「はぁ……はぁ……っ!」
逃げ出した先、ハードコアディメンション・ヴァルガで、どうして私、ユメは追われているのだろうか。
いや、答えなんてものは簡単にして単純。一言口にしてしまえばそれで終わってしまうぐらいにあっけないものである。
――ヴァルガ民は血に飢えている。
それは紛れもない事実であり、健全なダイバーたちがダイブすることすら好まない。
元々ここは表向きは「いつでもフリーバトル」というのがコンセプトとして作られたが、横行する初心者狩りにマナー違反ダイバー、煽りダイバーなどなど、この世のネトゲとしての闇を詰めに詰めた最後の処理場として作られた場所だ。
故に、ここに集まっている人たちは、だいたいそんなモラルの欠片もないチンパンジーたち。加えて中級者以降の腕試しに潜っている人、もしくはG-Tubeの話題作りに潜っている人など、ロクな人間がいない。
刹那的とは言え、ストレスを発散したいと思った私は、ここに足を向くのは自然とも言えた。
だけど、ここはそんなに甘くない場所だってのは、誰よりも分かっているつもりだった。
ビームカービンを乱射して、迫りくる大量の追ってを巻こうとするが、目の前にはIフィールド・ハンドによる結界。こんな時シロクローストライカーなら、と後悔していた。
よりにもよって今日は接近戦ストライカーパックである『ニーハオストライカー』なのは本当に運が悪かった。
接近戦を生業としたノワールストライカーをベースに改良したバックパックは2門のレールガンとビームブレイド、腰アーマーに装備していたシロクローピストルの3種類しかない。
レールガンを打ち込んでみるも、今度はVPS装甲のインパルスガンダムが間に入ってシールドを展開する。
明らかに分が悪い。有名な初心者狩りである『モヒー・カーン』たちの悪党団よりも統率されていて、なおかつ練度が高いであろう集団は『ハンターズ』と呼ばれるフォース。
有り体に言ってしまえば組織を組んでありとあらゆる相手を対応している集団だ。
初心者狩りを狩っているわけではなく、ただ楽しんでいるだけ。それだけに、今の状況は私という獲物を獲らんがために追いかけるハンター。
『シルバー4、テンポが1秒ずれている』
『すみません。以後気をつけます』
要するにガチ勢、という奴らに目をつけられた私は防戦一方だった。
「ただの乙女を追いかけるのがそんなに上等ですか!」
『すまんな。だが、見つけた獲物は地のそこまで追いかける。それが俺たちハンターズだ』
聞く耳持たず。こういう相手はこっちの色恋沙汰なんて知ったことはなさそうだ。
なんて厄介で、しつこい相手。……せんぱいにとっての私も、そうだったのだろうか。
いやいや、落ち込んでいる場合じゃない。なんとか逃げなきゃ。逃げて、逃げて……。
――逃げて、どうすればいいんだろう。
この『ハンターズ』からも逃げて、ユウシくんからも逃げて。
私、逃げてばっかりだ。ユウシくんに見せてもらった勇気を、私は結果を聞けずに無駄にした。
本当はもっとうまくやるつもりだった。安価がどうこうとかじゃない。あの後上手いフォローの仕方をすれば、それでよかったはずなんだ。
なのに……。
目の奥が熱くなっていくのを感じる。
涙を流したい気持ちを必死に堪えて、襲いかかってくるビームの雨を対ビームシールドで最低限のダメージにしていく。
リアルだってそうだ。高嶺の花なんて言われていたけど、もっと勇気を前に出して足を相手に向ければ、孤立することなんてなかった。
情けない。なんて情けない女。そんなだからいっつも逃げてばっかりなんだよ、ユメ!
怒りを抱いても、ぶつける相手は目の前のハンターズしかいない。
戦いは待ってくれない。だったら、私の悲しみと自分への怒りを、相手に八つ当たりするしかなかった。
編隊は5機。それぞれインパルスにX3、ビーム攻撃のヴァーチェ。あとはグリモアが2機。
今は泣く時じゃない。武器を持って戦うときだ。これはシンプルな八つ当たり。逃げるための八つ当たりだ。これに勝っても負けても何も変わらない。だけど、スッキリさせた方が、気持ちいいでしょう!
『来るかッ! シルバー2、前へ』
前腕部のIフィールド・ハンドはビームしか無効化できない。
ビームカービンだけは防がれるけれど、同時にレールガン、これならどう?!
