「---んにゃ?」
あれ、寝てた?
天井には、白色の壁が。
何というか、ベタな展開で…
でも、私がよく知っているリンの基地じゃない。
これって---
「気がつきましたか、先輩?」
私を呼ぶ声が聞こえた。
顔だけを動かして、その主を見る。
「…観束君?」
いつも通りの赤毛の高校生が、そこにいた。
その様子からは、優しさがあるが、悲しみも垣間見えた。
…てか、何で「先輩」?
いつもの私なら「テイルグリーン」のはず。
そう不思議に思いながら、右手首をさする。
だけれど、いつもの感触がそこには無かった。
(!?)
「先輩、どうしたんで… うわっ!?」
私は勢いよく起き上がり、それを探そうとした。
『いつもの感触』を取り戻しに。
でも、体は上手く言うことを聞いてはくれない。
身体中に激痛が走り、よろけてしまった。
その際、観束君の方へと倒れてしまい、彼を巻き込んじゃった。
(いつつ…?)
「~!!」
観束君、大丈夫?
そう言おうと思ったけれど、妙な感触があった。
ハッキリ言えば、胸をもまれている…?
視線を下に降ろすと、観束君の顔面が私の胸で圧迫されていた。
「あっ、ゴメン!! 大丈夫---」
「何やってんのよ、そーじ!?」
「美味しい展開!? 伊織先輩、どいてくださいな!!」
「状況にツッコミ入れるより、手伝ってよ!?」
体を動かそうと四苦八苦してたら、突然ドアがスライドした。
そこにいたのは愛香さんとトゥアールさん。
2人とも私よりも、ラッキースケベな観束君に対して怒ってた。
ある種いつも通りだけれど、怪我人がいること忘れていない…?
「反省してる?」
「…ふぁい」
思春期の男の子に対して、あれはないよね…
不可抗力だけれど。
それについて、愛香さんからこっぴどく叱られている最中です。
「幾らそーじが朴念仁だからって、ああいう色仕掛けは駄目ッ!!」
「おんやぁ~、自分じゃそんな事ができないからって… 八つ当たりですか」
「おんしは黙っとれ-!!」
また愛香さんは、トゥアールさんに鉄槌を下している。
恐らく「色仕掛け」辺りに反応したんだろうな…
私はベッドに座った状態で聞いていたけれど、惨劇がまた始まるんだろうな。
あ、愛香さんが卍固めを決めに来た。
病室にトゥアールさんの悲鳴と、彼女の骨が軋む音が響く。
頼むから、それは止めて欲しい。
寿命が縮まりそうだから…
「あ~… 大丈夫?」
「うん。あの時はゴメン」
愛香さんの代わりに、観束君が応答してくれた。
気付いたときもそうだけれど、今の私は包帯だらけ。
両腕もそうだし、胸元も。
下手すると、ミイラみたい。
こんな私でも、優しくしてくれるんだね。
「最初に私を『先輩』って呼んだよね? もしかして…?」
「はい。トゥアールが、テイルギアを強制解除したんです。今ブレスは、研究室にあります」
…やっぱり、外されたんだ。
その事実に、項垂れてしまう。
だって、テイルグリーンとなってからは、ずっとあったんだから。
それがない今、テイルグリーンとして否定されたも同じじゃない。
「テイルイエロー---慧理那は?」
「桜川先生と、自宅です。その様子だと、俺達の事…」
うん、とっくに知ってる。
貴方達が、アルティメギルから守っている『ツインテイルズ』だってことは。
それに、肌で何度も感じたから。
「---不思議」
「…?」
「つい最近は、敵なのに。今はこうして笑ってる」
私が笑うと、観束君も笑った。
こうして、ゆったりと時間が過ぎるのは久し振り。
今まで連戦だったから、かな?
