かつて、世界は異次元からの侵略者に襲われていた。
彼らの名は「パンデミリアン」。富士山から繋がっていたゲートより突如として出現した彼らは、手始めにこの国の人々を葬り去るべく未知のウイルスを撒き散らし、彼ら自身もその非科学的な暴力を持って街々をパニックに陥れた。
パンデミリアンは常に特殊なバリアを張っており、それ故に通常兵器では有効打を与えられることができない。そんな悪魔たちを前に、日本の抵抗はあまりに無力……かと思われた。
しかし、そんな彼らに立ち向かう戦士たちがいた。
秘密結社「アスキーエース」。90年代から人知れず活動し、世界の裏側から絶えず人類種の敵と対峙してきた機動戦隊である!
これまで表舞台に上がることの無かった彼らは、事態が深刻化しようとする折に、ついにその姿を現したのだった。世界の平和を守る唯一の希望として。
白き身体に不動のハート! 非常識は許さない! 常識の守護者アスキー・ホワイト!
黒き鎧に光の刃! 闇と光が超融合! 混沌の使徒アスキー・ブラック!
黄金の輝きが世界を照らす! 聖なる鼓動! 暁の射手アスキー・ゴールド!
……と、そんな感じに三人のヒーローが表の世界に降臨したわけだ。
彼らが纏う聖衣「アスキーアーマー」はパンデミリアンのウイルスを受け付けず、振るう聖剣は敵の肉体を問答無用で討ち滅ぼすことができた。
まさに、絵に描いたような勇者たちである。
公的にはパンデミリアンの来訪に備えて政府が秘密裏に準備していた特殊部隊という扱いになっているが、その辺りの難しい話は上の仕事だろ。大人的に考えて。
ともあれそうして表舞台にデビューすることになった俺たちアスキーエースは、パンデミリアンと相対することになった。
その期間、大体3年ぐらい。奴らとは11歳の頃から戦っていただろ。
奴らはマジでヤバい連中だった。人から人へ感染るウイルス攻撃って言うのがまた悪どく、敵との戦い以外にも人間同士の疑心暗鬼を誘い、一歩間違えればゾンビ映画どころかデビルマンみたいな世界になりかねない事態だった。当初は有効な治療手段が無かったのがまた絶望的である。
そう、当初は治療手段が何も無かった。俺たちアスキーエースや自衛隊員たちの奮闘でどうにか大元のパンデミリアンを抑え込むことはできたのだが、既に広がってしまったウイルスにはどうすることもできなかったのだ。
そしてその状況を打破したのが、俺たちに次いで現れた二人のヒロインだった。
しなやかな肢体にそれぞれ真紅と蒼の鎧を纏った謎多き少女。背中から4枚の翼を広げ世界中を飛び回っていた彼女たちは、その可憐な姿も相まって天が遣わしたエンジェルだったのではないかと専らの噂だ。
二人の名称は不明だが、それぞれ「レッド」、「ブルー」と呼称されている。戦隊ヒーローで言えば、代表的な主役カラーがまさかの追加戦士枠である。
突如現れた二人はアスキーエースではなく、その素性は俺たちにもわからない。しかし、彼女らは積極的にパンデミリアン殲滅に協力してくれた。
二人の登場を機に、俺たちアスキーエースとパンデミリアンの戦況は一気に傾いた。
レッドは炎、ブルーは水の力を持ち、ブルーの力は感染した人々の身体を癒し、レッドの力はウイルスを完全に焼き払うことができた。
そう、それまで治療手段が無かったパンデミリアンのウイルスに対して、二人の力は特効薬となったのだ。その結果ウイルスの拡散は無事収束に向かっていき、パンデミリアンは大幅に弱体化した。
追い詰められたパンデミリアンは、ボス自ら出陣し最終決戦となる。
俺たちは見事それを討ち破り、パンデミリアンは地上から駆逐された。
そうして日本は、人類は、異世界からの侵略者に勝利したのである。
それから2年が経ち、ヒーローとしての役目に一区切りをつけた俺たちアスキーエースの三人は今、それぞれ平和な学生生活を満喫している。レッドとブルーは不明だが、二人ならどこかで元気にしているだろう。彼女らには多大な恩があるので、詮索する気にはなれなかった。
