俺がやらない夫だ   作:GT(EW版)

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やらない夫に憧れた男

 

 

 人生を変える出会い。

 

 それは、物事の善悪を教えてくれる先生との出会いであったり。

 それは、掛け替えのない無二の友人との出会いであったり。

 それは、生涯を添い遂げる伴侶との出会いであったり。

 

 人の出会いとは、その者の人生を決めるターニングポイントになるものだ。

 

 今から6年前のことだ。そういった運命の出会いが、ある日俺の人生に訪れたのは。

 それは、俺の心に新たな光を与えてくれた――「やる夫スレ」との出会いである。

 

 

 

 君は、やる夫スレというものを知っているか?

 

 

 

 やる夫スレ――かつて匿名掲示板にて誕生したそれは、文字を使った芸術「AA(アスキーアート)」をキャラクターとして登場させ、絵本や漫画と同じ感覚で読むことができる創作の世界である。

 これを読んでいる君ならば、どこかでその手の作品に触れたことがあるかもしれない。

 発足当初、スレッドは「やる夫は○○をするようです」「やる夫で学ぶ○○」と言ったタイトルが定番で、主人公「やる夫」がふとしたことをきっかけに何かに挑戦したり、学んだりする内容が一般的だった。

 多くの物語は主人公のやる夫が相方である「やらない夫」を振り回しながら展開していき、最終的にはやる夫にタイトルの目的を達成させるというのがおおよその流れである。

 

 また、さらに流行が進んだ頃にはドラゴンクエストシリーズ等既存の版権作品を原作にした二次創作や歴史上の人物をやる夫に演じさせる歴史系、TRPGの流れを汲む読者参加型の安価スレetc、そのバリエーションは多岐に渡る。

 原作の無いオリジナルの作品も多く連載されており、中には書籍化や漫画、アニメ、映画化されたタイトルも記憶に新しい。今も尚進化を続けているやる夫スレとは、それほどの可能性を秘めた界隈なのだ。

 

 それら「やる夫スレ」の名作と名高い作品群は、当時10歳の俺を深い沼へと引き釣り込んだ。

 アニオタが面白いアニメに惹かれてアニオタになっていくのと同じように、この俺「内藤 昭夫(ないとうあきお)」は初めて出会った新鮮な世界に身を委ねていったのである。

 

 

 やる夫スレには、スレ住民たちが生み出したオリジナルのキャラクターが存在する。

 スレッドの主人公の多くはやる夫で、まずその何とも言えないデザインが俺を狂わせた。そしてそのやる夫のAAを改変したり偶発的な事故が起こったりした結果、数々のキャラクターが派生して生まれ、やる夫スレの歴史を彩っていったものだ。

 やらない夫、できる夫、やる実、やらない子、できる子、できない子……数多く存在するキャラクターたちは作者の数ほど幾多の物語を紡ぎ、俺の貴重な睡眠時間を奪っていった。

 

 中でも衝撃的だったのが、やる夫派生キャラ一番手にしてやる夫の相方である「やらない夫」の存在だった。

 

 俺の人生を変えたやる夫スレにおいて、最も俺に影響を与えてくれたのがこのキャラクターである。

 出会ったその日から、やらない夫という存在は俺の心の支えとなった。

 幼い少年がヒーローに憧れるのなら、やらない夫こそが俺のヒーローだったのである。

 

 やらない夫――まず名前からして面白い。やらないって何をやらないんだよ。

 やらない夫――その姿が面白い。見た目からしてやらない夫って感じだもの。

 やらない夫――その立場が面白い。やる夫の友人役や世話係、ツッコミ役、頼りになる常識人かと思えば時にはやる夫よりも派手に暴走して変態キャラになったりするのだからもう堪らない。

 

 定番のAAでも格好付けた巨大AAでも、何をやっても面白い。それがやらない夫の魅力である。

 中でも俺が好きなのが、「常識的に考えて」という彼の人物像を象徴する口癖だった。

 

