晩御飯を食べ終わり、私はリンの部屋に向かった。
今回はここで寝ることになっている。
(それにしても… 今日の一輝君、変だったな)
ケータイ小説を読みながら、そんなことを考えていた。
何しろ、私が食べていた間、私をチラチラ見てたし。
視線に気付いて振り向くと、彼は急いで反らす。
「何か付いてる?」
「いや… なにも」
「……そう?」
話しかけてみても、こんな応答しかない。
普段なら部活や家族について話題を絶やさない彼が、こうも話さないとは…
「いいわね~」
「……」
助けを求めようと、向かいに座っている2人を見る。
おばさんは、嬉しそうに私達のやり取りを見ていた。
リンは、無心で食べ続けていた。
「御馳走様でした」
「ちょっと待って」
食べ終わって、私はすぐに去ろうとしたけど、おばさんに止められた。
オマケに、手招きまでしている。
よっぽど聞かれたくない内容なんだろうな。
取り合えず、おばさんのところまで行くと、そっと耳打ちをしてきた。
「(ちょっと時間が過ぎたら、一輝の部屋に入りなさい)」
「はぁ…?」
おばさんの真意はわからなかった。
だけど彼の母親が言う以上、大切な用事なのかな。
そんなわけで、私は一輝君の部屋の前にいる。
異性の部屋に入る時は、緊張するなぁ…
ノックしよ。
コンコンコン。
『どうぞー』
中にいるんだ。
それじゃ、気兼ねなく。
「ヤッホー」
「ぃ、伊織さん…」
部屋を訪ねてきたのが私だとわかると、彼は目を反らした。
うん、やっぱりおかしい。
「一輝君、どうかしたの? 今日は変だったよ」
「……」
ベッドに腰を降ろし、なるべく彼が話しやすい環境にしてみたけど、彼は一向に口を開ける気がしない。
「"お姉さん"に話してみなさい」
わざと、そこを強調して尋ねてみる。
一応私は彼の先輩だ。
だからこそ、知っておきたい事情がある。
「あの…」
「ん?」
ようやく、彼は口を開ける。
「伊織さんは、この前、オープンキャンパスに行ったんですよね?」
「そうだよ」
「実はあの時、俺も参加していたんです」
なんですとー!?
でもそれはそれで、助かった気がする。
もし彼が私達と一緒だったら、不味い展開になりそう。
「そして見たんです。ユニコーンのエレメリアンと戦う、緑のツインテイルズを」
あぁ、あの…
参加者を護るためとはいえ、泥臭い戦いをしたんだっけ。
死者は出なかったから、良かったけれど。
「あの人は美しかった。風になびくポニーテール、人を護るという覚悟、そしてあの顔。俺はあの人が好きになったんだ」
いわゆる、一目惚れってやつか。
あの戦闘を見ていて、変身した私に惚れた。
…あれ、もしかして?
「でも、その人は伊織さんに似ていて… 顔を見る度に、その人を思い出して…」
あー…
これは私としても、難しいなぁ。
「俺、どうすれば…?」
一輝君が震えるチワワの目で、私を見ている。
やばい、可愛い。
じゃなくて!!
「そうねぇ… こればっかりは、私にはどうすることもできないね」
「えぇ!?」
当たり障りのない回答をしたら、彼に驚かれた。
てか、こんな相談は姉に任せるべきじゃないの?
(なんでこんな役回りなの…?)
そんなことを考えていたら、一輝君が詰めよってきた。
「俺にとっては、一大事なんです! ちゃんと真面目に答えてください!!」
パジャマの襟元を掴み、体を揺らされる。
やめて、頭がフラフラするから。
「~っ… だから、それは結局一輝君の覚悟次第なんだって」
「覚悟…?」
「今は決められなくていいから。問題は、その気持ちがずっと続くかどうかってこと。すぐに冷める恋心じゃ、きっと悲しく思うよ。だからこそ、一輝君は時間をかけて自分の心に問いかけるの。そして、その気持ちが確信になったら、彼女に告白でもしなさい」
「こっ、告白!?」
フラフラする頭で、何とかそれらしい回答をしたつもりだ。
思いっきり驚いているけど、告白はまだ先の話だから。
「まぁ兎に角、今の君には考える時間が必要だよ。それでも困ったら、いつでも相談して」
小さい子どものように、頭を優しく撫でる。
こうしてあげるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
彼もまんざらではなさそう。
「そうだね。俺が焦りすぎだった。もう少し、頭を冷やしてみるよ」
「うん、がんばれ!!」
話がまとまったので、2人きりの会議は終了した。
私は軽く伸びをしたあと、部屋を出た。
(~っ! 私ったら、何やってんのよ!?)
