夏休みも終わりを告げ、陽月学園高等部は2学期に入った。
という事で---
『皆様、夏休みはどう過ごされましたか? 私は---』
現在、始業式を行っている最中である。
生徒会長として慧理那が壇上に立ち、スピーチをしている。
しかし、内容は全く私の耳には入らない。
(ね、眠い… 倒れそう)
怒涛の1週間を乗り越えたまでは良いが、体力が限界まで来ていたのだ。
現に私の身体は、右へ左へとフラフラしている。
「(伊織、辛いなら保健室に行けば?)」
「(あぅぅ… でも、あとちょっとで終わるからなんとかなる)」
後ろにいるクラスメイトに心配されるけど、気丈を振る舞った。
生徒会長の話が終われば、事後説明のみなのでそれぐらいならと、我慢することを選んだ。
『以上により、陽月学園高等部第32回2学期始業式を終了します。次に、連絡事項へと移らせていただきます』
司会が連絡事項へ移ると同時に、一人の先生が席を立った。
そして周りの先生方に挨拶を済ませ、そそくさと体育館を後にする。
(…?)
気にはなったが、まだ動くわけにもいかない。
終わったら、先生達に聞くとするか。
「おい、聞いたか? なんでも転校生が来るらしいぜ」
「友達に聞いたら、かなりの美少女だったって」
「てことは、女か!?」
教室に戻ると、男子はそんな話題に盛り上がっていた。
「よく飽きないわねぇ…」
「要するに、女子なら何でもアリなんでしょ?」
1歩下がって見るような意見に、クラスの女子も賛同してくれた。
まぁ、期待を膨らませたいのは誰だって同じだ。
実際『ソーラ・ミートゥカ』が現れた時には、学園全体がお祭り騒ぎだったし。
「でも、そいつは何年だ?」
「確か、リボンの色が青だと言っていたな」
「すると、1年か… 今年の1年は美少女揃いだな」
なるほど、噂の転校生は1年生なんだ。
それにしても、やけに1年を強調していない?
2年もそれなりに美少女はいると思うけど…
「あれ? だとすれば、ソーラさんが帰ってきたのか!?」
「おぉ、ならば早速彼女を迎える準備をしないと!!」
…オィ、またバカ騒ぎを起こすつもりか。
一番(精神的)被害を被ったのは、彼女なのに。
「そうだ。転校生はツインテールじゃなかった、とも言っていた。アイツが言うには、誰もが振り向く素晴らしいポニーテールだったって」
「つまり、ソーラさんでないという事か… 残念」
「しかし、勇気あるなぁ… 今はツインテールの天下、下手すれば『ツインテールでなければ女の子でない』とまで言われる世の中なのに」
何気に酷いぞ、男子。
平家物語のあれか。
じゃあ私は、女の子でないと言うのか。
(しかし、ポニーテールの転校生… まさかね)
「まだ夏の日差しって残っているのよね… 暑いわ」
「ねぇ~」
確証のない推測による冷や汗を隠すのに、夏の日差しを利用した。
私は襟元を大きく開け、風を入れるためにパタパタと煽った。
私のそばにいるクラスメイトもそれに倣った。
『ウオォォォッ!!』
「ちょっと、男子がいるのよ? 自分がモテないからって、エロいことしないで!」
私の行為は、思春期真っ只中な男子には興奮させるに足るものだったみたい。
これ以上被害が出ないように、クラス委員長が止めに入った。
言われて見れば、鼻血を噴き出す男子が数名いた。
暦上では秋でも、この暑さは人を興奮させるみたいだ。
「誰がそう言ったの? 別に露出はさせてないわよ」
「ブラジャーが見えてるって! それに、このクラスには鎖骨フェチもいるから!!」
ふと視線を男子に向けると、両手を胸の辺りで組み、感涙している子がいた。
恐らく、彼が『鎖骨フェチ』なのだろう。
(変態はアルティメギルで馴れたけど、こうも注目を浴びるのはねぇ…)
変なところで困ってしまう。
テイルグリーンとして戦っているときも、それほど注目されていなかったからなぁ。
「兎に角、制服のボタンをとめなさい!!」
「く、苦しい…!」
クラスメイトに襟元を思いきり掴まれる。
本当に死にそうです…
それにしても、一輝君とえらい対応の差だって?
