二年という平和な時間は、俺には長すぎたのかもしれない。
生い立ちから今に至るまで、人々を守るヒーローとして気を張り詰めて生きてきた俺にとって、この平和な時間は新鮮で落ち着かないものだった。
だからだろうか、常識的な日常の中でどこか平和に馴染めず、地に足が着いていない自分がいた。そんな浮ついた気持ちが、この度の正体バレを起こしてしまったのだと思う。
普段から気を緩めることに慣れていない為に、戦士としてのスイッチの切り替えが円滑に行えなかったのだ。
「いや、お前が迂闊すぎるだけだろ」
「確かに」
幼馴染のルオに正体がバレた翌日――俺は母校である私立したらば高校の昼休み時間、昼食を摂りがてら屋上にて緊急会議を開いていた。
同じアスキーエースの同僚であるアスキー・ゴールドとアスキー・ブラックに対して、昨日の出来事を嘘偽り無く打ち明けたのである。もちろんこのことは上司である司令にも報告したのだが、同じ機動部隊である彼らの率直な意見が聞きたかったのである。
親しい人間にすら正体を打ち明けることができないヒーローの苦悩は、同じ立場である二人にこそ共感してもらえると思ったのかもしれない。ほら、ゴールドなんか正体バレの常習犯だろ?
「そりゃあ、俺だって彼女の何人かにはバレちまってるけどさぁ……流石にそんなバレ方はしねぇって」
同じ高校生ヒーローの立場ならわかってくれると思ったんだが、当の本人たちからの意見は予想以上に辛辣だった。
二丁拳銃を武器に戦う黄金の射手アスキー・ゴールド。その本名は「
黒髪中背の端正な顔立ちのイケメンは、一見人畜無害そうに見えるが、この男もアスキーエースらしい中々の問題児だ。
具体的に何が問題児かと言うと、モテることだ。それはもう尋常じゃないぐらいモテる。泣かせた女の子は数知れず、下は小学校高学年から、上はアラサーまで交際しては別れてきた太ぇ野郎だ。現在進行形で十人ものハーレムを築いているらしいが、男女問わず刺された回数も片手では収まらない。
名前と言い、その人物像と言い、この男を見ているとやる夫スレレジェンド俳優である氏ね様を思い出す。この間例のアニメ最終回を見せてみたのだが、この男は「俺は刺されても死なないからおk」とか脳天気に言ってみせたものだ。ヒーローらしい潔さだがヒーローらしからぬ不埒さである。
「自覚はしているが、お前にだけは言われたくねぇわ」
しかし付き合ってきた女の数だけ正体バレのリスクを負い、実際何度となく正体バレを経験してきた彼だ。
だがそれでも一度も苦労している様子を見せたことがないゴールドなら、何かこういい感じのフォローを思いつく筈である。
だから協力してほしいだろ、戦友的に考えて。
「やだよ、なんでお前の為にそんなことしなきゃいけないんだ」
そこをなんとかしてほしいだろ! 同じアスキーエースの仲間じゃないか!
