そして、エリス教徒に合法的にセクハラをしたい(ギルティ……逮捕待ったなし)
あぁ……ほのぼのしたいんじゃ……。
――翌朝。
「朝よ! ほら、いつまで寝てるの! 皆、準備はいい!? 起きて起きて、ほら早く!!」
早朝だというのに、アクアの騒がしい声が屋敷に響く。
温泉旅行がよほど楽しみだったのだろう。こんなに早くに目を覚ましたらしい。そう思うと、少しだけだが微笑ましかった。
そして、私はといえば……。
「うーん、何着てこっかなぁ……。青のワンピース……いや、やはり緑にしようかな……? うむむむ……うーん、アクアはどっちがいいと思う?」
「そんなことはどうでもいいから、カズミさんも早く支度しちゃって!! ほら、いつものしましま服に緑のケープだけでも充分可愛いからっ! 私の中では世界一可愛いから、ほら早くして!!」
「えー……せっかくの旅行なのに」
旅行への支度がまだ済んでいなかった。
鏡の前であれじゃないこれじゃないと服を片っ端から合わせていたのだ。が、アクアによって無理矢理いつもの服装に着替えさせられてしまった。
そんなアクアに私は頬を膨らませて抗議しようとしたが、彼女は私の旅の支度を勝手に済ませると、
「じゃあ、私、いつまでも寝てる二人を起こしてくるから、カズミは乗合馬車の待合所に行って、一番良い席を確保しておいて」
足早に私の部屋から出て行ってしまった。続け様に、扉が勢いよく開かれ、おはよう〜と迷惑な爆音が響いてきた。
「……はぁ、あの子どんだけ楽しみにしてるのよ……」
まだ太陽が登り初めの早朝から上機嫌のアクアに呆れつつも、私は彼女の希望を叶えるため、屋敷を出る。
あ、でもその前に……寄らなくちゃ行けないところがあった。
――水と温泉の都、アルカンレティア。
このアクセルの街から馬車を使えば、一日半ぐらいで着くらしい。
そして、温泉の都に何泊するのかは未定なので、しばらくアクセルの街を留守にする事を面倒くさいがアレに伝えておかなければならない。
そのため、私は早朝の人通りの少ない商店街を歩き、まだ薄暗い細道を曲がっていた。その先を真っ直ぐと進んでいくと、朝早くから営業中の、こぢんまりとした魔道具店に辿り着いた。
所々、かなりボロいが清潔感は保たれており、店主が大事にしていることが伝わってくるこのお店が、ポワポワリッチーさん、ウィズのお店である。
「へいらっしゃい! ……なんだ小娘か。こんな朝早くからどうした?」
しかし、店内に入ると、そこにはウィズではなく、何かをせっせと箱詰めするバニルがいた。
タキシードにエプロンって意外に違和感がないんだなぁ……って、そんなことよりも。
「いや実はね。ちょっと温泉旅行に行くことになったの。それで、今日来たのは例の商売の話なんだけど、帰ってくるまで待っててくれない?」
「何だ、そんな事か。貴様は我輩が同情するレベルの苦労人だからな。ゆっくりと羽を伸ばしてくるが良い」
「……はぁ、悪魔にまで同情されちゃうか。まぁ、いいや。ありがと。……それより、何でウィズは焦げてるの?」
バニルから許しを得た私の興味は、床に転がっている黒いローブの茶色髪の美女に移る。
私は倒れ伏して動かないウィズを心配気に伺いながら、彼女を揺する。が、一向に起きる気配はなかった。
……し、死んでる。いや、アンデッドだから元から死人だけどね?
