このヒキニート(女)にも祝福を!   作:オンライン2222

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 短編形式だと……20000字超えても投稿できなくて、あぁ……きっつの状態に陥ってしまったため、連載形式に変えさせていただきました。
 前回、感想を書いてくださった方々、ありがとうございました。何よりも嬉しかったです! 感謝しかございません!
 ちなみに、今回は素晴らしい旅先でのお話です。旅行に行くならやっぱりアル(以下略)


 あぁ……ほのぼのしたいんじゃ……。


四巻
この素晴らしい旅に祝福を!⑴


 

 曇一つない冴えわたった空に、白い眩きを主張する太陽。

 そんなお日様にジリジリと焼かれながら、私は顔に笑顔を張り付けていた。そして、歓声が聞こえてくる。

 

 

「う、美しいっ……! なんという美しさだ!!」

 

「あぁ……感謝します……!!」

 

「うおおおおおおおおおお! 俺たちは女神アクア様を信じていた!!」

 

 

 ――聞こえない、聞こえない……。

 手は膝に固定し、正座をしているため、私は耳を塞ぐ代わりとして、脳を真っ白にする。それでも、私の意志の抵抗は虚しく、私は耳障りな喝采に精神を蝕まれていった。

 

 

 あぁ……どうして、こうなっちゃたのかな……? 私、温泉に浸かりにきただけなのに……!

 

 

 そして、私は閉じていた瞼を開いてしまった。

 そこに広がる景色は、端的に言ってしまえば、水の都。

 街全体どの建物も青を強調した見目良いレンガ造りをしており、街を囲む山脈も自然に溢れ、下流してくる小川はとても趣があった。

 そして、何よりもこの街の観光財産である温泉は至る箇所から流れ出てきており、光源を反射し、キラキラと水面を輝かせていた。

 

 

 ホントニ……キレイナマチダナァ……。

 

 

 小川のさらさらと流れる音、頬をなでる涼しい風に私は意識を集中させた。……させるしかなかった。

 担がれた私を熱狂的な視線で信仰する人達なんて私には見えない……見えないのっ……!!

 

 だがしかし、どれだけその場しのぎの論弁で気分を紛らわせたところで、現状の地獄が覆ってくれるわけもなく。

 私は屋根が唐破風の神輿に鎮座させられながら、担ぎ手の方々によって、アルカンレティアの中央へと担がれていった。

 そして、街の中心部へと辿り着くと、私の両脇に立っていた白髭の糞爺と水色の邪神が信者たちに演説を始めた。

 

 

「「皆の者っ! 今一度、巫女様の前でアクシズ教教義を唱えるのだ!!」」

 

「「「「アクシズ教徒はやればできる!! できる子たちなのだから、上手くいかなくてもそれは貴方のせいじゃない!!」」」」

 

「上手くいかないのは世間が悪い!!」

 

 

 ……。

 

 

 

 ……そうだ、リーンは今頃何してるだろう? まだ二日ほどしか経っていないが、無性に親友の顔が見たくなってきた。

 リーンへのお土産は何がいいだろうか……? アルカン饅頭でもいいかな……? それとも、石鹸の方がいいかな?

 

 

「嫌なことからは逃げればいい! 逃げるのは負けじゃない!! 逃げるが勝ちという言葉があるのだからっ!!」

 

「「迷った末に出した答えは、どちらを選んでも後悔するもの! どうせ後悔するのならば、今はラクチンな方を選びなさい!!」」

 

 

 あ……そういえば、ゆんゆんにだけ旅行に行くこと伝え忘れちゃったなぁ……。

 でも……さすがに大丈夫だよね……? さすがに毎日お土産片手に通い続けてるなんてことはないだろうし。

 

 ……。

 

 

 

 

 ……いや、あの子ならあり得る……心配だ。

 

 

「「「汝、我慢をする事なかれ……飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい! 明日もそれが食べられるとは限らないのだから!!」」」

 

 

 ……あ、めぐみんたちだ……。

 えへ……えへへへっへへへ……もういいや……知らない。知り合いに見られちゃったよ……あぁもう知らない……。

 うぅぅっやめてよ……そんな目で見ないでよ……そんな心底憐れむような目で見ないでよ……。

 ウィズ……? なんで、そんな悲痛な表情で祈りを捧げるの……? なんで、そんな酷いことができるの……?

