吸はできる。暗いような明るいような。大気はあるけど、どこかに浮いてるみたいな。水の中みたいな、そんな感覚。不思議な感覚。何故だかわからないけれど、リンクルンが少し光っているわ。そのせいかも」弱々しくも、祈里は的確に状況を判断しようとする。祈里の意識は比較的はっきりしているようだった。
「せつなもそこにいるの?」
「そうだわ。せつなちゃんは……せつなちゃん!」何度か聞こえるせつなを呼ぶ祈里の声。やがて、その声が止まった。
「いないのね」静かに沈黙を破る美希。美希はラブの方へと視線を移す。ラブは悲しげに首を横に振る。
美希は唇を噛み、深く目を閉じた。リンクルンから顔を離し、深く深呼吸した後、再び、リンクルンを顔に近付ける。
「ブッキー、よく聞いて。必ずあなたを助ける。でも、あたし達には考える時間がいる。少しだけ待っててくれる?」
「あたし達? ラブちゃんも一緒なの?」
「ええ、ラブも一緒。替わろうか?」美希はラブのほうに視線をやる。だが、祈里はううんと、それを断った。
「今、ラブちゃんとまで話したら、わたし、挫けてしまいそうになる。美希ちゃん、今言うのもおかしいんだけど、私、ちょっと前から駄目になりそうだったの。ずっと辛かった。毎日、駄目になっていく自分が惨めだった。二人に取り残されている気がしていた。さっきまでせつなちゃんと一緒にいてとても救われた気持ちになったのに、今、せつなちゃんはどこにいるかわからないし、私はなんだかよくわからないところにいるし。とても悲しくて、悔しいの。みんなの声を聞きたいけど、駄目。ラブちゃんとは、ちゃんと再会できたときに、話したいの。だって、ラブちゃんは私たちのリーダーだもん。わたし、くじけないためにも、ラブちゃんと話するのは後の楽しみにしたいの」
祈里の声を聞きながら、ラブは改めて、今の自分のふがいなさを痛感する。自分は何をやっているのだろう。翻弄されてばかりで……みんな辛いのに、自分が一番辛いと思い込んでいた。
ラブはリンクルンを持った手に力をこめ、美希に近づき耳元でささやいた。
―ブッキー。美希が呼びかける。
「ラブが、必ずみんなで幸せゲットだよって言ってる」
祈里はゆっくりと、そして、力強い声でこたえた。
「うん。ぜったい幸せになれるって、私、信じてる」
こみ上げる感情をのど元で押し殺し、美希は言った。
「じゃ、いったん切るわね。大丈夫、すぐにかけ直すから。そして、そのときは、みんなで笑いあうとき。まかせて。だって、あたし、完璧だもの」
「うん、わかってる。わたし、待ってるから」
すべてに納得したかのように、祈里が通信を切った。美希は再び目を強く閉じ、しばらく沈黙する。そして、ウェスターに向き直った。その瞳には強い決意の光が輝いていた。
「ねぇ、ウェスター。サウラーと連絡を取る方法はないの?」
全てのやり取りを見ていたウェスターは目元にうっすら滲んだ感動の涙を何事もなかったかのようにぬぐい、腕を組んでしばらく考え込む。やがて、何かを思いついたように指を鳴らした。
「あるにはある。だが、それは一つの賭けだ。サウラーが俺と同じことを考えていたならば、連絡が取れる。だが、可能性は五分五分ってところだ」
「それはいったいどんな方法で?」美希が急かした。
「慌てるな。今からやる」言うが早いか、ウェスターは操作パネルに近づき、右端のほうにあるスィッチを押す。ブゥンと音をたて、操作パネルの右側の一角だけがオレンジの明かりを点した。
「よし。まだ光子ラインだけは向こうとつながってるな」と一人納得すると、パネル下からジャックつきの細長いケーブルを三本取り出すと、自分の延髄部分に差し込んだ。
その様子を見て、驚いて小さく息を吐く美希とラブ。二人の顔を見たウェスターがニヤリと笑う。
「大丈夫だ。直接首に刺したわけじゃない。こいつは俺の脳につながっている端子だ。ラビリンス人はメビウス政権下の頃、自分の記憶を全てメビウスに報告する機会が何度かあった。そのときにマザーコンピュータに接続するために使っていたものだ。光子ラインが生きているから俺の脳波を介して連絡が取れる。だが、サウラーが装置を直しているかどうか」
言いながら、パネル上のいくつかのスイッチを入れていく。
ウェスターはボリュームコントロールらしきものを回しながら、何かを確認するように、時折、目を細める。
突如、ウェスターが「サウラーか?」と叫んだ。その後、ウェスターは真剣なまなざしで頷いたり首を振ったりしている。やがて、ラブたちのもどかしそうな表情に気づいたのか、「ちょっと待て。いま、通信を音声化する」と小さなレバーをひねった。
「プリキュアたちか。久しぶりだね」とサウラーの声。ラブは通信がつながったことに対する安堵から美希の方を見る。美希は少しうれしそうだった。
「ウェスターの記憶から状況はざっと理解した。今、こちら側のコンピュータにデータを送信して、対策を練っている。まずは消息のわかっているキュアパインを救出することが先決だ。イースに関してはこちら側に残っていたデータとウェスターの記憶から、考慮できる状況を分析中だよ」
「こちらからも音声通信できるかしら」美希がウェスターに尋ねる。「ああ」とウェスターは頷き、スイッチらしきレバーを2つ指ではじくと、マイクらしきものがパネルから伸びてくる。そのまま、美希に目で合図した。
「サウラー、聞こえる?」と確認するように美希がマイクに語りかける。
「聞こえているよ。キュアベリーだね」少し懐かしむような口調でサウラーがこたえた。
「えぇ、久しぶり」美希は久しぶりに聞くその声にデリートホールでのやり取りを思い出す。 どこかロマンティックな思い出に変わっていたその記憶を払拭するかのように語気を強め、「ブッキーは大丈夫なの? 時空の狭間にいるってことみたいだけど、早く助けたいのよ。何か方法はある?」と本題に意識をシフトする。
しばらく考え込んだ後、「キュアパインのことなら、現状、彼女に影響はない。リンクルンが光っていたということは、リンクルンが、彼女の身体や精神に及ぼす影響をシャットアウトしているということだと推測される。そして、救出に関していうと、方法はなくもない。ただ、成功するかどうかは運しだいだ」と余裕のない声のサウラー。
「あるのね?」美希とラブの瞳が希望の光がともる。だが、「ただし」と強い口調でサウラーがそれを遮った。
「あくまで、こちら側のコンピュータの推論だ。おそらく、そんなことは誰もやったことはないし、キュアパインだって初めてだろう」
「その方法って何なの?」と美希が冷静さを取り戻す。
深呼吸した後、サウラーが言った。
「キュアパインのリンクルンは動物と会話ができる能力だったと思うんだけど」
「ええ、そうよ」
「その動物たちの力を貸してもらう」
「それってどういう…」美希が首をかしげた。
「渡り鳥やサケ、爬虫類などのある種の生物は地球の磁場の方向を感知して移動する。サケが生まれ故郷の川に戻ってくる事ができるのも、その能力を使用しているわけさ。今、キュアパインのいる時空座標は僕らにはわからない。だが、座標さえわかれば、その座標をこちらのコンピュータで解析し、時間関数を入力して演算し、その座標へ飛ばすことは可能だ。でも、これはあくまで実践データのない賭けだ。鳥たちに時空磁場を感知できるかどうかなんてわからないしね。しかし、イースと連絡が取れない今、キュアパインをそちらの世界に戻す方法はそれしかない」
「しかし、サウラー、受け側はどうするんだ?こちらの時空転移装置に、キュアパインを受けいれられるエネルギーはないぞ」ウェスターが口を挟む。
「あるじゃないか、十分なエネルギーが」とサウラーが返した。
「十分なエネルギーって?」
「プリキュアだよ。プリキュアが二人もそこにいる。彼女らが変身するときの光子エネルギーは時空転移装置を起動させるのに十分な出力を持っている。『HOPE』はそう解析した」
「ちょっと待って。確認のため、整理していい?」と美希が聞く。どうぞとこたえるサウラー。
「つまり、私たちはブッキ―に連絡を取り、ブッキ―の力でリンクルンから動物たちに呼びかけてもらい、ブッキ―のいる位置を割り出してもらって、そこから、ここまであなたの側から運んでもらうと、そういうわけね」
