あれ、フレッシュプリキュアってこんな話だったっけ?
って突っ込みはなしでお願いします。
これ、二次創作です(笑)
当時の記憶で申し訳ないですが、これ、フレプリを限りなく日朝ヒーローっぽくやろうとした結果です。
爆発と流血はやや多めです。
つたない文章で、伝わりづらいかも知れませんが。
11
キュアベリーは砂に映る自分の影越しに、背後から迫る何かを見た。
反射的にそれを手で払いのける。
しかし、猛禽類のカギ爪のような形状の尾は払いのけたベリーの前腕を容易く引き裂いた。
ベリーの真っ白な皮膚が破れ、血があふれる。その血は腕を伝い、砂にボトボト落ちていく。
ベリーは立ち上がって反撃しようとするも、その身体に全く力が入らない。
全身から力が抜けていくのがわかった。
「あ、あれ?」かすむ視界に違和感を覚えながら、ベリーは首を振る。
……毒?
ベリーはひざをついた状態のまま、うつぶせに倒れた。
「ベリー!」
ラブたちの叫び声がベリーの耳に届く。
だが、急速に意識が遠のいて行くベリーには何もできない。
ラブ? ブッキー?
砂の上で動かなくなったベリーの背中を目がけて、とどめを刺すべく、毒針の一撃が飛ぶ。
その毒針がベリーの背中の真上で止まった。
毒針の先端から神経毒がたれ、キュアベリーの背中に黄色いシミを作った。
何が起こったのか把握できないまま、ピーチは動きの止まったサソリの尾の下を潜り抜け、スライディングしながら、ベリーを抱きかかえると、そのまま走り抜ける。
数十メートルほど離れたところでベリーの身体を砂の上に寝かせると、顔を覗き込んで、必死に叫んだ。
「ベリー!お願い、しっかりして!」
ラブ? ベリーは遠のく意識の中でキュアピーチのシルエットを認識する。
そのシルエットに重なるもう一つのシルエット。
……誰?
そのシルエットが誰なのか確認できないまま、キュアベリー、美希の意識は完全に闇に飲まれた。
「動かすな。頭の下にそっと手を入れて、少し浮かすんだ。気道を確保して呼吸の妨げにならないように」
ラブの背後から声が聞こえる。聞き知った声にピーチは振り向く。
涙で滲んだ視界に入ってきたのは、久しぶりに見る姿だった。
ふじ色の長髪、うぐいす色の服、東欧の少年聖歌隊を連想させる色白でフェミニンな美貌。
「サウラー」
「すまない。遅くなってしまった」サウラーが申し訳なさそうに頭を下げた。それが、ピーチに宛てたものか、横たわる美希に宛てた言葉なのか判断する間もないまま、サウラーはサソリへと向かって走り出す。
「サウラー……いつここへ?」驚くパイン。
「話は後だ。少し離れていてくれ」祈里の言葉を遮るように、サウラーはサソリの眼前に立つ。
明らかに怒りがこもった瞳でサソリをにらみ付ける。
「いま、おまえのコンピュータは、何が起こったか認識できないでいるだろう。残念ながら、おまえの認識機構も制御機構も全て僕が握っている。全てハッキングさせてもらったよ。その目的もね」
サウラーの脇にはノートPCの形状に似た機械が抱えられている。サウラーはそれを開くと、キーの一つに指をあてがった。
「とりあえず、これでおまえは完全に終わりだ。救われる魂もなく、輪廻転生もなく、そのまま無意味な金属のオブジェに帰るといい」
怒りを抑えるようにわざと抑揚のない声で吐き捨てると、そのキーを押した。
サソリの制御系統に送られた一つのコマンド。
「過負荷による、全ての装置の自己破壊」
指令を受け取ったコンピュータは迅速にそれを実行する。
油圧アクチュエーターに許容量を超える油量が送り込まれ、異常な加圧でパッキンが破裂し、ポンプのシャフトが油圧でへし曲がり、オイルが噴きだす。
全回路に過剰な電圧がかけられ、トランスは電圧を制御できず、過電圧による高熱で回路が発熱し、やがて火を噴いた。
全てのCPUは処理能力を超える無意味な情報を送り込まれてハードが焼ききれた。
そして、全ての装置を自ら破壊した巨大なサソリ型機械は、全身からオイルと煙を噴き、完全に機能停止した。
沈黙し、静物へと化した金属の塊を蔑むように一瞥すると、サウラーは、美希の下へ駆け寄った。
瞳孔を覗き込み、胸に耳をあてがい、首の頚動脈に触れて脈拍をはかる。
今にも泣き出しそうなピーチに振り向くと、軽く頷き、「大丈夫」と励ます。
「恐らく、プリキュアの光のエネルギーが毒素の拡散を食い止めている。しかし、このまま放置するのは危険だ。今、彼女の体内に入っているのは、恐らく神経性の猛毒。普通なら即死だ。僕は彼女の治療のため大至急地球に戻らなければならなくなった。イースの救出は君たちだけでできるか?」
「はやく美希を助けて。せつなはあたしたちが何とかする。一刻も早く。お願い」
「美希ちゃんを助けてあげて」
ピーチとパインの必死の形相に、短く、そして、力強く頷くと、サウラーは少し険のある視線をウェスターに飛ばした。
「ウェスター、君はもう少し考えて行動するべきだ。その無様な姿はなんだい?あまつさえ、本来なら今回の件に関係のないキュアベリーをこんな目にあわせるとはね。少し、見損なったよ」
「待って、サウラー。違うの。あたしが先走って、」
サウラーは、ウェスターをかばうピーチを手で制し、射るような視線でウェスターを見る。
「桃園家で何か言われて、少し舞い上がっていたんだろう。僕は全てわかっている。今朝、光子ラインで君とコンタクトを取ったときに、君の精神状態が伝わってきたからね。大方、結果を急ぎすぎて無茶なことをしたんだろう。で、結果として、キュアベリーをこのような目にあわせた」
「ちょっと待って。サウラー。ウェスターは必死に……」
ウェスターをかばうようにサウラーの前に立つパインの肩にのる大きな手。
苦悶の表情で立ち上がったウェスターがパインの肩越しにサウラーを見つめていた。
「ウェスター、大丈夫なの? 立てるの?」
パインとピーチの心配げな視線に「大丈夫だ」と一言で応えると、「すまん」と頭を下げるウェスター。
「とにかく、これ以上、プリキュアたちを巻き込むわけにはいかない。早くイースを救出して、戻ってくるんだ。僕たちはこんなところで足止めを食らっているわけにはいかない」
「何かわかったの」とサウラーに迫るラブ。
サウラーは、一瞬、困惑した表情を浮かべるも、すぐに平静を取り戻した表情に戻る。
「話は後だよ。とにかく、今はキュアベリーが危ない。僕は治療の為、もう戻る。それと、イースは北東にいる」
「わかった」と頷くウェスター。
サウラーは美希を抱きかかえると、ウェスターに振り向いた。
「焦っちゃいけないよ、ウェスター。イースも言っていたが、焦りと慣れは危険なんだ。今回の件でそのことがわかっただろう」
そう言うと、サウラーはそのまま来た方向へと走っていった。
「美希、大丈夫かな」走り去るサウラーを目で追いながら、不安げな表情のピーチがつぶやくように言った。
「大丈夫だ。サウラーなら何とかする。あいつは『分析』に特化したラビリンス人だ。奴が大丈夫といっているんだから、キュアベリーは助かるだろう」
俺は……
