翌日。
いつも通り、私は朝食の準備をしていた。
夏休みに入ったのだから、少しくらい寝坊しても良さそうなものである。
だけど、今日は部活があるのでそう悠長にしていられない。
寝惚けていながらも、慣れた手付きでスクランブルエッグを作る。
(そういえば、特訓するっていってたな。
でも、どんな内容かまでは知らないけど…)
朝食一人分を作るのに、さほど時間はかからない。
ガラスのコップに冷たい牛乳を入れ、テレビの電源を付ける。
「まぁ、今日行ったら分かるか」
そう考えて、意識をテレビの画面に移した。
どうせまた、ツインテイルズについてのニュースだろうな。
でも、今日は少し違っていた。
『ツインテイルズに告ぐ!』
(…えっ?)
思わず、手に取っていたコップを落とした。
コップはテーブルの上に落ちて中の牛乳がこぼれてしまったけど、そんな状況を冷静に把握できなかった。
『我々は日本時間8月6日正午まで、侵攻の急斜面を宣言する。ツインテイルズをお前たちに負けぬ強靭な兵士を育成するためだ』
(うぅ、嘘でしょ…!)
そこに映し出されていたのはーーー
『これが偽りでない事は、私の誇りに賭けて誓う。その代わり、期日以降は容赦せぬ。しばしの間、さらばだ!』
カブトムシのエレメリアンだった。
(なんで"アイツ"が…)
忘れもしない。
幼い頃に、私の両親を殺した奴だ。
『なお、この宣言により「テイルレッドたんの活躍が見られない」と500人ものデモ隊が発生し、一時機動隊が出撃しる一面もーーー』
映像はテレビ局のスタジオに戻り、この宣言について様々な意見が飛び交っていた。
でも、私にとってそれはどうでもいい。
(もう嫌…!!)
両肩を抱いたまま、しばらく震えていた。
何故、今になって現れたのか。
(誰か助けて!!)
誰にも聞こえるはずもないのに、私は助けを求めていた。
怖くてたまらなかった。
結局、朝食は半分も食べられなかった。
☆☆☆
「んで、何やって?」
『今日は部活に出られないの… ちょっと体調をくずして』
「ーーーわかったわ。部の皆に伝えておくから、ゆっくり休みぃ」
『ゴメンね…』
そんな短いやり取りをした後、リンは電話を切った。
「…ったく」
急に伊織から電話が来た事に驚きつつも、リンは軽く苛立っていた。
昨日の今日で、体調が崩れる訳がないと思っているからだ。
(どうせ、数学の補習が嫌でズル休みしたんやろ)
昨日の部活であれだけ落ち込んでいては、彼女がそう思うのも当然であろう。
その本人は『軽く』で流していたが…
「まぁ、部活が終わったら連絡の一つ、入れておけばええやろ」
そんな感じで、リンは一人で部室に向かうことにしたのだった。
☆☆☆
「やっはろー」
「あれ、伊織先輩は?」
「何や、体調が悪い言うて今日は休みや。一応、補習の先生にも連絡しとるようやし」
「なるほど」
俺は伊織先輩がいないことに驚きはしたけど、リン先輩の説明で納得した。
ただ、伊織先輩が学校に来たとしても、補習で遅れることは確実だけど…
「ともかく、これで全員揃ったことだし始めるか」
俺の言葉に、皆は肯いてくれた。
今日の活動内容としては、今朝流れた映像についてだ。
この前愛華によって壊されてしまった代わりに、学校の備品として提供されたテレビで確認している。
「この宣言について、どう思う?」
まず聞きたいのは、この映像からどう感じとれたのかだ。
もしかしたら、俺が思いつかなかったことも出てくれるかもしれない。
だけど、出てきたのは---
「朝から五月蠅くてかなわんわ」
「どのみち、滅びる時間を長くしただけの事よ」
「私に向かって言うことではないと思いますが…」
「これでは、脱ぐ機会が減ってしまいますわ」
あまりにも外れすぎた回答だった。
思わず、ため息が出るほどに。