 常識的――色々と事情があって、やる夫スレと出会うまでの俺にはそれがめっきり欠けていた。

 しかしやる夫スレのやらない夫と出会ったその日から、俺は常識というものが少しずつわかるようになってきたのだ。

 小さな頃から常識的な存在になりたいと心掛けていた俺にとって、常に常識を語るやらない夫の存在は心の師匠でもあった。

 

 以来、俺は自分自身がやらない夫のような漢になる為に日々研鑽を重ねてきた。

 特に肉体的にやらない夫のような筋肉質で細長いボディーになる為の栄養バランスの調整やトレーニングであったり、やる夫の問い掛けに完璧に答える為の知識の習得には一層厳しく取り組んできたと自負している。

 それでもやらない夫を目指すことで少しずつ常識的な人間に近づいているのが自分でもわかった為、鍛錬の日々は苦しくはなかった。

 その甲斐もあってか、16歳の今、俺は190センチ近い長身に着痩せしたマッチョな肉体を持つ概ねイメージ通りのやらない夫ボディーを手に入れることができたのだ。尤も身長ばかりは遺伝の影響も大きいので、これに関しては恵まれた身体に生んでくれた両親には感謝するばかりである。

 

 知識に関してはまあ、日々精進を重ねていくしかないが、それなりの雑学は身につけているつもりである。流石に学年で1、2を争うほどの学力はないが、ほどほどの位置には来ている。やらない夫のイメージに反しない程度の学力はあるつもりであり、こちらも大体やらない夫である。

 何より、内藤昭夫という名前から「ナイオ」というあだ名で呼ばれるようになったのは嬉しい誤算だった。

 

 ふふ、今日もプロテインが美味い。俺の筋肉がエキサイトしている。

 予定通り理想のやらない夫ボディーを高校入学までに完成させることができた俺は、毎朝自分の肉体に惚れ惚れしていた。ナルシズムは筋肉の成長に重要なのだ。ボディービルダー的に考えて。

 

「ふっ、はっ、ほっ!」

 

 休日の朝、少し遅めに起床した俺は服を脱ぎ捨てブリーフ一丁になると、鏡の前で上機嫌にマッスルポーズをとっていた。胸筋を寄せ、上腕二頭筋を隆起させ、己の肉体美に惚れ惚れする。

 筋肉が嫌いな男の子はいないだろ、常識的に考えて。ムキムキのドラえもんやアンパンマンを自由帳に書き殴るのが小学生男子の必修科目だったように、男は誰しも潜在的に強い肉体に憧れるものなのだ。

 もちろん、俺だってみだりに人前で筋肉趣味を披露するわけではない。自分のやらない夫ボディーを見てニヤニヤできるのは、あくまでもここが俺の城であり、俺以外誰も見ていないからだった。

 

 今朝は筋肉のハリがいい。色んなポーズをとってみるか。

 

 マッスルやらない夫のAAは好きだ。俺はやらない夫のAAなら大抵のものは大好きな男である。やる夫の横顔から誕生した原初のやらない夫は勿論、版権キャラのカッコいいAAをやらない夫に改変したスタイリッシュなAAはもちろん、カタストロフィー行為をしている変態AAすらイケる口である。

 故に……俺はこの朝、お気に入りAAの一つを自分自身の身体で再現することにした。

 

「常・識・的! 常・識・的!」

 

 上下揃えて女性用下着に着替えた後、D・V・D!的な台詞を自らの口で叫びながらゆっくりとホックを外していく。今日はやらない夫AAの中でも変態なポーズをとりたい気分だったのでそれはもうノリノリである。カタストロフィーとの二択で迷ったが、こちらのAAの方が画面の圧が強いと思ったので採用してみた。

 常識を語りながら常識外のことをしているこの背徳感が心地良い。別に俺は露出狂ではないが、このように月1ぐらいの頻度で行うハジケ行為は何かこう、ボボボーボ・ボーボボを視聴している時のようなストレス発散になるのだ。

 常識的に考えて……今の俺はやらない夫だろ。よっしゃ、次は全裸になってアレをヘリコプターのように振り回しているやらない夫のAAを再現するぞ!と、俺がブラを脱ぎ捨てようとしたその時だった。

 

 

「ナイオいるかゴルァ!」

 