あの時は、彼に生を見られたからねぇ…
いつか、彼の記憶を完全に消さなきゃ。
(それよりもまず、誰に説明しているのよ? そろそろ意識が…)
限界まで来ていたけれど、救いの神が来てくれた。
「はいはい~、ちゃっちゃと終わりたいなら席に着いた!!」
ドアが引かれ、クラスの担任が現れた。
脇に出席簿とプリントを挟み、手を叩いて生徒を従わせる。
私の襟元を掴んでいたクラスメイトも、大人しく従った。
「…よし、全員いるな。じゃあ、始めるとしようか」
担任は、数種類のプリントを全員に配る。
内容はこの2学期のスケジュールについてが主である。
「すみません。始業式の時、早々に退席した先生がいましたが---」
「珍しいな。お前が質問をするなど」
私はあの時目にした事について聞いてみた。
確かに私は、担任に対して質問はあまりしない。
逆に足立先生には、かなりしている。
「どうした? まさか、あの先生に気があるんじゃ---」
「何言ってんですか。私なりに気になっただけです」
それに、私の戦闘勘が警告を示している。
何を言っているのか、分からないかもしれない。
「先生、転校生がいるって話を聞いたんですけど。本当ですか!?」
「お前、それ今聞くことか?」
クラス男子の一人が、随分ストレートな質問を投げつける。
受け止める側である担任は、苦笑いだ。
だけど、なんとなくわかる。
ある程度抑えてはいるけれど、何かが滲み出るような感覚。
「あ~もう、五月蠅いぞ、お前ら!! …まぁ、いずれわかることだから、話すとするか。転校生はな---」
私の予感は、ある程度当たっている事を知ることになる。
☆☆☆
陽月学園高等部、1年C組。
ここでも通常通り、始業式後のHRが行われていた。
しかし、その先は他のクラスとは異なった。
「突然だが、お前たちと共に過ごす転校生を紹介する。入れ」
担任の合図により、引き戸が開かれる。
転校生の姿が徐々にあらわになるにつれ、教室は歓喜に包まれた。
その声量は恐らく、観束のクラスにも聞こえるほどであろう。
転校生の性別は、噂通り女である。
「(本当にポニーテールだね)」
「(制服の上からではわかりにくいが、中々のスタイル!)」
「(なんと冷たい目…あの瞳で罵られたい!!)」
ブレザーは大胆にも開いたまま。
青色のネクタイも中途半端に締まっていない。
だがそんな事は、誰も気にしてはいなかった。
「(最近、ツインテールの魅力にハマった私でもわかるくらいに美しい…)」
歩くたびにふわりと揺れる、赤いポニーテール。
それを構成する1本1本の髪の毛も、陽に照らされて煌めく。
最早、それこそが彼女を体現していると言っても、過言ではない。
教壇の脇に立つと、クラスメイトの方へ向いた。
「最近まで外国にいたそうだ。彼女はまだ日本に慣れていないから、優しくしてやってくれ」
生徒がいつ暴走するか、担任はたまに後ろを振り返りつつ、黒板に文字を書いていく。
その文字は---
「俺様は
担任が彼女の名前を書ききると同時に、自己紹介をした。
外見に似合わず、男勝りな口調。
しかも、一人称が『俺様』。
そのギャップは、クラスを更に騒がせる。
「何あの子、凄くカッコいい!」
「くぅぅ、美少女が俺様キャラとは… 強烈だぜ」
「『お姉様』って、呼ばせてください!!」
…ここも案外、観束のクラスとそう大差はなさそうである。
ソーラの時点で学園全体が大騒ぎであった事から、これは容易に想像できるであろうが。
(…ん?)