 

 ねぇ?

 

 

 ねぇ???

 

 

「汝……老後を恐れるなかれ……。未来の貴方が笑っているか、それは神ですらも分からない。なら、今だけでも笑ってなさい!!」

 

 

「「「悪魔殺すべし!!」」」

「「「魔王しばくべし!!」」」

「「「悪魔殺すべし!!」」」

「「「魔王しばくべし!!」」」

 

 

 そして、街の住人の全てが団結し、私に視線を送って、ふざけた教義を熱唱した。

 も、もう限界……限界であった。私は様々な感情が胸中に渦巻き、真っ赤な泣き出しそうな顔を俯かせた。しかし、隣に立つ邪神がそれを許さない。

 身体を震わせる私の両肩に手を置き、青色の少女は私の耳元で囁いた。

 

「さぁ……カズミ? 新しい教義を巫女である貴方の口から、信者たちに教えてあげるのよ? ほら、言って? 信者たちの熱意に感動する気持ちはわかるけど、ほら教えてあげて!!」

 

 アクアはその蒼い瞳を妖しく輝かせ、嫌々と首を横に振る私に促してくる。

 

「さぁ、言って! 言ってあげて、カズミ!! 泣いてないで、ほら早く!!」

 

 そんな中、精神的に追い詰められた私にできることなんて何もなく、

 

 

 

 

 

「うぇ……ヒッグ……え゛、エ゛リスの胸は……パッドいりい……うう、うわああああああああん!!」

 

 

 

 

 

 私は、気味の悪い蒼い輝きを放つ大勢の狂信者たちを喜ばせために、新たな教義を信者たちに告げた。

 

 

 

 

 

 

「「「「エリスの胸は……パッド入り……。お、おぉ……!? な、な、なんと……! なんと素晴らしい呪文でしょうか!!」」」」

 

 

 

 

「エリスの胸は――」

 

「「「パッド入り!」」」

 

「エリスの胸は――」

 

「「「パッド入り!!」」」

 

 そして、盛り上がった狂信者達は、アクアの言葉に続いて新たな教義を反芻し続けた。

 その正に地獄絵図の光景を私は震えた瞳で眺め、

 

 

「……この街滅んじゃえ」

 

 

 ボソリと呪詛を込めて呟いた。

 それから、私は、どうしてこんなことになってしまったのだろうと空を仰ぎ、アクセルの街から出たことを心底後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること三日前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は待ち望んでいた春。

 雪解けの季節であり、厳しい冬の間宿に引き籠っていた冒険者たち、冬眠していたモンスターたちが活動を再開する季節である。

 そんな中、私は冒険者稼業を再開させることもなく、ソファーの上で優雅にくつろいでいた。何をするわけでもなく、ただ、暖炉の火の温もりを感じていたのである。

 そうして、のんびり過ごしていた私に、可憐な動作でティーカップが差し出される。

 

 

「最高級の紅茶が入りましたわよカズミさま」

 

 言いながら、紅茶をくれたアクアが隣に座った。

 私は彼女が淹れてくれた紅茶を一口すすり……。

 

「……お湯ですわね」

 

「あらあら、失礼しました。私としたことがうっかりしてしまいましたわ。申し訳ございませんカズミさま」

 

「いいえ、また淹れ直せばいいだけですわ。ありがとうアクア。これはこれで頂きますね」

 

 そういえばアクアは、触れた液体を浄化してしまうんでしたね。紅茶を淹れてしまった最中に、うっかりお湯に変えてしまったのでしょう。

 ただ、穏やかなセレブな私はそんなことで腹を立てない。申し訳無さそうに懇願してくるアクアの長髪を撫でてあげる。

 すると彼女は気持ちよさそうに目を細め、私の胸の中央に身体を預けてきた。

 あらあら? どうしたのかしら……? 女神にも甘えたい年頃でもあるの? いいのよ……これからはどれだけ甘えても、許してあげる。

 