ウェスターは口から弱音がこぼれそうになるのを我慢する。反省や後悔を口にすれば、ラブたちは励ましてくれるだろう。いくばくか気もはれるだろう。だが、それは自分自身に対する言い訳。サウラーが指摘したように、自らの焦りが、早期決着へと自分自身を逸らせ、結果としてキュアベリーが倒れた。自分自身を家族といってくれた彼女を生命の危険に晒した。そんな自分自身が、他人から慰めや励ましの言葉をかけてもらう権利はない、と、言葉を呑む。
「どうしたの、ウェスター?」ピーチがウェスターの顔を覗き込む。
「いや、なんでもない」ウェスターは硬い表情のままそっけなくピーチに返事する。
「先を急ぐぞ。イースはもう目の前だ」
雑念を振り払うように、ウェスターは北東へと向かう。ピーチもパインも何も言わず、ただ後を追った。
遠目から見ると平坦に見えた砂漠だったが、実際は小さな丘陵の連続であり、容赦なく3人を包む暑さと湿度、ねっとりと水分を吸った砂に足を捕られて、3人に蓄積した疲労は相当なものだった。
先ほどの、巨大なサソリ型戦闘機械との戦闘から数十分も経過していない。とりわけ、重傷を負ったウェスターの疲労は、ピーチたちには測りしれないものがあった。
「ねぇ、ウェスター。本当に大丈夫なの?」
「私たちがせつなちゃんを助けるから、あなたは休んでいた方がいいよ」
心配げに顔を覗き込むピーチとパインのねぎらいを「大丈夫だ」の一言で返し、疲労の限界に達した肉体をただ精神力のみで動かして砂の上を歩くウェスター。
ウェスターの鬼気迫る後姿を見ると、ピーチもパインもそれ以上何もいえなくなるのだった。
そのウェスターが口を開いた。
「さっきからサウラーの言ったとおり北東に歩いているが、イースはどこで捕縛されているんだろうか」
首をかしげるウェスターに「大丈夫」と頷くピーチ。
「せつなはすぐそこにいる。あたしにはわかる」
力強く頷いたピーチを見て、この世界に入ってからずっと抱いていた疑問をパインは口にした。
「ねぇ、ラブちゃん。どうしてそんなことがわかるの。さっきもそう言ってたわよね」
祈里の不思議そうな顔を見て、ラブ自身もそのことに気づいたような表情をしたが、それは、すぐに自信を湛えた表情へと変わった。
「なぜだかわからないけど、せつながどこにいるかわかるの。もう、目の前だよ」
前方を見つめるピーチ。だが、そこには延々と砂の世界が広がるだけ。
「どこだ?」少し苛立ちを込めた声で聞くウェスター。
「ここ」
ピーチは自らの指でさし示した位置に歩いていく。見えない扉に入ったかのように、ピーチの姿がパインとウェスターの視界から突然消えた。
「おい!キュアピーチ、どこだ?」
「ピーチ!」
二人の眼前からピーチの声が聞こえた。
「大丈夫だよ、そのまま歩いてきて」
いぶかしげに首を傾げるも、ピーチの指示通り、声の聞こえた位置に向かって歩を進めるウェスターとパイン。何かに吸い込まれるように足元の感触が変わり、砂と灰色の雲の世界は、突然、白い世界へと変わった。
「ここは…」何が起こったのかわからず驚くパイン。
「うん、あたしもびっくりした」祈里に向かって頷くピーチ。
周囲を見渡しながら、自分が侵入してきたらしき空間へと目をやるウェスター。
「おそらく、この世界はひどく時空軸のゆがんだ世界なのだろう。どんな世界にでもある種の秩序というものがある。例えば、空気中の酸素濃度が1パーセントでも狂えば、地球の森林の大半は山火事で焼けてしまう。そうならないのは、地球がそのわずかな誤差を調整しているからだ。それを維持するバランス、それが秩序だ。しかし、地軸が歪み、生命が滅び、生態系と進化の輪が修復不可能なほどに壊れ、全ての秩序が破壊されてしまった世界は、やがて、正常な空間すら維持できなくなる。俺たちは、どうやらそういう世界にいるらしい。一つの空間に様々な時空軸が混在して重なり合っているんだ。同じ空間に違う軸の世界があると思って良い。座標も、地図も、コンパスも通用しない。さっき、キュアピーチがイースの存在を感じた穴があっただろう」
「サソリが出て来たけどね」表情が硬くなるラブ。何故、あそこからせつなのにおいを感じたのか、ラブにはわからなかった。
「恐らく、あの穴と、この空間は繋がっていたんだ。だが、時空軸の安定しないこの世界ではその位置も常に変わる。空間を支える礎がないからな。キュアピーチが間違えたのも、サウラーがイースを発見できなかったのも、この世界の特殊性が起因だ」
「よく知ってるんだね」驚きの表情を隠さずに言うピーチ。隣でパインも感心したような表情を浮かべていた。
「メビウスが全ての平行世界を統治するという野望を抱いたとき、俺たち幹部はカリキュラムとして、平行世界の基礎的な知識は脳に焼き付けられた。俺の首の後ろの端子があるだろう」
そう言いながら、ウェスターは自分の首後ろを指差す。交易所でサウラーとの通信時に何度か見た端子。メビウス体制時のラビリンスの非人道性を見せられているようでラブは顔をしかめた。
「ここから直接データを脳に焼き付けられる。俺はサウラーやイースのように頭がよくない。だが、基礎的な情報は知っていなければ作戦の成否に大きく関わる。だから、最低、必要な情報は俺みたいなバカでも忘れないように、直接脳に焼き付けられるのさ」
ウェスターはそう言うと、少し自嘲的に鼻にかけて笑った。
「さて、と」
ウェスターは何もなかったかのように周囲を見渡す。3人がいるのは白くぼんやりと輝く半透明の岩でできた鍾乳洞のような場所だった。少し奥に、氷柱の入り組んだ場所があり、そこに巨大な白い繭のようなものが絡み付いていた。
「たぶん、あれがせつな…」
ピーチは白い繭のほうを目配せする。
「えっ…」、「…あれが?」
動揺を隠せないパインとウェスター。白い繭のようなものは、粘着質の糸のようなものでできた塊に見えた。ラブの言うことが正しいとすると、その中に入っているはずのせつなはどういう状態なのか。二人の脳内をグロテスクで絶望的なイメージが駆け巡る。
「大丈夫。せつなはきっと無事」
どこからか沸いてくる確信はあるものの、駆け出して、今すぐにでも繭の中のせつなを引っ張り出したくなる衝動に駆られそうになるピーチ。しかし、先ほどのサソリのような存在がいないとも限らない。深呼吸し、パインとウェスターの顔を交互に見る。
二人はラブの瞳を見つめると、強くうなずいた。
「じゃ、あたしが行く。パインとウェスターはここで待機して」
二人が無言でうなずいたのを合図に、ピーチは氷柱に絡みつく繭へと歩いていく。
待ってて、せつな。今、助け出してあげるよ。
ピーチは念じるように、その白い繭に語りかけた。
繭は、細くきらきらと光る半透明の絹糸のようなもので出来ているように見えた。中学生のころ、ラブが社会科の教科書で読んだ、丹後の養蚕工場で扱っている蚕の繭とほとんど同じに見えた。桑の木を食べてその繊維を出して…。
木と言えば、ソレワターセも木の実だったと、以前せつなに聞かされた…そんなことをぼんやりと考えながら、繭の手前まで来たときだった。
―駄目よ、ラブ!ここから離れて!