 

 ガラガラガラッと、我が聖域(へや)のドアが乱暴に開かれた。

 

「あ」

「あ」

 

 目と目が合う。瞬間、俺たちの間で時の鼓動が脈を止めた。

 俺の手には自ら大胸筋につけていた女性用下着。向き合うは、無法な侵入者である悪友の姿。

 数拍の間無表情同士の沈黙が場を支配した後、侵入者の手によって何事も無かったようにそっとドアが閉められる。

 

 フッ……やれやれ、入ってくるならノックぐらいするべきだろ常識的に考えて。俺は相も変わらずそそっかしいマイフレンドの行動にやれやれと首を振リながら、速やかに常識的な服装へと着替え直す。

 変態AA再現のフルコースは、また次の機会にするとしよう。

 

「……入っていい?」

「おう」

 

 クールに身嗜みを整えた俺はキャスター付きの椅子に腰を下ろして脚を組みながら、侵入者の訪問を快く迎え入れてやった。

 

「ナイオいるかゴルァ!」

「朝から騒々しい奴だな。今日は何の用だ? ルオ」

 

 先ほどの数秒は無かったことになった。

 鍵を掛けていなかった俺も悪いし勝手に入ってきたコイツも悪い。今回はお互いに落ち度があったということで、俺たちの間ではそういうことになったのだ。いやはやあれだけのアイコンタクトで通じ合える俺たちは、まさに血ではなく魂で繋がったベストフレンドという奴なのだろう。

 

「おいさっきの……」

「何の用だ? ルオ」

 

 ベストフレンドという奴なのだろう!

 

「コイツこのまま押し通す気だ!」

 

 そう、今俺の部屋に上がり込んできたのは小学校からの幼馴染みであり、同級生で最も付き合いの長い友人である。

 名前は「古矢 琉音(ふるや るお)」通称「ルオ」。その名前が示す通り、俺をやらない夫とするならば彼女はさしずめやる夫である。尤もコイツは太っていなければ白豚のような顔をしているわけでもない。見た目は全然やる夫じゃないし、そもそも性別から違う。名前負け甚だしいやる夫度合いだった。

 

「なんでお前が呆れ顔してるんだよ。呆れたいのはこっちだよ」

 

 ……ふっ、だが俺はお前がやる夫じゃなくても一番の友であるという認識に変わりは無い。

 俺の部屋の中にこうしてルオが唐突に上がり込んでくることもまた、俺にとってはありきたりな日常の一つだ。

 それは、やる夫スレのやる夫がやらない夫の部屋に上がり込むのと何ら変わらない。或いは、そんな日常を手に入れる為にこそ、今日まで俺はやらない夫ポイントを稼いできたのかもしれない。

 ふとしたきっかけで何かを思いついたルオに付き合わされ、協力していくのがこういった時のお約束だ。

 さて、今日はどんな話題を持ってきたのかねマイフレンド。

 

「……ああ、あまりの衝撃に忘れてた。プラモ作りに来たんだよ。アドバイスしろよ」

「なんだプラモか。作り方ならついこの間教えたばっかりじゃね?」

 

 見ればルオの手には、購入したてほやほやと思われるプラモデルの箱が抱えられている。どうでもいいが「ロリロリ熟女モノ」と書いてある本をニヤニヤしながら抱えているやる夫のAAってなんか好き。それと比べてルオの何と健全な姿か。お前のやる夫度の低さにはがっかりだよ。

 

「ルオはお前の頭にがっかりだよ」

 

 さて、どうやら今日の話題はプラモ作りのようだ。

 実を言うと先日、コイツは今日と同じようにプラモデルの箱を持って家にやってきたものだ。俺もそれなりに嗜んでいる趣味だったので、この家には工具や設備、材料などが程よく揃っている。それらを使う為に家にやってきたというわけだ。

 しかし当初のコイツは工具の使い方からパーツの扱いまで見てられない危なかっしさだったもので、見かねた俺は彼女にプラモ作りのノウハウを叩き込んでやったのである。その結果、今では彼女も一端のプラモビルダーである。