そういうわけで今、パンデミリアンから世界を救ったヒーローとヒロインたちの存在は人々から受け入れられていた。
もちろん、俺は自分の正体を身の回りに明かしていない。ルオなんかは俺がレッドと一緒に戦っていたヒーローの一人だとは夢にも思わないだろ、常識的に考えて。
この世界に蔓延る非常識は、パンデミリアンのような異世界からの侵略者だけではない。連中との戦いが終わってもその内また俺たちの出番は来るのだろうが、今はこの平和に浸っていた。ヒーローにだって休憩は必要だろ。
「胸盛り過ぎじゃね?」
「盛ってないって!」
「いや盛り過ぎだろ常識的に考えて」
「だから盛ってないって!」
そんなこんなで俺は今、ルオの自作プラモであるレッドちゃんの製作を手伝っていた。
この2年間は、自分のやらない夫磨きに専念できたから楽しかっただろ。こうして何気ない常識的な日常を取り戻すことができて、俺は奮闘してくれた仲間たちに感謝している。もちろん、レッドのこともな。
「しかしアレだな。やっぱレッド人気ってすげーんだなぁ」
マイスマホをポチポチと弄りながら、画像検索を行う。検索ワードは「レッド プラモ」。そうしてみると表示されるのは、数々のビルダーたちが自主製作した実在ヒロインのプラモやフィギュアの画像だった。しかしその中に、市販の商品は無い。
俺を含むアスキーエース三人のプラモは大手玩具メーカーから公式グッズとして然るべき手順を踏んで販売されたものだが、レッドとブルーは俺たちと違って神出鬼没で、どの組織にも属していない謎のヒロインたちだ。それ故に、需要がありながら公式でグッズを売ることができないでいるのだ。肖像権的に考えて。
しかし、あの二人はその容貌と活躍ぶりから根強い人気があり、ルオのように自主製作で独自に立体化しようとするビルダーたちは非常に多かった。人気者は大変だろ。
それ故に玩具メーカーは彼らの改造ビルドを支援する為にレッド、ブルーに良く似た造形の拡張ビルドパーツを売りさばき、ちゃっかりと多大な利益を得ている。鬼退治グッズは鬼滅グッズじゃないからセーフ的な理論だ。
政府に属さない謎のヒロイン(美少女)とか人気出ないわけないからな。女児人気はもちろん、大きなお友達的に考えて。
だが、しかし! 俺たちアスキーエースの人気も負けていない!
俺たちだって3年間パンデミリアンと戦い抜いた戦士だ。プラモやフィギュアを始めとするアスキー・ブラックとアスキー・ゴールドの公式グッズは新作が出る度に飛ぶように売れており、ちびっ子たちはもちろん大人のお姉様がたにも大人気である。
二人のコスチュームになっている聖衣アスキーアーマーは、聖騎士然としたドストレートにスタイリッシュなデザインをしているからな。カッコいいだろ王道的に考えて。
そんな彼らだからグッズ需要は平和になった今でも、いや、平和になった今だからこそ衰えていない。俺たちの戦いを描いた映画も近日公開されるようで楽しみだろ。
「ホワイト以外は大人気だよね」
ああ、そうだな。
俺のグッズ? 売れてねぇよ。
いや別に、ヒーローたちの中で俺だけダーティーなことをやっていたり、一人だけやられてばかりいたとか、そういう事実は一切ないのだ。俺にだってファンはいるし、真っ当に活躍した結果民衆からも支持されている。
ただまあ単純に、他の四人の人気が俺より凄いってだけの話だ。ガンダムWのガンプラの中で僕のサンドロックだけ売り上げが見劣りしていたとかそのぐらいの立場である。俺は大好きだけどな。ヒートショーテル最高だろ。
そんな俺が変身したヒーロー、アスキー・ホワイトの姿は何を隠そう「やらない夫」がモデルである。
アスキーアーマーは構築する際、解放者の深層心理が望む理想のヒーローを聖衣として具現化する。その性質によって、変身した俺の姿は俺自身の理想のヒーローである「やらない夫」として具現化されたというわけだ。