ピーチの脳内に直接声が聞こえた。
「せつな?」
ピーチがその声に思わず呼応したそのとき、繭が突然糸を出した。その糸はピーチの身体を絡め捕り、そのまま取り込むように自らにピーチを巻きつけた。
一言、うわっと吃驚の声を上げ、あっという間に繭と同化するピーチ。
「ピーチッ!」
慌てて近づこうとするパインとウェスター。だが、繭から発した糸は周囲を囲むように生える氷柱に絡みつく。
ミシッときしむような音が聞こえると、周囲の氷柱は根元からへし折れ、そのまま、繭の糸に巻き取られ、まるで、栗の毬のように繭を包んだ。
キュアピーチ…。あまりに突然のことに呆然とするパインとウェスター。
びっしりと氷柱を生やした毬栗のような形状へと姿を変えたラブとせつなを前に、二人はただ、呆然と立ち尽くしていた。
――ラブ、大丈夫?大丈夫なら返事して。
ラブの耳に入ってきたのは聞きなれた声。懐かしい彼女の姉妹。
…せつな?
――そう、せつなよ。とりあえず無事だったのね。よかった。ラブ、聞いて。私たちは今、繭の中に取り込まれている。私、この状態だと話が出来ない。でも、なぜかわからないけど、ラブには私の意識が届いているみたい。
「やっぱり、あの繭はせつなだったんだね」と、微笑むラブ。
――そうよ。来ちゃだめって言ったのに。
「ごめん。あまりに突然のことだったから、逃げる間もなかった」苦笑いを浮かべるラブ。
――でも、嬉しい。助けに来てくれたのね。
「うん。でも、あたしも罠にはまっちゃったみたい。ごめんね」
ラブは、自分の全身が麻酔でも打たれたように痺れていることに改めて気づく。
――いいのよ。でも、ラブだけは何としてでもここから出してあげたい。
「なに言ってるの。出るときはせつなも一緒。あたしは、せつなを助けるためだけに来たんだから。あたしだけじゃない。ウェスターもブッキーも一緒だよ。ミキたんも一緒だったんだけど、今はちょっといないの」
――美希に何かあったの?語気を強めるせつなの声。
「今は言えない。でも、きっと大丈夫」明るく、ラブがそうこたえた。
――私のために、みんなが…。
「そうだよ。だって、あたしたちはせつながいないと何もはじまらないんだもん」
しばらくの沈黙の後、懐かしむようにせつなの声がラブの脳に語りかけた。
――以前、美希と怖いものについて話をしたことがあるの。あの時、美希はタコのナケワメーケを見て、心底怖がっていた。
「ミキたん、タコがだいっ嫌いだからね」ラブは小さく笑う。
「で、せつなの一番怖いものって?」
――みんながいなくなること。私、みんなが大好きよ。だから、私のために、危険なことはして欲しくないの。でも、助けに来てくれたことは本当に嬉しい。もう、それだけで十分。
「まだだよ」強い口調でラブが言った。
――え?
「だって、まだ、全員で再会していないし、ラビリンスもまだ再興していないんでしょ?せつなはまだ全部途中なの。あたしもそうだけど。それに、せつなという子は途中で何かを投げ出したりしない。だから、何も十分じゃない」
――ラブ……。
「それに、サウラーもシフォンも待ってるよ。シフォンといえば、成長したシフォンをせつなはまだ見ていないよね。メチャクチャびっくりするよ。ここでは言わないけど」
ラブは、励ますように、確信するように、自分自身に訴えるように、言った。
「だから、それは、せつなの目で直接確かめて」
――…。
「ここから出るよ、せつな。今、プリキュアに変身できる?」
――わからない。手足の感覚がないの。今、自分がどうなってるかわからないの。
「いいよ。だったらあたしがこの繭を引き裂いてでもせつなを引っ張り出す」
ラブは全身に力を込める。麻痺しかけていた手足の感覚が戻ってくる。
「うあぁぁぁぁぁ!」
ラブの裂帛の気合声とともに、その全身を拘束していた糸がブチブチと音を立てて切れだした。
「絶対に!せつなと一緒に!」
ラブは歯を食いしばり、必死で手を動かし、繭の奥へと指を伸ばす。
「幸せゲットするんだから!」
この一年間で、せつなが一番聞きたかった言葉。
ドーナツがおいしく揚がらなかったときも、先の見えないラビリンスの復興に頭を抱えたときも、時空変動に巻き込まれて、知らぬうちに捕縛されていたことに気づいたときも、何かをあきらめかけたときに必ずせつなの脳裏に響いた言葉。
――しあわせ、ゲットだよ。
せつなの目から涙がこぼれた。
ラブに目の前でその言葉を言って欲しい。せつなのそんなささやかな欲望が、麻痺していた感覚器官をよみがえらせる。眠っていたせつなの全身が少しずつ目を覚ます。
必死に繭の中でもがくラブ。その手は奥へ奥へと差し込まれる。その間も繭はブチブチ音を立てて切れている。
やがて、海栗のようにびっしりと繭を覆っていた氷柱が、その土台である繭を少しずつ破壊されて形状を維持できなくなってきていた。
パインとウェスターの眼前で氷柱が一本一本、音を立てて崩れていく。崩れた所から繭の白く光る糸がほつれていっているのがわかる。
「ピーチが中でもがいているんだわ」
それを見ていたウェスターが繭に走りよる。
「だめよ、ウェスター!無理しないって言ったじゃない!」
抑制するような祈里の声。
「大丈夫だ。無理はしない。こっちからもこの氷柱をはがすんだ。手伝ってくれ、キュアパイン。俺はまだ完全に動けない」
落ち着いた表情のウェスターが祈里を見つめた。
その顔を見て、安心したように祈里が頷く。
「わかったわ」
二人は、ほつれかけた部分から氷柱を解体しだした。
ラブは更に奥に手を伸ばす。せつなも必死で手を伸ばしていた。ほとんど力の入らない腕に必死で力をこめて、ワイヤーのようにびっしりと束ねられた銀糸と銀糸の間に、自分の指を滑り込ませる。
そのせつなの指がラブの手に触れた。必死でその指をまさぐるように手首を掴むラブ。
「ラブ!」
「せつな!」
ラブとせつなはお互いを確かめるように名前を呼び合う。
ラブは懇親の力でせつなを手繰り寄せる。空いている左手で、掻きだすように細い糸をひきちぎり、せつなと自分の間にある糸の壁を破ろうとする。
その間にも、祈里とウェスターは外側から、繭の解体作業を行っていた。繭をびっしりと覆う氷柱をどけ、複雑に絡み合い、壁を形成している白い糸を引き千切る。
せつなの手をひと時も放さず、強く握り締めたまま、左手で糸を引きちぎるラブ。
やがて、せつなの身体らしきものに左手があたった。ラブはその身体を力いっぱい抱き寄せる。
ラブはせつなと自分の間に空いた空間に両足を潜り込ませ、せつなを抱き締めたまま、せつなの背中側の壁に足をつき、思い切り踏ん張る。
やがて、祈里とウェスターのいる側、ラブの背中側の銀糸の壁が大きく音を立てて千切れだす。
「ここだ。キュアピーチがいる!」
「引っ張り出しましょう!」
祈里とウェスターは千切れた糸の間から僅かに見えるラブの背中から手を入れ、その身体をせつなごと抱き締めた。
「引っ張るぞ!」
ウェスターの合図で、祈里とウェスターは渾身の力をこめてその身体を引っ張る。
太いワイヤーが切れたような大きな音がし、白い糸の壁ごと、ラブとせつなの身体が繭の中から飛び出す。
勢いあまって、地面を転がるラブとせつな。ラブはせつなの頭に自分の腕をあてがい、その衝撃から彼女の身体を守る。
