《起きるだろ。常識的に考えて……常識的に考えて……常識的に考えて……常識プチッ》
嗚呼、今日も素晴らしい朝が来た。
愛用のやらない夫型目覚まし時計を止めた俺は、清々しい寝覚めで朝を迎えた。もちろん、この目覚まし時計は俺の自作である。やらない夫のAA職人は時々意味のわからない面白AAを作るから堪らないだろ。
気分は快調。ヒーローたる者、有事の際はいつでも出動できるように備えておかなければならないからな。だからこそ俺は、日頃から始動の早い身体を作るように訓練していた。かのでぇベテラン声優のように、寝起きからかめはめ波を叫べるぐらいが理想である。肝心な時にヒーローが舟を漕いでいたら話にならないだろ常識的に考えて。
そんな俺は早速外出の支度を整えると、厨房に立って今日も元気に朝食を揚げていく。その際、「食材どもよ、我が力によっておいしくなるがよい! ゲーッハッハハ!」と元気に高笑いを上げるのは忘れなかった。
やらない夫と言えば料理上手であり、料理中は常にハイテンションの男である。俺もそんな彼に倣い、人並み以上に料理ができる男だった。
そうしているとカウンターの向こうでいつの間に我が家に上がり込んでいたのか、二人分の食器を並べながら我が物顔でダイニングテーブルに待機しているルオの姿が見えた。
お前の分も作れと? いいだろう! お前の、お前だけの為に美味しく、美味しく仕上げてくれるわぁ!
「へい! トンカツ定食お待ちぃ!」
「うお、朝から重いなぁ……おいしそうだけど」
「揚げ物は得意分野だろやらない夫的に考えて」
「はいはいありがとありがと」
朝は胃にもたれる料理を好まない者が多いが、俺的には朝食こそがっつり摂りたいタイプである。特に俺たちの日常はカロリー消費が激しい為、食生活には細心の注意が必要だった。
パンデミリアンと戦っていた頃はとにかく時間が惜しかったのでサプリメントや流動食で済ませることが多かったが、今は平和になったのだ。自分が美味い物を食べる為にも、せっかく覚えた料理の腕を腐らせておくのはもったいなかった。
……うむ、外はサクサク、中はジューシー、我ながら良い揚げ具合だろ。野原ひろしじゃない人も絶賛するクオリティだろ。目の前でちまちまと咀嚼しているルオの顔もわかりやすく綻んでおり、自然と俺の頬も緩んだ。
天気は快晴で、絶好の行楽日和である。
そんな日に俺たちが向かったのは、市の駅の近くにある映画館だった。
今日は世間で一番アツイ映画である「映画アスキーエース 〜パンデミリアン襲来〜」の公開日である。
俺たちアスキーエースとパンデミリアンの戦いを描いたというその映画は、人気芸能人を惜しみなく投入した贅沢な布陣に加え、日本のCG技術をふんだんに注ぎ込んだ超大作とのことだ。これは当事者として見に行くしかねぇと期待に胸を膨らませながら、ルオと共に拝見させてもらいに来たというわけである。
まあ、当のルオはと言うと期待よりも不安の方が大きいようで、今朝からジト目でパンフレットを見つめていたが。
「なんかすっげぇ地雷臭がするんだよなー」
「そんなの見てみなきゃわからないだろ常識的に考えて」
「当事者的に、楽しみなもんなの?」
「そりゃ楽しみだろ! 俺役の人すっげぇイケメンだったし」
「そういうところが不安なんだよ……いかにも狙いすぎてて」
「捻くれてんな。こういうのは楽しまなきゃ損だろエンタメ的に考えて」
「それはそうだけど」
ルオの推しであるレッドとブルーが一切PVに登場していなかったことや、ヒーローたちが全員人気アイドルグループながら演技経験無しの若手だったりと、そこはかとなく不安を感じる要素が揃っているのはわかるが、見る前からネガティブな思考に固まるのは良くないことだ。何事も自分の目で見なければ本質は掴めないし、売られた映画は定価で買う。それが俺のポリシーである。
「バカ映画感覚で見ればいいんだよああいうのは」
「……私は時々お前のことがわからなくなる」
「ははっ、私はいつもお前のことがわからんわ」
ほら、道行くあそこの女子高生たちもああ言っているだろ? 不安なら期待値を低くして見ればいい。面白かったらそれでいいし、つまらなくてもダメージが少なくて済む。映画なんてそれでいいんだよ。
……ってか、あの子らすっげー美人だな。目の保養になるだろ男の子的に考えて。
「ほうほう、ナイオはああいうのがタイプと……ふむ、ええのうええのう!」
「ニヤニヤすんなよレズっ子が」
「レズじゃねーし」
二人の姿に思わず見とれていると、ルオがにゅっと隣から覗き込みながら同意を返す。
ラブコメヒロインならこういう時、嫉妬で俺の脇腹を小突いたりだとかそういう可愛い一面を見せる場面かもしれないが、おあいにくとも彼女の感性は男の子に近い為、妙な空気になったりすることはなかった。
さて、そうこう話している間に映画館に着いた。
見せてもらおうか、俺たちアスキーエースを描いた日本映画のクオリティーとやらを!
