「ぐっ·····ぁ·····」
冷たく鋭い刃が、腹の肉を貫いた。
遅れてくる熱と激しい痛みに、ライは眉を顰める。
根元深くまで入れられた剣を持つ手は、少しだけ震えていて、仮面の中からは微かに嗚咽が漏れて耳を掠めた。
(あぁ、スザクには悪い事をしてしまった·····)
ライはゼロ……スザクの体に垂れ掛かると、仮面を撫でながら、初めてできた親友の1人に最後の言葉を投げかける。
「すまないスザク。辛い役目をさせてしまって……でも、これで世界の憎しみは僕に集まり、過去から蘇ったブリタニアの始祖、狂王ライは……正義の味方。ゼロが討った」
「ッ!……ラ、イ……」
「枢木スザクという存在は無くなるけれど、君と、ルルーシュがいれば……きっと世界は……優しい世界は実現する。君はその為に、残りの人生を捧げてくれ」
「ッ!!そのギアス……確かに受け取ったッ」
ずるり、と。
腹から剣が引き抜かれた。
体に力が入らなくなったライはよろける様に一、二歩程進むと、そのまま前のめりに倒れる。
少し傾斜がかかっている壁を滑るように落ちて、自分の視界に映る景色が次々と変わる。
そして行き着いた先。最初に目に入ったのは美しく鮮やかな『紅』の髪。
「ラ……イ……?」
カレンの震えた声が、耳を掠めた。
目を見開いて、まるで信じられないものでも見ているように呆然とした顔をしている。
「貴方達が……やろうとした事って」
どうやらカレンは気付いたようだ。
ライは応える代わりに、少しだけ微笑んで見せた。
「ッ!ライ!」
カレンは手が血で汚れるのも構わずにライの手を握ると、そのまま自分の頬に押し付ける。
「いやッ!ライお願い!!死なないで!!」
そう言いながら、カレンは叫んだ。瞳は涙で滲み、とめどなく流れては、頬を伝って地面に落ちていく。
(なんだか、最近は泣かせてばかりいるな……)
苦笑を漏らしながら、枷に繋がれているもう1人の親友、ルルーシュに視線を送る。
ルルーシュは涙を流しながら、小さくだがしっかりと頷いてくれた。
ライはそれに、さらに笑みを深めてカレンに視線を戻すと、言葉を発する為に口を開く。出来るだけ優しく、穏やかな声で。
「すまない、カレン。君には酷い事ばかり言って、悲しい想いをさせてしまった……」
頬に寄せられた手を握り返し、カレンに向かって最後の言葉を投げかける。
「後の事はルルーシュ達に頼んである。君は、新しい人生を歩んで……幸せに……」
「いやッ!貴方のいない人生なんてッ、そんなのいやッ!!幸せになんてなれない!貴方がいないと意味がないッ!!」
「……参ったな」
このままでは、彼女も後を追ってきかねない。
だから力を使った。呪われた力を。愛する人に向かって、ありったけの願いを込めて。
これが、ライの最後のギアス。
「カレン、君は……生きて」
目の奥から赤い鳥が羽ばたく。
強い力が放出され、カレンの涙で濡れた瞳に、ギアスにかかった者特有の紅い縁取りが浮かび上がった。
「……うん、生きる!生きるから!!貴方も生きてよ!!私と一緒に……生きてよッ!!」
顔をぐしゃぐしゃに歪めて、カレンはあらん限りの想いを込めて叫んだ。
死なないで欲しい。
ずっと傍にいて欲しい。
だけど、ライはただ困った様に微笑むだけ。
「お願いだから、一緒にいてよ……ライ……ッ」
だがその想いは届かない。ライの腹部から血が流れていく。掴んでいる手がどんどん冷たくなっていく。
それでもカレンはライの手を強く握った。自分の体温を移すように、強く。
(ああ……サクラもこんな気持ちだったのだろうか?)
ライはそんなカレンを見つめながら、自分に微笑んでくれた妹の顔を思い出していた。
『お兄様……どうか、生きてください』
それが妹の最後の言葉だった。
自分はどうなってもいい。ただ、愛する人には生きていて欲しい。
生きてさえいれば、きっと次の幸せがあるから。
なんて身勝手で、我儘で、残酷な願いだろう。
(ふふ……似た者兄妹だったな……)
「ありがとう、カレン。僕に色をくれて、一緒にいてくれて…」
(愛してくれて…)
続きそうになる言葉をグッと飲み込む。本当の言葉を胸に隠してしまい込む。
「ありがとう……さよなら」
言葉を話すのも、これで限界。
目線をカレンから空に移せば、抜けるような青空が広がっていた。いつしか彼女と交わした、たわいもない会話が蘇る。
『君といる時はいつも晴れているな。もしかして君は晴れ女?』
『そう?貴方が晴れ男かも』
『もしくは雨男と雨女で相殺……』
『あら、じゃあ私達、なるべく一緒にいた方が皆の為ね』
カレンと打ち解けたと感じたあの日。
何気なく交わしたあの言葉が、それが今ではこんなにも眩しい。
お互いが笑いあった、楽しい日々。
一緒に過ごしていた穏やかな日常。
懐かしく感じる尊い記憶。
出会った頃は記憶を失っていた癖に、いつの間にかこんなにも思い出が出来てしまった。
(ああ……嫌だな……)
――ずっと、嘘をつきたくないと思っていた。
だが結局、父親が皮肉で付けた名前の通りになってしまった。
(ライアー。『嘘つき』。ふっ、今の僕にピッタリだ)
ずっと嘘を付いている。本心を嘘で包んで。皆の、彼女の負担にならないように。
いや、本当は自分の為なのかもしれない。本心を言ってしまえば、決意が揺らぐ。
全てを投げ出して、彼女と一緒に逃げ出してしまいたくなる。
(なんて無様で弱いんだろう)
だから嘘をつく。仮面を被って、心にもない事を言って。自分の気持ちを隠して。
ずっと嫌いだった名前。それが、今では少しだけ可笑しい。
「いや!私は『さよなら』なんて言わない!!言いたくないッ!一緒にいてよ!ライ!私を置いていかないでよッ!」
カレンが叫んでいる。
紅い髪を乱して、空色の瞳を涙で濡らして。
(ああ、綺麗な色だ)
血のようで嫌いだった紅。大好きになった紅。
ずっと好きだった空。愛した人の瞳と同じ空。
(最後に見れてよかった)
だが、それも段々と薄れていく。視界が歪み、色が霞んでいく。
最後に微笑んだ。
上手く笑えているだろうか?
「ありがとう。カレン」
(ありがとう。僕の愛した人)
体が冷たく重い。瞼もだ。もう目が開けられない。強烈な睡魔に似た感覚がライを襲い、すぅっと目を閉じる。
「ライ!いやッ、いやあぁぁああああッ!!」
カレンの絶叫を最後に、ライの意識は…………
途絶えた。