そうして私が唖然としていると、バニルは箱に詰めようとしていた棒状の魔道具? を私に見せた。
「はぁ……これはそこの焦げ店主が、『これは素晴らしい物ですよ! 売れます! 絶対に売れるんです! だから、バニルさん、殺人光線を撃つ構えでジリジリとにじり寄って来ないで下さい!』と勝手に仕入れてきたガラクタだ。返品しようと思って箱詰め中なのだが。……買うか?」
「何それ? 魔道具でいいの?」
「旅のトイレ事情が解決できる簡易トイレである。用を足す際にプライバシーを守るため、音まで出る水洗仕様だ」
「何それ凄いじゃん? 何でガラクタ呼ばわりなの?」
野外で寝泊まりすることもある冒険者稼業において、トイレ問題は大切なことだ。
特に私のパーティーは女の子しかいないので、そういったプライバシーは特に気にする。
「欠点は、消音用の音がデカ過ぎてモンスターを呼び寄せる事と、水を生成する機構が強力過ぎて、周囲が大惨事になる事である。どうだお客様、今なら半分の値段でも売るぞ?」
「い、いらない……。この店には、ちゃんとした魔道具はないの……?」
私の言葉に、バニルは深々とため息を吐き、焦げたウィズを苦々しく見据える。
「はぁ……当店のポンコツ店主は、使えない物を仕入れてくる事に関しては、類い稀なる才能を持っておってな。我輩がちょっと目を離すとよく分からぬ物を勝手に仕入れ――」
と、そこまで言いかけたバニルが止まる。そして、何か名案を思い付いたのか、手を叩いた。
「――そう言えば。小娘、貴様温泉旅行に行くと言ったな」
「? それがどうかしたの?」
私が肯定すると、バニルは仮面の奥の瞳を赤く輝かせて。
「悪いが、このポンコツ店主も、一緒に連れて行ってはくれまいか?」
――なんか妙な頼み事をしてきた。
◇◆
――馬車の待合所に着くと、そこには既に、支度を済ませたアクア達が待っていた。
「ちょっと、カズミ? 先に行って席取って置いてって頼んだのに! ……って何を背負っているの?」
「お、重たいっ……!」
決してウィズが重たい、というわけではない。確かに、胸は……その、ダクネスよりも凄いが……。決してウィズが重たいというわけではないので、勘違いをしないでほしい。貧弱な女の子にとっては、一人背負い続けるのも一苦労であるのだ。
とどのつまり、貧弱な身体にも関わらず、気絶している焦げ臭いウィズをここまで背負ってきた私はすごいと思うの。
そんな自画自賛をしつつ、私は遅れてきた理由を皆に説明する。あまりアンデッド嫌いなアクアが尖ることのないように、気を配って。
「ふーん、お守りをね? あのヘンテコ悪魔のお願いを叶えるのは、癪だけど……。カズミがいいなら、まぁいいわよ」
すると、身構える必要もなかったほどにアクアは何事もなく簡単に快諾をしてくれた。それに、私は鳩が豆鉄砲を食ったように口を半開きにして固まってしまう。
それは、アクアが二つ返事で了承してくれたことが意外であったからだ。
もしかしたら、アクアは、アンデッドではあるがウィズのことを案外気に入っているのかもしれない。
そう思うと、私は平静な様子のアクアがとても微笑ましくなった。
「……でもその子、何だか薄くなってきてるんですけど」
「え? うわぁ!? ねえこれ大丈夫なの!? 回復魔法……は、アンデッド相手じゃトドメになっちゃうか!」
が、感傷に浸っている場合ではなかった。
気を失ったままのウィズが薄くなってきていたからである。背後を振り向けば、透けた彼女越しに満天の青空が見えてしまうほどに。
回復魔法はダメ……えーと、えーっと……あ、そうだ。
半透明になり、完全に透明になりつつある彼女から、教えてもらった丁度良いスキルがあることを忘れてしまっていた!
そうして、思い起こされるが否や、
「旅か……。子供の頃、アイリス様の誕生祭の折、お父様に王って゛え゛っえええええ!?」
馬車を見て、物思いに浸っているダクネスの背中に手を突っ込み、私はドレインタッチを使った。
『ドレインタッチ』、それはリッチーのスキルで、相手の体力や魔力を奪うことができ、かつ相手に分け与える事もできる便利なスキルである。
それを私はウィズを救うため、ダクネスに使ったのだ。私は魔力はあるが、生命力はゴミなので仕方なくである。決して普段の憂さ晴らしのためなどではないので、勘違いはしないでいただきたい。
貴族の令嬢が発してはいけない奇声をダクネスが出すが、緊急事態なので私は容赦なく、彼女から生命力を奪い取っていく。
そして、その奪った生命力をベンチに横にしたウィズに流し込むと、半透明だったウィズが、やがてクッキリしだし、目を覚ました。
「あら……? カズミさんじゃないですか……ここは?」
寝起きのようにウィズがキョロキョロとする中、私はダクネスに両頬を引っ張られていた。
「いにゃいいたいっ!? ダクネス痛い! やめてよ! 私の頬はお餅じゃないからっ! ち千切れちゃうぅぅ!?」
ダクネスは、無言で私の頬を上下左右に動かしながら引っ張る。それ痛いっ……! ほんとに痛い動かし方!?