「ふふっ」

 

 平穏、平和とはこのことなのだろう。

 人間、お金に余裕ができるとこんなにも穏やかになれるものなのね。いつまでも甘えてくる駄女神すら、愛しく思えてきてしまうほどに。

 そして、私は水色の少女を繊細な手つきで撫で、空いた片手で彼女が淹れてくれた紅茶に口をつけた。

 

 

「うん、お湯!」

 

 

 やっぱりお湯だったが、今の私は、そんな些細な事で怒りが湧くことはない。味はしないが身体を芯から暖めてくれるお湯をゆったりと喉奥に流し込んだ。

 それから、空いたカップを置くため、ソファーから立ち上がったところで気がついた。久しぶりに見かける赤い瞳の少女が我が屋敷に無事帰宅していたことに。

 だがしかし、どういう訳か、彼女の顔は唖然としており、その固まった視線はモコモコガウンを羽織った私に向けられていた。

 何かあったのだろうか……? ひとまず、私はめぐみんに笑いかけることにした。

 

「やぁ、めぐみんおかえり!」

 

「き、気持ち悪いですぅ……」

 

 気持ち悪いとは心外ですわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先日のことは謝りますっ。……だから、どうか元のカズミに戻ってください!」

 

 神妙な顔をしためぐみんは私に懇願してきた。彼女は私の前に立つとぺこりと頭を下げるほどに。

 数日ほど外泊していためぐみんは、屋敷に帰ってくるなりずっとこの状態である。

 先日のこと……? いったい彼女は何を……。

 あぁ、私のお腹に『贅肉ビッチ』と落書きした件の事か。

 

「ふふっ、わざわざ謝るなんて、めぐみんは偉い子ね。あんな些細なことなんてもう怒っていませんよ? 金持ち喧嘩せずってね。それよりもめぐみん? 外はまだ寒かったでしょ? お茶でも飲まない? 実はいい茶葉が手に入ったの」

 

 そう言って、私は彼女の小さな手を取って笑い掛けた。

 そんな寛大な私の心に感動したのか、めぐみんは瞳を潤ませ、ペコペコと何度も頭を下げ始めた。

 

「本当にすみませんでした! 私が悪かったので、お願いですから元のカズミに戻ってください! 今のカズミは凄く気持ちが悪いです!!」

 

「ふふっ、さっきからめぐみんは何を言っているの? 私はいつも優雅な貴婦人でしょう?」

 

 めぐみんは本当に何を言っているのだろう? 私は涙目にまでなる少女が理解できず、小首を傾げた。すると、可憐な動作でティーカップが差し出される。

 

「最高級の紅茶が入りましたわよカズミさま」

 

 言いながら、紅茶を淹れてくれたアクアが、私の耳元で息を吹きかけてきた。そして、後ろから私の首に腕を回してくる。

 ベタベタしな……いいえ、淑女である私は、こんな事でイラついたりはしないですわ。感謝するように、回された彼女のきめ細かい艶やかな手を取ってあげる。

 それから、私は淹れたての紅茶を一口啜り……。

 

「……う、またお湯なんだけど」

 

「あらあら、私としたことがうっかりしていたわ。申し訳ございませんカズミさま」

 

「いいえ、また淹れ直せばいいだけよ。ありがとうアクア。これはこれで頂きますわ」

 

「本当にどうしたというんですか!?」

 

 腹から叫ぶめぐみんを、私は落ち着いた態度で対応する。

 身体を奇怪に動かし、全身で感情を荒ぶらせる少女を宥めながら、私はアクアに新しい紅茶を淹れてもらった。

 そうして優雅に過ごしていると、我がパーティーの盾でしかない女ことダクネスが、混乱に終始の見込みのないめぐみんを小さく手招きしていた。

 疲れた表情でダクネスの側に寄るめぐみんを尻目に、私はあの忌々しい仮面の悪魔との商談を上機嫌に想起した。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 ――めぐみんが私の身体に落書きをし、逃げた日の、次の日の朝。