「簡単にいうとそうだ。動物たちは君たちがリンクルン同士で通信しあっているときに発生している波動から量子ねじれの状態を観測して、位置を検索してもらう。こっちのコンピュータはそれが可能だと判断した。そして、キュアパインにも君たちにもプリキュアに変身してもらう。キュアパインはこっち側の時空転移装置とそちら側の転移装置をつなぐ光子エンジンとバイパスの役割を同時に行うため、プリキュアの変身時のエネルギーを使う。そして、君たちには受け側にエネルギーを送り込むための発電装置の役割をしてもらう。トランスミッターのチャンネルをプリキュアのエネルギーの波長に合わせて調整してね」
そういった後、一拍置いて、こう付け足した。
「最初に言っとくけど、変身のタイミングは同時だ。少しでも狂えば、キュアパインはどこに飛ばされるかわからない。時空の穴にでも飲まれたら本当に一巻の終わりだ」
サウラーの声に美希とラブは唾を飲む。「変身のタイミングは同時」という言葉が重く二人にのしかかった。
冷や汗をかく美希の背中をラブがポンと叩いた。
「大丈夫だよ、ミキたん。私たち、去年のダンスコンテストで完璧に息を合わせたよね。あのときのタイミングだよ。今日はせつながいないけど、ずっと練習はしてきたもん。調子いいときのあの感覚だよ」
その言葉に、美希は少しだけ頬をほころばせた。
「そうね、そうよね。きっと私たちなら完璧にできるわ」
7
美希はリンクルンごしに計画を祈里に伝える。祈里はそれを黙って聞いている。全てを話し終わると、祈里は一言「わかったわ」と強くこたえた。
美希はサウラーが言った「変身のタイミングは同時」という言葉を脳裏から消せない。
少しでも狂えば、キュアパインはどこに飛ばされるかわからない。
その言葉の重みが美希の決断力を鈍らせていた。
美希の様子に気づいた祈里がリンクルン越しにクスッと笑った。
「だいじょうぶよ、美希ちゃん。私、二人を信じてるもの。そして、私たちの絆を信じてる。必ずうまく行くわ」
美希の肩をラブが両手で軽く抱いた。
肩越しに、そして耳元で感じるぬくもりが美希に力を与える。
「そうね。ごめんなさい、ブッキ―。あたし、弱気になっていた。みんなが力を合わせないとできないのよね。ブッキ―、私たちを信じて力を貸してくれる?」
「もちろん」
「そろそろ始められるかな」と間に挟まれるように響くサウラーの声。ええ。と力強く美希がこたえた。
「じゃ、ブッキー。お願い」と美希は受信側のスピーカー音量を最大にした。
祈里はリンクルンを抱きしめる様に握り、祈るように声かけた。
お願い、みんな。私の声を聞いて。私の願いを聞いて欲しいの。
やがて、どこからともなく聞こえてくる鳥たちの羽音。その羽音に耳を済ませていたラブは足元に触れる何かに「キャッ」と小さな声をあげた。
部屋を埋め尽くすかのようにうごめくトカゲやヘビ、小さな昆虫たちの群れ。ビルの周囲の電柱に群がる鳥たち。もちろん、ビルの内部にも入ってきている。
美希とラブ、そしてウェスターは生理的な嫌悪感を我慢し、心の中で必死に呼びかけた。
――お願い、みんな。私たちに力を貸して。
動物たちとの会話だと思われる祈里の沈黙。やがて、スピーカーから祈里の声が聞こえた。
「座標がわかったわ。この子達が教えてくれている。数値化するわね」
「よし、頼む」とサウラー。
「294037682761289637569266027563975638500……」
その数値を正確にサウラーが入力していく。後は、サウラーの合図待ちだった。リンクルンを握る3人に緊張が走る。
……754393785756663729470823457781038。以上よ。
サウラーが数値を入力するタイプ音がラブたちにも聞こえる。
大丈夫、あのときのテンションよ。3人が自ら暗示をかける。その脳裏には一年前、ダンスコンテストで優勝したときのテンションが思い浮かんでいた。
「よし、今だ。やれ、プリキュア」緊張を破るサウラーの声。
3人はリンクルンを高く掲げた。
「チェインジ、プリキュア! ビートアップ!」
「チェインジ、プリキュア! ビートアップ!」
「チェインジ、プリキュア! ビートアップ!」
変身と同時に、ラブは時空転移装置のスイッチを入力した。
ラブたちのいる部屋全体が強烈な光に包まれる。
鳥や小動物たちは、その光に驚いたのか、羽音足音騒がしくビルの外へと逃げていく。
そして、その光のエネルギーはラブたちにではなく、プリキュアの変身エネルギーに周波数を合わせた時空転移装置のトランスミッターへと送り込まれる。破壊され、エネルギーを完全に失い、沈黙していたはずの制御版のメーター類に光が点る。
時空転移装置の扉の隙間から強い光が溢れた。
やがて、光は収まり、元の暗闇が周囲を支配していく。
ラブと美希は深呼吸し、時空転移装置のあるビル奥の分厚い扉へと進む。何も問題がなければ時空転移は無事終了し、祈里はそこにいるはずだった。
ラブは扉のノブを引き、扉を強く押した。
ギギッと重く響き渡る金属音。ゆっくりと視界が開けていく。
そして、そこに祈里が立っていた。
「ブッキ―!」
「ラブちゃん、美希ちゃん」
ラブと美希の姿を確認すると、安堵からか、力尽きて崩れそうになる祈里。その身体を、美希が抱きとめた。
「ブッキー。良かった、本当に」美希とラブはウェスターと通信機の向こう側にいるサウラーに頭を下げた。
「どうもありがとう、二人とも」
ウェスターは照れからか、後ろを向いたまま、「気にするな」とこたえた。
「どういたしましてと言いたい所なんだけどね。元はといえば巻き込んだのはこっちだし、それに、イースの件もある。まだ、これからだよ」
わざと小憎たらしくこたえるサウラーだったが、その声には喜びと安堵が混じっていることがスピーカー越しからも美希にはわかった。
美希は心中でもう一度礼を言った。どうもありがとう、ウェスター。そして、サウラー。
ルックス以外にもかっこいいところあるんじゃない。美希は微笑んだ。
「そうよ、二人とも。せつなちゃんのことなんだけど」祈里は美希の腕の中で二人を交互に見つめる。
「せつなのこと、何かわかったの?」膝を折って、祈里の顔を見つめるラブ。
「せつなちゃん、まだ生きている。私わかったの。さっき時空移動したとき、一瞬だけせつなちゃんの顔が見えた。多分、私がいたところよりももっと深いところにいる。アカルンが輝いている光を見たわ」
「何だと?キュアパイン、それは本当なのか」大柄な身体で覆い被さるように祈里に近づくウェスター。
「私、思ったんだけど」と祈里は何かを思い出すようにウェスターから視点をずらす。
「もしかして、さっきの時空転移って、失敗していたんじゃないかと思うの。さっきリンクルンを使ったでしょ。あの時、身体が移動する気配を感じなかった。もうダメだと思ったとき、突然、視界に赤い光が広がって、私、気がついたらここにいた」
「それって、まさか」目を細めるラブ。
「うん。たぶん、せつなちゃんが助けてくれたんだと思う。あの赤い光はアカルンの光。何度も見ているから、きっと間違いないわ。事情はわからないけど、せつなちゃん、今、何処かにとらわれているんじゃないかと思う。さっき、一瞬だけせつなちゃんの顔が見えたとき、そんな気がしたの。動きたくても動けないのよ、きっと。でも、力を振り絞って私を助けてくれた。きっと、そうだと思う」
「せつながとらわれているって一体何なの?誰がそんなことするの?」ラブは叫ぶように口にする。
美希がウェスターとスピーカー越しのサウラーの方を振り向いた。
「なにこれ?どういうことなの。一体何が起こっているのか、今わかる範囲で説明して」
ウェスターとサウラーは記憶を整理するように丁寧に説明した。最近のラビリンス内で頻発している暴動、時空転移装置の破壊が人為的なものであること、そして、それを扇動している何者かが存在する可能性。
二人が話し終わった頃には、すっかり日は暮れ、梅雨前のひんやりした夜の空気がビル全体を包んでいた。
ラブも美希も呆然としていた。そして、詳しい事情を知った祈里も呆然としていた。
「終わったと思っていたのに」ポツリと、ラブが呟くように口を開いた。
「みんなで幸せゲットしたと思っていたのに。また、あんなつらい事になるの?」
「まだわからない。だが、原因が何にしろイースが囚われているのが事実だとすれば、その可能性は否定できない。今回の事も仕組まれていたのだろう」
ウェスターの低く重い声が響いた。
「たぶん、恒久的な平和などないんだ」スピーカーから聞こえるサウラーの声もまた重かった。