 基本的に面倒くさがりだが、物事に一度のめり込むとメキメキ力を付けてくるところに関してだけはやる夫っぽい。そんなマイフレンドだった。

 

「今日は改造に挑戦しようと思うんだ!」

「ほう……改造とな?」

 

 おお、今度は前回よりも一段ステップアップしようと言うんだな? ビルダー的に考えて。

 プラモ改造はいいぞ、ルオ。プラモは自由に作っていいのだ。正規品をより精巧にブラッシュアップするのもいいし、ガンダムをベースに別作品のロボットへとカスタマイズするのもいい。ツイッターでは最近そんな画像ばかり見ているだろ。そして俺も作りたいと頑張ってみるが、あえなく挫折するまでがセットである。多分、その繰り返しで技術は磨かれていくんだろうな、職人的に考えて。

 

「何をどう改造したいんだ?」

 

 俺もビルダーの端くれ。マイフレンドが具体的に、どんなプランを持っているのかは気になった。

 問い掛けてみると、ルオは「これを……」と言いながら手持ちの箱を見せた後、自身のスマホから画像を開いて見せつけてきた。

 

「こんな風にしたい」

「ふむふむ……このHGスーパーパイセンを……こんな風に改造したいとな」

 

 原型となるプラモデルは、日本で一番売れているメーカーが販売している美少女プラモである。

 因みに言うがルオは女だが美少女フィギュアとか美少女ゲームとか大好きである。そのやる夫指数、イエスだろ。

 そんな彼女が改造後の理想として差し渡してきたスマホの画面には、俺にとって……いや、この国の人々にとって物凄く見覚えのあるヒロインの姿だった。

 

「おお、レッドのフィギュアか!」

「ああ! レッドのプラモ出てないからね! もう自分で作ってやろうと思ったんだ!」

 

 鼻息荒く、ルオは語る。彼女はこの画像――真紅の鎧を纏った赤い髪の少女の大ファンだった。

 今となっては珍しい話ではない。赤い髪のヒロイン、レッドは二年前、この国を外敵から救ってくれた英雄なのだ。俺はその人物をそれなりに知っている。

 

 

 ――君は知るだろう。

 

 この世界は一見常識的に見えて、その中身は非常識的に混沌としていることを。

 世界の裏側ではこの平和を脅かそうとする脅威が蠢いていて、それらと日々戦っているヒーローたちがいる。わかりやすく言えば戦隊ヒーローとか改造人間とか、怪獣とかそういう奴らだ。

 

 これまでの常識を疑うことから生まれていく、この世界の非常識。

 

 そんな日常の中でこそ俺は、今日までのように常識的に考えて生きていきたい。あの時の……やらない夫のように。 

 

 

 俺の名前は内藤昭夫。

 コードネームは「アスキー・ホワイト」。

 

 その正体は、あらゆる脅威から常識を守る為に誕生した超戦士「アスキーエース」いわゆる変身ヒーローの一人である。

 自慢になるが、俺は10歳の頃からこの世界の脅威と戦ってきた。

 悲劇的な出来事も、喜劇的な出来事もそれなりに経験している。

 

 そんな俺の直近の悩みは同僚たちの中で、俺を立体化したフィギュアやプラモデルだけが際だって売れていないことだ。理由はデザインが卑猥だとか、きりたんぽみたいだとか、ムカつくとか、キモいとか、他のヒーローと並べて飾っても他の連中と比べて明らかに浮いているからとか何とか。ムカつくはわかるけどキモいは言いすぎだろ、常識的に考えて。

 フッ……どうやら俺のセンスはまだ、世間には早すぎたらしい。或いは遅すぎたのか。

 だがいずれ来るだろう。世界が俺を通してやらない夫を理解する、その刻が。

 

 

 

 ――これは一人の馬鹿がヒーロー活動の中で、理想のやらない夫に近づく為に奮闘していく常識的な物語である。

 

 

 

 

 

 






 久しぶりにやる夫スレを読み始めたら眠る時間が無くなって困るだろ、常識的に考えて。
 あの何とも言えないデザイン考えた人天才だろ、常識的に考えて。
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