 

 

 

「あんのクソガキぃぃぃ! うぅ、……屋敷に帰ってきたらギャン泣きさせてやる! ぜ、絶対に! 絶対にねっ! そして、勝ち気なあの子ですら、もう許してください……やめてくださいと泣き叫ぶ目に遭わせてやるっ!!」

 

 拳を握り込み、天井を見上げて私は魂から叫んだ。

 私の叫声は響き渡り、屋敷全体を揺らす。

 

「そ、その、めぐみんですら泣き叫ぶ目とやらについて、詳しく……!」

 

 頬を火照らせたダクネスが何か言っていたが、私の耳には届かない。

 私は、居間にある暖炉の前にて、怒り狂っていたからだ。あの爆裂狂いのロリっ子が昨日のクエストにて、私を冒涜したからである。

 それは、もう絶対に許せないレベルに。

 実を言うと、先日、私はまた亡くなってしまったのだ。そして、この幸薄い世界に希望が見出せない私が蘇生を断っただけで、なんと私の可憐な肢体に落書きをしたのだ。

 

 《贅肉ビッチ》と。

 

 許せるわけがなかった。まず、贅肉とビッチというピンポイントで私が嫌っている言葉を選んだことが許せなかった。

 私は華奢な体型であるはず……いや、ある。私はスレンダーであるからだ。

 

 ……。

 

 

 

 

 

 確かに? 確かに、アクアとか? ダクネス? とかに比べたら引き締まってないかもしれないよ? だけど、そんな贅肉呼ばわりされるほど脂肪はないし?

 しかも、ビッチってふざけるんじゃないわよ! 忌まわしい過去の経験から、私はビッチという存在が同性の中でも一番許せないのだ! 私は断じてビッチではない。ウェイトレスのバイトでは、ただ純粋に愛娘のように常連さんたちから愛されているだけだ! ビッチは全員○ね!

 

 

「うぅぅ……しかもあの子消えにくい油のインクで書きやがって……! 昨日私、肌が痛くなるくらい下腹部を擦ったんだからね!? 絶対に……絶対に許さあぁ、もう何でこんな目にあ゛ああぁぁぁ!!」

 

「カズミさんそんなに怒らないであげて? ほら、嫌なことは忘れて一緒に横になりましょ?」

 

 そうして、あまりの怒りにとうとう私が悔しさで涙を零し始めると、ソファーで横になっていたアクアが私の手を取った。それから、彼女は私の身体が自身に傾くように軽く引っ張ってきた。

 

「うぅ……ソファーの上なんかで一日中食っちゃ寝してる駄目女神と一緒になんかなりたくないっ……!」

 

「いいじゃない? 一緒に寝ましょカズミさん」

 

「お、おい、その泣き喚くような事について、詳しく……」

 

 

 

 

 と、そんな中。玄関のドアが叩かれた。

 

「グスッ……めぐみんね! あのガキっ目にもの見せてやるっ……!」

 

「ちょ、詳しく……!!」

 

 アクアの抱擁から抜け出した私は、駆け足でドアを勢いよく開けると……!

 

 

「フハハハハ! 頭のおかしい紅魔の娘だと思ったか? 残念、我輩でした!」

 

 そこにいたのは、怪しげな仮面を付けた悪魔だった。

 意外な客人に私が唖然としていると、憎ったらしい笑い声をあげながら、その悪魔は私の鼻を突いてくる。

 

 ――いらっ。

 

 と、ついしてしまったがここは一旦落ち着こう。このヘンテコ悪魔がここに来たということは……

 

 

「ポンコツ店主に変わり、目利きに定評のある見通す悪魔、我輩が商談に来た! さぁ、我輩の登場に喜びひれ伏し、当店に卸す商品を見せるがいい!」

 

 そう、約束していた商談の件であろう。

 