「せつな、大丈夫?」
慌てて、せつなの顔を覗き込むラブ。そのラブの顔が驚愕の表情に固まる。
「せ、せつな…」そのまま絶句するラブ。
駆けつける祈里とウェスター。
「ピーチ!せつなちゃん!」、「大丈夫か!イースも無事か?」
二人もまた、せつなの姿を見て絶句する。彼らの想像を超えたその光景に思考の停止する脳。
「あ、あぁ…」
祈里が声にもならない声を出し、脱力したように膝をつく。
やがて、せつなが起き上がり、ラブと祈里、ウェスターの顔を交互に見つめ、喜びに顔をほころばせた。
だが、3人の表情を見て、顔色が変わる。
視線の注がれる自らの身体の異変にすぐに気付き、咄嗟に自分の手のひらを見つめた。
せつなの視界に入る見慣れたはずの両手。
その片方、右の手のひらから足元の水晶のような岩が透けて見えた。
せつなは慌てて自分の身体を見回す。
身体の右側はところどころ半透明になり、周囲の岩場から発する白色のぼんやりとした光を透過させていた。
せつなは、虫食い葉のような自分の身体を震えながら抱き締めた。
「いやぁあああ!」
空気を引き裂くようなせつなの叫びは、鍾乳洞のようなその空間で反響し、いつまでもこだましていた。
12
「いやぁああああああ!」
私の手が。私の身体が。
半狂乱のせつなを前に何も言えず呆然と立ち尽くす祈里とウェスター。
せつなは虫食い葉のようになった自分の身体を抱きしめたままうずくまり、ガタガタと震えだした。
「せつな……」
その身体に触れようとしたラブの手をせつなの透き通る手が払い落とした。
「触らないで!」
どうしたらいいのかわからず、ラブはただ困惑と悲しみを湛えた瞳でせつなを見つめる。
「なによこれ。私の身体、どうなってるのよ」
涙でかすれ、搾り出すようなせつなの声。
ラブは再び、せつなに近づく。その瞳に決意の色を滲ませて。
だが、せつなの肩に手をかけようとするも、その手は再び払いのけられる。
「触らないでって言ったでしょ」噛み付くようなせつなの声。
ラブは、一瞬躊躇するも、払いのけたせつなの手を掴んだ。
思わず、左手でラブの頬を思い切り叩くせつな。
ラブはそれにもかまわず、せつなの身体を抱きしめた。
「離してよ!」涙声でわめくせつなの耳元で聞こえる、癒すような、あやすような声。
「大丈夫だよ、せつな。あたし言ったでしょ、せつなと一緒に幸せゲットするって。せつなの身体に今何が起こっているのかあたしにはわからない。でも、せつなと一緒に笑いあうのが、今のあたしの目的。あたしがここに来た理由」
ラブはせつなの身体をきつく抱きしめる。
「必ず、何とかするから。悲しまないで。あたしを信じて、せつな」
呼応するように、せつなの両腕がラブの背中に回り、その身体をきつく抱きしめた。
「ラブ……」
せつなは、ラブに強く抱きしめられ、その声を聞いていると、急激に落ち着いていく自分を感じる。満たされるような、安心するような感覚。先ほどまで、荒れ狂い、千切れ飛びそうだった自分自身の心が嘘みたいにも感じた。
「なぜかしら。ラブと一緒にいると、すごく安心する」
目をつむり、ラブの肩に自分の頬を預けるせつな。
「ラブ、叩いたりしてごめんなさい」
ラブはせつなの髪を手櫛でときながら、優しく微笑み、首をふった。
「いいの。とにかく、一旦帰ろう。サウラーとも合流しないと。サウラーなら、せつなの身体を元に戻す方法を知ってるかもしれないし、仮に知っていなくても、あたしが必ずせつなの身体を元に戻すから」
せつなは、赤く腫れたラブの頬に、気遣うように自分の頬をあてがい、小さく頷いた。
「わかった。ラブ、どうもありがと……う」
極度の疲労と緊張から開放されたせつなはラブの胸の中でそのまま意識を失った。
白い簡易ベッドの上で青い髪の少女が眠っていた。
そのそばで、樹脂のような素材で出来た椅子に座り、膝に肘をつき、顎をその手に乗せ、険しい表情を浮かべる白面の美青年。
分析に特化したラビリンスの元幹部は薄い藤色の髪をかきあげながらため息をついた。
ラブたちと別れてからすぐに地球の四ツ葉町にある交易所に戻ったサウラーは、シフォンの力を借りて再びラビリンスへと戻った。適切な治療設備が地球側にはない為である。
美希の処置は無事に終了し、体内にあった毒を全て無効化することに成功した。各種栄養剤や血清の点滴を入れたカテーテルがつながった、美希の白くて細い腕を見ながら、誰にいうともなく、サウラーは口を開いた。
「ねぇ、聞こえているかな」
眠る美希とサウラー以外誰もいない空間は、どこか空寒い沈黙でそれに応えた。
「僕は、彼らにどう言えば良いんだろうか。あのサソリからハッキングした情報……。全てを彼らに伝えるべきだろうか。どうすれば良いのか僕にはわからない」
そのままうなだれるサウラー。
しばらくして、無線回線にアクセスがあったことを示す、パネル上の赤いランプが点滅する。ウェスターらの留守中、シフォンの力を借りて一旦地球に移動したサウラーが直したのだった。サウラーは、操作パネルのスイッチを押して、回線を開く。
「サウラー、聞こえるか?」
聞きなれた声。ウェスターだった。
「聞こえているよ。イースの救出は無事に終わったようだね」
押し殺すように平静を保つ。
「あぁ。だが、問題がないわけじゃない」
苦汁を飲むようなウェスターの声。その後に続く苦い沈黙。サウラーはどこか達観したような口調をあえて崩さず言った。
「イースの身体のことだね。大体のことはわかっているよ」
「サソリから情報をハッキングしたと言っていたな」
サウラーはそれには応えず、で、イースはどうしているんだ?と話題を切り替える。
「イースは疲労で眠っている。キュアピーチがイースを落ち着かせてくれたおかげでここまで無事につれてこれた」
「そうか……今、シフォンはそこにいるかい」
無愛想なサウラーの応答に、ウェスターもラブも祈里も怒りを逆撫でされはしたが、疲労も手伝って、何とか平静さを保った。そして、シフォンを呼ぶ。
ウェスターに呼ばれたシフォンが無線機のマイクに顔を近づけた。
「はい」
「正直に答えてくれ。イースが囚われていたあの空間。君はどういうところか知っていたんだろう」
抵抗することを拒絶するような口調のサウラーの声。
「はい」
どこか諦めるかのような、悲しい声が応える。
「僕は、今どうしたらいいのかわからないんだ。真実を彼らに伝えるべきなのかどうか」
苦悩に満ちた声だった。冷静な仮面をかぶってはいるが、表層はボロボロとはがれてその奥のサウラーの苦悩がにじみ出ていた。何かに必死に耐えるサウラーのその声に、ラブたちの怒りは急激にさめていく。そして、胸中で急激に膨らんでいく不安と焦燥。
「ちょっと待て。一体何なんだ? 今回は謎だらけだ。俺の頭にでもわかるように説明しろ」
シフォンとその前にあるマイクを交互に見ながらパニックを隠さないウェスター。
マイクに向かっていたシフォンが、ウェスターたちの方を振り返った。
口元を震わせ、強く目をつむる。決意したかのように目を大きく見開き、落ち着いて聞いてください。と一言発すると、そのまま続けた。
「皆さんがイースさんを救出された場所。あの場所は、地球の未来の一つです。そして、ラビリンスの未来の一つでもあります」
