Which do you love ?   作:ズケズケ

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Episode.59【それぞれの雨】

「…」

 

何度も迷って、ようやく私は家に帰ることができた。

空想装甲(テイルギア)を纏っていても、流石にあの距離は疲れた。

具体的には、東京から青森ぐらいを走ったのだ。

何気なく使っていた転送だけれど、本当に感謝します。

 

(帰ったら、まずシャワーね)

 

走っていた最中に、雨に遭遇してしまった。

フォトンアブゾーバーなら弾いてくれるでしょ、と私は気楽に思っていた。

なのに、それは容易に通り抜けて私の体を濡らしてきた。

雨の中のランニングって、熱血スポーツ漫画の主人公じゃないから…

 

「くしゃん!?」

 

不味いよ、このまま外にいても駄目か。

兎に角、家に帰ろう。

テイルギアを解除し、普段着へと戻る。

まぁ、まだ外にいるからずぶ濡れは避けられないけど。

 

「---寒っ」

 

これは不味い。

本気(マジ)で、風邪を引きかねない。

色々と思う事はあるけれど、まずは体を温めなくちゃ。

そんなわけで、私は足早に自分の家へと急いだ。

 

☆☆☆

 

「---ッ」

 

大阪府のとある屋敷にて。

その大広間にて、リンは正座を強要されていた。

 

(()よ来いや…)

 

彼女の両脚は、既に限界を超えていた。

何しろ、正座させられてから1時間は経過している。

それにもかかわらず、この場所には彼女以外誰も現れずにいた。

 

(!!)

 

いよいよ我慢が限界に達した時、彼女の気配察知能力が何かを捉えた。

それは、奥に構える襖の向こうから感じ取れる。

その気配は、殺気を纏ったものと確信できる。

 

(一人、か…)

 

リンが正座している場所から、襖の奥にいる者までの距離は、約7m。

刀を使うにはあまりにも距離があり、弓矢を使うならば弦を張った音ですぐにバレてしまう。

つまり、誰かがリンを襲撃しようとも、彼女は裕に回避できるほどの技量を持つことを指す。

しかし、何者かはそれを知っている上で、あえて行うつもりなのだ。

 

(襖の向こう、それは一体何や…?)

 

鬼が出るか蛇が出るか。

いずれにせよその答えは、すぐに出る。

彼女は瞑想し、邪念を取り払う。

 

(---ム)

 

刹那。

襖を大きく破り、何かがリンへ向かって行く。

それは確実に、顔面を狙っていた。

彼女は、その現実を冷静に対応していく。

瞑想を解くと共に、左手を顔の前へ置く。

何かを捉えたと感触した瞬間、爪を食い込ませる事で威力を殺した。

その何かは回転を弱め、やがて彼女の左手の中で止まった。

 

「まだ衰えておらんようやな」

 

襖が両側から開き、その正体を露わとした。

着物を着こなす姿は神堂エムと似ているが、彼女はツインテールをしてはいない。

いや、むしろ彼女よりもかなり歳を重ねていた。

体は老体でありながらも、その威厳は未だ顕在である。

 

(関西広域連合・総長、海老名(えびな)(けい)…!!)

 

リンは内心で歯ぎしりをしながら、その言葉を放った。

一言で言えば、彼女が最も苦手とする人物であり、彼女の母方の祖母でもある。

そして、細身の体から繰り出される、あり得ないほどの(パワー)

それはリンを襲った物体が証明している。

 

「そなたを関東へ送りだした事、少しは糧となったか」

(フン)

 

慧が上座に座ると、いつもの様にリンを見下す。

対して彼女は、特に反論もせずに物体をそばに置いた。

それは黒く重い塊、しかしそれはテイルグリーンが操る重力砲(グラビティ・キャノン)ではない。

 

「貴女の腕力も相当なものです、慧殿」

 

ワザとらしい笑みを浮かべつつ、彼女を称賛した。

何しろリンを襲った物体は、陸上競技に使用される鉄球なのだから。

その重さは20kg、持ち上げるにもかなりの力を要する。

それをまるでピッチャーの様に投げるのだから、凄まじい以外の何物でもない。

 

「回りくどいのは嫌いやから、単刀直入に言うわ」

 

真剣に顔を構え、リンの顔を向ける。

その後ろでは、何故か黒子が破けた襖を回収している。

 

「遊戯のために、私の資金を横領したな?」

(ギクッ)

 

慧に見透かされた事に、リンは内心焦りを感じた。

確かに、非合法な手段を用いて資金を横取りした。

それは彼女自身の貯金では、到底足りないと踏んでの物である。

 