それ故に、変身時の俺は普段よりも実写版やらない夫である。ねらーにおいてその人気ぶりはカルト的ですらあったが、一般人気は微妙である。彼らにとってやらない夫を模した全身白タイツ&きりたんぽヘッドは少々ニッチ過ぎたのだろう。
「あと単純にキモい。三次元にするとリアル過ぎてキモい」
「ムカつくはわかるけどキモいは言い過ぎだろ、常識的に考えて……」
「……まあ、強いし助けられたからルオは嫌いじゃねーけど」
それは何よりだ。
まあ別に、俺だって自分の承認欲求の為に戦っていたわけじゃない。同僚たちと比べて不人気だという話も、俺はそこまで気にしていないだろ常識的に考えて。
……気にしていないだろ。
嘘です。めっちゃ気にしています。
日が暮れてルオが帰った後、俺は如何にしてこの俺アスキー・ホワイトの魅力を引き出すか考えていた。
俺自身のプライドはまあどうでもいいのだが、ホワイトの姿はやらない夫の具現化だ。すなわち、ホワイトが悪評を受けるということはやらない夫への冒涜に繋がってしまう。それは断じて、許されることではない。
「三次元にするとリアル過ぎてキモい、か……言い過ぎだと思うが貴重な意見だろ」
流石ヒーローオタク。的を射た意見をくれる幼馴染でありがたい。
確かに、本物のやらない夫はデフォルメ化されたアスキーアートだからこそ、いい感じのゆるキャラ感があるのだ。それを三次元ヒーローとして具現化したところで、他所から同じ感想が得られるかと言うとまた別の話である。
全身白タイツくらいならアメコミヒーローにも似たようなものは多いし俺はイケると思うのだが、世間の目は厳しいらしい。
「アスキー・アップ!」
鏡の前にたった俺は、懐からアスキー・ホワイトへの変身アイテム「アスキーオーブ」を掲げ、それを解放する。
俺の手のひらに収まる大きさの宝石から拡散していく白い光がこの身体を包み込むと、俺の姿が一瞬にして白き英雄へと変わった。
鍛え上げた細マッチョの肉体と長身はそのままだが、頭の天辺から足のつま先までピッチピチの白タイツに覆われていく。頭部にはふぐりのついたきりたんぽ型の兜が装着され、俺の素肌の一切を覆い隠す。
これが俺のアスキーアーマー。人知を超えた者たちと戦う為に作られた、超戦士の聖衣である。
「常識の守護者、アスキー・ホワイト!」
最後に口上を述べて変身完了である。
こうして変身するのも久しぶりだし、いざという時の為に定期的に起動するのは悪いことではない筈だ。
そう自己弁護しながら、アスキー・ホワイトに変身した俺は顎を支えながら目の前の鏡と向き合った。
「うーん、いつ見ても惚れ惚れするだろ」
こうしてまじまじと変身した自分の姿を見つめるのは、初めて変身した日の夜以来だろうか。
見れば見るほどに実写版やらない夫である。俺としては非の打ち所のない完璧なコスチュームであり、ルオたちからのウケが悪い理由が今ひとつわからなかった。
だが俺自身では満足していても、グッズの売り上げという客観的なデータが出てしまっている以上考慮しないわけにもいかない。大きなお友達ならばともかく、児童人気が劣っている事実はショックだった。
「日本の男の子は俺みたいなアメコミ系よりも、ゴールドやブラックみたいにガチガチの鎧で固めた方が好きなのかもな」
子供受けの良さ、と言うとやはり武器も重要だろう。ブラックは日本刀二刀流でゴールドは二丁拳銃。そりゃカッコいいわ。
だが、独創性は俺の方が上だ。
「来い、聖剣ジョーシキブラスター!」
俺にも彼らと同じように自分の武器がある。呼び出せば、どこからともなく俺の手にそれが召喚された。
聖剣ジョーシキブラスター――その姿は1.5メートルほどの長さに及ぶ、ホワイトアスパラガスのような形をしていた。
一般的な聖剣のイメージとは異なる造形をしているが、コレ一本で剣としてはもちろん、先端部からビームを発射するビームライフルとしても扱える遠近両用の万能武器である。
俺としてはこれ以上なくイカした愛剣なんだが……
「そんなに変な形か?」