「ハッ、それが人に頼む態度か? 土下座しろ土下座!」
「じゃあいいや、ブラック助けてくれ」
「おい」
「はは……」
どうやらゴールドは助けてくれないようだから、もう一人の仲間の方に向かって土下座することにした。
もう一人の仲間――混沌の騎士アスキー・ブラック。本名「
変身時はTHE・厨二ヒーローって具合にイカした黒騎士の姿になるのだが、彼自身は至って温和かつ礼儀正しい性格である。
身長は俺と同じぐらいひょろ長いが、見た目は至って普通の高校生であり、丸刈りにした髪型も相まってモブキャラ感が漂っている。その姿だけ見れば、どう見ても世界の危機に立ち向かったヒーローには見えないだろう。
しかし、彼もモテる。しかもそれは誠氏のような男女の恋愛的な意味ではなく、もっと別の、カリスマ的な意味でとてつもない人気があった。
人徳もあるが、何かこう言葉に言い表すことができない謎のオーラが出ているのだ。そんな彼は、何故かただ廊下を歩いているだけで男女問わずサインを求められることが多々あった。
さしずめ、俺がやらない夫なら、コイツはいかない夫さん、であろう。この三人のまとめ役でもある為、俺もこの男のことはヒーローとしてはもちろん、一人の男としても尊敬していた。
そんなアスキー・ブラックこと一家内央麻は俺の頼みを真摯に受け止めると、食べ終わった弁当箱の蓋を閉め、熟考のポーズを取りながら言った。
「古矢琉音さん、と言いましたね。その方は貴方に対して、どのくらい追及してきましたか?」
やはり同僚として、第一に気になったのはそこだろう。
仲間の一人の正体がバレたことで、自分にも跳び火する可能性がある。その件関しては既に司令とも話を付けているが、ヒーローのまとめ役であるブラックにも伝えることにした。
「あまり問い詰めてはこなかったな。アイツもヒーローの事情っていうのはすぐ察してくれて、俺の正体にも最初は驚かれたけどすぐ納得した感じになって、今朝からは何事も無かったように接してくれている」
「ふむ……そうですか」
そう。
正体バレしたあの時、ルオは深く問い詰めてこなかった。アイツはヒーローマニアでこの二人のこともめっちゃ応援していたのだが、いざ俺がアスキー・ホワイトだと知ると言葉少なく、一言謝るとあっさり自分の家へと帰ったのである。
それが下手な気を遣われたのはわかっている。あっちの方は子供の癖して、俺が思っていた以上にルオという幼馴染は大人になっていたらしい。
「いい女じゃねぇか!」
「大凡、ヒーローの正体を知った者としては最良の反応ですね」
ああ、少なくとも俺の正体を拡散するようなことはしないだろうよ。
ただ、知らなくていいことを知ったことでこの先アイツが俺たちのバカ騒ぎに巻き込まれるかもしれないと思うと、気が気じゃなくてな。
アイツもそう思ったからこそ、今朝は何も見なかったように振る舞ってくれたんだろうが。
「本部に行けば記憶の処理も出来なくはないでしょう。しかし……」
「記憶処理は、消したくない記憶も消してしまうリスクがあるんだろ? そんなのヒーローがすることじゃないだろ、常識的に考えて」
「まあバレる時はあっさりバレるもんだ。ウダウダ悩んでたってしょうがねぇよ」
「経験者は語りますね」
「うっせぇ」
……まあ、あのままアイツと友人付き合いしていたら、遅かれ早かれその時は来ていたのだろう。思い返すと、アイツも時々俺のことを疑っていたような節もあったしな。決定的になったのは昨日だったというだけの話だ。
確かに、ウダウダ悩むのは建設的じゃないだろ。バレた時はバレた時なりに上手く付き合っていくしかないわけだ。
今目の前にそれを実践している仲間がいることは、俺にとっては頼もしい話だった。
そんな先駆者――アスキー・ゴールドこと清船誠氏が言う。
「この際、あの子と婚約しちまえよ。そうすりゃ四六時中監視できるぜ?」
「そりゃ酷いだろ常識的に考えて」
いちいち判断が早いやっちゃな下半身的に考えて。
そんなことを繰り返しているから何人も囲う羽目になるんだろ。
「別に俺苦労してねーし。ハーレム最高」
ゲス顔で言い切ってみせたゴールドの考えは、実に男らしいが常識的に考えてリスペクトできないものだった。
しかしこの場で最も頼りになるまとめ役、ブラックの意見はそんな彼に追従していた。
「いえ、ゴールド……誠氏の言うことには一理あります。家族になってしまえば、我々の仲間にも優先的に庇護してもらえますからね。僕個人としては気が進みませんが、そういう意味では悪い提案ではないと思いますよ」
もちろん、古矢さんがどう思っているかが一番重要ですが――そう続けられたブラックの言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。