「しかもそれを、私に報告もせぬとは… 一体、どういう神経をしておるやら」

「面目もありません。しかし、これは私に必要な諸事であり、牽いては貴女にも多大なる利益は---」

 

必死で弁論するリンの顔には、無数の汗が流れている。

肉親でさえ、これ程までの威圧感に耐えねばならないとは…

彼女には、彼女なりの正義を貫かねばならない。

そう結論付け、彼女は慧の目から話さずに、矢継ぎ早に持論をぶつける。

 

「私の部隊では、不満か?」

 

しかしその声は、慧の耳に届きはしなかった。

リンの言い分を一蹴したのだ。

彼女には、何を言ったとしても通じる相手ではなかったのである。

 

(ちまた)ではツインテイルズと騒いでいるが、我らの方が長く苦行に耐えておる。下手に世間を引っ掻き回しても、つまらんの一言しか出んわ。全く… 何百年前から人知れず人間を守ってきた我らの恩恵を、忘れたか!?」

(人知れず、なのに恩恵を忘れるって… 思いっきり矛盾しとるやん)

 

興奮気味に話す慧に、心の中で冷静に突っ込みをした。

名も知れぬ誰かに恩恵は尊敬など、塵も感じぬと言うのに…

 

「さて… 今日、お前を呼び出したのは他でもない。そのツインテイルズについてだ」

 

話を切り替え、再びリンに視線を戻す。

その時既に、慧の顔に感情の起伏は見られなかった。

 

「昨日の報告において、ツインテイルズ同士が戦っていると受けた。その映像も、既に見た」

 

慧の話は、リンに衝撃を与えた。

あの時、マスコミは周囲に存在はしなかった。

従って、慧にはおろかマスコミもこの事実を把握している訳がない。

それを何故、彼女は既知であるのか。

 

()()()を逃したのは、期待外れではあった。だが、ツインテイルズ3名に対し、たった一人で全員を葬ったテイルグリーン… 彼女自身を思えば褒美は贈ってやろう。…我らに言わせれば、まだヒヨッコだがな」

 

慧の発言は、遠回しにリンを批判していた。

不死鳥---唯乃が現れていた事を、あちらは既に把握していたのだ。

その上、テイルグリーンに押し付けてしまった事まで…

まだまだ、彼女を出し抜く事はできない。

そう痛感した、リンである。

 

「テイルグリーンは、ポニーテールを纏いし戦士。発展途上ではありますが、既にツインテイルズを凌駕する程の実力は秘めております。是非とも、この任務は私に完遂させてください!!」

 

両手と額を畳に擦り付け、懇願するリン。

もはや、全てのプライドを投げ棄てる覚悟である。

しかし慧は、更に追い打ちをかけていく。

 

「大した自信だな、鈴音。関東での生活で、幾らか腑抜けたように思えるが…?」

「関東での生活は慣れましたが、教訓は1日たりとも忘れた事はありません。必ずや、世界をあるべき姿へと戻します」

 

いい加減終わってくれ…!

そんな気持ちで、リンは慧に説得を続ける。

今彼女に横やりを入れられると、余計面倒になりかねない。

だからこそ、彼女には静観の立場に留めておかねばならない。

 

「---お前に免じて、今回は目を伏せよう。だが、お前が犯した罪をもう一度認め直すことだな」

「…御意」

 

そう言い残し、慧は大広間を後にする。

その間、リンはけっして顔を上げることはなかった。

それは服従であり、彼女に対して完敗を示す態度である。

 

(なんでここまで、叩かれなアカンのや…!!)

 

己の無力感をどこにもぶつけられず、リンは歯ぎしりするしかなかった。

もはや足の痺れなど、些細なことでしかない。

この後彼女は、己との葛藤を1時間ほど繰り広げていたのである。

 

☆☆☆

 

いつもなら賑やかな会議室だけど、今日は静か過ぎる。

トゥアールも愛香も、慧理那もいない。

ここまで孤独を感じたのは、初めてかもしれない。

 

「愛香、慧理那…」

 

俺は彼女達を救えなかった。

そんな自責の念ばかり、心の底から込み上げてくる。

両手を組んで、ただひたすらに待つしかできない自分を呪いたい。

 

(もう一度、姿を見せてくれ…!)