 今後の生活にとって、大事なことなので、私はこの悪魔を滅したい気持ちを抑える。が、私がこの悪魔の来訪を許しても、アクアが許さない。

 アクアはソファーからユラリと立ち上がり、虚な瞳でこちらを見ていた。

 

「……。ねぇちょっと。どうやってこの屋敷に入ったの?」

 

「……む? あぁ……あの屋敷を覆っていた半端なやつか。なんと、あれは結界であったのか。あまりに弱々しい物であったので、どこかの駆け出しプリーストが張った失敗作かと思っておった。いや失敬! 超強い我輩が通っただけで、崩壊してしまった様だな!!」

 

 そんな仮面の悪魔の煽りを買うように、瞼を引くつかせたアクアはソファーから降り立つ。

 そして、こちらに駆け寄ると私の身体を抱き締め、その場から私を遠ざけた。それから、彼女は仮面の悪魔の目の前に立ち塞がり……。

 

 

「あらあら〜、体のあちこちが崩れかかっていますわよ超強い悪魔さん? まぁどうしましょう、確か地獄の公爵と聞いてましたのに、あんな程度の結界でそんなにボロボロになるなんてぇ……プークスクス」

 

 愛嬌のある無垢な笑みを浮かべ、崩れかけている仮面の悪魔の体のあちこちを、更に崩そうと指でつついた。

 ボロボロと土? 粘土? が仮面の悪魔の体から床にこぼれ……ってコラ! 私の屋敷を汚さないでくれますか??

 

 

「フハハハハッ! この体はただの土くれ……体の変わりなどいくらでもある。屋敷の外を覆っていた、あの薄っぺらい物に興味が湧いてな。いや、駆け出しプリーストが張ったにしては、そこそこの物ではないか? うむ、人間の、それも駆け出しのプリーストが張ったにしてはな! フハハハハハハ!」

 

 

 しかし、愚痴を垂れている場合ではなかった。

 アクアが眼球が瞼の外に飛び出しそうなほど、目を見開いて、唸っていたのだ。楽しそうに笑う悪魔とは対照的に、アクアには我慢の限界が到来しようとしていたのである。

 

 私は慌てて、二人の仲裁に入った。

 

「ちょ……! ふ、二人とも落ち着いて!」

 

「……ふん。ねぇカズミ? こたつやらドライヤーなんて作ってたのって、ひょっとして、コレと商談するためなの? 悪いことは言わないわ、やめときなさい。いい? こいつらはね、あなたたち人間にとって害虫なの。人々の悪い感情を啜ってかろうじて存在してる、芋虫以下の寄生虫よ? 私の可愛い信徒であるあなたが関わるような存在じゃないわ」

 

 すると、アクアが私の腕を取り、自身に傾くように引っ張ってきた。彼女は慈愛の表情で笑いかけ、私を胸の中に収める。

 それから、庇うように私を横に抱いてから、キッ! と鋭く睨みつけながら悪魔の立つ方に振り返った。 

 

「わかったら、今後二度とこの子に関わらないで頂戴。ほら、とっとと帰りなさいよ、この害虫!!」

 

「チッ……我々悪魔は契約にはうるさいので信頼してもらって結構である。信じるだけで幸せになれるだの……純粋な者の足元を見る胡散臭い甘言で人を集め、寄付と称する金集めをしている詐欺集団とは違うのだ。連中の殺し文句はなんであったか……そうそう、『神はいつでもあなたを見守っていますよ!』だったか」

 

「アァン!?」

 

 仮面の悪魔の言葉に、アクアは眉を八の字に曲げ、とても女神とは思えない声を発していた。そして、悪魔の追撃はそこで終わりではない。

 彼(?)はアクアを見据えながら、わざとらしく両手を広げ、声を高らかに上げて……。

 

 

「おぉ! なんということだ! 我輩、それに該当する神とやらを目撃した記憶があるぞ! 先日覗きで捕まった、風呂やトイレを生暖かな目で見守っていたあの男は、神であったか! フハハハハハ!」

 

 

 滾る炎に盛大に油をぶち撒けたのだ。

 アクアは顔を俯かせながら、肩を震わせ、口だけが歪んでいた。あ、やばい……。そして、そのまま二人はお互いに感情の籠っていない笑いをあげると……。

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム!』」

 

 

 聖戦が始まってしまった。

 アクアが額の前に両手を構えると、神聖な光を発射させたのだ。それは私の横を……あぶなっ!?

