神様転生したいかと聞かれれば、もちろんしたい。したいに決まっている。
ただし身辺整理をした後じゃないと両親に会わせる顔がないというか、グッズ類を友人やフォロワーに配り歩きたいし、ふしだら()な本を整理しておきたい。そうでないと死んでも死にきれねぇ。
涙ながらにそう語れば、「俗に言う『神様転生』をしないかい? 今ならロハだよ」と提案してくれるくらいに思考回路が日本のサブカルに汚染されている神様は「そうだね、身内に恥を晒したくないよね」と頷いてくれた。グッズ類を友人に託す手配をさせてくれたうえ、ふしだらな本は神様パワーで換金し通帳に入れておいてくれるという。ありがてぇ、ありがてぇと泣いた。
で、どういう力がほしいのと改めて聞かれた。行く先を指定はできないから、どんな土地でも利便性が高く応用力のある能力にしようね、だそうな。
「他人を自分が圧倒的に強者となれる領域に引きずり込んで、一方的にぼこぼこにできる能力とか良いですよね」
「例えばどんなの?」
「うーん……イルーゾォのマン・イン・ザ・ミラーみたいなやつとか」
どんな物騒な世界でも、敵の首だけを鏡の世界に連れ込めばイチコロ、もとい
「そういう外道極まりない能力は私の好みでもあるんだけど、強力すぎていけない。魚類や昆虫みたいな人間以外の動物に転生することになりかねないよ」
「虫はちょっと……お断りしたいです」
神様転生とは言うが、実はまだ私は死んでいない。今死んだら神様転生させてやるという怪しげな契約について話を詰めているところなのだ。
私は神様転生したい。強くてニューゲームしたいし、俺つえーして金をボロ稼ぎし金貨のプールで泳ぎたい。だから虫に転生するのは困る。
「――質問。付喪神みたいな、物に宿る意識というのは可能ですか。肉体はないけれど自立した意識があるとか、そういうものですけど」
「可能だね」
よっしゃ、これで勝つる。
この箱をくれたのは今はもう亡い祖父だ。京都へ出張した際に蚤の市で手に入れてきた骨董品。箱を振ればカタカタと音がするから、開けられずとも中に何かが入っているのは分かった。
蓋を押しても引いても開けられないことから秘密箱だろう、いつか開けて見せてくれと言われ、ウンと頷いたのは幾つの時だったか。少なくとも小学校低くらいの頃だったと思う。
何年も向き合ってきて遂に開いた秘密箱の中にあったのは、美しい翡翠の勾玉だった。市販品で良く見るような形が整ったものとは違う、数字の9に似た歪な見た目。もしかして歴史的価値があるものだったりして。――なんて、秘密箱に入っていたし、そんなはずもないか。日本の秘密箱の歴史はまだ百年と少ししかないのだ。
格好良いと思って買ったものの引き出しに仕舞いっぱなしだったネックレスを取り出す。邪魔そうだったのでペンダントトップはなく、このままではただの鎖でしかない。
勾玉の穴にそれを通してみれば、少し穴の方が大きく余裕がある。うんと頷いて勾玉を首に掛け服の下に仕舞った。
どうしてだろう、勾玉の触れる胸が温かいような気がする。
「勾玉パワーなのか……?」
まさかね、と笑って頭を横に振った。
翌朝、担任の外村が校庭で保護された。気が狂った様子でケタケタ笑いながら校庭の雑草をむしっていたとか。
「天罰なら良いのに」
あいつらの虐めを無視して、僕の訴えを無視して、無い顎を震わせてがふがふ笑うあの男が嫌いだった。ざまあみろ、と鼻を鳴らした。
理不尽に虐めてくるあの三人にも天罰が下れば良いのに。いっそのこと死んでしまっても構わないのに。そう思っていたんだ。
始めの一人は、河川敷で見つかった。うんともすんとも口を開かぬ廃人になっていた。
次の一人は、教室で見つかった。人の言葉を喋らず、ワンとしか鳴かなくなっていた。
最後の一人は、倉庫街で見つかった。宙を見ながら意味の無い言葉をわめき散らし暴れるので、ガチガチに拘束されて入院となった。