「メビウスが夢見た世界は、恒久的な平和だった。即ち、永遠の安定だ。だが、それは違うと君たちが証明してくれた。平和も幸せも人それぞれ違う、そして、変化し続ける。僕らは君たちからそれを学んだ。だから、僕たちはそれを勝ち取らなければならない、その時々で」
祈里も美希もうつむいたまま押し黙っている。沈黙を破ったのは決意を込めたラブの声だった。
「せつなを助けに行くよ。とにかく、せつながいないと、あたしたちの幸せは始まらないの。だから、助けに行く」
「そうだ。俺たちの幸せもイースがいないと始まらない。サウラー、お前はどうだ?」ウェスターがスピーカーの方へ振り向く。
「同意見だよ。幸せ云々以前に、イースがいないとラビリンスの復興もできない。彼女はラビリンスにとって、必要不可欠な存在だ」
祈里が顔を上げた。
「まずは、せつながちゃんいないと駄目って事ね」
美希も顔を上げた。
「全員一致で意見がまとまったわね」というと、短く笑う。
「何なの、ミキたん」ラブが不思議そうに美希の笑顔を見る。
「こんなときにごめんなさい。だって、このビルって、ラビリンスでは民主主義のアイコンの一つなんでしょ?でも、あのマークってこちらじゃ無政府主義の意味なの。反社会的なテロが起きたビルで私たち、民主主義に則って、意見を決めたわよね。なんだか、皮肉が利きすぎてるなと思って。でも、そんな出来すぎた条件下なんだから、せつなの救出も、きっと出来すぎなほどうまく行くわ」
ハハッとサウラーがつられて笑った。
「じゃ、今から、より公正な民主主義のために、一人でも多く有権者を救いにいくとしよう」
「そうだ。イースはラビリンスと地球。言うなれば、二つの世界の有権者だからな」
サウラーにつられてそう言うと、ウェスターは立ち上がった。
8
ラブと美希は衰弱した祈里を山吹家へ送り届けた。ウェスターは血まみれの服を脱ぎ、美希のコーディネイトで近くの洋服店で紳士もののスーツを購入し、それに着替えていた。
「やっぱり、体格が良いから、スーツが似合うわね。でも、ウェスターのサイズだと、既製品じゃこれが一番マシだった。ちょっとダサいけど。ま、ルックスとスタイルの良さでカバーできるからいいわ」
上から下まで目を細めて見た後、満足げに笑みをこぼす美希が選んだのはシンプルなデザインのダブルのスーツ。色はダークグレー。ウェスターらしく、少しラフに下はTシャツにノーネクタイ。シングルは痩せている男が着るもので、大柄で筋肉質の男が着るものではないというのが、彼女の持論だった。
涙を流し、娘との再会を喜ぶ尚子と祈里を別部屋で休ませた後、ラブと美希は山吹邸のリビングにて、ラブの両親である圭太郎とあゆみ、そして、美希の母レミ、祈里の父の正に事の顛末を説明した。
ラビリンス内で起きている暴動やこの度の件が何者かによる意図的な行為である可能性が高いことは伏せて、せつながどこかにとらわれていることだけを強調した。
「だから、せつなを助けに行かなくちゃならないの」
腕を組み、じっと話を聞いていた圭太郎が、ラブと美希の目を見つめる。
「それは、お前たちにしかできないことなのかい? えっと、ウェスター君だったっけ?」と怪訝な表情でウェスターの方を向く。
「はい」慣れない敬語を使って応えるウェスター。
「せっちゃんはラビリンスの人間でもあるが、うちの娘でもある。少なくとも、僕もあゆみもラブと同じくらい彼女を愛しているし、大切だ。だから、当然、二人とも危険な目にはあわせたくない。1年前にラビリンスへ4人で行ったときも、本音の部分では、僕は反対だった。ラブたちの決意の固さに根負けしたんだ。ウェスター君にはまだわからないかもしれないが、親というのは自分の子供を自分よりも大切に思っている。だから、当然、ラブやせっちゃんに危害が及ぶようなことがあれば、替わりに僕が行きたいと思っている。僕は娘たちのためなら、死んでもいい。だから、正直、僕はもどかしい。娘の一人は囚われ、もう一人はそれを救いに行くため、再び危険に身をさらそうとしている。それなのに、僕は何もできない。これ以上、親として情けないことはない」
ウェスターはなぜか強い非難を浴びているような気がして、少しうつむいた。その姿を見た圭太郎が諦めとも励ましとも取れる微笑を浮かべる。
「ラブは、一度言い出したら聞かない子でね。それに、僕やあゆみが行ったところでどうにもならないこともわかっている。何もできないからね。だから、僕らは君を信用して娘たちを預けるしかない」
そういうと、圭太郎は立ち上がり、姿勢を正した後、頭を下げた。
黙って圭太郎の話を聞いていた正もつられるように立ち上がり、頭を下げた。
「うちの娘たちをどうかよろしくお願いします」
あゆみとレミも立ち上がり、頭を下げた。
「おねがいです、ウェスター君。うちの娘たちをよろしくお願いします」
ウェスターは、何か得体の知れない情念のようなものに気圧され、一瞬、思考ができなくなった。子供を持つ親の覚悟というものを間近で見た事のないウェスターは思わずラブと美希へと視線をやる。
自分の親の覚悟と本音を目の当たりにしたラブと美希は、感動なのか反省なのか、無言のまま、複雑な表情で自分の親たちを見ていた。
「正直、うらやましいです」ウェスターの気負わぬ言葉だった。
「俺、いや、私たちラビリンス人は親の顔を知りません。親という概念がないのです。一年前まで、メビウスの為だけに動くことが全てだと思っていました。それは親の為にというよりも、巣を守る蜂のような、感情の伴わない刷り込まれた本能だったような気がします。メビウスからも当然そんな恩恵を受けることはなかった。だから、正直、あなたがたの娘さんたちがうらやましい。イース、いや、せつなさんがあなた方にあれだけ強い信頼と愛情を抱いているのは、あなた方のその想いからなのですね。ようやく、わかりました」
ウェスターは立ち上がり、圭太郎たちに一礼すると、強い意思を湛えた瞳で圭太郎たちの目を見つめた。
「私、せつなさんとは、ここの言葉で言うと家族だと思っています。おこがましい言い方かもしれませんが、そういう意味では、あなた方や娘さんたちとも遠い家族に当たると思っています。故に、その家族に対する信頼、この命にかけて、守ります」
ウェスターの決意に満ちた瞳を見て、あゆみが微笑んだ。
「そうね。私、家族が増えてうれしいわ。こんなガッチリした男の子の家族が欲しかったの」
その様子を見ていたレミがウェスターに近づき、楽しそうに顔を覗き込む。
「それに、とってもいい男だし。あ、言い忘れたけど、あたしとあゆみさんのことを呼ぶときは、お母さんじゃなくて、お姉さんって呼んでね、約束よ」
そんな母親の様子を見ていた美希は苦笑いを浮かべながら頭をかく。
「ちょっと、ママ。恥ずかしい事言わないでよ」
「あら、良いじゃない。まだ、お姉さんでイケる程度にはメンテナンスしているつもりだけど」レミは髪をかきあげ、ウィンクして見せた。
メンテナンスって……。ラブが笑った。圭太郎もあゆみも正も笑った。
美希だけが、一人複雑な表情で気の抜けた笑顔を浮かべていた。
「なんだか楽しそうね」とリビングの扉から声が聞こえた。尚子だった。憔悴してはいたが、顔色は少し戻っていた。娘の姿を見て安心したようだった。
「おい、かあさん。まだ寝ていた方が良いんじゃないのか」と心配げに近づく正。
「大丈夫よ」と尚子は力なく笑い、ウェスターの方へと向かう。
ウェスターは祈里たちを巻き込んだという後ろめたさからか、緊張を全身に走らせる。
尚子がウェスターの眼前で歩を止めた。
「はっきり言うと」尚子は一瞬口をつぐみ、ウェスターの目をまっすぐに見た。
尚子の視線にウェスターは身体をこわばらせる。
「私、ラビリンスのことはそんなに好きじゃないの。せっちゃんはいい娘だし、あの子のことは大好きだけど、やっぱり、自分の娘が危険な目にあって、喜ぶ親なんてどこにもいないのよ。だから、せっちゃんも含め、あなたたちには少し頭にきてるわ」
普段、娘の祈里よりも物静かな尚子の、強い感情がこもった言葉にレミが少しあわてる。
「尚子さん」と困った表情で呼びかけようとしたのを、あゆみが手で制した。
――だから。
「だから、早く彼女をここにつれてきて。せっちゃんも祈里もあなたも、全員揃ってから、ちゃんと叱るわ。親を心配させるのは、一番の親不孝なのよ」