「は~ぃ、そこまで。夕飯ができたから、皆で食べましょ♪」
そこに、観束君のお母さん---未春店長が入ってきた。
確かツインテイルズ基地の上は、アドレシェンツァだったっけ。
取り敢えず、お言葉に甘えるしかないか。
あ、誰かに手助けしてもらわないと、無理だわこれ。
「大丈夫です、先輩?」
「…ありがと」
私が無理をさせないように、観束君は肩を貸してくれた。
ゆっくりとベッドから降りて、足を前へと動かす。
トゥアールさんがまた何か言っているけれど、愛香さんの関節技でほとんど聞こえなかった。
彼女達を横目に、私達は病室を出た。
「そうだ、伊織ちゃんは中辛で大丈夫かしら?」
「えぇ、お願いします」
アドレシェンツァのテーブル席に、私は座らされた。
別にカウンターでも良かったんだけれど、怪我人に無理はさせたくないそうだ。
そしてこのテーブルは4人がけ。
私以外にも、私の隣には観束君が。
正面にはトゥアールさん、対角線上には愛香さんが座っている。
「すっかり馴染んでるわね…」
私が言いたい台詞だよ、それ…
でも、これで完全に和解できたとは思えない。
テイルホワイト---リンがいないからかな。
彼女がいない限り、本当にそうなったかは判断できない。
「---っと、気を悪くしました?」
「後輩が、そんな心配するんじゃないの」
うっすらと気配を察知されてしまったか。
もう少し、顔芸を身に付けるべきね。
「未春義母様の料理ができるまでには、時間があります。その間、私達にここまでの成り行きを説明してもらいませんか?」
…覚悟はしていた。
忘れるところだったけれど、今の私は『捕虜』に近いんだ。
それに、今まで敵対していた理由を聞く権利がある。
抵抗しようにも、テイルギアはまだ返却されていない。
トゥアールさんの言葉は優しいながらも、うむを言わさぬ圧力がある。
私はテイルブレスを入手するまでの経緯から、テイルホワイトの存在まで明かした。
唯乃がエレメリアンである事は伏せて。
それは私よりも、もっと適任者が話すべきだから。
「伊織先輩も、それなりに苦労されたんですね…」
トゥアールさんの一言は、皆の考えを集約していた。
まぁ、彼女達も劣らず苦労はしてるかもしれないが。
「先の戦闘を推測するに、先輩はあの戦士とは深い関わりがあると思えますが?」
「それは… 彼に任せるわ」
トゥアールさんは、核心を突いてきた。
愛香さんも気にしていたのか、体をずいと前へと持って行った。
私はそれから逃れようと、目線を横へずらした。
「そーじ…?」
「どういう事ですか、総二様?」
「あうぅ…」
そして、彼は戸惑うしかない。
悪いけれど、私でも彼女の全てを知っているわけじゃない。
彼ならではのエピソード集とやらを、私も拝聴させてもらおうかな。
「アイツは--- 唯乃なんだ。俺達を襲ったのも、俺が原因なのかもしれない。俺が『別れて』なんで言ったから…」
それは、初耳。
観束君と唯乃がラブラブ(?)だったのは、学校中で広がっていた。
何で彼女が?
そう思ったけれど、彼女自身の幸せを考えてスルーする事に決めたんだ。
でも、『別れて』なんて言葉を、唯乃がそう簡単に飲み込める訳ないか。
「唯乃さん、でしたか… しかし、何故襲う必要が?」
「彼女のことよ、どうせ力比べしたいんでしょうね」
彼女はいつもそうだった。
私とテスト試行する際も、かなり乗り気だったからな。
もしかしたら、
「何かリベンジするみたいな事言ってたわ。先輩も私達も、これから気をつけるべきね」
気をつけろ、か…
彼女の正体がエレメリアンである以上、それは覚悟してる。
今度こそ、私が倒されてしまう可能性があるんだから。
…今思えば、どうやって危機的状況を脱したんだ?
「深刻な話は一旦中止。私の自信作でも食べて、元気出しなさいな」
ナイスタイミング!!
未春店長がようやく完成したメニューを持ってきてくれた。
こんな事態でも変わらない態度が、今はジンとくる。
私達の前に出されたのは、カレーライス。
確か、店長独自のスパイスが入っているんだっけ?