ああ、やっぱり、天罰なんだ。やつらに天罰が下ったんだ。
――でも、人を呪わば穴二つってことなのかな? あいつらが狂ったそれぞれの日、僕とあいつらが一緒に行動していたという監視カメラの映像があるのだと、うちにやって来た刑事二人に言われた。何か知らないかと言われても、そんな行動をとった覚えはない。どの日も僕は家にいたはずだ……寝ていたからアリバイはないのが辛い。
身に覚えはないけど、天罰が下れ、死んでしまえと思ったのは確かだ。僕の潔白を証明するために嘘もごまかしも言わず全部ぶちまけて、でも僕じゃない。それは僕じゃない、と精一杯伝える。
「安心してほしい、人をたった一晩で狂わせるなんて無理だよ。君が犯人ではないことは分かってるからね。……ただ、何か知っていたらで良いんだ。知っていることを教えてほしい」
年食った方の刑事さんが強面に笑顔を浮かべ、そう言ってくれた。
「あの……僕、あれは天罰だと思ったんです」
虐めを無視した外村にも、あの三人にも、天罰が下ったんだ。そうじゃなきゃあの四人だけが
そう思った理由を、あいつらにされたことを刑事さんたちにぶちまける。
「きっと僕が、あいつらみんな死んでしまえと思ったから、呪ったから!」
「あのね、この世には呪いなんてものはないの。だから、いくら君が彼らに対して死んでしまえと思ったって、彼らが死ぬことはないんです。刑法って分かるよね、犯罪者を裁くための法律なんだけど、その刑法には誰かを呪った人を刑に処するという条文はありません」
まだ三十歳になるかならないかくらいの女性刑事は捲し立てるように僕の言葉を否定した。
「自分を虐めてくる相手を嫌いだと思うのも、死んでしまえば良いのにと恨むのも当たり前のことです。憲法は十九条で思想良心の自由というものを認めているんだけど、これはざっくり説明すると『どんなことを考えても良い』ということです」
突然始まった法律の話で「へ?」と呆けた僕に、女性刑事は強い目をして言う。
「つまりね、頭の中で嫌いなやつを血祭りにあげても、頭の中で完全犯罪を組み立てても、罪ではないの。もし人の殺し方について考えるだけで犯罪になるとしたら、刑事ドラマの脚本家はみんな逮捕されることになりますから」
「はあ」
「この世には呪いなんてものはないし、たとえ呪ったところで罪にはなりません。神社に忍び込んで丑の刻参りをした人が捕まった場合、それは建造物侵入罪や器物損壊罪で捕まるのであって、呪殺準備罪で捕まるんじゃないの。ちなみに今言った呪殺準備罪なんて罪はありません」
誰かが酷い目に遭ったことを「天罰だ」「ざまをみろ」と思うのは確かに不謹慎なことだけど、思うのは自由。呪いなんてものは無いから恨むのも呪うのも自由。きみは悪くない。
そう慰められて、涙が零れた。
恨んでも良いと肯定してもらえることがこんなに嬉しいなんて、まさか思ってもみなかった。苦労らしい苦労もせず大学を出てすぐに教師になったような、外村みたいな人生経験が薄いやつらは「許し合え」とか「憎んだり羨んだりするのは良くない」とか言う。教師の何倍も世間に揉まれているだろう刑事さんは、恨んで良いのだと言う。恨むのも憎むのも、憲法が認めてる自由の範囲内なんだと。
あいつらがキチガイになって嬉しいと思うのも、あれを天罰だと考えるのも、僕の自由。
「これは話した方が良いんじゃないかと思い付いたり、何か思い出したりしたらすぐにこの番号に連絡してくれ。何が事件解決のヒントになるか分からない。きみが知っていることや覚えていること、心配なこと、なんでも知りたいんだ」
「分かりました」
年食った方の刑事さんは松山さんと言い、女の刑事さんは高下さんと言うらしい。名前と電話番号の書かれたメモを貰った。
「家宝にしよ……」
きっちり折り畳んだメモを宝箱――つい先日開け方が分かった秘密箱に入れる。秘密箱を机の引き出しに仕舞って、服の下から勾玉を引っ張りだした。
