「…」
何度も迷って、ようやく私は家に帰ることができた。
具体的には、東京から青森ぐらいを走ったのだ。
何気なく使っていた転送だけれど、本当に感謝します。
(帰ったら、まずシャワーね)
走っていた最中に、雨に遭遇してしまった。
フォトンアブゾーバーなら弾いてくれるでしょ、と私は気楽に思っていた。
なのに、それは容易に通り抜けて私の体を濡らしてきた。
雨の中のランニングって、熱血スポーツ漫画の主人公じゃないから…
「くしゃん!?」
不味いよ、このまま外にいても駄目か。
兎に角、家に帰ろう。
テイルギアを解除し、普段着へと戻る。
まぁ、まだ外にいるからずぶ濡れは避けられないけど。
「---寒っ」
これは不味い。
色々と思う事はあるけれど、まずは体を温めなくちゃ。
そんなわけで、私は足早に自分の家へと急いだ。
☆☆☆
「---ッ」
大阪府のとある屋敷にて。
その大広間にて、リンは正座を強要されていた。
(
彼女の両脚は、既に限界を超えていた。
何しろ、正座させられてから1時間は経過している。
それにもかかわらず、この場所には彼女以外誰も現れずにいた。
(!!)
いよいよ我慢が限界に達した時、彼女の気配察知能力が何かを捉えた。
それは、奥に構える襖の向こうから感じ取れる。
その気配は、殺気を纏ったものと確信できる。
(一人、か…)
リンが正座している場所から、襖の奥にいる者までの距離は、約7m。
刀を使うにはあまりにも距離があり、弓矢を使うならば弦を張った音ですぐにバレてしまう。
つまり、誰かがリンを襲撃しようとも、彼女は裕に回避できるほどの技量を持つことを指す。
しかし、何者かはそれを知っている上で、あえて行うつもりなのだ。
(襖の向こう、それは一体何や…?)
鬼が出るか蛇が出るか。
いずれにせよその答えは、すぐに出る。
彼女は瞑想し、邪念を取り払う。
(---ム)
刹那。
襖を大きく破り、何かがリンへ向かって行く。
それは確実に、顔面を狙っていた。
彼女は、その現実を冷静に対応していく。
瞑想を解くと共に、左手を顔の前へ置く。
何かを捉えたと感触した瞬間、爪を食い込ませる事で威力を殺した。
その何かは回転を弱め、やがて彼女の左手の中で止まった。
「まだ衰えておらんようやな」
襖が両側から開き、その正体を露わとした。
着物を着こなす姿は神堂エムと似ているが、彼女はツインテールをしてはいない。
いや、むしろ彼女よりもかなり歳を重ねていた。
体は老体でありながらも、その威厳は未だ顕在である。
(関西広域連合・総長、
リンは内心で歯ぎしりをしながら、その言葉を放った。
一言で言えば、彼女が最も苦手とする人物であり、彼女の母方の祖母でもある。
そして、細身の体から繰り出される、あり得ないほどの
それはリンを襲った物体が証明している。
「そなたを関東へ送りだした事、少しは糧となったか」
(フン)
慧が上座に座ると、いつもの様にリンを見下す。
対して彼女は、特に反論もせずに物体をそばに置いた。
それは黒く重い塊、しかしそれはテイルグリーンが操る
「貴女の腕力も相当なものです、慧殿」
ワザとらしい笑みを浮かべつつ、彼女を称賛した。
何しろリンを襲った物体は、陸上競技に使用される鉄球なのだから。
その重さは20kg、持ち上げるにもかなりの力を要する。
それをまるでピッチャーの様に投げるのだから、凄まじい以外の何物でもない。
「回りくどいのは嫌いやから、単刀直入に言うわ」
真剣に顔を構え、リンの顔を向ける。
その後ろでは、何故か黒子が破けた襖を回収している。
「遊戯のために、私の資金を横領したな?」
(ギクッ)
慧に見透かされた事に、リンは内心焦りを感じた。
確かに、非合法な手段を用いて資金を横取りした。
それは彼女自身の貯金では、到底足りないと踏んでの物である。