改めて思い出してみると、恥ずかしい。
今の私、絶対顔が赤くなってる。
てか、男女があんな密室で…
顔の距離も近かったし、思わずナデナデしちゃったし…
(色々反省しなきゃ…)
逃げるように、私はリンの部屋に入った。
だけど、私は知らなかった。
(伊織さん、無意識すぎだよ… 思わず近づいたら、いい臭いがしたし。伸びをした時におへそがチラッと見えたし。もしかして、俺を誘惑してるの!?)
私が去った後、一輝君はベッドの潜り込んでもぞもぞしていた。
彼も男性、女性の匂いにクラッとしているのかもしれない。
そんなことも知らず、私は床に敷かれた来客用の布団に入る。
「私、もう寝なきゃ…」
そう一人呟くけど、先程の興奮でなかなか寝付けない。
頭を空っぽにしようと思っても、どうしても割り込んでくる。
布団を頭から被っても効果はまるでない。
((ね、眠れない…!!))
それぞれの戦いは、朝まで続くことになる。
「…熱い」
朝、こんな感じで目が覚めた。
この季節で何故、"暑い"ではなく"熱い"のか。
その原因は、私のすぐ近くにあった。
「うにゅう… いおりん~」
「…ハァ」
部屋のベッドで寝ていたはずのリンが、私の蒲団に潜っていた。
私の胸に埋もれながら、寝言を言っている。
(何やってんのよ…)
内心呆れつつも、彼女を起こさないように静かに出る。
その際、プチプチという音が聞こえたけど、寝惚け頭ではそれに気付けない。
足元がふらついているけれど、頑張ってドアまで歩いた。
「おはよう、一輝君」
「おはようございます、って…!?」
部屋を出ると、ちょうど一輝君と会った。
彼は挨拶しようとしたけど、途中で躊躇してしまう。
暗くて見えにくいけど、わずかに顔が赤い。
「どうしたの?」
「ぁ、その… パジャマ…」
私の胸辺りを指していたので、顔を下に向ける。
するとそこには、前掛けのボタンが全て外れ、胸が出ていた。
普段は胸が苦しいから、ブラジャーは着けていない。
そして昨日も、ブラを着けずに寝ていたため---
「キャアアア---!?」
前を隠してしゃがみこみ、大声量で叫んだ。
こうなったのは、大方リンだろうな。
後でとっちめてやるから!!
「ぁ、あぅ…」
ちなみに一輝君は、目の前の光景にフリーズしていた。
恐らく、どうすればいいのかわかってない。
「後ろに向け-!」
まだ視線が私の方を向いていたので、思いっ切りビンタした。
加減のないビンタだったため、彼は吹っ飛んで気絶してしまった。
「「……」」
朝の食卓にて。
おじさんはもう仕事に出かけたので、この家にいるのは私とリン、一輝君におばさんの4人だ。
昨日の晩と同じ席で、ご飯を食べているわけだけど。
「なぁあんたら、何があったん?」
頭に大きなこぶを抱えたリンが、不機嫌そうに問い詰める。
何しろ、一輝君の左ほおには、見事な紅葉ができあがっているのだから。
「---フンだ」
今の私は機嫌が悪いので、わざと無視した。
あんなことになった原因は、貴女なんだから。
「伊織ちゃん、私にも教えて」
おばさんまで…
なんだかんだ言って、楽しんでるでしょ。
でも、流石に答えないというわけにも…
仕方ないか。
「私の"生"を、一輝君が見たんです」
「ちょっと、説明しなさい!?」
「うぉぉい!? 話は最後まで聞け-!」
私がぼかした説明をすると、おばさんは彼に突っかかった。
対する彼は、必至で言い訳をする。
フフフ、まだ仕返しは終わってないのよ…
皆に見えないように、下をチロッと出す。
「---話をまとめるとこういうわけね」
『伊織は床の蒲団で、リンはベッドで寝ていた
↓
リンが寝返りをうったら、ベッドから落下
↓
動いているうちに、伊織を抱き枕にしていた
↓
しばらくしていると、伊織のパジャマが着崩れてくる
↓
朝起きて部屋を出ると、伊織は一輝と遭遇
↓
寝ぼけている彼女は、彼に無意識に胸を見せる形に
↓
一輝にビンタ』
溜め息をつきつつ、おばさんが話す。
「伊織ちゃんの胸を見た一輝も悪いけど、気付かなかった貴女も悪いわ」
「「ごめんなさい」」
おばさんに正論を言われ、私と一輝君は頭を下げる。
「リンも珍しいわね。ベッドから落ちるなんて、何年振りかしら」
「ウチも知らんわ」
貴女があんなことをしなければ、こんな面倒にならずに済んだのに…
「本人達が反省しているなら、それでいいわ。それよりも伊織ちゃん、今日はどうするの?」