ただ、彼女は疑問を感じた。
無論顔には出さず、目線は教室全体を見回した。
「どうかしたか?」
「いえ…」
「何かあれば、先生かクラスメイトに聞け。それじゃ、席は---」
そばにいる担任は何かに気付いたが、スルーさせた。
(このクラスじゃねぇのか。間違いなく、最強のツインテール属性の持ち主はここにいるはずだ…)
唯乃は、静かに舌打ちをした。
もし持ち主がこのクラスにいれば、どうなっていたか。
それは、実際に会わなければ誰にも分からない。
彼女は担任の指示に従い、自分の席に着いた。
(スゲェ綺麗だ…)
それは誰がそう感じたのか。
唯乃の席は、窓際の一番後ろに置かれていた。。
席のそばには窓があり、ちょうど換気として開けていたのだ。
窓から入る、僅かに涼しさを感じさせる風は、彼女を優しく撫でる。
通り過ぎる風によって、彼女のポニーテールは僅かに揺れる。
まるで、風がいとおしく彼女のポニーテールを触っているかのように。
「(この後はどうする…?)ふぅ…」
机に肩肘を着き、流れ行く雲を眺める唯乃の姿は絵になる。
艶やかな瞳を細め、身体で風を感じている。
何故だか、写真として保存する者までいた。
無論、その者はHRを妨害した現行犯として、夕方まで携帯を没収された。
最も、彼女が考えている事は、イメージにそぐわないが…
「全く、ボケッとせずにこっちを向け! さっさと終わらせれば、お前たちは自由時間だからな」
担任の言葉により、視線は担任へと戻された。
恐らく、後者の言葉に何か魅力的なものを感じたのだろう。
「これで今日は終わりだ。解散!!」
必要な連絡を伝え終えて、担任は教室を後にする。
通常ならば、速攻で自宅に帰る生徒や部室に直行する者が大半で、教室に残る者は少数派である。
「ねぇねぇ、結翼さんって結構肌がキレイだね」
「ぜひとも、俺を奴隷に!」
「恋人はいたの!?」
しかし、今日は違った。
転校生である唯乃に、皆は興味を示していた。
彼女の席を取り囲むように、クラスメイトの大半が集まった。
(これじゃ、ツインテール属性の持ち主を捜せねぇ。どうにかして抜け出さねぇと)
唯乃は焦っている。
彼女はただ高校生として、この陽月学園高等部に入った訳ではない。
それ故、この教室で質疑応答している暇は無い。
「それより、今日からこの学園に入ったんだ。校舎を案内してくれねぇか?」
余所者から見れば、彼女はかなりぶっきらぼうな頼み事をしているようにしか見えない。
しかし、熱を当てられたクラスメイトには魅力的に感じられた。
『ハイ、喜んで!!』
(めんどくせぇ…)
ある種のプレイをしていると唯乃は気付いた。
唯乃が席を立ち教室を出ると共に、クラスメイトもそれに追従した。
その光景は、病院の院長回診。
見る者を圧倒させるに足るものであった。
既に廊下にいた者は、すぐに端に寄るか教室に逃げ込んだ。
「あれってまさか---」
「あぁ、噂の転校生らしい。ハイレベルな美少女だな」
「早速クラスを掌握するなんて… かなりのやり手ね」
通り過ぎる唯乃を、生徒は様々な視点から眺めていた。
半分興味、後は期待や嫉妬などが混じっている。
(これ程の注目を浴びるたぁ思わなかったぜ。歩き難いな)
「ムッ、唯乃様がお疲れのようだ。『アレ』をもってこい!!」
「ちょっと待て!? 『アレ』はソーラちゃんが帰ってくるまで、とっておく約束じゃなかったのか!?」
それを見た男子Aは、彼女が疲れたと感じて『アレ』を取り出す指示を出した。
しかし、未だ根強く残るソーラファンが反論する。
「そこまでだ!!」
そこに、救いの手が差し出される。
というのは言葉のアヤ。
C組による集団の前に、真正面に立つ者がいる。
「(ゲッ、足立先生…)」
2年の数学科教師・足立啓吾。
辛口の授業を行うとして、生徒から恐れられている。
「---お前が転校生か」
身長的に足立より低いため、唯乃は彼に見下ろされる形となる。
しかし彼は、心の中では焦りを感じていた。
見下ろす形でありながら、逆に見下されているような感覚であったからである。
対する彼女も、彼の教師である以外の"何か"を感じた。
((こいつ、何者だ…?))
「ぃ、結翼様??」
2人は動かなかった。
ただ事ではないと感じた男子Bは、彼女に問いかけた。
「…ったく。お前ら、そんなに広がるな! 廊下を通る者にも気を使え!!」
『すみませんでした!!』
一斉に唯乃以外の生徒が、彼に頭を下げた。
流石は教師、生徒の統率は完璧なようだ。
(…面白い)
顎に手を当て、怪しげな笑みを浮かべる。
しかし、それすら彼女は絵になるのだ。
そのお陰で、怪しまれる事はなかった。
「(
「(これ以上、仕事を増やすなよ…)ハァ…」
唯乃は期待に胸を膨らませる一方、足立先生は頭を痛ませている。
そして様々な心情で2人お見つめる生徒達。
これは2学期早々、騒がしくなりそうである。
正直に、足立先生の事をスッカリ忘れていました。