 

ここでトゥアールが、いつものスキンシップで慰めては、くれない。

彼女は、テイルブレスの修理に専念している。

テイルグリーンとの戦いは、アルティメギル戦以上にテイルギアに負担をかけたらしい。

彼女に属性玉(エレメーラオーブ)を奪取され、あげくには半壊にまで追い込まれたのだ。

製作者たる彼女でも、修理は丸一日かかると言っていた。

完膚なきまでに、叩きのめされた。

思い返す度に、背中にできたアザが疼く。

 

(…?)

 

ふと、トゥアルフォンのバイブレーション機能がつく。

画面を見れば、着信者はトゥアールとなっていた。

 

『すみません、総二様。愛香さんを見かけませんでしたか!?』

 

血相を変えるなど、いつもの彼女らしくない。

俺はこの会議室から出ていない事を告げると、トゥアールは衝撃の事実を話した。

 

『愛香さんが--- 行方不明なんです!!』

「なっ…?!」

 

思わず立ち上がってしまった。

でも、愛香が行方不明だって…?

確か彼女は、ICU(集中治療室)で慧理那と寝ていたはず。

少なくとも歩き回れるほど、体力は回復はしていない。

 

『テイルブレスにかかりっきりで、気がつきませんでした。簡易型の認識攪乱装置(イマジンチャフ)を持って、外に出たみたいです』

「あいつもトゥアルフォンを持っていたよな? だったら、それで呼び出して---」

『いえ、トゥアルフォンは基地内にあるので、置いてきた可能性が高いです』

 

つまり、愛香への連絡手段はないわけか…

今動けるのは、恐らく俺だけだ。

 

「ありがとう、トゥアール。俺、愛香を探しに行くよ」

『ちょっと、総二様---』

 

トゥアールの返事も聞かずに、電源を切った。

あの愛香が、簡単に行方不明になるはずがない。

どうせ家に戻ったんだ、そう決まっている。

基地のエレベーターを抜け出し、アドレシェンツァの店内を歩いていた。

その時、母さんが俺を呼び止めた。

 

「総ちゃん、傘くらい持っていきなさい」

 

そう言って、俺にずいと傘を押し付ける。

窓に目を向ければ、雨が降っているとようやく気付いた。

しかし、渡された傘は1本しかない。

 

「何でもいいから。ほら行った!!」

 

俺がその事を問い詰める前に、母さんに追い出されてしまう。

たぶん傘立てに、置き忘れの傘くらいあるだろと思った。

だけど、傘立ての中には何も入っていない。

折り畳み傘を取りに戻りたいけれど、また追い出されるだろうな。

 

(兎に角、愛香の家に行くか…)

 

しぶしぶ傘を差し、俺は愛香の家に向かった。

まぁ、家は隣だからそれほど距離はない。

 

「はい、ってあら…?」

 

呼び鈴を押すと、恋香さんが出てきてくれた。

何度見ても、愛香とは正反対だよなぁ…

 

「どうしたの、それ? あちこち傷だらけじゃない。特に右腕のほとんどが、包帯で巻かれているし…」

 

うっ、痛いところを…

これらの傷は、大体がテイルグリーンの一撃でできた傷だ。

背中に叩き付けられた後、まともに着地できなかったのが原因らしい。

 

「すみませんが、愛香は居ませんか!?」

「---喧嘩でもしたの?」

 

事情を知らない人からすれば、そう思われるよな…

まさか愛香がテイルブルーで、瀕死の状態なんて知るよしもない。

俺はどう答えるか迷っていたが、恋香さんには図星と取られた。

 

「原因は何かは知らないけれど、総二君から謝りなさい。愛香はずっと、貴方を待ってるから」

 

恋香さんは微笑みながらも、俺を叱ってくれた。

だけどそれのお陰で、俺はどこか府に落ちた。

もし愛香に会えたとしても、どう切り出せば良いか分からなかった。

でも、愛香は愛香なんだ。

ぶん殴ってでも、こっちに戻してやる。

お前の居場所はここだ、そう言おう。

 

「---はい、ありがとうございます」

「いってらっしゃい」

 

礼をする俺に、手を軽く振って送ってくれた。

さぁ、愛香を探しに行くか!!

 

 

 

 

(本当に、どこ行きやがった…!?)

 

あれから1時間が過ぎようとしている。

陽月学園高等部に行っても、愛香の姿はなかった。

校門は既に閉まっていたし、よじ登ると警報が鳴るしな。

このままいるわけにもいかないので、再び雨の中で捜索を続行している。

 

(あれは、…?)