三年前、戦場で出会ったレッドがこれを見て露骨に嫌そうな顔をしていたことが記憶に新しい。普段表情を変えない子だったので妙にインパクトがあった。ブルーは爆笑していた。
俺としてはやらない夫の頭みたいでいいと思うのだが、一部の女性陣たちからの受けはすこぶる悪かった。アスパラガス美味しいじゃんかよ。
まあ、これについてはデザインに凝っている余裕がなかったので確かに改良の余地はある。ライトセーバーを扱うジェダイやシスが人気であるように、カッコいい武器を持っていることはそれだけでステータスになるからな。今度博士に相談してみよう。
「後はそうだな……他の奴らより背中が寂しいかもしれない」
武器の改善点は後にして、ジョーシキブラスターをしまった俺は自分の背中に目を向けた。
今日ルオのプラモ改造を手伝って改めて思ったが、アスキー・ホワイトは他のヒーローと比べて最もシンプルな姿をしている。白タイツときりたんぽ兜を纏った俺のアスキーアーマーは、デザインを彩る装飾が極めて少ない。四枚の翼と常に炎のように輝いているレッドのアーマーとはあまりに対照的である。
実用的な意味は無くとも、他のヒーローと並んだ場合俺だけ視覚的に浮いてしまうのはその辺りだろう。
特に背中が寂しい。レッドとブルーはそれぞれ背中に四枚の翼があり、ゴールドはメカメカしい二基のバーニア、ブラックは漆黒のマントを纏っている。うわ、私の背中寂しすぎ……
別に背中になんか付けなくても俺たちは空を飛べるのだが、確かに羽でもマントでも背負っていた方が見栄えがいいかもしれない。強化パーツとして出せば玩具も売れるし。
よし、ここは俺もあいつらに倣って、何か着込んでみよう。
「おっ、案外イケんじゃね?」
丁度良く手近のハンガーに掛けていた高校の学ランを羽織ってみたところ、思っていた以上にやらない夫フォルムに似合っていた。
やらない夫もヒーローもシンプルイズベストだと思っていたが、こういうのもアリかもしれない。
と言うか、やらない夫は学ランを着た巨大AAも多いからな。俺に似合うのは当然だろ、常識的に考えて。
「ふっ! はっ!」
軽くポーズを決めて学ランの裾をマントのように翻しながら、俺は学ランを羽織ったアスキー・ホワイトの姿を堪能する。
学ランを着たやる夫の格好つけたAAはなんかムカつくが、学ランを着たやらない夫の格好つけたAAはなんか面白い。あんたもそう思うだろ?
やる夫スレの巨大AAを再現した決めポーズを続けていく内に楽しくなってきた俺は、今朝の続きということで風呂に入るまで理想的な角度の俺を探ることにした。おっ、この角度の俺カッコいい。撮影者がいないのが惜しいだろ。
「――俺は子供たちの平和を守るだろ、常識的に考えて――」
俺が華麗に登場するシチュエーションを妄想しながら、脱ぎ捨てた学ランをバサリと肩に掛けて決め台詞。
振り向きざまに、チラリと横目だけを相手に向けるのがこのポーズのポイントだ。
そうして見つめられた子供たちは、ヒーロー登場への安心感に包まれ、思うのだ。やらない夫カッコいい、僕もやらない夫みたいになりたい、と。
フッ……と息を尽き、俺は脱いだ学ランをハンガーへと掛け直しに行く。
そんなシチュエーション、来ない方が良いに決まっているが、残念ながらいつかは来てしまうのだろう。
この世界は非常識に溢れている。そんな世界に常識の光を見せるのが、俺たちアスキーエースの使命なのだ。
そう、だから……
「ナイオ! 忘れ物取り来たんだけど……あ」
「あ」
おもむろに振り向いた瞬間、目と目が合う。
そこには開け放たれたドアと、アスキー・ホワイトの変身を解除した俺の前で呆然と突っ立っているルオの姿があった。やれやれ、どうやら鍵が壊れていたらしい。
変身ヒーローの正体バレシーンは、やむを得ない事情であったりヒーローが覚悟を決めるカッコいいシーンであることが多い。バットマンがゴードンに正体を明かすシーンとかマジ泣ける。
一方、内藤昭夫16歳。この日、俺はポージングの練習を目撃されるというヒーローにあるまじきカッコ悪い正体バレを果たした。