 

「ふっ……華麗に脱皮!!」

 

 しかし、その不意打ちビームは呆気なく避けられてしまう。直撃すると同時に悪魔は仮面を投げたからである。

 残された体は神聖な光に呑まれて消滅してしまったものの、彼(?)の本体である仮面は対魔魔法から回避した。

 床に落ちた仮面は、そのまま怪しげな光を発しながら、ニョキニョキと屋敷の床を吸い……って、あぁ!? 床に窪みができちゃったんですけど……!?

 

「ねぇ、ちょっと!?」

 

 しかし、私の注意などお構いなく、二人の抗戦は続く。

 アクアが、その再生中の悪魔へと容赦のない追撃をしていたのである。嗜虐的な笑みを浮かべた彼女は、体を生成中の本体へと飛びつき、それを鷲掴んでいたのだ。

 

「あはははは、コレね! コレがあんたの本体ね! さぁ、どうしてくれようかしら! コレ、どうしてくれようかしらっ!」

 

「フハハハハ、この仮面を破壊したとしても、こっ、こらっ! 喋っている途中で仮面を剥がそうとするな! 体が崩れる! せめて台詞を言い終わってからに……!!」

 

「あぁ、もう……! バニルもアクアも一旦落ち着いてよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見通す悪魔――バニル。

 

 地獄の公爵? というやつで元魔王軍幹部であった仮面の悪魔である。

 色々なことがあって国家予算並みの借金を抱えていた私は、彼(?)を討伐した報酬で最近負債がなくなり、人並みの生活を過ごすことができていた。

 しかし、この忌まわしい悪魔は、滅んではおらず……ウィズというポワポワリッチーの子が営んでいるお店でバイトをしていたのだ。

 

「うむ。小娘に対する我輩の見立ては正しかった様だな。これは売れる、間違いなく売れる」

 

 そんなよく分からない悪魔から私は儲け話を持ちかけられたのである。

 

 バニルのいう儲け話とは、私のいた世界の商品を大々的に売る事であった。

 

 私が日本にあった様々な商品を開発するだけで、商品の量産態勢と販売ルートはバニルが確保してくれるということなので、私はこの話に乗ったのだ。

 そして、現在バニルは満足そうに、私が鍛治スキルで製作したドライヤーなどを鑑定していた。

 

「ふむ、では商談といこうか。取り決めでは売れた利益の一割を支払うとなっているが……。どうだ小娘? これらの商品の、知的財産権自体を売る気はないか? 三億エリスで買ってやろう」

 

「「「三億!?」」」

 

 さ、三億っ……! 三億って、お父さんの生涯年収より高いんじゃないの……? え、急に人生イージーモードに突入しちゃったんだけど……。

 

「月々の利益還元ならば、毎月百万エリス」

 

「「「月々百万!?」」」

 

 ……こ、今後一生売れ続けるとは限らないし、一括で三億頂こうかな……。

 いや、でも貯金の目減りを気にしなくていい月々百万か……うむむむむ……!

 

「一括……月々……」

 

「三億……百万……三億……高級シュワシュワ」

 

 そうして、私と何故かアクアまでも頭を抱えて唸っていると、用事を済ませたバニルは既に帰宅の準備を済ませていた。

 

「まぁ、ゆっくり考えるがいい。では、我輩は店が心配なので帰るとしようか」

 

「……! わ、私とカズミの神聖な家に悪臭が染み付いちゃうわ。出て行って! ほら早く、出て行って!!」

 

「チッ……グヌヌ…………ふん!」

 

「べっーだ!」

 

 アクアに舌を出され、煽られたバニルはギリギリと歯を噛み締めながら帰っていった。

 

 仲良くしようよぉ……。掃除するの私なんだからね?