うん……まあまあの出来でしたわ。期待値のちょっと下ぐらい。映像は綺麗だった。いやあ、日本のCG技術も上がったもんだろ!
今見た映画の余韻に浸りながら映画館を速やかに後にすると、人混みから離れたところで開口一番にルオが言った。
「糞映画だったね」
「面白い糞映画だったからいいじゃない! やる夫が人生でいいじゃない!」
「どんな地獄だよその人生」
……うん、なんかこう、評価のし難い出来だったな正直。
ああ、つまらなくはなかったのよ。戦闘シーンは派手だったし、ゴールドが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく場面とか、月をバックに舞い降りるブラックの登場シーンとか、イケメンすぎる俺とか、エンタメ的に楽しめる場面も多かった。俺含めて三人ともカッコ良く演じられていたし、何なら本物より美化されていたぐらいだ。
ただ、こう、何というか……
「意味の無い冗長な会話が多すぎるし、四人目の知らないヒーローとか出てくるし、主演は顔はいいけど大根過ぎるしヒロインはルーさんみたいな喋り方だし、なんか大体予想通りだったわ……」
そうそう、そんな感じ。PVでは派手な戦闘シーンを推していたのに、蓋を開けてみればやたらと会議シーン(特に伏線とかではない)が多く、主役の出番も少なく眠くなる展開が続いた。内容の内、見たいところは全部PVに詰まっていた映画だったのだ。あとよくわからないオリキャラが出ていた。大人の事情で出せなかったレッドとブルーの代わりに出したんだろうけど、なんか雑に登場して雑に強くて、終盤になるともう全部アイツだけでいいんじゃないかってぐらいに暴れていた癖して、なんかよくわからないままあっさり死んだ。構成的には盛り上がる筈のシーンなのに、展開に説得力が無さすぎて置いてきぼりになったのである。
糞映画と言うには普通に面白かったんだけど、傑作と言うにはおこがましい。そんな感じの、よくある雑な映画だった。俺としては戦闘シーンの見応えだけで及第点ではある。あと入場特典でアスキー・ホワイトのミニフィギュアを貰えたのが良かった。大切にしよう。
「で、あれってどのぐらいノンフィクションなの? オリキャラは置いておいて」
「ああ、ほとんどフィクションだよ。史実通りなのは俺がいい男だってところぐらいかな?」
「ハハッワロス」
あの戦いには、秘匿事項が多いからな。ノンフィクション映画なんかはなから無理だとわかっていたし、だからこそ俺は最初からエンタメ映画として見ていた。なので脚色部分には落胆もせず楽しむことができたが、ルオの方は思いの外ガッカリしている様子だった。
あっ、でもルー語で話す博士役のヒロインは再現度高かったと思う。本物は男だけど。
まあそういう映画で。
「ゴジラを足せばもっと面白くなったかもな」
「出たなラドン信者」
サプライズゴジラ理論である。
今回の映画は特撮ヒーロー物にしては中途半端にリアルに寄せすぎていて、かと言ってリアル路線で描いたにしては雑すぎた。ならばいっそゴジラでも足した方が面白かったであろうことは間違いない。シリアスもバトルもシュールギャグさえも完璧に全うするゴジラはすげぇよ……ということを改めて再確認しながら、俺たちは帰りのバス乗り場へと向かっていく。
そう言えば、ああいうドラゴンタイプの怪獣とは戦ったことなかったなと思い出す。
パンデミリアンの外見はどいつもこいつもグロテスクな異形って感じだったし、正統派な怪獣とはまだ俺たちも戦ったことはない。戦ってみたいかと言われれば、もちろんNOだが。
「裏」の世界にはきっと、ああ言った怪獣もいるんだろうな。フィクションならなんぼでも足していいが、現実世界には足してほしくないもんだろ。苦笑しながらそう思った。
――そう思った、丁度その時だった。
二年間の平和が、終わりを告げたのは。
怪獣映画を見たくなった俺の思考がフラグになってしまうなど、夢にも思わないだろう。
しかし、それは現れた。人混みが賑わうこの町の中に、大地の激震させながら。
「!? な、なんだぁ!?」
「ちっ!」
「ふぎゃっ」
唐突に地震が起こり、危うく転倒しそうになったルオの身体を強引に抱き抱えながら身を伏せる。
現代の建物が崩落するほどではないが、立っていられないほどの強い揺れだ。