「しかもそれを、私に報告もせぬとは… 一体、どういう神経をしておるやら」
「面目もありません。しかし、これは私に必要な諸事であり、牽いては貴女にも多大なる利益は---」
必死で弁論するリンの顔には、無数の汗が流れている。
肉親でさえ、これ程までの威圧感に耐えねばならないとは…
彼女には、彼女なりの正義を貫かねばならない。
そう結論付け、彼女は慧の目から話さずに、矢継ぎ早に持論をぶつける。
「私の部隊では、不満か?」
しかしその声は、慧の耳に届きはしなかった。
リンの言い分を一蹴したのだ。
彼女には、何を言ったとしても通じる相手ではなかったのである。
「
(人知れず、なのに恩恵を忘れるって… 思いっきり矛盾しとるやん)
興奮気味に話す慧に、心の中で冷静に突っ込みをした。
名も知れぬ誰かに恩恵は尊敬など、塵も感じぬと言うのに…
「さて… 今日、お前を呼び出したのは他でもない。そのツインテイルズについてだ」
話を切り替え、再びリンに視線を戻す。
その時既に、慧の顔に感情の起伏は見られなかった。
「昨日の報告において、ツインテイルズ同士が戦っていると受けた。その映像も、既に見た」
慧の話は、リンに衝撃を与えた。
あの時、マスコミは周囲に存在はしなかった。
従って、慧にはおろかマスコミもこの事実を把握している訳がない。
それを何故、彼女は既知であるのか。
「
慧の発言は、遠回しにリンを批判していた。
不死鳥---唯乃が現れていた事を、あちらは既に把握していたのだ。
その上、テイルグリーンに押し付けてしまった事まで…
まだまだ、彼女を出し抜く事はできない。
そう痛感した、リンである。
「テイルグリーンは、ポニーテールを纏いし戦士。発展途上ではありますが、既にツインテイルズを凌駕する程の実力は秘めております。是非とも、この任務は私に完遂させてください!!」
両手と額を畳に擦り付け、懇願するリン。
もはや、全てのプライドを投げ棄てる覚悟である。
しかし慧は、更に追い打ちをかけていく。
「大した自信だな、鈴音。関東での生活で、幾らか腑抜けたように思えるが…?」
「関東での生活は慣れましたが、教訓は1日たりとも忘れた事はありません。必ずや、世界をあるべき姿へと戻します」
いい加減終わってくれ…!
そんな気持ちで、リンは慧に説得を続ける。
今彼女に横やりを入れられると、余計面倒になりかねない。
だからこそ、彼女には静観の立場に留めておかねばならない。
「---お前に免じて、今回は目を伏せよう。だが、お前が犯した罪をもう一度認め直すことだな」
「…御意」
そう言い残し、慧は大広間を後にする。
その間、リンはけっして顔を上げることはなかった。
それは服従であり、彼女に対して完敗を示す態度である。
(なんでここまで、叩かれなアカンのや…!!)
己の無力感をどこにもぶつけられず、リンは歯ぎしりするしかなかった。
もはや足の痺れなど、些細なことでしかない。
この後彼女は、己との葛藤を1時間ほど繰り広げていたのである。
☆☆☆
いつもなら賑やかな会議室だけど、今日は静か過ぎる。
トゥアールも愛香も、慧理那もいない。
ここまで孤独を感じたのは、初めてかもしれない。
「愛香、慧理那…」
俺は彼女達を救えなかった。
そんな自責の念ばかり、心の底から込み上げてくる。
両手を組んで、ただひたすらに待つしかできない自分を呪いたい。
(もう一度、姿を見せてくれ…!)
ここでトゥアールが、いつものスキンシップで慰めては、くれない。
彼女は、テイルブレスの修理に専念している。
テイルグリーンとの戦いは、アルティメギル戦以上にテイルギアに負担をかけたらしい。
彼女に
製作者たる彼女でも、修理は丸一日かかると言っていた。
完膚なきまでに、叩きのめされた。
思い返す度に、背中にできたアザが疼く。
(…?)