愕然とするウェスター。苦渋に満ちた沈黙がマイクの後ろのサウラーからも伝わる。
「どういうこと、シフォン? 詳しく説明して」
ラブがシフォンに詰め寄る。
「はい。はっきり言います。ラビリンスは、地球のもう一つの可能性なのです。即ち、ラビリンスと地球は、本来同じ世界です」
「そして、さっきの場所は、時間軸の違う地球とラビリンスの末路になる可能性がある世界だ」
マイクの後ろのサウラーがしぼりだすように言った。
辛そうに顔をしかめるシフォン。それを察したように、マイクからサウラーの声が聞こえた。
「平行世界がどういうものかわかるかい?」
「違う時空にある世界ということよね」
祈里がこたえた。
「有体に言えばそういうことだ。ラビリンスと、地球は違う時空軸にある同じ世界さ。じゃあ、なぜ元は同じ世界が、違う時空軸で全く別の世界になったのか」
サウラーは言葉をいったん切り、場の空気を読むように続けた。
「世界っていうのは、最も安定する時期が何度かある。生命と環境が完全に調和する時期さ。生態系に何の乱れもなく、緩やかに安定して流れる川のように。だが、安定は常に不安定を内包しているのさ。光と影、生と死…」
「そして、しあわせとふしあわせだね」上目遣いでマイクの方を見るラブ。
「そうだ。そして、最も安定した調和は、同時に最も危険な時期でもある。その調和の終焉が起こる時期でもあるというわけさ。最も有名なその時期を言うなら、例えば、6500万年前に地球を襲った現象だよ。K-T境界とも言うけど」
「中生代。恐竜の時代の終焉ね」祈里が呟く。
「そう。メキシコに落ちた、たった一個の隕石のおかげで、地球の生態系は全く変わってしまった。それは、栄華を極めた恐竜の時代の最盛期に起こったんだよ。誰も知るまいさ、地球の環境を激変させたたった一個の隕石、それが、大気圏を越えて宇宙にまで飛んだ、地球の火山の噴火片のなれの果てだとはね」
「白亜紀は火山活動が活発だった。二酸化炭素を大量に含んだ火山ガスが温暖な気候を形成していた。その結果、生物は巨大化、植物は多様化した。昔読んだ本に書いてあったわ」
祈里が思い出したように言った。
「そう。さすがは優等生だね。そして、生物層が増えて、生命活動が活発化する時期というのは、些細なきっかけが世界を全く違うものに変えてしまう時期なんだよ。その時期には必ず違う時空軸が発生する。それを境界分岐軸という。そして、6500万年前に、噴火片が大気圏を越えていなかったら、隕石が落ちていなかった。皮肉なものさ、火山のおかげで生命が発達したのに、火山のおかげでその生命の世界は一旦幕を閉じたんだ。運命を握る噴火片から未来は分岐する。それが境界分岐軸さ。そして、隕石が落ちなかったもう一つの未来も、違う時空軸で同時に存在する。それを平行世界というのさ。ラビリンスは、恐らく人間の世界が最も安定した地球のもう一つの可能性。何かの些細なきっかけで分岐した君たちの世界さ」
ウェスターも、ラブも、祈里も黙っていた。静寂の中、風鈴の音が呟いた。
「そして、先ほどの世界は、地球の未来の可能性の一つです。全てが荒廃した地球の成れの果て。破滅へと向かうその選択肢が何かはわかりません。ただ、皆さんが見たあの世界は、やがて、世界という概念すらなくなって消えてしまうでしょう。地球は宇宙にとってはちっぽけなものですが、宇宙でも類を見ないほど生命にあふれた地球には、地球という生命の集合体を中心とした概念というものが存在します。地球人である皆さんは、地球を中心とした宇宙の中に存在しているのです。そして、地球が滅べば地球を中心とする宇宙も滅ぶ。つまり、皆さんの知りうる全てが滅びます。極端な話をするのなら、存在は、第三者がその存在を認識しているから存在が成り立つんです。宇宙を認識する存在がいなければ、宇宙という概念すらなくなりませんか? 認識できないものは、概念的に存在が出来ないんです」
「地球が誕生したのは、宇宙にとっては予定調和だったといえばいいのかな。地球は宇宙の部品の一つではあるけれども、宇宙もまた地球の一つの部品にしかすぎない。両者は等価値なんだよ。宇宙という巨大な概念を認識する地球が存在しなければ、宇宙も存在しない。生物は、その存在のすべてが生物ともいえる地球は、宇宙の存在を肯定し、認める目なんだ。地球が特殊な星なのは、そういう理由なんだ」
サウラーが複雑な感情の入り混じった声で補足した。
「つまり、地球が滅べば、宇宙も滅ぶというわけか」
ウェスターが反芻するように呟く。
「もっと複雑に言うと、『僕らが知っている』宇宙が滅ぶ。宇宙は一つの時空に存在しているわけじゃない。おかしいと思わないかい? 宇宙は永遠に無限大に広がり続けるんだよ。無限大、永遠、そんなエネルギーが一つの時空軸に収まるわけないだろう。宇宙自体が巨大な平行世界の集合体なのさ。だから、僕らが知っている宇宙が滅ぶだけ。でも、それは僕らが知っている世界の終焉なんだ。やがて、地球とラビリンス、二つの世界が存在する時空は完全に滅ぶ」
「じゃあ……」うつむいたまま、ラブがこぶしを握りめる。
「じゃあ、何故せつなはそんな世界に囚われていたの? 一体何の為に? どうして、せつなはあんな姿になったの?」
叫ぶように口にした言葉は涙でかすれていた。
サウラーの表情に一瞬、翳りがおちた。
「イースの肉体は、今、ラビリンス側と君達の世界の側、両方の時空軸に存在している。もともと、イースの肉体は不安定な肉体だった。キュアパッションに転生して、更に不安定になった。それは、シフォンのように全ての時空に存在するという意味じゃない」
サウラーの声に反応するように、シフォンが悲しそうに俯いた。
「イースは特別なんだ。二つの世界で産声を上げた二重存在なんだ。そして、それは、イースの肉体自体が、矛盾した存在だという事でもある。イースを誘拐した連中は、ラビリンスと地球のある意味で到達点である、あの世界で、イースの肉体を更に不安定なものにした」
「それは、何故だ? 何故そんな事を……」理解できない表情のウェスター。もはや、自分の身体のダメージの事すら忘れ去っているようだった。
サウラーが言葉を詰まらせた。
それは。
「私の身体を、触媒にするつもりなのよ。二つの時空を一つにするためにね」
ラブたちの背後から聞こえる声。
「せつな!」
「イース!」
ラブたちが振り向く。そこに、キュアパッションが立っていた。その瞳にすさまじい静謐をたたえて。
13
東せつなはキュアパッションの姿のまま、ラブたちへと近づく。ラブはかける言葉を必死で模索するが、それが具体的な言語となって表に出る事はなかった。
「せつな…」必死でしぼりだしたラブの言葉に、静謐を湛えた視線を返す。
「今は、キュアパッションよ。この姿の方が身体は安定するみたいだから、変身したままで失礼するわね」
パッションは微笑をこぼす。見たものの胸を突き刺すような、絶望と眼前の死を受け入れたかのような、そんな微笑だった。
「せつなちゃん」その微笑を見て、痛む胸を押さえたい気持ちをこらえながら、祈里が思わず声をかける。
「大丈夫よ、ブッキー。まだお礼を言ってなかったわね。助けに来てくれてどうもありがとう」