 ねぇダクネス? ちょっと手伝ってくれない?……ってあれ? ダクネス? なにイジけてるの? なんでそんな床に指をグリグリさせてるの?

 ……はぁ、もういいや、私一人でやりますよー、やればいいんでしょー? ……ララティーナお嬢様。

 

「なっ……!? カズミ、おま、お前はっ……!」

 

 

 ――それにしても、月々百万か、三億かぁ……。

 

 

 ……うん、決めた。いえ、決めました。私はこれから淑女として生きていきますわ!

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――あら、アクア? またお湯ですわよ? 全く仕方のない子ですわ〜」

 

「あら〜、申し訳ございませんカズミさま〜」

 

「いいのよ、また淹れ直せばいいだけなのだから。これはこれで頂きますわ」

 

 

 

 

 

 

「――それから、二人はずっとこんな調子でな」

 

「……はぁ、似非セレブな理由がわかりました」

 

 ダクネスから話を聞いたのであろうめぐみんが、ソファーに座る私たちを見ながら言ってくる。

 私とアクアは、二人仲良く暖炉前のソファーに腰掛けているのだ。普段であれば、ベタベタしてくるアクアと同じ場所にいる事は落ち着かないので、うざくてしないのだが……人間、お金に余裕があると心まで寛大になるようだ。

 

「うへへ……カズミ……」

 

 私の胸元に顔を埋めてくるアクアを愛おしく思えた。私は体をポカポカさせてくれるお湯を口に含みながら、アクアの透き通った水のように美しい髪を撫でてあげる。

 そして……ん、この子……涎垂らし始めたよ……。

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 幾ら淑女の私でもそれは許容できないので、

 

いったぁっ!?

 

 アクアの頭頂部に拳槌を振り下ろした。

 ゴスッという鈍い音共に悲痛の声を上げた彼女は、頭を抱えて蹲ったが、自業自得なので私は謝らない。

 そんな私たちを、しばらく呆れたように見ていためぐみんは、溜息を吐くと近づいてきて……。

 

「はぁ……まぁお金があるのは素晴らしいことですね。では早速、討伐にでも行きますか!」

 

 彼女は私の肩に手を置いて、可憐な笑顔でそんな訳の分からない事を言ってきた。ので、私は肩に置かれためぐみんの手を軽く払った。

 

 

「え? 嫌だよ? 何言ってんの? お金が入ってくるのに、どうして働かなきゃいけないの?」

 

 私は、三杯目の飲み終えたカップを片しながら、ハッキリと伝える。

 ……うぷっ、そろそろ、お湯飲むの気持ち悪くなってきた。自分で入れようかな?

 

 

「……は?」

 

 

 それを聞いてめぐみんは固まっていた。

 そんな彼女に私は指を突きつけて、さらに私の今の考えを伝えてあげる。

 

 

「だって、装備も整えて作戦だって立てて挑んだのに、私、また死んだんだよ? だから、私決めたの。私はこれから商売で食っていくの。辛くて危険な冒険者稼業なんてやめて、暖かな日々を送っていくってね」

 

「グスッ……ねぇカズミ? それは少しだけ困るんですけど。魔王を倒してくれないと、カズミさんを私の使徒にさせてあげられないし、色々と困るんですけど」

 

 するとアクアが何やら途中で可笑しな事を呟いていたが、鼻を啜りながらそんな事を言ってきた。

 

 うーん……じゃあ。

 

「なら、もっとお金を沢山手に入れて、凄腕の冒険者をいっぱいいっぱい雇おう!! そして、その人たちに魔王討伐も手伝ってもらえばいいのよ! 冒険者の大軍を率いて魔王の城を攻略するのよ!! どう? これなら、ローリスクハイリターンじゃない?」

 

「それだわ! 流石カズミさん! 私たちで冒険者たちのほっぺをお札で叩いてこき使い、魔王を弱らせたところで最後のトドメは持っていく訳ね!!」

 

「そういうこと! さすがアクア、私の事をよくわかってるわね!」

 