尚子の顔に柔らかい微笑が浮かぶ。
「だって、みんなうちの子だものね。全員、連帯責任よ」
ウェスターの瞳から緊張が抜けた。
「はい。よろしくお願いします」
尚子の真意に触れたウェスターは感動し、心のそこから頭を下げた。
「もう、今日は泊まっていきなさい」と正が微笑んだ。
翌朝、ラブと美希と祈里は学校を休むと、ウェスターとともに交易所へと向かう。
圭太郎もあゆみもレミも正も尚子も、何も言わなかった。
ただ、「気をつけて」とわが子を送り出した。
現地に到着後、スピーカー越しにサウラーに短い挨拶を済ませると、「で、作戦の目処は立ったのか」とウェスターが尋ねる。
「まぁ、何とかね。『HOPE』と僕が何とか導き出した答えを今から説明する」
サウラーは声をかたくした。
「結論から言うと、イース救出にインフィニティは必要不可欠だということがわかった。イースが今いる場所がわからない。彼女の生体から発せられる電気や周波は全てデータとして持ってるから、それを辿ってみたんだけど、どこにいるか全く見当もつかない。そして、通信も通じないとなると、恐らく、キュアパインの言っていたように、何者かによって外部と完全に遮断された場所に幽閉されていると考えるのが妥当だろう。何故そんなことをしたのかはわからないけどね。それも、直接的に誘拐せず、時空変動を応用した巧妙な罠まで仕掛けてね」
ラブが何かを言いかけたが、サウラーはそれを遮るように、続ける。
「それに、キュアパインが言っていたように、昨日の時空移動が失敗している可能性は否めないんだ。間にプリキュアというポテンシャル不明の強力な光子エンジンを挟んでの平行世界移動だから、こちらから正確なデータを観測することはできないけど、数値をはじき出したら、失敗した可能性は70パーセント以上と出たよ。それに、キュアパインの言っていた赤い光がアカルンだということは、ここからの分析でも確定したからね。そうなってくると、確実にイースを救う為にはインフィニティの時空移動能力が必要なわけさ」
「でも、シフォンは今スゥイーツ王国だよ。連絡手段ないんでしょ。それに、インフィニティに覚醒することはもうないってスゥイーツ王国の長老が言ってたし。またシフォンがあんなふうになるの、あたしはいや」ラブの抗議の声にサウラーが口を挟む。
「シフォンがインフィニティに覚醒したのはなぜだと思う?」
「そりゃ、[FUKO]のゲージが満タンになったからだろう」とウェスターが少し茶化し気味に応える。
「じゃ、ウェスター、なぜFUKOのエネルギーの蓄積が一定量を超えたらシフォンが無限生体メモリーインフィニティになるんだ」
真面目な声のサウラーが聞くのに、ウェスターは言葉を詰まらせた。
「これは、僕の推論に『HOPE』が分析した結果なんだけど」とサウラーは口調を強める。
「シフォンとプリキュアが連動していたのは前からわかっていた。プリキュアは、シフォンと心を通じ合わせることで進化していったからね。そして、インフィニティを覚醒させるFUKOのエネルギーは人間の悲しみ、苦しみのエネルギー。逆にプリキュアが成長するのは人間の喜びや楽しみのエネルギー。なぜ、この相反するものが連動するのか」
4人はサウラーの話を静かに聴いている。静寂を破るように咳払いを一つすると、サウラーは続けた。
「幸せと不幸ってのは、同じエネルギーの表と裏だからさ。そして、君たちがシフォンと心を合わせることでプリキュアは進化し、シフォンもまた進化、成長した。つまり、幸せと不幸が調和した。そして、プリキュアとインフィニティのエネルギーの波長は、調べてみると、今ではとても近いところにある。君たちとシフォンは深く理解しあっているということさ。そして、今のシフォンはもう一つの人格であるインフィニティの能力を取り込んでいる。1年前、君たちがラビリンスでメビウスと戦ったときのデータを分析したんだ。インフィニティは間違いなく君たちの呼びかけに呼応していた。それは、数値的にも証明されている。キュアパインのことに関してもそう。ピックルンはシフォンが呼び出さない限りその力を発揮しない。だが、キルンはシフォンがいない状態でもその力を発揮し、キュアパインを時空の狭間でのさまざまな干渉から守った。時空の谷間に生身で放り出されたら、普通は肉体も精神も著しいダメージを受けて発狂、肉体は異様な姿に変質し、廃人になるか、死ぬ。僕は、インフィニティの力が及ぶまでの一瞬だったが、あそこに投げ出されたことがあるからわかる。ウェスター、君も覚えているだろう」
サウラーの問いかけに一年前にせつなをかばってデリートホールへ投げ出されたことを思い出し、ウェスターはぶるりと身震いする。肉体と心を四方からわしづかみにされ、捻じ曲げられて、引きちぎられる。そんな感覚を覚えていた。
サウラーは更に続けた。
「それに、シフォンがいないにもかかわらず、キュアパインは動物と会話できた。ぼくもそれに後から気づいたんだけど。君たちはおかしいとも思わなかったね。それは、君たちがそれだけプリキュアのエネルギーの干渉を受けているからさ。それが当たり前になってしまってるんだ、無意識下でね。結論から言うと、インフィニティが最も心を許し、エネルギーの波動を共有している君たちには、彼女を呼び出すことが可能だ」
ラブたちが口を挟む余裕すら与えず、一気にしゃべったサウラーは少し咳き込んだ。
「ねぇ」と美希が口を開く。
「質問しても良いかしら」
「どうぞ。ただし、誰がプリキュアとシフォンをスイーツ王国に落としたのかと言うのはなしだ。それは僕にもわからない」
サウラーは咳き込みながら笑った。
少し間をおいて、美希が口を開く。
「じゃ、性急なところから。あたしたちどうやってシフォンを呼び出すの」
「それを今から説明するよ」サウラーは咳払いをした。
「まず、君たちにはプリキュアに変身してもらう。プリキュア変身時、リンクルンはシフォンの意識下にリンクする。シフォンと同調できている今の君たちなら、そのリンクは非常に強い絆になるはずだ。さらにリンクルンをブースターに繋いで、シフォンに呼びかけるんだ。君たちの呼びかけはブースターで増幅拡張され、具体的な言語となってシフォンに伝わる、次元を超えてね」
サウラーは声色を少し変えて、ウェスターを呼ぶ。何だと応えるウェスターにリンクルンと操作パネル上のソケットを接続するように指示した。ラブたちは、一旦、リンクルンをウェスターに預ける。ウェスターはパネルからケーブルを接続し、サウラーの指示に従いながら、ボリュームノブを回したり、配線を入れ替えたりしている。そんな様子を横にラブは若干上の空だった。
「サウラーのさっきの話、気にしてるようね」不意にかかる美希の声に思わず振り向くラブ。
「うん。シフォンとインフィニティの話。インフィニティって無限メモリーなんでしょ。だったら、シフォンって成長するとどうなるんだろう。ちゃんと元気に育ってくれるんだろうかって」
ラブは俯き口をつぐむ。
その様子を見ていた祈里が首を振る。
「大丈夫よ、ラブちゃん。だって、シフォンちゃんは生きているもの。コンピュータの部品じゃないわ。あんな感情豊かな子だもん。きっと、元気に成長してるわ」
美希や祈里の言葉はラブの不安を払拭するに及ぶものではなかったが、それでも、ラブ自身はある程度の覚悟を決めた。やがて、準備が終了したウェスターはリンクルンをラブたちに手渡し、いつでもいいぞと合図する。リンクルン下部に黒いバッテリーケースのような装置がついている。どうやら、操作パネルとリンクルンを繋ぐ無線LANのようなものらしかった。
じゃ、行くよ。とラブは2人に目で合図する。二人は大きくうなずく。ウェスターの方にも目をやる。ウェスターは装置の前で大きく頷き、右手首を上げて力強く握りこぶしを作る。
ラブたちは深呼吸し、リンクルンを掲げた。
チェンジ、プリキュア! ビートアップ!
実に一年ぶりの変身だった。光のエネルギーが三人の身体を包み、みなぎる力を感じながら時空を滑空するその感覚にラブたちは久しぶりに震える。
時間にして一秒もかからないわずかな間だが、光子エネルギーによる時空のゆがみにより、ラブたちには1秒が10秒にも20秒にも感じる。安堵から不安、そして再び安堵。処理できない程おびただしく変わる精神状態。
そして、充足と自信に満たされて、3人はプリキュアに姿を変える。
レッツ プリキュア!