祈里に頭を下げた後、パッションは何かに気づいたようにシフォンの方を一瞥すると、そのまま彼女の方へと近づく。
「あなたはシフォンよね。ラブに聞いていた通り……正直、驚いたわ。あなたもありがとう」
さして驚いた風もなく、頭を下げるパッション。
「せつなさん」シフォンが辛い表情で名前を呼びかける。
スピーカー越しにサウラーの緊張が走る。パッションは気にするそぶりも見せず、マイクへと近づく。
「サウラーね。美希はそっちにいるの?」
「あぁ」
「私を助けに来たときに、負傷したのね……」
パッションは言葉を詰まらせた後、悲しそうにうつむき、申し訳なさそうに「大丈夫なの?」と続ける。
「何とかね。峠は越した。明日には目が覚めると思う」
「ごめん」マイクの前で強く目を瞑るパッション。
「気にするな、君のせいじゃない。それより」
気遣うように声の調子を落とすサウラーの言葉を遮って、パッションが口を開いた。
「私は大丈夫よ。身体も動くわ。プリキュアに変身していると何となく気持ちが落ち着くし、身体も安定しているの」
そう言いながらパッションは自分の右腕を電灯の下にかざす。光を透過させていた虫食い葉のようだった腕は、もとの形と色を取り戻し、白色の光を浴びた顔はつるりと光を反射し、輝いていた。
「とにかく、ありがとう。美希が目覚めたら知らせて」
「わかった」サウラーは、自分の心中で複雑に絡み合う想いをどう整理すればいいのかわからず、ただ、曖昧に返事する事しかできなかった。
パッションの姿を悲しく見守る二つの視線。ラブとウェスター。
「イース……」呟くように言うウェスター。その声に気づいたパッションがウェスターの方へ振り向く。パッションの視線を直視できず、俯くウェスター。
「ウェスター。なんだか久しぶりな感じがするわね。私、一昨日まであなたと毎日顔を合せていたのにね」
パッションはどこか寂しそうに微笑む。
俯いたまま何もいえないウェスター。血にまみれ、ボロボロになったスーツを見るパッションの視線が陰る。
「そのスーツ、どうしたの? 何かおかしい」
パッションは小さく笑う。
「おかしいか? 昨日キュアベリーに買ってもらったんだ。彼女はこれで納得していたんだが」
「似合わない事はないけど、見慣れないから」
そう言って再び笑った後、気づいたように「あなた、美希に服買ってもらったの? 後でなんかお礼しなさいよ」と少し強い口調で言う。
美希の名前を聞いた瞬間、ウェスターの表情が曇り、再び俯くと、わかっている。と短くこたえた。
パッションはウェスターの態度から何かを気づいたのか、モニター側を一瞥したが、すぐにウェスターに向き直り、悲しく微笑んだ。
「せっかくのスーツをそんなにまでして、私を助けに来てくれたのね。ごめんなさい。そして、どうもありがとう」
パッションは、ウェスターのスーツの肩部分に開いた大きな穴を見つめ、徐々に視線をずらしていく。全身にこびりつき凝固した血、一回りやせこけたように見える頬、鋭く吊り上り充血した瞳。逆立った薄緑色の髪。いつも空回りの冗談を言っては一人で笑い、血色の良い顔で、優しく自分を見つめる見慣れた姿が、たった2日で変わり果てたさまに、ひどく痛む心を抑えられなくなる。
「せっかく助けてくれたのに、ごめん。私、こんな姿で。でも、私は大丈夫だから」
無理に作った笑顔が痛々しく見えた。ウェスターは思わずパッションを抱きしめたくなる衝動に駆られる。男女という性別の違いから来るその強い衝動を初めて感じたウェスターは戸惑い、目の前にいる東せつなという性を直視できなくなる。強い保護意識、労わり、同情、慈しみ、悲しみ、家族愛、そして、性別の違いという強い意識。それら全てが混じりあった感情。伸ばしかけた腕を思わず引っ込め、「わかった」と胸のうちとは違う返事をした後、強い自己嫌悪に顔をゆがめて俯く。
せつなは、目の前で辛そうな表情を浮かべるウェスターが何を考えているのかわからなかった。ただ、それが、怪我の痛みではなく、自分がこんな姿になった事でもなく、ウェスター自身の心中にある何かが原因である事だけは何となくわかった気がした。
せつなは、目の前に立つ大きな男を、初めて抱きしめたいと思った。
「ウェスター」
せつなの声にウェスターは顔を上げる。
「ほら、みて」
せつなは腕を伸ばし、自分の手をウェスターの眼前で何度も握ってみせる。
「私、本当に嬉しいから。そんな顔しないで。ウェスターには一緒に喜んで欲しいの。私、ちゃんと生きているから」
せつなが微笑んだ。
「イース……」
目の前にある手にウェスターが自分の手を重ねようと腕を伸ばした。
ジュッ。
と、何かが溶けた音がした。
ウェスターは直感的に自分の足元に違和感を感じ、咄嗟に眼前のキュアパッションを抱きしめるとそのまま部屋の奥へと飛び込む。
「おい、そこから逃げろ! 何かおかしいぞ」
「敵の攻撃?」
ラブと祈里はシフォンをかばうように部屋の中心から後ずさる。
足元のリノリウムが泡を吹くように溶けていた。
ラブと祈里はリンクルンを胸の前で構える。
ラブは祈里に目で合図する。
いける、ブッキー?、大丈夫よ、ラブちゃん!
チェンジ、プリキュア! ビートアップ!
パネル側から響く、焦りに満ちたサウラーの声。
「一体なんだ? 何が起こっているんだ」
その声に対応するシフォン。
「わからないですけど、多分、敵です!」
「一体どうやって! どこから来た?」呼応するサウラー。
「シフォン!こっちに来て!」
キュアピーチとキュアパインがシフォンの前に壁を作るように立つ。
リノリウムの床に開いた穴が大きく溶けて広がっていく。部屋中に蔓延する臭気。
眼前の異変に思わず立ち上がるパッション。
「ウェスター、大丈夫?」
横を振り向くが、そこにいるはずのウェスターの姿はない。思わず足元を見る。視点の先に映ったのは、顔面蒼白のまま床に転がるウェスター。
「ウェスター!」ひざまずいて、足元のウェスターに呼びかける。
「俺は…大丈夫だ。早く離れろ」
息も絶え絶えにウェスターが目配せする。
パッションはウェスターを抱きかかえる様に立たせると、「バカ!」と大声で叫んだ。
「何言ってるのよ、そんなことできるわけないでしょ!もしかして、敵の攻撃を食らったの?」
眼前で大きく広がっていく穴の向こうにいる二人に、ピーチが思い出したように叫んだ。
「パッション!違うよ。ウェスターはもう限界。さっき、パッションを助けるときに滅茶苦茶やってたから」
ピーチの声に目の色を変えるパッション。改めてウェスターを見る。全身は血まみれ、服はボロボロ、その顔面は蒼白で荒い息を吐いている。いくら特殊な回復力を持つとはいえ、そこまでのダメージを食らっていて、平気なわけがなかったのだ。
気を抜いたのは私だったわね。パッションは先ほどのウェスターの姿に、その肉体が限界だった事を気づくべきだったと唇を噛む。
歯噛みして、スピーカーの向こうで起こっている異常事態にサウラーは先ほどハッキングしたデータを分析にかける。
そのとき、モニターの前にあるアラームが大きな音を立てる。すぐさま、パネルに向き直るサウラー。地球側の時空が相対せず、大きくバランスが崩れていることを確認する。パッションがさらわれた時と酷似した現象。