「当たり前よ、なんたってカズミさんは私の最愛の使徒なんだからね!」

 

 

 そうして、来るべき日の女王様ごっこで私とアクアが笑い合っていると、めぐみんがプルプルと震えていた。

 

 

「お、お金の力で魔王を倒すとか、そんな物は認めません! 認めませんよ! 魔王を何だと思っているのですか!? 魔王っていう存在は、やがて秘められた力とかに目覚めたりして、最終決戦の末に倒すのです!! それが何ですか! 凄腕冒険者を大量に雇って倒すだとか!」

 

「そういうけどね? めぐみんよく考えて? 私、か弱い女の子だよ? やっぱり女の子がそんな前線に出て危険な事するのって、良くないと思うの。だからね? 私考えたの。魔王城の結界が解けたら、爆発するポーションってあるよね? あれを毎日皆で安全圏から城に送り込むのよ! 多分、一週間もあれば掃討できるわ! どう? よくない?」

 

「悪魔ですかあなたは!? それは魔王軍ですら考えつかない戦法ですよ!? ほら、ダクネスも何とか言ってやってください! ってあれ、ダクネス……?」

 

 めぐみんが問いかけると、こたつに入りながら何やら頬を染めていたダクネスはハッと我に帰り。

 

「い、いや……! 日に日にダメ人間になっていくカズミを見ているうちに、あぁ、雄であれば尚更最高だったのになぁ……と。……あぁ、どうしてカズミはハァハァ」

 

「ああもう、どうしたら!?」

 

「ムカ……そこの変態と一緒にしないで。というか、私は最近また死んだばかりなんだよ? せめて三日……いや、後一週間はクエストには行きたくありません」

 

 とんでもない失礼な言葉を並べたので、抗議せずにはいられなかった。

 気持ちの悪い変態の耳障りな吐息を無視しつつ、私はめぐみんにお願いする。

 

 

「……わかりました」

 

 すると、珍しく強情なめぐみんが顔を俯かせて納得してくれた。

 

「はぁ……わかってくれてありがとう。じゃあ私は、お昼からリーンと洋服見に行く約束があるから、出掛けてくるね」

 

 言いながら、着替えるため自分の部屋に行こうとする私に。

 

「わかりました。カズミの傷を癒やしに行きましょう!」

 

 めぐみんが何故か瞳を真っ赤に輝かせながら、そんな事を言ってきた。

 

「癒やしに行く……?」

 

「はい、湯治に参りましょう! 水と温泉の都、"アルカンレティア"に!!」

 

「ねぇ、アルカンレティアって言った!? 水と温泉の都、アルカンレティアに行くって言った!?」

 

 そして、アクアがソファーから飛び出し、とても食いついてきた。

 水の女神を自称するだけあって、水と温泉の都とやらには興味があるのだろうか……? まぁ、クエストではなく、旅行なら確かに悪くはないかもしれない。というか、私も久しぶりにゆっくり温泉に浸かりたい気分になってきた。

 

 私は行こう、行こうと喧しくなってしまったアクアは片手で抑えつつ、めぐみんに振り返る。

 

「アクアがこんなんになっちゃったし……借金もなくなってお金も入ってくるし。よし、いいよ。温泉行こう。たまには贅沢してもバチは当たらないしね」

 

「……では! 温泉に行くのに決定、ということで良いんですね!」

 

「う、うん。なんで、そんな目を輝かせてるの? ……まぁ、いいや。じゃあ、明日はみんなで旅行に行こっか」

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 私は今この時ほど、時間を巻き戻したいと切実に思ったことはない。一生のお願いを使うので、神様どうかこの哀れな娘をお助けください。

 




 カズミちゃんに憑いてる神様は、君のことが大好きだからきっと助けてくれるよ! やったねカズミちゃん!(白目)


 今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。感想を書いて頂けるととても嬉しいです。
 次回とその次の更新は早いです。溜まってるので。ただ、その次がまた少し遅いかもしれませんので、申し訳ございませんがご了承ください。
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