羽根のようなバックパックから放たれたレールガンはまっすぐな弾道を描きながら、クロスボーンX3の前まで飛んでいく。
しかし、今度チェンジしたのはヴァーチェ。GNフィールドを展開し、レールガンをも防いでみせた。
軽く舌打ちをする。ヴァーチェが前に出てきたってことは……。
ヴァーチェの射線を確認する。真っ直ぐ私の元へと線が引かれているようで。
『GNバズーカ、発射』
桃色の粒子ビームが高濃度出力で射出される。
ニーハオストライカーのスラスターを最大出力にして、側部へ展開。引いたラインの先では警戒を怠っていたダイバーたちのガンプラが融解して爆発。ゲームアウトする。
だが、それも織り込み済みだったのだろう。今度はインパルスとグリモア2機による連携攻撃。側部へ避けた私を待っていたのは、ビームライフルとサブマシンガンの弾。
避けきることのできなかった私は右足の切断と耐久値が大幅に減少する。
「きゃあっ!」
彼らの連携は完璧だ。1つ1つの行動にしっかりと意味が込められている。
恐らくフォースバトルトーナメントではそこそこの戦績を収めているのだろう。
だからって女一人にやるような攻め方じゃない。時代が時代なら打首にされててもおかしくないほどだ。
でも、ただでやられてたまるか! 左腰に装備されているクナイ型の爆弾であるスティレットを左手で投げつける。相手はグリモアだ。
『くそっ! カバームーブ!』
「遅い!」
突き刺さったスティレットは推進器で加速、鋭利な先端が標的に突き刺さった瞬間、大きな爆発を起こす。これで1機!
『タケナカー!』
「2つ目っ!」
次に厄介なのは盾役に徹しているフォースインパルス。
かのガンダムはVPS装甲と呼ばれる、物理ダメージを軽減する機能が備わっているが、今度はニーハオストライカーからビームブレイドを1本取り出して、煙の中から接近する。
『スズムラ! 前だ!』
『くぅっ!』
右手から振り下ろされるビームブレイドがビームサーベルに阻まれて周辺に衝撃波が広がる。だけど、VPS装甲だって万能じゃない。装甲の隙間、関節部を狙えば!
頭部に存在してるバルカン砲を連射する。精密度はないけれど、いくらか発射していれば当たる。幾度かの攻撃でもろくなった肩の関節部分が破損。勢いに乗せたビームブレイドによる斬撃がフォースインパルスの胴体を両断する。これで2機!
『だがこれ以上は!』
グリモアのビーム・ワイヤーが私の右手の前腕に絡みつくと、熱によって真っ二つに引き裂かれる。
爆発とともにノックバックした私はバックパックで勢いを殺す。
状況の確認。こっちは右肘から先がないし、左足はとっくに溶けてる。まともな戦闘はこれ以上できないが、向こうは未だに3機健在。最悪の部類だった。だけど……っ!
「私の腹いせに付き合ってもらいます。珍しく怒ってるんですよ」
左手にビームサーベルを持ち、不安定なバランスをバックパックで補う。
正直良く頑張った方だと思う。だけど、もうダメみたいです。
だから最後に特攻を仕掛けて、もう終わりにします。GBNをやめて、それでいつもどおりの孤高で孤独な日常に……。
『新たな熱源体接近! これは、バルバトスです!』
声が、聞こえた。
オオカミの遠吠えのような、合図のような。
そんな……そんなの…………っ!
「怒れ、ティターンッ!!!!」
通信から入ってくる特殊機能の合言葉の入力と共に、呼応する勇者。
その丈より大きなバスターソードを持ち、赤いビームマントを棚引かせた、私の知る限り最も信頼できる、大好きな人が。
「俺の後輩を、よくもいじめてくれたなッ!」
◇
敵は3機。エイハブリアクターのリミッターは外した。
余裕だとは思うが、万が一のことがあってはいけない。だからまずはそのスラスターを展開して、目下一番厄介な相手であるグリモアに対してロケット砲を放つ。
『慌てるな! 相手は1機だ。リミッターを外したところで!』
「ところがぎっちょん、ってなァ!」
防御姿勢は取らせた。なら次にやることはこのバスターソードを、投げつけてやることだ!
振りかぶったバスターソードを横に振り抜くように手から離してぶん投げる。
この剣は実体剣補正とナノラミネートの塗装がかけられている。目の前で襲いかかってくるバスターソードを、実際にヴァーチェが受け止めようとしたって、その攻撃は貫通する。
まんまとGNフィールドを展開したヴァーチェに対して、巨人の怒りが下るだろう。
『馬鹿野郎! それはGNフィールドじゃ!』
『うわぁあああああああ!!!!』
『カミヤ!!』
「味方のことを見てる場合かよ!」
スラスターをフル展開しながら、迫るのはグリモア。
慌ててサブマシンガンを撃ったところで、そんな動揺した攻撃、散弾でも当たったりはしない。
懐に飛び込んだ俺のティターンがナックルガードによって強化された一撃を打ち込む。これで2機!