「またか?」
だが、その現象は一気に収束する。何かに気づいたように大声でマイクに叫ぶ。
「気をつけろ、何か来るぞ!」
そこで地球側との連絡ラインが切れた。
床に開いた大穴の下から、大きな風切音が聞こえた。
穴から宙に舞い上がる金色の粉。
「鱗粉?」パインが首をかしげる。
パッションが何かに気づいたように、ピーチとパインの方を見る。
「違うわ! ここから離れて!」
言うが早いか、ウェスターを抱きかかえたまま、部屋の更に奥、時空転移装置内部へと駆け込む。
両側からシフォンの腋を抱きかかえたまま、ピーチとパインはビルの外へと走る。
その背後で何かが光った。
突如、ピーチとパインの背中を襲う熱風。同時にとどろく爆発音。
ピーチとパインは爆風の衝撃波で吹き飛ぶ。咄嗟に二人でシフォンを護るようにに抱きかかえた。
衝撃波で、交易所対面のビルの壁に吹き飛ばされる3人。衝撃がピーチの背中を襲う。
痛みをこらえ、すぐに胸の中のシフォンの無事を確認する。
「シフォン!パイン!大丈夫?」
「大丈夫よ!」
「私は大丈夫です。せつなさんと、ウェスターさんは?」
ピーチは炎に包まれる交易所に目をやる。竜巻のように燃え上がる炎の中で巨大な翅をつけた大きな影が見えた。
「向こうはこっちを休ませる気は全くないみたいね」
半ば自棄気味に吐き捨てると、周囲を見回す。爆発音と上がる火の手に商店街の住人がわらわらと店舗から出て来る。
「ここは危ないです! 早く離れてください」
大声で呼びかけるパイン。
「おい、プリキュアだぞ」、「本当だ、プリキュアだ」、「何故またプリキュアが?」、「ラビリンスの侵略は終わったんじゃなかったのか?」
事情を知る住人の何人かがラビリンスの名前を口に出す。パニックの可能性を考えたピーチは背後を見回した後、炎の中の影を一瞥し、パインに向き直った。
「パイン、シフォン。あいつはあたしが食い止めるから、町の人の避難を優先して」
「わかった、私もすぐにそっちへ行くから!」
パインの返事を背後で聞くと同時に、ピーチは燃えさかるビル内へと走りこむ。
熱風がピーチの侵入を妨げるように顔を一撫でする。
ピーチは一瞬躊躇して立ち止まるも、歯を食いしばり、爆風で千切れて歪んだシャッターを抜ける。
螺旋を描くように舞い上がる炎と火の粉の中、その存在は炎を反射して不気味に光る四枚の翅をはばたかせて、狭い室内でホバリングしていた。
巨大な翅が動くたび、炎が舞い散り、ピーチの前髪を焦がした。
ピーチの視界に入ったのは3メートルはありそうな巨大な蛾。
その蛾の向こう側に、奥にウェスターのいる時空転移装置の扉を背後に立つパッションの姿が見えた。
「パッション!」
「大丈夫よ、ピーチ!」
パッションは力強くそう言ったが、プリキュアに変身しているとはいえ、つい先刻まで指を動かすのも精一杯だった彼女に敵と戦える力はないのではと、ラブは危惧する。
やがて、リノリウムの油分が燃えさかる業火に文字通り油を注いだ。
轟ッ!
床のほとんどから炎が上がり、かろうじて見えていたパッションがピーチの視界から歪んで消える。
蛾の周囲に金色の鱗粉が舞い、それが炎と反応し、火の勢いを更に増している。
「あいつが本体ってわけか。繭を潰された怒りでここまで追ってきたんだ。それにしてもあの鱗粉、ほとんど火薬だね」
ピーチは一人ごちて、炎の向こう側にいるパッションに大声で呼びかける。
「パッション、聞こえる?」
「聞こえるわよ、ピーチ!」
「少しの間、こいつをここに足止めできる?今ここで戦うと町の人たちに被害が出る。みんなの避難が終わるまで、こいつを足止めしたいの。あたしは、こいつの火を止める」
「わかったわ。何とかする」
パッションの声を聞くと同時にラブはもう一度業火の中を入り口へと突入する。
ピーチが外に出るのを確認すると同時に、パッションは眼前で火を噴く巨大な蛾との距離をはかる。
狭い室内で羽ばたく蛾は金切り声のような音をあげた。
その声は、パッションの、いや、イースの記憶にある声だった。
「ナキサケーベ?」
金切り声の後に、地響きの様な声が続くと、巨大蛾は4枚の翅を細かく羽ばたかせ、金色の鱗粉を出す。その鱗粉を翅で前方に煽ると、顔と思われる部分から、カチッと音がして火花が飛び散った。
その刹那、パッションに襲い来る火炎の柱。パッションは思わず床の上を横とびにかわす。
炎の柱は時空転移装置の特殊合金製の扉をいとも簡単に融点近くまで加熱する。炎が直撃した部分が真っ赤になっていた。
このままじゃ、中にいるウェスターが危ない。
パッションは焦燥に冷や汗を流すも、いまだ本調子ではない自分の身体に不安感を拭えなかった。
足が……上手く跳べない。
バチバチと己の周囲に残った鱗粉から火花を散らしながら、パッションとの距離をはかる巨大蛾。
パッションは己の眼前でゆらゆらと炎を撒き散らしながら揺れる敵を凝視する。その顔面には見覚えのある涙を流す瞳の模様。ナキサケーベの特徴。
やっぱり。でも、どうしてナキサケーベが。一体誰があのカードを使っているの? ラビリンス幹部にしか使えないはずなのに。
パッションは周囲に目をやる。緊急用の消火器が部屋の隅に設置されていた。唇を噛み、やるしかないわね。と一人ごちて、自分の手のひらに視線を移す。
確認するように手を開閉すると、眼前の巨大蛾を睨み付けた。
動いてよ、私の身体。
パッションは自分に言い聞かせるように言い捨てると、消火器のある角側の反対側へ走る。
巨大蛾はそれを見計らったように、翅を煽り鱗粉をパッションの方へと飛ばす。
パッションはそのタイミングを見計らって、今度は逆の方向、消火器へのほうへと急激に方向転換する。よたつく足元に神経を集中する。
蛾が噴く炎はパッションの背後にあった壁に直撃し、コンクリートを真っ赤に溶解する。
いまだ感覚のつかめない手に発現したパッションハープ。何度か握り締め、必死で右手の感覚を取り戻そうとするパッション。
そのまま、部屋の角へと飛び込み、左手で消火器を掴むと、ハープを握り締めたままの右手で消火器を思い切り殴った。スチールの筒に穴が開き、そこから消化液が噴出するそれを、そのまま宙に投げる。
「いくわよ、ものは試しよ!」
パッションは低く構え、軸足を中心に鋭く回転した。
「プリキュア! ハピネス ハリケーン!」
回転しながら撒き散らされる、幸福のエネルギーの散弾は、宙に舞う消化液を竜巻のように巻き込むと、周囲の炎を蹴散らすように鎮火させながら、蛾を包みこむようにその周囲を囲っていく。蛾を取り巻く炎が、消化液に包まれたエネルギー散弾と反応してジュッと音を立てて消えていく。
冷や汗をかき、呻くパッション。必死で意識と身体をリンクしながら歯をかみ締めるも、そこから踏ん張りが利かない。
「何とかピーチが来るまでこいつを拘束しないと」
渾身の力で踏ん張るパッション。だが、その全身はしびれ、右手は今にもハープを床に落としそうになっていた。
エネルギーに包み込まれた蛾の複眼が不気味に光った。
地響きのような声がビル内に轟く。
「グォオオオオ……ソレワターセ!」
その言葉に不意を衝かれるパッション。
ナキサケーべじゃなくて、ソレワターセ? 一体どういうこと?