「ねえ、やっぱり天罰だよね? 僕のことを助けてくれる神様が現れたんだ」
神様のお陰で刑事さん――高下さんに出会えた。高下さんは、考えるだけなら何を考えても許されるんだと、思考は自由だと言ってくれた。
「僕も、あんな刑事さんみたいな人になりたいな……」
勾玉を握り胸に押し当てる。勾玉がぼんやりと熱を持ったような、応援されているような気がした。
だから。
「オッサン狩りとかカッコ悪いよ。……警察を呼ぶから」
学校をサボり漫画の新刊を買いに行った、その帰り道――冴えない風貌の初老の男を路地裏に引きずり込んでいた学生四人組に、110番の番号を表示させたスマホを突きつける。
「はは、こいつバカじゃね?」
「呼びてーなら呼べばぁ? ケーサツ来る前に消えりゃ良いだけじゃん」
「正義厨ですかー? あはは!」
「次の生け贄けってー」
着崩した制服から見て、同じ高校の生徒だ。近所だからと選んだ高校だけど……うちの高校って治安が悪い。
あっという間にスマホを手から弾き飛ばされ、コンクリの壁に体を押し付けられる。
「お? 正義厨クン首に何掛けてんの?」
「いけないよぉ色気付いちゃってぇ。彼女できて自信付いちゃったとか」
「うっわ、あおくせー! 恥ずかしいわそんなん!」
四人が僕を囲んで騒ぐ間に、オッサン狩りされていた男が逃げていく。
首の鎖を引っ張られて勾玉が露出した。
「あんだこれ……数字の九?」
「変なのしてんな」
「こんなん売れねーわ、安っぽ」
「彼女からのプレゼントだったりして」
男たちは「彼女センスねー」やら「もしかしてこいつ、名前に九って入ってるとかじゃね? よぉキューちゃん」やらと笑いだす。
「良い感じに俺らが加工してやんよ」
「喜べよキューちゃん」
男の手が、勾玉に触れようとして――口が勝手に動いた。
「その薄汚れた手でコレにさわんじゃねえ」
そこからは記憶がない。気がつけば家に帰っていて、財布はテーブルの上に、買ったばかりの漫画は手の中にあった。
「なに? 何が起きた? まさか僕、記憶障害になったとか……?」
居間の時計の針は昼過ぎを指している。本屋が開くのは九時で開店直後に入ったから、まだ十時で良いはず。なのにもう十二時を過ぎているし、帰宅までしている。
漫画を放り出して部屋に駆け上がり、引き出しから秘密箱を取り出す。震える手で右を押し左を曲げ上を少しずらし……中の折り畳んだメモを開く。
伝えないと。でも、記憶障害なんて刑事さんに伝えてどうする? そんなの僕があいつらを狂わせた犯人だって自白するようなものじゃないのか?
あいつらのは天罰だ。僕がやったんじゃない。神様が僕のためにしてくれたんだ。でも――どうやってさっきの場から、四人から逃げたのか覚えてない。分からない。どうしたら……どうしよう。
机に向かって項垂れていた僕の耳に、頭上の窓を叩くような音が聞こえた。
「ねえ。君、俺と話しない?」
ばっと顔をあげれば、窓の外には――ブラックジャックみたいに継ぎ接ぎの、半裸の青年が浮かんでいた。目を剥く。
「さっきのあれさ、もう一回見せてほしいんだ」
青年が何か面白いことを思い出したように、くすくすと笑い声をあげる。さっきのとは何のことだ?
「君は……」
「俺は真人。ほらほら、俺が自己紹介したんだから君も自己紹介しないと」
「ぼ、僕は順平。吉野順平だよ」
何故だろう、服の下の勾玉が凍るように冷たく感じるのは。
どうしてこの人は宙に浮かんでいるのか、心臓は早鐘を打つのに背中には脂汗が流れる。
「順平ね。ねえ順平、さっきのさ……盤上遊戯って、何だい?」
継ぎ接ぎ男の言葉の途中で意識が遠のいていく。さっきみたいに。
「あの視線はアンタだったのか。覗き見は趣味が悪いぜ」
僕の口から、僕のとは違う声が出る。僕の体を動かしているのは誰……?