変身が完了したラブたちは腰のポーチからリンクルンを取り出し、ここに呼びかければいいの?とウェスターに確認する。ウェスターがうなづくのに、疑心暗鬼になりながらも、いとおしげに、望むように、祈るように、シフォンに呼びかけた。
お願い、シフォン。私たちの声を聞いて。
ラブたちは何度も姿の見えないシフォンに呼びかける。ウェスターはカウンターのようなものを凝視しながら、サウラーと交信しては、計器類をせわしなくチェックしている。
その呼びかけは沈黙でラブたちに応える。ウェスターの手と顔だけがせわしなく動き回る空間で、決して地味とはいえないプリキュアの姿で呆然と立ち尽くし、必死にリンクルンに呼びかける3人。その姿に違和感を感じたのはモデルという仕事柄、常に人の視線というものを意識し、自分を客観視することに慣れてしまっている美希だった。
お願いシフォン、返事して。 ――あたし、なんだかバカみたい。
シフォン、せつなを助けたいの。 ――プリキュアの姿って無駄に派手よね。
シフォン、元気な姿を見せて。 ――これって、ピンクと青と黄色のキワドイ衣装のキャンペーンガールの格好で寂れた場所に派遣されてるような……なんだか屈辱的な絵ね、これ。
そんな美希にウェスターの檄が飛ぶ。おい、キュアベリー。お前だけ意識が乱れてるぞ。もっと集中するんだ。
ウェスターはカウンターの数値を睨みつけるように見ている。
職業病とはいえ、他のことに気を取られた自分を素直に戒め、美希は意識を再び集中する。
ラブは必死でシフォンに呼びかけていた。
シフォンお願い、あたしの声を聞いて。
何度も何度も心の中で呼びかける。無意識のうちに声にも出ていた。ラブが何度も呼びかけても、沈黙は続く。自分の思いすらもシフォンに届かないのか。近くにいる大輔にすら声が届かないのに、異世界のシフォンに声が届くのだろうか。
――大好きなものが手のひらからこぼれていく。あたしに何の力もないせいで。
ラブは自分自身をひどく情けなく感じて、涙が出そうになる。
――お願い。シフォン。もう一度会いたい。
突如、ラブたちのいる倉庫が七色に光った。
「お前らの意識に呼応しているすごいエネルギーがある。こっちへ来るぞ」
興奮してカウンターに釘付けになるウェスター。
シフォン!
ラブたちは必死で呼びかけ続ける。
七色の光の渦が収縮し、やがて一つのまばゆい光のかたまりになる。それは急速に人の姿を形作っていく。
光の眩しさに目を閉じていた3人は、ゆっくりと目を開ける。
そこに、見知らぬ少女が立っていた。
「シ、シフォン?あ、あれ?」
美希は固まった。そこにいたのは、薄いピンクのウェーブヘアをなびかせ、青い透明感のあるワンピースのような服を着た12,3歳くらいの少女。日本人とプエルトリコ系の中間くらいの体色。くりっと大きな瞳に映えるピンクのアイシャドウのような模様が特徴的だった。
ラブはその姿を見て涙を流した。
「シフォンだよね。姿は違うけど、あたしはわかる。あの、シフォンだよね」
少女はラブの方へ向き、照れくさそうに微笑んで頭を下げる。
「おひさしぶりです、皆さん」
「ほ、本当にシフォンなの?」美希が目を丸くする。少し顔が引きつっていた。
少女は微笑を湛えたまま、美希の方へ顔を向けると、はい。と頷いた。
「じゃ、会話するときにもうこれは必要ないのね」
祈里は手元のキルンを見つめると、困ったような笑みを浮かべる。
「その節はお世話になりました、祈里さん」
シフォンを名乗った少女は短く笑ってもう一度頭を下げた。
9
挨拶もほとんどなく、再会の喜びに逸る気持ちも抑えて、ラブたちはシフォンを名乗る少女に、知りうる全てを説明した。
何度か平行世界に関する専門的な話になり、その都度、サウラーの詳しい説明を間に挟むことになった。ウェスターはせつなの救出をラブたちの親に誓ったせいもあったのだろうか、言動の全てに力みが見えた。
サウラーとシフォンが話す難易度の高い言葉を必死に聞いて理解しようとするウェスターを見る美希の瞳が悲しそうにラブには見えた。
「概要は大体わかりました」
シフォンが夏の風鈴のような声で言った。
実は――と続ける。
「ラビリンスで何らかの不審な動きがあったことは、わかっていたのです。脅威が大きくなる前にそちらへ伺わなければと思っていたのですが、少し遅かったようです。ごめんなさい」
シフォンは悲しそうに頭を下げた。
ラブたちはシフォンのせいではないと頭を振った後、そういえば、この一年は何をしていたの?と話題を変える。
「スウィーツ王国に帰ってから、私は長老のもとで育てられました。戻ってから一ヵ月後、目覚めるとこの姿になっていたのです。恐らく、サウラーさんの説明にもありましたけど、皆さん方と生活し、心を通わせたことで、皆さん方の影響を受け、身体が変質したのだと思います。詳しい理由は長老にもわからないと言われました」
「事情を聞いても、なんだかすごく違和感があるわ。あたしたち、以前同様のこんな話し方でいいのかしら」
美希が複雑な表情で笑みを浮かべる。
「はい。なんならプリップーって返事するようにしましょうか」
シフォンがからかうような笑みを浮かべる。その笑みには確かに一年前の面影が残っているように見えた。
「そういう冗談も言えるようになったのね。何だか嬉しいような残念なような」
頬をかく祈里。
「そういえば、タルトはどうしているの」
ラブが思い出したように尋ねる。
「タルト王子は、スウィーツ王国の王になる為のカリキュラムとして、特別な教育プログラムをはじめられました。一般教養から国策まで、睡眠もほとんどとらず、講師につきっ切りで、誰とも会わない生活を送られています。勿論、アズキーナさんともお会いになられておりません。孤独に打ち勝ち、自分を追い込み、徹底的に肉体と知能と精神を鍛える為の修行ですから、教育が終わるまでは誰とも会うことができないのです。人好きで冗談の大好きなタルト王子には少し酷な修行です」
少し寂しそうにうつむくシフォン。
「そっか。タルトもがんばってるんだ。でも、やっぱ寂しいよね」
励ますような口調のラブ。
「でも、ドーナツだけは毎日お食べになっているみたいですけど」
シフォンが含み笑いを漏らす。ラブたちも笑った。
美希が「相変わらずね」とあきれたような笑顔を浮かべた。
「きっと、ドーナツを食べると皆さんとの絆を感じることができるんだと思います。私もそうです」 懐かしむように微笑むシフォン。
――イースもそうだった。
背後からの声にラブたちが振り返ると、ウェスターがどこか寂しげな笑顔を浮かべていた。
「イースも毎日ドーナツを食べてたよ。俺が作り方を教えたんだけど、あいつ、毎日作って食べてたから、そのうち俺よりうまくなって、カオルちゃんところのドーナツの味に近づいていたなぁ」
そういって笑う。
――じゃあさ。
「じゃあ、せつなを無事助けたら、みんなでドーナツカフェにドーナツを食べに行こうよ」
ラブが嬉しそうな顔をするのに、そうね。と同調するように微笑む美希と祈里。
「それは素敵ですね」と愛くるしい笑顔を浮かべるシフォンに、腕を組んで顔を覗き込むラブ。
「それより、シフォン。その口調って何とかならないの」
驚いた顔で、おかしいですか?とシフォン。
「いや、おかしくないんだけど、何だか慣れないって言うのか…。そのしゃべり方って、どこで習ったの?」
「長老のところです。私は今、四葉の巫女という立場なのですが、その地位にふさわしい話し方を身に付けなければということでこのような話し方を教わりました」
少し困ったように苦笑いを浮かべ首をかしげるシフォン。
「あの長老に?当の本人は大阪の芸人みたいな話し方するくせに」あきれたような顔でふきだす美希。
「ちょっと待って、四葉の巫女って何?四葉の赤ん坊が成長すると、四葉の巫女になるわけ?」
ラブの顔から笑みが消えた。
「はい。長老自身も詳しいことはわからないようですが。長老や私は、スウィーツ王国に存在はするものの、立場的にはもっと広い地位にいるのです。私はプリキュアの関係者であり、長老はその守護者。したがって、スウィーツ王国自体を守護する立場にはおりません」