『くそ。俺の判断ミスだ。だがッ!』
「っ! させません!」
ユメが左手に持っていたビームサーベルを俺の方へと投げると、腰にマウントされていたシロクローピストルを牽制連射する。
……なるほど、そういうことか。
『死なばもろとも!』
骨型のスラスターを展開し、X3が手に持つのはビームサーベル。ユメのパンダガーLを貫かんと、最後の特攻を仕掛けるなら、俺だって最後の最大出力を叩きつけてやる!
投げられたビームサーベルの柄を持ち、ブースターに力を入れて走り始める。
『これでッ!』
「終わるのはお前だぁあああああああああ!!!!!!」
スラスターの根本、コアファイターに該当する場所を寸分違わずビームサーベルで貫く。
幾ばくかの震えとともに、X3は機能を停止。最後にはデータの海へと消えていった。
同時にリミッター解除によるバックファイアが襲いかかってきて、ガンダムティターンが機能を停止した。
「はぁ……はぁ…………っ!」
「……せんぱい」
「帰るぞ。こんな場所にいたくはない」
「はい……」
ヴァルガはターゲットされていないフリー状態の場合でのみエリアアウトすることが認められている。
たまたま周りに誰もいなかったことが幸いし、俺たちは帰還を果たすことができた。
◇
疲れを癒やすため。いや、もうこの際色々と言うために一旦落ち着いた場所にと、テラスエリアへと足を運んだ俺たちは、とにかく会話がなかった。
おおよそこいつの気まずそうな顔を見ていれば分かる。自分に非があると思って何も言わないタイプだ。
ここはやっぱり、言うしかないか。男を決めろユウシ。ここは俺の性格通り真っ直ぐ伝えるしかないんだ。
「ユメ。あの……告白ってマジでいいんだよな?」
ピクリ。彼女の華奢な肩が小さく揺れる。
図星に刺さった音がした気がした。やっぱり、そういう体で話を進めていいんだな。
見落とす彼女の頭は垂れ下がっていて、今にも崩れてしまいそうなほど脆くて、弱くて。こいつって、こんなにちっちゃかったっけ? なんてのんきに思ってしまうほど、縮こまっていた。
「……すみません」
「謝らなくていい。俺はお前の気持ちが聞きたいんだ」
「引いたり、しませんか?」
「今更だろ」
そう、今更なんだよ。
あれだけ小悪魔ムーブしておいて、あれだけ好き好きムーブしておいて、今更嘘でした、なんてことあるはずがない。
ある程度俺の願望は入っているだろうけど、それを加味したところで恐らく彼女の想いは俺の想像に足るところにある。
静かに、ゆっくりとユメはその真実を口にした。
「初めは本当に偶然だったんです。初心者狩りに騙されて、ヴァルガに行って。襲われていたところをユウシくんに助けてもらった。ただそれだけで、私は……」
――好きに、なったんです。
神に懺悔するように、まるで人を好きになってしまったらダメだったかのような言い草で、俺は少しイラッとした。
そんなの、誰だって劇的な運命を信じたくなる。夢見がちであればあるほど。
きっと俺もそうだ。勇者ロールプレイなんて、人に見てもらいたくてやってたようなもので、そこに他意はなく、俺の一人遊び。そんなのに付き合ってくれたのは、他でもないお前だったじゃねぇか。
「気持ち悪いですよね、私。一目惚れした相手を追い回すとか。ホント、本当に何やってたんだろう……」
「……んなこと言うなよ」
ポツリと、怒りが少しだけ口から漏れていく。
声は言霊となって、人に突き刺さる。言葉は連立したものだ。だから、声は更に口から漏れ出してしまう。
「だったら……。だったらお前に惚れた俺はどうなんだよ!」
「ぇ……?」
もうなりふり構ってられなかった。
あぁもう分かってるよ。俺はこいつのことが好きだ。
付きまとわれて、鬱陶しくても、それでも離れなかったのはただ単にこいつを気に入っていたから。
それでさっきの告白めいたセリフに、俺は心を動かされた。
たった、たったそれだけなんだよ。
「だから自分で自分を卑下すんなよ。気持ち悪くない。お前の好きって一直線な気持ちは、ずっと俺に伝わってた!」
「ユウシくん……」
「……俺の女になれ、ユメ」
ぽっと咲き誇る真っ赤な花が開くのはおおよそ何秒後だろう。
俺の顔はもうとっくに熱くなってて、数秒前にはもう赤くなっている。
あぁ、ホント。お前も俺もどうかしてる。だけど悪くない気分だ。
冬の寒々しい時期。もうすぐ1月になろうとしていたリアル時間とGBNの空に、季節外れの恋の花が咲いたとか、そうじゃないとか。
俺の女になれ