「えっ、普通に嫌だけど」
「だよな!」
これがラブコメ系やる夫スレの主人公なら、今まで仲の良い幼馴染としか思っていなかった異性へのどうたらこうたらで悶々としていたところかもしれない。
しかし、俺は常識的な人間である。
常識的に考えて、まずあり得ないだろうなと思いながらゴールドの提案を馬鹿正直にルオへと告げてみたが、予想通りと言うべきか奴はあっさりとした反応で断ってみせた。
「そんな理由で婚約とかマジないわー。なんで目に毒な光景見せられた上にルオの将来まで決められなあかんのや」
「ごもっともだろ。目に毒じゃないが」
乙女の柔肌ではあるまいし、俺の美しいポージング姿を見ただけで責任を取らされるなど確かに堪ったものではないだろう。
帰宅後、今日も何事も無かったように家に上がり込んでレッドちゃんプラモの改造を進めに来たルオの返答に俺は安堵する。
ルオは一晩挟んで、そして俺は二人との相談を挟んだことで今ではすっかり冷静さを取り戻していた。
揶揄う余裕も出てきたのか、ルオがパーツをヤスリ掛けしながら、ニヤついた顔で言ってきた。
「おうおう、もしかして期待してた? してた?」
「いや、寧ろ安心しただろ常識的に考えて」
「うん、お前はそういう奴だわ」
悩んでいた俺を見てマウントを取るチャンスだと思ったようだが、まだまだ甘いなルオ。そんな程度で動じる俺じゃないだろ。
それに……
「よくよく考えると今更の話だし、要らない心配だったからな」
「ん……心配?」
お前が正体を知ったことで、いつか訪れる俺たちの戦いに巻き込んでしまうことを恐れた。だがそれは親しい関係である以上、前までも同じリスクはあった。
つまり正体がバレようがバレなかろうが、俺がやるべきことは今までと何も変わらないということだ。
「この先お前がどんな危機に陥ろうとも、俺はお前を助けに行く。俺がお前を守るのは、昔から何も変わらないだろ」
アスキー・ホワイトは常識の守護者。お前を襲うような非常識は、何があっても許さないだろヒーロー的に考えて。
そう宣誓する俺に向かって、ルオはヤスリ掛けの手を数秒止めた後、吹き出して笑った。
「ははっ、ワロス」
「こら、せっかくヒーローっぽいこと言ったのに!」
いつもの調子で言った後、何事も無くヤスリ掛けを再開していく。
まったく、空気の読めない奴である。
「……とっくに助けられてるよ、ばーか」
さて、俺も何か積みプラでも消化しておくか!
そうだな、今日は俺を作るとしよう。MGアスキー・ホワイト(エクストラ・フィニッシュ・バージョン)。最近販売したばかりのキットで、俺の可動域を完璧に再現した見事な出来栄えだと評判だろ。
ちょっと改造すればやらない夫も作れそうだしワクワクするだろ。
「自分のプラモを組むってどんな気持ちなの」
「普通に楽しいぞ? アイドルだって自分のグッズが売れたら嬉しいだろ常識的に考えて」
「それならさ、今度レッドとブルーに会ったらお願いしてよ! グッズ出してーって!」
「まあそれは構わんが……いつ会えるかわからんぞ?」
ヒーローの幼馴染がいて、真っ先に頼むのがそれとは。平和的な友人で何よりだろ。
ただ、ブルーはともかくレッドはまず受けてくれないだろうなぁ。明らかにそういうの嫌いですって態度してたし。
パンデミリアンとの戦いだって、ブルーが強引に引っ張ってこなきゃ共同戦線すら張れなかっただろ。なんだかんだでブルーの言うことだけは考慮してくれるけど、ありゃあ根っからの一匹狼気質だな。
「解釈一致やー!」
そこ、興奮するところか。
「当たり前じゃん! クールで無愛想なレッドと、明るくて気さくなブルー! 性格は正反対な二人だけど、戦う時は阿吽の呼吸でお互いを支え合う! どっちが受けでも成立するベストカップルだって常識だよ常識!」
「日本を守りたくなくなるだろ常識的に考えて……」
「つまりレブルがジャスティス! 間に挟まろうとする奴は死ねばいいよ」
カップリングの話になると早口になるだろ。どうでもいいがレブルって言うとなんだか凄くスペシャルな漫画っぽいな。俺はレイエ派だろ常識的に考えて。
パンデミリアンとの戦いでは、見目麗しいヒロインは二人組で行動することが多かった。それ故に、彼女らはその手の人気も根強い。去年ルオと行ったコミケでは恐れ知らずの奴らが百合ん百合んな本とかえっちい本とか出しまくっていただろ。買えるだけ買っておいたわ。因みに俺たちアスキーエースでは主にブラックとゴールドが被害に遭っている。まあ平和だって証拠だろ。
思えばそういうくだらないものこそが、自分が守れたものに対する実感を得られるものなのかもしれない。でも俺を巻き込むのは勘弁な。