その話を聞いていたラブが、何かを思い出したかのように、手をたたいた。
「そういえば、シルコアマの森で魔人が暴れたときも、長老は見守っていただけだったわね。実質的に動いたのはタルトだった。平行世界を自由に行き来するほどの能力があるのに、何もしないなんて、タルトが王になる為の試練の一つだか何か知れないけど、なんか他人行儀というか、冷たいと思ってた」
「はい。スウィーツ王国で起きた災厄はスゥイーツ王国の者が解決する。私たちはそれを指示したり、助言を与えたりはできるものの、実質的に何かをすることはできません。してはいけないのです。プリキュアの関係者とはそういうものなのです」
―ということは。黙って話を聞いていた祈里がシフォンに近づく。
「あの長老さんも、もしかして、今回の件を知っているんじゃないの?」
「ええ、知っています。長老は今、違う方面から何かを探っているようです。私がここに来たのは、あなたたちと協力して、せつなさんを救出し、何が起こっているのか確かめて、解決する為です」
ちょっと待て。と、会話をさえぎる声。ウェスターがシフォンの背後に立っていた。
「ということは、イースが今いる場所をお前はわかっているのか」
シフォンはウェスターの瞳を見つめ、うなずいた。
「ええ。大体の見当はついています。せつなさんが囚われているところは、地球とラビリンスのほぼ中間に位置する平行世界。そこに、何か強いエネルギーが満たされているのを感じました。アカルンの反応も微弱ながらですが感じます。そこに行けば、せつなさんがいるはずです。
「じゃ、早速行かないと」と逸るラブの声に反応したかのように、無線のスピーカーからサウラーの声が聞こえた。
「ちょっと待て。どうやって行くんだい?君にもアカルンのように、第三者を連れて平行世界を移動する能力があるのかい」
サウラーの問いに、いいえと首を振るシフォン。
「私にアカルンのような能力はありません。ですから、私自身が時空を開く扉になります。私はどこにでもあり、どこにもない存在。全ての平行世界に属しますが、全ての平行世界に私が定住するべき場所はないのです。スウィーツ王国は、平行世界の中でも最も中立というか、どこの時空と比較してもリベラルな位置にある世界ですから、私のような立場のものがいるにはちょうどいい世界なのです」
少し寂しげにシフォンがうつむいた。
シフォン…と悲しげな表情で近づくラブ。
「その話、すごく興味深いね」とスピーカーから響くサウラーの声。
ラブは、デリカシーに欠けたサウラーの声に神経を逆なでされ、スピーカーをにらみつける。
「ということは、プリキュアの鍵ともいえるピックルンがスウィーツ王国に存在して、その関係者たる君が、スウィーツ王国に落ちてきたというのも、偶然ではない可能性があるということか。もしかして、スウィーツ王国は、平行世界の何らかの基準における座標原点みたいなものなのかな?位置的な時空座標は原点とずいぶん遠い位置にあると思うけど」
「はい。恐らく関係していると思います。長老はそのあたりのことには触れませんが、恐らく何かを知っていると私は前から思っていましたし」
ほんの少しの沈黙の後、「わかった」とサウラーの声。
「とにかく、今は先を急ごう。まずはイースを救出する。詳しい話はそれからだ」
「はい。では、今から私の身体を触媒として、ここに異なる時空を開く扉を作ります」
そういうと、シフォンは床に向かって手をかざす。身体が七色に光りだし、やがて、少女の姿であった輪郭が曖昧になる。
「シフォン!」不安に駆られてラブが叫ぶ。
「大丈夫です。私は全ての時空にあるもの。すなわち、どこにでも存在するのです。少し姿を変えて少しずれた時空に移動して、異なる平行世界を繋ぐ橋になるだけ。安心してください」
夏の風鈴のような声がそう言うと、七色の光は床全体に広がり、やがて、床に丸い空洞があいた。
さぁ、どうぞ。空洞から声がした。
……シフォン。ラブが悲しげに空洞を見つめる。
「必ず、せつなを救い出すから」ラブは、その言葉をきっかけにするように空洞に飛び込んだ。
――ええ。ドーナツ、楽しみに待っています。
「ドーナツも良いけど、帰ってきたら、服買いに行きましょ。その青いワンピース、何か似合ってない。シフォンせっかく可愛いのに、これじゃ台無しね。あたしが完璧にコーデするから」そういって笑うと、美希が飛び込んだ。
――はい。可愛いお洋服選んでください。
「シフォンちゃん、待っててね。後で、ゆっくりお話しましょ」名残惜しそうな表情を浮かべて祈里が飛び込んだ。
――ガールズトーク、私初めてですから、いろいろ教えてください。
3人を視線で送った後、ウェスターは硬い表情をそのまま崩さず、無言のまま空洞内に入っていった。
――皆さん、どうかご無事で。必ず再会できると私は信じています。
聞こえるか聞こえないかわからないくらいの風鈴の音がそう言ったように聞こえた。
10
砂漠の中を4人は歩いていた。
四方を地平線に囲まれた砂の世界をさまようように歩く。
「何か変な世界ね。砂漠なのに、太陽も照っていないなんて」とキュアベリーが空を見上げる。
広がる空は灰緑の雲に塗りつぶされ、不快指数の高い空気に満ちていた。
「もっと、幾何学的な世界だと思ってたら、まさか、砂漠なんてね」ベリーが続けてもらす。
「太陽がないというか、全然見えないね」空を見上げるキュアピーチ。
「砂漠なのに生きているものの気配を感じないわ。緑もないなんて」
不思議そうな顔でキュアパインが周囲を見回す。
「何だか、感じの悪い世界だな。本当にこんなところにイースがいるのか」
ウェスターはしかめっ面のまま、前方を歩くラブを見た。そのピーチの足が急に止まる。
「どうかしたのか?」
ウェスターが問うのに、ピーチは直立不動のまま、地平線を見つめた。
「やっぱ、せつなはこの世界にいるよ。あたしにはわかる。せつなの存在を強く感じる。それも、かなり近くにいる」
ウェスターはいぶかしげにピーチを見つめた。
「なぜ、お前にそんなことがわかるんだ」
「わからないよ。でも、いる。この世界に入った途端、せつなのにおいがしたもの。懐かしいクローバーの新芽のにおいが」
ピーチは立ち止まったまま、せわしなく周りを見回す。目をつむり、においを嗅ぎ、耳を澄ませる。
「あっち!」
言葉にするのと同時にピーチは駆け出す。ウェスターが後を追う。つられるようにベリーとパインもその後を追った。
変わらない景色を数分走ったところでピーチが足を止めた。ウェスターも美希も祈里もあわてて止まる。
多分、ここ。とピーチが前方を目配せする。ピーチが立ち止まった10メートルほど先に、直径5メートルくらいのすり鉢状の穴が穿たれていた。
「何かでかいアリ地獄みたいだな」ウェスターは少し距離を保ちながら、砂に穿たれた穴を観察する。
「いやな喩えね。じゃ、中から出てくるのは巨大アリ?それじゃ、パインの出番じゃない」緊張感を保ったまま、ベリーが口の端をゆがめる。
「残念ながら、アリさんの声は聞こえないわね。でも、多分何かいるわ」
その言葉を皮切りにしたかのように、突如、すり鉢状の穴から黒くて巨大な何かが飛び出した。
その何かに足首を掴まれたピーチがそのまま穴の中に引きずり込まれる。
「ピーチ!」驚くベリーとパインよりも先に、ウェスターがすり鉢の中に飛び込んでいた。
激しく舞う砂埃。視界を奪われ、一瞬立ち止まる二人。
「ウェスター!」
後を追うように飛び込もうとしたベリーをパインが背後から抱え込むように抑える。
「ちょっと、パイン、これ何の真似?」
「ベリー、焦っちゃ駄目。4人が全員罠に飛び込んでどうするの。いつものベリーならもっと冷静にそう言うでしょ」
パインが、地上に目配せする。ラブたちを襲った何者かが砂中を移動する軌跡が、一直線にのびていた。
「あれを追うのね」
「そう。私たちは地上から追跡して挟み撃ちにするの」
「ごめん、パイン。あたし全然完璧じゃなかった」