「そんな暗い顔したって、何にも変わらない。それよりも、そのカレーを食べて私に笑顔を見せて」
そうよね。
私も、体力を回復しなきゃ!
そう思ってスプーンで掬い、口へと運んだ。
でも、次に来たのが強烈なもので---
「---!?」
辛いカライ~!!
あまりの辛さに、涙が出てきた。
「一気にそんなに掬うからよ。総ちゃん、水取って取って」
「わかった」
観束君に頼んだ後、店長は私に水を差し出した。
これで辛さを紛らわせ、って事ね。
それに気付き、私はそれを受け取って一気に流し込む。
…少しはマシになったかな。
「中辛は… 伊織ちゃんには厳しかったかしら?」
みたいです…
多分これ、市販のカレーライスよりも辛いわ。
まだ口の中で、ヒリヒリ感が残っているんだから。
「ケホッケホッ…」
「大丈夫ですか、先輩?」
何だかさっきから皆に心配をかけてばっかりだな、私…
でも、暖かみも感じられて良いなぁ。
私は最近まで一人だ、って感じていたから。
「…っ」
辛さが若干引いたところで、もう一度口に運ぶ。
今度は辛さがあまり来ないように、少なめに掬って。
そんな私を、皆は心配そうに見つめた。
「ど、どうかしら…?」
間違いなく、辛い。
でもその辛さには、少しは慣れた。
そのお蔭で感じられるものもある。
中辛にしては辛すぎるけれど、確かに素材の味が出ている。
普通のカレーライスじゃ、そうはいかない。
私もたまに作るけれど、できないんだ。
「…」
無我夢中で口に運び続ける。
辛い、だけれど美味い。
それが、私の中にあるものを溶かしているような錯覚を覚える。
「ふぅ… お替わりお願いします!!」
「あらあら。元気が出て良かった」
自分の口から「お替わり」だなんて…
よっぽど私はお腹がすいていたんだ。
「でも、口元は軽く拭いておきなさいよ♪」
「へっ?」
そう店長に言われて、私は紙ナプキンを取ろうとした。
でもその前に、観束君が拭いてくれた。
彼が使った紙ナプキンには、少しカレールーが。
掬って入れた時についたのかな…
「…ありがと」
恥ずかしさを隠す様に、俯きながら感謝の言葉を述べた。
その瞬間、前から凄まじいまでのオーラが…
「勝手にいちゃつくんじゃないわよ…」
「この、泥棒猫が---!!」
はい、怒られました。
そりゃそうでしょうね。
目の前でいちゃつかれるほど、イラつくことないもの。
「気に入ってくれたみたいね」
そこに再び店長が。
お替わりのカレーライスを持ってきてくれたらしい。
相変わらず、ナイスタイミングっす!!
私は痛い目線から逃れようと、すかさず掬っていく。
「あの… ご迷惑でなければ、私にこのカレーの作り方を教えてください!」
カレーライスを少し食べた後、私はそうお願いしていた。
自分でも何でこんな事をしているか、わかっていない。
でもこのカレーライスを、自分で作れたらと思うと、ワクワクするかもしれない。
「ふふっ… 伊織ちゃんが将来、総二のお嫁さんになってくれるなら良いわよ」
『ハァ!?』
店長が物凄い爆弾発言を---!?
私どころか、彼女以外は皆驚いている。
「それならば、私も!!」
「勝手に抜け駆けすんじゃない! あたしだって、そーじのためなら…」
そこに、愛香さんとトゥアールさんが参戦!?
でもその理由は、私とは違うみたい…
なんか、観束君が取り合いに持ち出されているような?
横にいる本人は、困惑顔だし。
「(頑張って、テイルグリーン♪)」
そっと、未春店長が近付いてきた。
そして私に、そう呟いたのだ。
…いつ、私がテイルグリーンだと気付いた?
彼女に振り返ると、そこにはもういなかった。
(前途多難、ね…)
今なお私の前では、「誰が先に店長のカレーを教わるか」について争っている。
それを観束君が止めようとするも、聞いちゃいない。
未だ収まらぬ喧騒に、私はそう嘆息した。