意識がとぷんと闇に沈む瞬間、石壁と、鋼鉄の扉が開く様子が見えた気がした。
どうもアテム()です。芯は強いけど一見弱そうな少年の「もう一人の僕」になるため勾玉に宿った古代の皇子になったは良いものの、「気弱少年来い!」という煩悩に満ちた念が強すぎたのか、なんと後世の陰陽師どもから特級呪物などいう危険物指定を受けてしまった。私は気弱少年をホイホイする以外に害はないというのに……全くやつらの気がしれない。ぶちぶち文句を言いつつ土蔵で過ごすこと数百年、当時の当主の気まぐれで秘密箱に入れられ、それから五十年とせず二次大戦でその家が没落。私は箱ごと質屋経由で蚤の市に渡り、遂に、遂に気弱少年の首もとを飾る名誉を得た。
少年の名前は吉野順平。片目を髪で隠したメカクレくんだ。虐められっ子で、メカクレで、芯が強い。最高かな? これらの点はもちろん、他の点でも私の求める気弱少年要素を満たしている。素晴らしい。君こそ私の遊戯――相棒に相応しい。
順平くんが相棒なら私はもう一人の僕だ。もう一人の僕は相棒を虐める奴らを闇のゲームでマインドクラッシュしなければならない。なぁに心配は要らん。アテム()らしく『罰ゲーム!』ができるよう、転生するときに神様と楽しく相談したのだ。封印期間も設けてポイント加算した私の能力はマン・イン・ザ・ミラーだけではない……初期の魔王様っぽいアテムムーブ()のため、ゲームで負かした相手の精神を破壊する力――術式も持っている。
術式の名は『盤上遊戯』。有無を言わさずゲームに参加させ、敗北した相手に罰ゲーム……主にマインドクラッシュを与えるというもの。ちなみにゲームは私有利に出来ているから基本的に私が負けることはないし、強制的に相手にもルールを遵守させるため場外乱闘不可。外道を極めた術式だ。
これだけでも悪質なのに領域展開するともっと非道い。その領域というのが『不可神域』ことマン・イン・ザ・ミラー、相手の心臓だけ鏡の世界()に連れ込んだりできる。屑か鬼畜生の所業と言われても仕方ない。
その『盤上遊戯』で順平くんの担任教師や虐めっ子たちをマインドクラッシュし、オッサン狩りをしていたイケナイ子たちを象さんパンツ一丁にして自宅まで徒歩で帰らせた。真っ昼間の繁華街や住宅街をセクシー下着だけを身につけた姿で歩いた彼らはもう時の人だろう。先の四人とは違う意味のマインドクラッシュだ。明日から外に出られないに違いない。
だが、家に戻ったあと新たな問題が発生した。順平くんに肉体の支配権を返したが、私が象さんパンツ行進を見るため無駄に時間を浪費し繁華街から家まで移動までしてしまったことで、順平くんが混乱に陥ったのだ。
仕方がないので順平くんの意識を落とそう――おねんねさせている間にちょちょいと彼の記憶を弄るのだ。
と思ったら今度は宙に浮いた乱入者である。
「やっぱり君と順平は別人だったのか。どうして君は順平の中に住んでんの?」
「良いガワだろ?」
思ってもいないことがするりと口から出る。危険な存在の相手をする時、円満に会話をしたいなら自分をそいつの同類に見せるという方法が一手段としてある。
今は敵対すべきではないと判断して、真人の懐に潜り込めるよう言葉を選んだ。
「こうすればこいつの呪力を座したまま食える。死なれたり欠けられたりしては困るくらいには宿主として快適な体でね、宿代として守ってるのさ」
「へえ……面白いね。そういう発想って凄く面白いよ。ね、君の名前を教えてよ。俺は真人」
「俺は……そうだな」
元の名前をもう失ってしまったから、もう一人の順平とでも呼んでくれ。
真人はその言葉に、大きい笑い声をあげた。
「寄生虫が宿主の名前を名乗るなんて、最高に屑で良いよ」
あっ……。
・アテムムーブの人()
奈良時代あたりの皇子の一人。悪霊を鎮めるために自らの命を絶ち悪霊ともども勾玉に封じられたのだが、平安時代に「これはやばい呪物だ!」と誤解を受けてとある呪術師一族の倉にナイナイされる。ちなみに気弱少年をオイデオイデしているのは悪しき目的のためと思われていた。
友情努力勝利に弱いので叶うならヒーロー側で過ごしたい。
・順平
ベッドですっきり目覚める。翌日、初対面の真人が親切で友達みたいに扱ってくるので次第に絆される。
この話の展開だと真人に裏切られる出来事が起きないため、呪霊にも話の通じる相手はいると思い込んでしまう。対立する二つの組織の間で揺れるヒロイン。だいたい破面編の織姫。
・真人
アテムムーブの人の屑さ加減にわくわくした。この後は高専に順平を奪われることになり、もう一人の順平()を取り戻すため頑張り始める。