「えっと…」
おばさんから急に話を振られたため、私は詰まってしまう。
今日は、基地での作戦会議がある。
でも、それを素直に話すわけにはいかない。
「買い物を何日分かしてから、家に戻るつもりです」
これも本心だ。
確か、そろそろ冷蔵庫の中身が無くなるんだっけ。
2人分だから、減りが早いのよ…
「そう… 困ったら、また来なさい」
頬に手をあて、残念そうにおばさんは答えた。
私は雨宮家を出て、買い物をしている。
全く、今唯乃は何をしているのだか…
「あれ、伊織?」
私に声をかけたのは、クラスメイトだ。
陽月学園には、実家から通う生徒もいるので、特に珍しくない。
「久し振りじゃない!?元気にしてた?」
「そっちこそ! 何処かに旅行した?」
ふと目線をカゴに向けてみる。
彼女もなかなかの量を買い込んでいる様子だ。
「そんなに買うの?」
「母さんが出掛けてね。兄弟の分も作らないといけないの」
「大変だねぇ~」
こんな感じで話を進めてきたけれど、ある言葉で私は固まってしまった。
「伊織も何処かに出掛けたの?」
「…ううん、ずっと家かな。後はオープンキャンパスとか」
嘘です。
この夏、かなり面倒ごとに巻き込まれてます。
居候が加わったり、修行したり、エレメリアンと戦ったり…
「勿体ないよ! まだ夏休みはあるんだから遊ばなきゃ」
「ウン、ソウデスネ…」
悪意のない、純粋な瞳で語りかけるクラスメイト。
その笑顔が眩しいです…
「そうだ、テイルレッドの新しいフィギュアが発売されるんだって」
「速いね。確か、テレビに紹介されたのは2,3日前のはず…」
説明は難しいからよく解らなかったけれど、あれが『諸刃の剣』だってのは理解してる。
「もう予約しているんだ。あんなちっちゃい子が、怪物と戦う姿が可愛くて。しかも、その子がアップグレートしたんだよ!? 買わないわけにはいかないでしょ!!」
「へぇ~…」
相変わらず、テイルレッドの人気は高いなぁ…
たまには、別の人にスポットライト当てなよ。
テイルレッドに対する熱が凄まじく、その後も、彼女のみについて話し続けていた。
「っと、そろそろ夕食の用意しなきゃ! じゃあね」
「うん、それじゃ」
彼女は急いで荷物をまとめると、駆け足でその場を去った。
私も家での用事と会議をしなきゃ!
「来たようやな。それじゃ、ゆるく会議を始めていきますか」
「「オイオイ」」
私の家で夕食を済ませた後、簡易型ゲートを使用して基地に入る。
しかし、顎をテーブルに着けて疲れた表情をしている。
そんな感じで始めるわけにはいかないでしょ。
あと、ゆるくって…
「随分お疲れのようだな」
「わかるか」
「そりゃ、身体で示してるからな…」
取り合えず、司会がこんな調子では進みようがない。
買い物するついでに買った、『アレ』の出番か。
「リン、口開けて」
「「は?」」
「いいから!!」
納得がいかないものの、彼女は指示通りにした。
私はすかさず、口に『アレ』を突っ込んだ。
「~っ!? 何をするんや!?」
「…何をやったんだ?」
かなりの刺激が効いたのか、勢いよく起きた。
やはり2人には解らないか。
ネタばらしに、私はポケットから『アレ』を取り出した。
「フ〇スク!?」
「そ。それも全部」
「アホか!!」
確かにアホなのかもしれない。
でも、こうしなければリンは起きやしないのだ。
「それよりも、ここに呼び出したからには重要な案件なんでしょうね?」
腕組みをしながら、私はリンに問い詰める。
私にはまだ片付けなければならないことが多いのだ。
くだらないものなら、速攻帰ってやるんだから!
「はいはい、さっさと終わらせたいようやな」
渋々とリンはポケットから何かを取り出した。
「おおっ、俺様のレリーフ!」
「完成したんだ!?」
テーブルの上に置かれたのは、フェニックスギルディが持っていたレリーフだった。
あれはかなり手こずるとか言ってなかったかな?
「一応やけどな。まだテストは行ってへん」
「…するってえと、今日の会議はこれか」
唯乃が残念そうに答える。
貴女、まさかぶっつけ本番でするつもりだったの…?
「それじゃ、テスト開始と行くで」
「おう!!」
「ちょっと待ちなさいよ~」
そう言って、リンは
私と唯乃も、その後を追った。
だいぶ焦りすぎましたかね。
もっとゆっくり進めていけばよかった…
そう軽く後悔してます。