「いいの。早く後を追いましょ」
優しく微笑んで、パインが走った。その後を追うようにベリーも軌跡を追った。
「ウォォオオオ」
獣のような咆哮がピーチの後ろから聞こえた。ピーチの右足首を掴む何かは恐ろしい力でその足を締め上げたまま、ものすごい速度で砂中を移動する。咆哮が遠ざかっていく。
クッ。ピーチがうめいた。砂の中で呼吸もできず、目も開けられず、足首の痛みと、全身をヤスリのような砂で削られる痛みに歯を食いしばりながら、空いている左足でその何かに向かってがむしゃらに蹴りを浴びせる。
おそろしく硬い何かだった。ブーツの裏に感じる金属的な感覚は死神の鎌を連想させた。
今まで相手にしてきたナケワメーケやソレワターセとは違う無機質な何かを感じ、ピーチは背筋に冷たいものを感じた。
恐怖を拭うかのように何度もその何かを踏み抜く。一瞬、勢いが緩んだ。勢いが緩んだと同時に、後ろから聞こえていた獣のような声がピーチに追いついた。
ピーチの右足首を締め付ける痛みがひく。掴んでいた何かを追いついた誰かが引き剥がしたようだった。足かせから開放されたピーチはそのままの勢いで、砂中を転げ周り、砂中に埋もれていた岩に激突する。
その衝撃で砂の層が沈下し、ピーチが引きずり回された後にできた砂中のトンネルがベコリと沈む。
思わず、うわっ。と声を漏らすピーチ。頭上からのしかかってきた砂の重みはすさまじく、プリキュアに変身していなかったら、即座に圧死していたほどだった。
ピーチは渾身の力で頭上の砂の壁に拳を叩き込む。大きな音がして、ピーチの頭上に大きな穴が開く。痛む足に力を込め、思い切り跳び上がる。砂に包まれたまま、ピーチの身体は地中から地上へと転がった。
「ピーチ!」、「大丈夫?」
後を追ってきたベリーとパインが声をかける。
「大丈夫。すぐに追いつくから向こうの方をお願い」
「わかった」
心配げな視線を送るも、ベリーとパインは今なお地中を猛スピードで移動する何者かを引き続き追う。
ピーチは痛む足を押さえる。やがてプリキュアのエネルギーが痛みを緩和していく。体中にできた砂による裂傷も少しずつ癒えていく。
突如、遠くの方で爆発音が聞こえた。思わずピーチはその方向に視線をやる。
数百メートル彼方で、鯨の潮吹きのごとく砂煙の柱が立っていた。ピーチは視覚に意識を集中する。プリキュアの力により、変身中は集中すれば数倍の視力を得ることができる。
何か大きな塊が1つ、砂煙の柱に包まれて空中を舞っていた。砂煙の中にウェスターの姿が見えた。先ほどの咆哮はウェスターのものだったのかと納得し、ピーチは更に視線に意識を集中する。
やがて、宙を舞う砂煙が晴れ、巨大な何かが姿を現す。
「サソリ?」
人の4、5倍はありそうな巨大なサソリにウェスターがしがみついていた。
やがて、宙を舞っていたウェスターとサソリは重力にしたがって、地上に落ちる。派手に砂埃が舞った。
起き上がろうとしたウェスターをサソリの巨大な鋏が容赦なく襲う。横なぎになぎ払われ、砂の上を転がりながら吹き飛んでいくウェスター。
「ウェスター!」追いついたベリーとパインがサソリの側頭部にとび蹴りを入れる。砂に足をとられ威力の半減した蹴りは厚い外骨格に阻まれ、反力でベリーとパインが吹き飛ぶ。
それを見ていたピーチは全身に力を込め、サソリに向かって全力疾走する。サソリはそれにタイミングを合わせたように後ずさりする。呼吸を外されたようになったピーチは一瞬戸惑い、距離感を見失う。疾走のペースを乱されたピーチに向かって今度はサソリが全力疾走してきた。
ピーチはあわてて態勢を立て直そうとするが、砂に足をとられてうまく身動きできず、バランスを失う。
バランスを失ったピーチにサソリの巨大な鋏が襲ってきた。
刹那、ピーチの脳裏に真っ二つになった自分のビジョンが浮かぶ。恐怖に全身が粟立った。
ピーチの身体が巨大な鋏で二つに切り裂かれる直前、舞い散る砂塵の中から誰かが飛び込んできた。
ウェスター! ラブが思わず叫ぶ。
ウェスターはサソリの腕の付け根部分に自分の手刀をそのままの勢いで打ち付ける。
鈍い金属音とコンクリートの柱が折れるような乾いた音が響いた。
サソリの巨大な鋏はその上腕ごと回転しながら空を舞っていた。
止まりきれず、サソリの側面に体当たりを食らわせたようになったピーチは、その反動で態勢を立て直し、すかさず、分厚い外骨格に拳を叩き込む。
その瞬間、ピーチの拳に走る激痛。あまりの硬さに思わず顔が苦悶に歪む。痛ッ!と声にも出た。
痛みをこらえながら、サソリの身体を下から蹴り上げる。踏ん張りのきかない真下から蹴り上げられたサソリの巨体はプリキュアのパワーにより、あっけなく空中へ吹き飛ぶ。
「ウェスター、ありがとう」ピーチはウェスターへと目をやる。ラブの息が一瞬止まった。
ウェスターの右腕が肘の前から10センチくらいのところでくの字にへし曲がっていた。
「ウ、ウェスター……」驚きのあまり、ラブの言葉が止まる。
「あぁ。折れたみたいだな。まぁ、そのうち治る」
ウェスターは自分の折れた右手を一瞥し、何もなかったように構えなおす。
しかし、ウェスターの額には玉汗が浮き、腕の皮膚は粟立ち、歯を食いしばっている。相当な激痛に耐えているのが容易にうかがえた。
漆黒の外骨格の鎧に身を包んだ巨大なサソリは、ラブたちとの距離をはかっている。頭部の兜から覗く赤い瞳が不気味に輝く。
ベリーとパインが駆けつける。
「お待たせ」
ちらとウェスターを見たベリーとパインの形相が変わった。すでに紫色に変色し、痛々しく腫れたウェスターの右手は、それでも、力強く握りこぶしを作っている。
「なぜ……」今にも泣き出しそうなベリーを無視するように、サソリが突進してくる。
即座に、四人は四方に跳ぶ。
「あれって何なの? 今まで相手してきた敵とはぜんぜん雰囲気が違う」
様々な思索や感傷で失っていた集中力を取り戻すように、ラブが眼前の巨大なサソリに視線を注ぐ。
「わからない。ナケワメーケやソレワターセとは全く別のものだ」
同方向に跳んだウェスターが首を横に振った。
「何故だかわからないけど、不思議と邪悪な気配は全然感じない。でも」
ベリーは着地し、砂に突き立つサソリの折れた脚の付け根に目をやる。黒い体液にまみれたそれは禍々しい光を放ち、どこか違和感を感じさせる。
パインが何かに気づいたように、目を細めた。
「みんな、気をつけて!あれは、たぶん……」
着地し、改めて敵を見直すウェスター。そのウェスターめがけてサソリが疾走する。
「キュアスティック! ピーチロッド!」
ピーチは発現したキュアスティックを握り締め、ウェスターをかばう様に立ちふさがる。
「悪いの悪いのとんでいけ……」
「ピーチ!待って。そいつは!」
パインの言葉が届く前に、ピーチは既に眼前のサソリを浄化する態勢に入っていた。
ピーチロッドからピンク色の光線があふれる。邪悪なエネルギーを包み込んで、ゼロに帰す為の光。
「プリキュア! ラブサンシャイン、フレッシュ!」
ピーチがラブサンシャインフレッシュを放つ。プリキュアの光のエネルギーが眼前のサソリを浄化するべく、包み込む。
だが、サソリはそんなエネルギーに包み込まれた事など意に介さぬように、ピーチに突っ込んできた。
「え……?」
状況を理解できず、動きの止まるピーチ。今度こそ、その身体を真っ二つにするべく、サソリの左の鋏がピーチに突き立とうとする。
――ラブサンシャインフレッシュが効いていない?何故……。
「ピーチ!」
ベリーが走った。だが、ピーチからの距離は20メートル以上。
「間に合わない!」悲壮な表情で走るベリー。だが、足は砂に獲られてスピードを乗せられない。
その刹那、強い力でピーチが背後から突き飛ばされた。
突き飛ばされた際、ピーチはウェスターの顔を見た。
そのウェスターが肩からサソリに突っ込んでいた。
砂煙が激しく舞い、鮮血が飛び散る。
ウェスター! ベリーの悲痛な叫び声が響いた。
ラブはトンボを切って起き上がり、サソリの方へと全力疾走する。
――ウェスター!