ふと、トゥアルフォンのバイブレーション機能がつく。
画面を見れば、着信者はトゥアールとなっていた。
『すみません、総二様。愛香さんを見かけませんでしたか!?』
血相を変えるなど、いつもの彼女らしくない。
俺はこの会議室から出ていない事を告げると、トゥアールは衝撃の事実を話した。
『愛香さんが--- 行方不明なんです!!』
「なっ…?!」
思わず立ち上がってしまった。
でも、愛香が行方不明だって…?
確か彼女は、
少なくとも歩き回れるほど、体力は回復はしていない。
『テイルブレスにかかりっきりで、気がつきませんでした。簡易型の
「あいつもトゥアルフォンを持っていたよな? だったら、それで呼び出して---」
『いえ、トゥアルフォンは基地内にあるので、置いてきた可能性が高いです』
つまり、愛香への連絡手段はないわけか…
今動けるのは、恐らく俺だけだ。
「ありがとう、トゥアール。俺、愛香を探しに行くよ」
『ちょっと、総二様---』
トゥアールの返事も聞かずに、電源を切った。
あの愛香が、簡単に行方不明になるはずがない。
どうせ家に戻ったんだ、そう決まっている。
基地のエレベーターを抜け出し、アドレシェンツァの店内を歩いていた。
その時、母さんが俺を呼び止めた。
「総ちゃん、傘くらい持っていきなさい」
そう言って、俺にずいと傘を押し付ける。
窓に目を向ければ、雨が降っているとようやく気付いた。
しかし、渡された傘は1本しかない。
「何でもいいから。ほら行った!!」
俺がその事を問い詰める前に、母さんに追い出されてしまう。
たぶん傘立てに、置き忘れの傘くらいあるだろと思った。
だけど、傘立ての中には何も入っていない。
折り畳み傘を取りに戻りたいけれど、また追い出されるだろうな。
(兎に角、愛香の家に行くか…)
しぶしぶ傘を差し、俺は愛香の家に向かった。
まぁ、家は隣だからそれほど距離はない。
「はい、ってあら…?」
呼び鈴を押すと、恋香さんが出てきてくれた。
何度見ても、愛香とは正反対だよなぁ…
「どうしたの、それ? あちこち傷だらけじゃない。特に右腕のほとんどが、包帯で巻かれているし…」
うっ、痛いところを…
これらの傷は、大体がテイルグリーンの一撃でできた傷だ。
背中に叩き付けられた後、まともに着地できなかったのが原因らしい。
「すみませんが、愛香は居ませんか!?」
「---喧嘩でもしたの?」
事情を知らない人からすれば、そう思われるよな…
まさか愛香がテイルブルーで、瀕死の状態なんて知るよしもない。
俺はどう答えるか迷っていたが、恋香さんには図星と取られた。
「原因は何かは知らないけれど、総二君から謝りなさい。愛香はずっと、貴方を待ってるから」
恋香さんは微笑みながらも、俺を叱ってくれた。
だけどそれのお陰で、俺はどこか府に落ちた。
もし愛香に会えたとしても、どう切り出せば良いか分からなかった。
でも、愛香は愛香なんだ。
ぶん殴ってでも、こっちに戻してやる。
お前の居場所はここだ、そう言おう。
「---はい、ありがとうございます」
「いってらっしゃい」
礼をする俺に、手を軽く振って送ってくれた。
さぁ、愛香を探しに行くか!!
(本当に、どこ行きやがった…!?)
あれから1時間が過ぎようとしている。
陽月学園高等部に行っても、愛香の姿はなかった。
校門は既に閉まっていたし、よじ登ると警報が鳴るしな。
このままいるわけにもいかないので、再び雨の中で捜索を続行している。
(あれは、…?)