 

ふと、公園が視界に入った。

この雨の中、遊ぶ子供はいないだろう。

雨に打たれていく遊具。

シーソー、ジャングルジム、滑り台、そして---

 

「愛香!?」

 

雨打つブランコに座っている、彼女がいた。

すぐさま彼女の前まで駆け寄っていく。

だが俺の存在に気付いていないのか、未だに俯いたままだ。

 

「おい、愛香」

「そーじ…?」

 

俺が呼びかけて、ようやく彼女は顔を上げてくれた。

頬には絆創膏が貼られていて、まだ完全には治りきっていないと判断できた。

 

「帰ろうぜ」

 

一緒に戻ろうと優しく語るが、愛香は無言で首を横に振った。

俺は彼女が何を考えているのか、わからなかった。

行動派で、常に俺達を先導してきた彼女だけれど、突拍子でこんな事をする奴ではなかったはず。

 

「---無理よ」

 

長い沈黙の末、愛香は口を開いた。

 

「私は、テイルブルーになれない」

(なっ…!?)

 

まさか、彼女からこんな弱音を聞くはめになるなんて。

一体、何が彼女を変えたんだ…?

…まさか、テイルグリーンに敗北したことが原因か?

 

「---なぁ、テイルグリーンの事で気にしているのか? そんなん、俺は別に」

「そうじゃない!!」

 

俺の言葉を遮るかのように、愛香は大声を上げる。

その顔は雨で見え難いが、確かに涙の跡があった。

 

「前までのあたしだったら、そうかもしれない。あたしは、エレメリアンには無敗の王者だったから。でも、そんなあたしでも、守れなかった…」

 

再び悲しみが込み上げてきたのか、嗚咽混じりに話す愛香。

 

「テイルグリーンにやられた後も、実は意識はあったの。見たわよ、そーじ---テイルレッドが倒される様を。でも、私は何もできなかった。助けたいけど、体が気持ちに着いてきてなかった」

 

俺は彼女の本心を、ちゃんと見てはいなかった。

その小さな胸に、こんな大きなものを抱えていたなんて。

 

「テイルブレス。元々はあんたを守るために、今まで着けていたの。守ってきたと、あたしは思ってた。でも、私はそんな夢物語を見ていた、ただの妄想少女なの。---分かる、そーじ? あたしは、そーじを守れなかったの。そんな奴、ツインテイルズに戻る資格はない」

 

ここまで思い詰めるとは…

でも俺は、そんなのろけ話を聞くために来たわけじゃない。

 

「馬鹿野郎ッ!!」

 

俺が一喝すると、愛香は体を震わせる。

相当精神的にまいっているみたいだ。

 

「俺は愛香に守られるほど、子どもじゃない。俺だって、テイルブレスがあるから戦える。たとえ負けたとしても、俺達は生きている。そしたら、何とかなる。テイルグリーンに再戦だってできるさ」

「そーじ…」

「第一、俺にはまだ愛香が必要みたいだ。いや、俺だけじゃない。トゥアールも慧理那も、恋香さんも、俺の母さんだって。俺達は愛香もいて、初めて『ツインテイルズ』になれるんだ。だから---」

 

俺は彼女の手を、優しく掴んだ。

その手は雨に濡れて冷たいが、どこか温かみをも感じさせてくれた。

 

「一緒にいてくれ。俺の()()として」

 

俺が差し伸べても、彼女は動こうとはしない。

やっぱり駄目か---

 

「…ぷっ。あははは!!」

「…愛香?」

 

と思いきや、いきなり笑い出した。

どうなってんだ、これ。

 

「あーもう。落ち込んでたあたしが、バカだったみたい。そうよ、負けたんなら次勝てば良いだけじゃない」

 

勝手に自己完結してるし。

呆気にとられていたら、彼女は急に抱き付いてきた。

その衝撃で、掴んでいた傘を落としてしまう。

 

「そーじ… アンタといて、良かった」

 

更に抱きしめる力を強めた。

それは普段テイルブルーが扱う怪力ではなく、一人の女性の優しいものに近い。

 

「---帰るか、俺達の場所に」

「…うん」

 

俺は愛香を少し離し、そう言った。

無論、彼女は承諾してくれた。

彼女の笑顔と、揺れるツインテールに俺は少しドキッとした。

自分で言って何だけれど、これじゃプロポーズみたいだ。

そう思うと、顔から火が出そうだ。

照れ隠しに俺は、落ちた傘を拾って愛香にそっとかぶせてやる。

 

(俺も戦う。ツインテールを守るために。そして、俺の大切なものを守るために---!!)

 

愛香を側に、俺は新たなる決意をした。

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