ウェスターはサソリの鋏に刺し貫かれていた。
肩を。
肩を貫かれたウェスターの踵がサソリの赤い眼にめり込んでいた。
ウェスターは衝突の衝撃でそのまま数メートルほど吹き飛ばされる。
砂の上を転がるウェスター目掛けて、毒針を持つサソリの尾が襲う。
「何すんのよッ!」間一髪、ベリーの飛び蹴りがその尾を弾き飛ばした。
ピーチとベリーがウェスターの両腕を抱え込み、後ろへ跳ぶ。
数十メートルほどサソリから離れると、血塗れのウェスターを砂の上に寝かせる。
「大丈夫?」今にも泣き出しそうな顔でウェスターの顔を覗き込むラブ。
「ヒーリングプレアーなら、少しは傷が治せるかも」と近付くパイン。
そんな言葉を意に介さぬように、「後だ! 奴が来るぞ」と叫ぶウェスター。
パインが困ったようにベリーの顔を見る。ベリーの両目から涙がこぼれていた。
どうして? こぼすように口から漏らすベリー。
「せっかく、みんな揃って、笑顔で再会したいと思ってるのに、どうしてあなたはそんなに無茶ばかりするのよっ!」
ベリーの瞳からとめどなく涙が溢れる。観察するように距離をとっていたサソリの赤い眼が光った。
サソリは低く構え、尾を高く上げる。
ざるで砂をふるいにかけるような不気味な音が鳴り響いた。
「何、これ。何の音?」ラブが前方のサソリに神経を集中する。
高く上げたサソリの尾、根元部分から黒い小さなものが出て来た。不気味に動く小さな影、それは、数十匹以上もいる、小さなサソリの群れだった。
「な、何あれ?」
わらわらとサソリの体内からあふれ出てくる黒い物体。
「これって……」皆が絶句した。巨大サソリはその体内に自分の分身ともいえる、小さなサソリを保有していたのだった。
3、40センチほどの小さなサソリがラブたちを囲むように水平に分散していく。
砂漠に赤い目が不気味に光る。
ラブたちは、膝をつくウェスターをかばう様に囲んで三方に構える。
周囲との距離を測りながら、パインが口を開いた。
「みんな、用心して、あいつらは生物じゃない。きっと、プリキュアの技は全て効かない。プリキュアの技って、魂を浄化するための技でしょ?あれには浄化する魂がないわ」
パインの言葉を聞いたウェスターが同調するように苦しげに息をはいた。
「そうだ。あいつらは機械だ。さっき、やつの目玉を踵で潰したときわかった。生物の感触じゃない。擬似生命体であるナケワメーケやソレワターセとも違う。あれは、完全な機械だ」
「さっき、ラブサンシャインフレッシュが効かなかったのはそういう理由だったわけね」ピーチは、ウェスターが先刻、自分の腕と引き換えにしたサソリの肩口を見つめる。時折、黒い油を吐くその傷口から、生物的な色のアクチュエータに混ざって鈍く輝く黒鉄色のシリンダーのようなものがちらほらしていた。
ウェスターが踵で潰したサソリの右の眼がバチッとスパークを起した。
美希は、何かに耐えるように口をつぐんでいた。
…ベリー?ラブが心配げに声をかける。先ほどの美希の訴えが気になった。
――どうしてあなたは無茶ばかりするのよ。
ラブには、ウェスターの心中が少し理解できた。自分の身を呈してでも、せつなを助けたいという想いは、少なからずラブにもあったからだ。プリキュアに転生した後も、しつこくせつなをイースと呼び続け、ラビリンスに連れ戻そうとしていたウェスターなら、きっとそう考えているだろう。ラビリンス時代から、ウェスターはどこか非情になりきれない性格だったことは、ラブ自身もよく知っている。だが、眼前の美希が泣いている理由も理解できる。かける言葉も見つからず、ただ、心配するしか出来ない自分に苛立っていた。
そんなラブの心中を察したのか、気丈な美希の声がラブに届く。
「大丈夫よ。今はあいつを何とかするのが先決」
ベリーは両目の涙をぬぐい、前方で不気味にうごめくサソリの群れをにらみつける。
「あのでかいのは俺が何とかする。お前らは小さいのを何とかしろ」
ウェスターは辛そうに息をすると、肩口に力を込めた。少しずつ、肩に開いた大穴が閉じていく。
「ぐっ」ウェスターは苦しそうに呻くも、必死に力を込める。やがて肩口の傷は完全に閉じ、折れた右腕も元通りまっすぐになっていた。
ウェスターは額の脂汗をぬぐうと、足元に何かを吐き捨てる。半固形になった赤黒い固まり。
ウェスターの体内に溜まっていた、凝固しかけた血液だった。
「あなたは休んでいて。ここは私たちが何とかする」強い口調でベリーが背後のウェスターに言う。
「何を言ってるんだ?今、役割分担しただろ。俺がデカいのを……」
「いいから! 少しくらい言うこと聞いてよ!」叫ぶベリーの声にウェスターが黙った。
美希が泣いていた。
「少しくらい、自分を大事にしてよ」
ウェスターは、ただ、キュアベリーの顔を呆然と見ていた。
「せつなを助け出したって、あなたが死んでしまったら、誰も笑えないじゃない。せつながそれで喜ぶと思うの? かつてのあなたの役割はそうだったかもしれないけど、もうメビウスはいないのよ。いつまで過去に囚われてるつもりよ。あたしたち家族になったんでしょ?」
美希は硬くこぶしを握りしめ、、絞り出すような声で言った。
「あたしはみんなで笑いあいたいの。完璧なハッピーエンドがいいのよ。家族の言うことくらい聞きなさいよ!」
「ミキたん……」
「美希ちゃん……」
ピーチもパインもそれ以上の言葉が出なかった。全員の脳裏に自分の親達の顔が思い浮かんだ。
――わかった。沈黙の後、静かにウェスターが言った。
「お前らに任せる」
そういった後、ウェスターは崩れるようにしりもちをついた。過度の身体蘇生の為に、細胞分裂の速度を異常に早めたため、ウェスターの全身は悲鳴を上げ、すでにその肉体にエネルギーはどこにもなかった。
「あとは頼む」大きくため息をつくように言うウェスター。「わかった」とベリーがこたえる。
そうは言ったものの、これだけの数……足場の悪いこの場所じゃ分が悪いわね。
ベリーが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「何かいい方法は、」パインが周囲を見回す。
プリキュア達とウェスターのやり取りの間も、じわじわと距離を詰めていたサソリの、いやサソリ型の戦闘機械の群れは左右にランダムに動き回りながら、ピーチたちとの距離を一気に詰めてきた。
そのうちの数匹が一番距離の近いピーチに襲い掛かる。
「えいっ!」
ピーチはピーチロッドを渾身の力で叩きつける。袈裟斬りに一閃されるピーチロッドは、飛び掛ってきたサソリを真っ二つに破壊した。
「ピーチ、今の要領で飛んでくるサソリたちを破壊できる?」パインが発現した自分のキュアスティック、パインフルートを握り締めながら聞いた。
「うん、何とか。あの大きいのと違って、こいつらは意外とモロい」
「じゃお願いね」
言うが早いか、パインは、パインフルートを自分の腕ごと地中に突き立てた。
「プリキュア! ヒーリングプレアー、フレッシュ!」
キュアパインを中心に、砂中の酸素が膨張し、やがて、プリキュア達の周囲が砂を巻き上げるように破裂した。
その衝撃の余波でサソリたちが宙に巻き上げられる。かつて、タルトがナケワメーケごとヒーリングプレアーを食らったとき、祈里の父である正が酸素過多による手足の痙攣とめまいの両方を指摘していたのを祈里は思い出したのだった。ヒーリングプレアーは癒しのエネルギー。負の力のしもべに、光と癒しと生命の息吹、すなわち生命の源である酸素を与える。
巻き上げられたサソリの群れをピーチとパインが迅速に潰していく。砂の上では死角のないサソリも、空中に巻き上げられてはひとたまりもなかった。
巻き上げられたサソリの中をベリーが疾走する。右手にはベリーソードが握り締められていた。舞い散るサソリをベリーソードでなぎ払いながら巨大な親玉サソリに突っ込んでいく。
「プリキュア! エスポワールシャワー、フレッシュ!」
青く輝くスペード形の光が激しく輝いた。
サソリは強烈な高度の光に視界を奪われる。認識カメラのレンズが軽い焼きつき現象を起し、サソリの制御コンピュータはカメラのレンズに焼きついたキュアベリーのシルエットを照準に定める。
ベリーはそのままベリーソードを地面に突き立て、サソリの脇を前転しながらすり抜ける。
サソリはその光に視界を奪われたまま、脇を抜けたベリーに気付かず、地面に刺さったベリーソードを吹き飛ばし、レンズに焼きついたキュアベリーの姿を追う。
ベリーはある一点に向かって疾走する。
砂漠に突き立つ禍々しいモニュメント。ウェスターの右腕の骨と引き換えに折れたサソリの巨大な鋏。
「えやぁああ!」ベリーはそれを渾身の力で引き抜く。
巨大な鋏を抱えたまま、ベリーは反転し、サソリの後部に突進する。
レンズが焼きつき現象からようやく復帰し、視界から消えたキュアベリーの姿を再び追うため、サソリは振り向いた。
振り向いた眼前に、かつて己についていた巨大な鋏を認識する。
それが、巨大なサソリ型戦闘機械が自分の視覚で認識した最後のビジョンになった。
ベリーは渾身の力で、残り一つの眼に鋏を突き立てる。
深々と突き刺さった巨大な鋏は、サソリの赤い眼を模した認識カメラを破壊し、神経のように張り巡らされた配線を回路ごと破壊する。
サソリが破壊された目から火を噴き、沈黙した。
指揮する母体を失った小型のサソリ型ロボットは地面に落ちたまま動かなくなった。
ベリーがその場にへたり込む。慌てて駆けつけるピーチとパイン。
ブッ。
何かが切り替わったような音がした。
サソリの補助コンピューターが起動した音だった。
補助コンピューターは破損したカメラによる認識機構を切り、3次元レーダーによる探知に切り替える。
眼前にいる生命体を1つ、背後から接近する2つの生命体を認識する。
補助コンピューターはこれまでの経緯から、眼前の生命体を火急の脅威と認識する。
巨大な毒針をつけた尾が動いた。
ベリー!
ラブたちが叫んだ。
飛び散る鮮血が、砂を真っ赤に染めた。