一瞬、躊躇したパッションは思わず気を抜いてしまう。エネルギーの拘束が緩んだ隙にソレワターセは巨大な翅を大きく羽ばたかせる。ハピネスハリケーンの回転するエネルギー散弾がその一閃で四散した。
四散した消化液は燃え盛るリノリウムを鎮火しながら床に飛び散り、パッションは力尽きるように膝をつく。
炎を反射して輝く、ソレワターセの不気味な瞳。その下の触手に覆われた腔内でバチリと火花が弾けた。
まずい…。
「パイン! お願い。栓をあけて」
そんな声が聞こえたと同時に、パッションの視界からソレワターセが消えた。
時を同じくして、ものすごい圧力で部屋中に打ち当てられる水。その圧力で、パッションも、そして、ソレワターセも壁に叩きつけられる。
入り口から入った来たのは放水器を脇に抱えたピーチ。壁に張りつくパッションを確認すると、ばつの悪い表情を浮かべ、すぐに放水の焦点をソレワターセにあわせる。
「ごめん、パッション」
気管内に入った水に咳き込みながらも、私は大丈夫よ。と首を振り、水に濡れた髪をかきあげながら、必死に膝に力を込めて立ち上がる。
「ピーチ、こいつ、ソレワターセよ」水流の向こう側にいるピーチにパッションが叫ぶ。
「ソレワターセ? どうして、今になって?」
「その辺の話は後。こいつ、多分、ナキサケーべのカードを使用されている。普通のソレワターセとは力が違うわ」
ラブは眼前の巨大な蛾が強力な放水を浴びてなお、圧力が衰えていない事に気づく。それどころか、一旦、鎮火した炎が再び音を立てて勢いを増している事に、思わず舌打ちする。
「ピーチ、下品」
背後から聞こえるパインの声。
「もう、ブッキーってば。そんな事言っている場合じゃないんだって!」
放水ホースを抱えたままのピーチにパインが駆け寄る。パッションも自由にならない膝を必死に引き摺り、ラブの元に近づいた。
打ち付ける水の圧力で壁に張り付きながらも、恐ろしい勢いで鱗粉を撒き散らし、不完全燃焼ながらも炎を発し続けるソレワターセ。
「ベリーもいないし、グランドフィナーレも使えない。あれだけの炎を発していたら近づく事も出来ない。どうやったらこいつを倒せるの」
苛立ちと困惑の表情のピーチが、徐々に勢いを取り戻しているソレワターセをにらみ付ける。
「あのソレワターセ、あれだけの炎を吐くという事は……」パインが何かに気づいたようだった。
「ねぇ、パッション。ここにお風呂場ってあるの?」パッションに向き直るパイン。
「お風呂?あるわよ、入り口横の階段上がってすぐ右。でも、どうしてお風呂なのよ?」
「私に考えがあるの。合図と同時に、ピーチは放水をやめて、ラブサンシャインフレッシュを打ち込んで。パッションも、ハピネスハリケーン、使える?」
先ほど踏ん張りが利かなかったことを思い出し、困惑するも、すぐに頭を振る。
「精一杯、頑張ってみるわ」
その返事にパインとピーチは少し口の端を歪めた。
「何よ?」口を尖らすパッション。
「なんでもないわよ」どこか嬉しそうに言うと、じゃ、お願い! と、パインは入り口横の階段へと走りこむ。
パッションは、そのまま階段を駆け上がるパインを見送った後、眼前でなお炎の勢いを増そうとしているソレワターセを見上げた。奥の扉に視線をやる。中にはウェスターがまだ倒れているはず。
ウェスター、待ってて。今助けるから。
パッションの胸で膨らむ、強い保護欲と慈愛が混ざったような感情。それはラブに対する感情と似ていてまた違うものだった。
やがて、ソレワターセの炎は徐々に大きくなり、熱い水蒸気がラブたちを包む。
くっ…と呻いて、放水器を抱えたまま、ソレワターセに近づくラブ。足元に冷たい風が流れた。
足元の異変に何?と思わずラブが反応する。足元を流れる空気はそのままソレワターセのほうへと流れていく。
「お待たせ!」
元気な声とともに入り口から走ってきたパインが脇に何かを抱えていた。畳一畳分くらいの大きさの見慣れた家具。
「網戸?」
パインは、網戸をソレワターセのほうに投げつける。反対側の手に握られたキュアスティックが眩しく光った。
「プリキュア!ヒーリングプレアーフレッシュ!」
ヒーリングプレアーから大量の酸素が発せられ、それは、浄化のエネルギー光弾と融合し、網戸を貫く。
網戸から放たれたのは、部屋全体を覆うかのような数のシャボン玉。石鹸水をつけたザルを風に晒すと大量のシャボン玉ができる。幼少時にラブたちとよくやっていた遊びの応用だった。石鹸水は浄化のエネルギーを帯びた酸素と反応して強化され、一つも割れることもなく、無数のシャボン玉を生み出していく。
シャボン玉が炎と反応し、弾けるような音を立てる。ソレワターセの炎は邪悪なエネルギー。ヒーリングプレアーの浄化のエネルギーと反応して、見る見るうちに炎は消えていく。やがて、ラブとソレワターセの周囲の炎はほとんど消え、クリアな空間ができた。
それを確認したパインが叫ぶ。
「今よ、ピーチ!パッション!」
ピーチは放水器を横に投げつけると、キュアスティックを構えた。
「プリキュア! ラブサンシャインフレッシュ!」
それに続くかのように、しびれる手を押さえながら、パッションもハープを構える。
「プリキュア! ハピネスハリケーン!」
二人から放たれた浄化のエネルギーは、パインのシャボン玉に巻き込まれ、そのまま、ソレワターセの胸の気門へと恐ろしい勢いで吸い込まれていく。
大量の炎を撒き散らすソレワターセは当然のごとく大量の酸素を必要とする。胸元の気門から吸い込んだ酸素を体内で圧縮してそこに火をつけて火炎を噴いていた。その事にキュアパインは気付いたのだった。
「はぁぁあああ」
体内へとまともに浄化のエネルギーを食らったソレワターセは大きく膨れ上がる。浄化のエネルギーがソレワターセの体内からその身体を分解し、急激に気化していた。
やがて、そのエネルギーが気門や口から漏れ出すように輝く。
「危ない!」
ラブたちは危険を察し、咄嗟に店舗外へと飛び出した。
飛び出してから、パッションの体のことに気づく。
「せつな!」
「せつなちゃん!」
力を使い果たし、膝をついたまま動けないパッションの目の前で大きく膨れ上がったソレワターセが、膨張の限界を超えて爆発四散した。
爆発の圧力で、ビル中の窓ガラスが大きな音を立てて弾け、裏口の扉ごとコンクリートの壁が吹き飛ぶ。熱で膨張していたビル内の空気が一気に冷え、ラブたちはビル内に吸い込まれそうになるのを、アスファルトにしがみついて、必死でこらえる。
ん……。
爆発の衝撃に脳震盪を起こしたパッションが眼を覚ます。あたりにはぶすぶす音を立てて燻る炎が点在していた。
……私、生きているの?
何か重いものがパッション体の上に乗っかっていた。朦朧とした意識の中、それをどけようと、手をかける。
手の中に感じるのは、生暖かい粘性の液体。
血?
パッションは慌てて身体を起こす。その身体に覆いかぶさるように、大きな体躯が倒れていた。
慌ててその体躯を抱き起こす。血にまみれた顔は、彼女のよく知っている顔。
……ウェスター?
「私を、たすけたの?」
パッションの意識が白く塗りつぶされていく。
その目には何も映らなくなり、処理できない感情が、爆発する。
嘆きのような、叫びのような、慟哭のような、キュアパッション――東せつなの悲鳴が辺りに響き渡った。