この時俺の頭の中には、嫌な予感が過ぎっていた。ヒーローとしての勘という奴である。
この揺れが自然災害ではないことに、何となく気づいていたのかもしれない。
そして、その予感は正しく証明されてしまう。
隆起していく交差点のアスファルトを突き破りながら現れた、一体の「
「おいおい……冗談キツいだろ常識的に考えて」
怪物の存在を目にした人々からざわめきが広がり、程なくして悲鳴が上がる。
馬よりも遙かに発達した強靱な足腰を持ち、腕は短いながらも手は大きく、両手を覆う赤い鱗はボクシンググローブのように見える。
全身は緑色の皮膚に覆われており、丸みを帯びた大きな眼差しが動揺する人々を見渡していた。
全長は推定約15メートル。その姿はゴジラでもアメリカのアレでも無いが、まさしく正統派なドラゴンタイプの怪獣だった。
「むぐっ……おい、苦しいんだけど」
「ああ、すまん」
「なんだなんだ険しい顔して? そこに何かいるの……って、アレは!?」
揺れがおさまったところで抱きかかえていたルオを離すと、俺の神妙な顔を見て彼女も視線の先にいる怪物に気づき、その姿に言葉を失った。
ああ、俺も驚いている。
そこに怪獣が現れた――と言うことはこの際いいとして、現れた緑色のドラゴンの姿が、どうにも日本国民にとって見覚えのあるカラーリングをしていたからだ。
その姿はまるで、世界中の人々に愛されているゲームキャラクターの……
「ねえ、あれってヨッs」
「DETTEYOUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッ!!」
ヨッシーではない! でっていうだコレ!
ルオが危うく言いかけた元ネタの名を遮るように、緑色のドラゴンが甲高い鳴き声で咆哮を上げた。うるせぇ!
特徴的な咆哮は人々の鼓膜を震わせ、脳神経を威圧していく。
比喩抜きに窓ガラスが破れそうな咆哮である。慌ててルオの耳を塞いでやったのはいいが俺自身の頭がガンガンするだろ。
しかしこの異常事態……あの怪獣が撒き散らす災いが、騒音だけで済む筈が無いだろう。
やれやれと首を振りながら、俺はやれやれ系やらない夫AAのようにフッとため息を吐く。平和が壊れる時は、いつもこうだ。
だが人々にとって幸運だったのは、俺がいるこの場所に奴が現れたことか。
俺にとって不運だったのは、ルオがいるこの場所に奴が現れたことだが。
「ルオは逃げろ」
ルオの耳から手を離すと、呆けたような顔でこちらを見つめている彼女の顔を見据えながらそう命じる。
すると、彼女もハッと現状をすぐ認識したようで、俺の言葉にコクコクと頷いてくれた。
実を言うとかつてパンデミリアンが襲来した時、彼女も何度か過去に出歩いた先でこういった事件に巻き込まれている。それ故に、並の市民よりはトラブルに慣れており、冷静な対応が出来る子だった。プロ市民という奴だ。
そんな彼女は俺の目を見つめ返すと、心配そうに問い掛けてくる。
「……戦うの?」
もちろんだろ、ヒーロー的に考えて。
その為に俺は今、ここにいるんだからな。
「悪いな。楽しい平和は終わりのようだろ」
アスキー・オーブを掲げ、目映い光と共にアスキー・ホワイトへと変身する。
二年ぶりの実戦になるが……相手が「でっていう」擬きとはな!
でっていうとは、かの国民的ゲームの人気キャラクターをモデルにした2ch派生のAAキャラクターである。本物のスーパードラゴンとは似て非なる不細工な外見をしており、やる夫スレではひたすらにウザいキャラ付けをされていることが多い。
因みに俺はそのでっていう、2chAAの中ではやらない夫の次に大好きである。でっていうが良いキャラをしているやる夫スレにハズレ無しという持論を高らかに叫べるほどには、俺はでっていうのことを気に入っていた。
だからさ……
「DEDEDE! DEDEDEDE!? DETTEYOUUUUUUU!!」
「うっせぇぞこの野郎!」
芝が足りねぇし、微妙に発音がおかしいんだよパチモン野郎ッ!
どういうわけか知らないが、でっていうを連想させるカラーリングをしている癖して色々とコレじゃない感を漂わせているドラゴン怪獣をいの一番に蹴り飛ばすと、俺はやらない夫を目指すヒーローとして怒りに打ち震えた。