ふと、公園が視界に入った。
この雨の中、遊ぶ子供はいないだろう。
雨に打たれていく遊具。
シーソー、ジャングルジム、滑り台、そして---
「愛香!?」
雨打つブランコに座っている、彼女がいた。
すぐさま彼女の前まで駆け寄っていく。
だが俺の存在に気付いていないのか、未だに俯いたままだ。
「おい、愛香」
「そーじ…?」
俺が呼びかけて、ようやく彼女は顔を上げてくれた。
頬には絆創膏が貼られていて、まだ完全には治りきっていないと判断できた。
「帰ろうぜ」
一緒に戻ろうと優しく語るが、愛香は無言で首を横に振った。
俺は彼女が何を考えているのか、わからなかった。
行動派で、常に俺達を先導してきた彼女だけれど、突拍子でこんな事をする奴ではなかったはず。
「---無理よ」
長い沈黙の末、愛香は口を開いた。
「私は、テイルブルーになれない」
(なっ…!?)
まさか、彼女からこんな弱音を聞くはめになるなんて。
一体、何が彼女を変えたんだ…?
…まさか、テイルグリーンに敗北したことが原因か?
「---なぁ、テイルグリーンの事で気にしているのか? そんなん、俺は別に」
「そうじゃない!!」
俺の言葉を遮るかのように、愛香は大声を上げる。
その顔は雨で見え難いが、確かに涙の跡があった。
「前までのあたしだったら、そうかもしれない。あたしは、エレメリアンには無敗の王者だったから。でも、そんなあたしでも、守れなかった…」
再び悲しみが込み上げてきたのか、嗚咽混じりに話す愛香。
「テイルグリーンにやられた後も、実は意識はあったの。見たわよ、そーじ---テイルレッドが倒される様を。でも、私は何もできなかった。助けたいけど、体が気持ちに着いてきてなかった」
俺は彼女の本心を、ちゃんと見てはいなかった。
その小さな胸に、こんな大きなものを抱えていたなんて。
「テイルブレス。元々はあんたを守るために、今まで着けていたの。守ってきたと、あたしは思ってた。でも、私はそんな夢物語を見ていた、ただの妄想少女なの。---分かる、そーじ? あたしは、そーじを守れなかったの。そんな奴、ツインテイルズに戻る資格はない」
ここまで思い詰めるとは…
でも俺は、そんなのろけ話を聞くために来たわけじゃない。
「馬鹿野郎ッ!!」
俺が一喝すると、愛香は体を震わせる。
相当精神的にまいっているみたいだ。
「俺は愛香に守られるほど、子どもじゃない。俺だって、テイルブレスがあるから戦える。たとえ負けたとしても、俺達は生きている。そしたら、何とかなる。テイルグリーンに再戦だってできるさ」
「そーじ…」
「第一、俺にはまだ愛香が必要みたいだ。いや、俺だけじゃない。トゥアールも慧理那も、恋香さんも、俺の母さんだって。俺達は愛香もいて、初めて『ツインテイルズ』になれるんだ。だから---」
俺は彼女の手を、優しく掴んだ。
その手は雨に濡れて冷たいが、どこか温かみをも感じさせてくれた。
「一緒にいてくれ。俺の
俺が差し伸べても、彼女は動こうとはしない。
やっぱり駄目か---
「…ぷっ。あははは!!」
「…愛香?」
と思いきや、いきなり笑い出した。
どうなってんだ、これ。
「あーもう。落ち込んでたあたしが、バカだったみたい。そうよ、負けたんなら次勝てば良いだけじゃない」
勝手に自己完結してるし。
呆気にとられていたら、彼女は急に抱き付いてきた。
その衝撃で、掴んでいた傘を落としてしまう。
「そーじ… アンタといて、良かった」
更に抱きしめる力を強めた。
それは普段テイルブルーが扱う怪力ではなく、一人の女性の優しいものに近い。
「---帰るか、俺達の場所に」
「…うん」
俺は愛香を少し離し、そう言った。
無論、彼女は承諾してくれた。
彼女の笑顔と、揺れるツインテールに俺は少しドキッとした。
自分で言って何だけれど、これじゃプロポーズみたいだ。
そう思うと、顔から火が出そうだ。
照れ隠しに俺は、落ちた傘を拾って愛香にそっとかぶせてやる。
(俺も戦う。ツインテールを守るために。そして、俺の大切なものを守るために---!!)
愛香を側に、俺は新たなる決意をした。