「そうじゃなくて… この宣言が、本当だと思うか?」
「どういうことですの?」
「あいつが期日まで侵攻しないって言うのは本当かもしれない。だけど、その理由が兵士の育成ってのが、どうも引っかって…」
奴らエレメリアンは、誇り高い。
だからこそ、自らの言葉に偽りは無いと信じたい。
「彼らなりのフェアプレーだと思いますが」
「そうかな? そんな簡単な理由とも思えないが」
「そうよ。エレメリアンならともかく、ダークグラスパーなら有り得るじゃない」
慧理那の控え目な意見に、愛華が急に割り込んできた。
「あいつは人間だから平気で嘘をつけるはず。そうやって私たちを油断させようとしてるのよ」
「それはどうでしょう?」
「何ですって!?」
愛香が持論を展開するが、トゥアールに否定されてしまう。
「そんな事をすれば、たちまちアルティメギルから孤立してしまいます。そんなリスクを態々負うとは思えませんがねぇ…」
「グヌヌ…」
トゥアールが口に手を当てて愛香を嘲笑うが、理屈は通っているので反論はできない。
「いずれにしろ、期日まで侵攻しないならそれでええやないか。ウチらはその間に特訓できるやろ」
リン先輩はやんわりと議題を締めた。
このままグダグダ進んでも埒が明かないので、助かった。
「で、その特訓って何処でするん? あんたらの場合やと、かなり広い場所が必要やで」
「「「…」」」
彼女の疑問に皆は黙ってしまう。
当然だ、それ程の広い場所はすぐには用意はできないからだ。
だけど、これは切り出すチャンスかもしれない。
「それについてだけど、異世界なんてどうかな?」
『異世界!?』
急に先程の会話とは関係が無い単語が出てきたからか、リン先輩以外は驚きの顔を見せた。
当人はーーー
「何や、新世界? 通天閣のあるところかいな?」
「いゃ、大阪府の地名じゃなくて…」
見事なボケをかましてくれた。
確か、先輩は大阪産まれだったはず…
じゃなくて!
「しかし、何でまた異世界ですか?」
エリナが質問を投げ掛けてきた。
そうそう、その反応が見たかった!
「あぁ、それなんだが… 昨日、変な夢を見てさ」
「ほうほう、具体的には?」
兎も角、皆は俺の話に興味を持ってくれたようなので、続けることにした。
「夢の中で、ツインテールの女の子と会ってね。自分の世界に遊びに来てって言われたんだ」
「成る程。
本職が科学者だからか、トゥアールは夢の現象に食い付いてきた。
「ちなみに、その容姿は?」
「かなり小さかったな。テイルレッドよりも少し背が低いくらいのーーー」
「よし、決まりです! 早速会いに行きましょう!!」
「ちょい待ち」
俺が補足すると、トゥアールは先程より目を輝かせた。
パイプ椅子から立ち、基地にダッシュで行こうとしたが、リン先輩がシャツの後ろ部分を掴んで抑えていた。
「行くにしても、場所が分からなアカンで。知っとるんやろ?」
リン先輩に指摘され、俺はある物を取り出した。
「…なんやこれ?」
「円周率、ではなさそうですね」
「意味がわからないわ」
出したのは、数字が羅列した紙片。
俺だって、何を示しているのかサッパリ解らない。
ただ、夢の女の子はそれで会いに行けるようなことを言っていたが…
「これは… 世界移動に必要な位置情報ですね」
皆が唸っていた中、トゥアールがこの紙片の謎を解いてくれた。
「位置情報?」
「えぇ。世界間を一度移動すれば解りますが、位置自体を特定するのは簡単です。しかし、移動するとなれば、位置と位置を固定するのに時間がかかります。むしろ、移動できないことがほとんどなんです」
あぁ、これって緯度や経度みたいなものか。
「確か、トンネルみたいに繋がってるから、大丈夫だとか言っていたな」
「ならば、問題無いようですね。思い立ったが吉日、今日に行きましょう」
『早いなオイ!?』
そんな簡単に行けるのかよ、異世界なんて。
でも、元々トゥアールは異世界から来たのだから良いのだろう。
「では、3時間後に基地に集合しますか」
☆☆☆
雨宮家。
「おかん、急に部活の合宿が決まったわ」
「あら、いつ?」
「3時間後に出発や」
「本当に急ね。さっさと済ませなさい」
「…色々と突っ込まへんのか?」
「そこは信頼してるから。お父さんにも伝えておくから」
母親に合宿の旨を伝え、彼女は2階の自室に上がった。
何泊するかは聞いていなかったが、恐らく1週間程用意しておけば大丈夫であろう。
「うっし、こんなもんか」
大きめのキャリーバッグが一つ。
これが、リンの合宿用の荷物である。
女の子にしては小さいかもしれないが、馬鹿みたいに持っていっても邪魔でしかないので、効率的ではある。
まとめ終わったリンは隣の部屋に向かい、ノックもなしにドアを開けた。
「一輝~、おるか?」
「ね、姉ちゃん!?」
当然、ドアを開けられた部屋の主は驚く。
丁度夏の宿題に取り掛かっているようだ。
「何だよ、ノックもせずに!!」
「ウチ、しばらく部活の合宿でおらんから。家のこと、頼むわ」
「…はぁ。了解」
弟に伝えて、ようやくリンは出掛ける準備ができたのだ。
☆☆☆
ツインテイルズ基地にて。
リン先輩が来たことで、ようやく全員が集合した。
「なぁ、1つええか?」
「…何でしょう?」
到着して早々に、彼女から質問が。
薄々感じてはいるけど。
「何で、お前のオカンがおるんや?」
それは、至極当然のものだった。
「合宿に、親同伴は聞いてへんで。しかも、服装もバッチシ決めとるし。訳が分からんわ」
「あら、ありがとうね」
「褒めとらんわ!!」
母さんと先輩のやり取りに、俺は頭を抱えた。
何処で聞いたのか、母さんはこの合宿についていくと言い出した。
しかも、艦長の服まで着て。
正直、頭が痛い。
「まぁ、母さんも関係者だし。たぶん問題は無いーーーはずです」
「今更ハブらすことはできひんし、しゃーないか」
そんなこんなで、俺達は基地の奥へと進んだ。
「これが、私が世界間を移動するのに使用した小型戦艦ーーースタートゥアールです」
「何で一々アンタの名前が付くのよおおおォォォッ!?」
先程まで通ってきた
今まで黙っていた分、愛香のツッコミも1.5倍ほど長い。
「素晴らしいですわ―!」
慧理那も特撮好きに火が付いたのか、さっきからはしゃぎ回っている。
スタートゥアールは正面が角ばった台形をしており、大きさとしては陽月学園の体育館にギリギリ収まるかどうかという程。
ライトバンの両側に、飛行するための羽が付いている。
「これの動力源は何や? エンジンではなさそうやけど…」
「あぁ、テイルギアを動力源としているのでクリーンですよ~」
別に怪しいものではなかったか。
この艦内は居住スペースとコクピットスペースに分かれている。
これは、長く世界間を移動するためにこうなっているようだ。
荷物を置いて、俺たちはコクピットに向かった。
トゥアールが操縦桿を握り、母さんは腕を組みながら指示を送った。
「発信準備よ、トゥアールちゃん」
「了解です、未春艦長!!」
もうこの2人、ノリノリだ。
それにしても、愛香とリン先輩が静かすぎる。
そう思って探してみると、
「もう突っ込みすぎて疲れたわ」
「Zzz…」
愛香は頬杖をついて、何かを呟いていた。
リン先輩は、発艦前だというのにもう寝ていた。
因みに慧理那は、窓から見える基地の風景に興奮していた。
それに桜川先生は適当に合わせていた。
その間にリフトが降下し、ターンテーブルで一回転。
前にあった壁が左右と上下に交互に開き、カタパルトが展開される。
「スタートゥアール、発進!!」
もう艦長になりきっている母さんの声で、俺達を乗せた小型戦艦は異世界へと跳んだ。