そうして、青筋を立てている金髪の少女に涙目にされていると、
「ねえカズミ! この馬車にしましょうよ! 私の目利きによれば、この馬車が一番乗り心地が良いわ! ちなみに私はカズミの隣ね。いつでもカズミに甘えられる場所を予約するわ!」
アクアが馬車の目利きを終わらせていた。
早い……いつもグウたらな駄女神のくせして、こういうイベント時だけ行動が誰よりも早い。……うぅ、頬痛い。
そして、ほんとに一番料金が高そうな馬車を選んでいる所が彼女らしかった。
アクアとめぐみんが既に確保したその場所は小さめの作りであるが、全体が質の良い木製の乗客席が設けられており、外側には荷台用に広いスペースが作られている形であった。
その荷台部分には既に多くの荷物が積まれており、そして、乗客席には本来五人分の席があるはずなのだが……
「……ねぇ、おじさん? 何で既に一席埋まってるの? これ何?」
「クワァー!」
既に一つの座席が埋められてしまっていたのだ。
そこにいたのは小さな檻に入れられた一匹の赤いトカゲ。
赤い瞳をもつ、それなりの大きさのトカゲは、黒い翼をパタパタと扇がせていた。
その姿はまさに……
「お客さん、そりゃレッドドラゴンの赤ちゃんだよ。既に一席分の値段は頂いているんで、お客さんはどなたかお一人、座り心地は悪いですが後ろの荷台に移ってください」
ドラゴンであった。小さくてもドラゴンであった。
しかも、ゲーム・オブ・スロー⚪︎ズに出てくるような凶暴そうな見た目ではなく、とても愛らしかった。
可愛い……鱗なんてほぼなく、檻の中に手を入れれば、噛み付いてくる事もなく舐めてきてくれる。……可愛い、可愛い……欲しい。
私は、どんどんと魅了されていってしまった。ドラゴンっていったい幾らするのだろう? え、⚪︎億エリス?
……。
……やはり、商売人になる他ないようですね。それよりも、このままでは乗れないので、誰か一人が荷台に行かなくてはいけないな……。
うーん、さて、どうしよっか? 私としてはどうにかしてアクアを荷台に行かせたいが……。
「じゃんけんで荷台に行く人を決めましょ! ええ、こういう時はじゃんけんで決めるのがいいと思うわ!」
と、私が頬に手を当てて考えていると、アクアが一早く提案をした。
どうやら、私の考えを察知したようだ。このままいけば、なし崩し的にアクアが一人で荷台に回される流れになるだろうと。
「あ、あの……。それでしたら、私が荷台に……」
バニルからお守りを頼まれた事をウィズに正直に打ち明けたが、そんなウィズはおずおずと手を挙げた。
しかし、既に私は、バニルからウィズの分の旅費は預かっている。そのため、私は彼女のあげた腕を下ろしてやる。
「うんん、ウィズ。ここは公平にやろ? いいよアクア、じゃんけんで決めよっか」
「カズミの許可も出た事だし、それじゃ行くわよ! じゃーんけーん――」
この世界にもじゃんけんはしっかりとあるようだ。アクアの合図と同じくして、五人は拳を握り込み、それを突き出す。
「――ぽんっ! っ、な、なんでよぉぉぉぉ!?」
その結果は、アクアがグーで残りがパーという一発で綺麗に決まってくれたのであった。
アクアが大粒の涙を瞳にいっぱいいっぱいにして、喚き出す。が、正当な勝負であるので、私を含めた勝ちメンバーは続々と馬車に乗り込んでいった。
続けて私も馬車の座席に腰掛けようとしたそのとき、何故かアクアに服の袖を掴まれてしまう。
「ねぇ待って! カズミさん待って!? お願い! 一緒に座って! 荷台でもいいから隣に座って!!」
そして、彼女はおかしな言葉を並べたのだ。
通常運転ですねぇ……。
「嫌、どうして一席わざわざ空けなきゃいけないの? 馬鹿なの? アクアは本当に馬鹿なの?」
「だって! だって!! カズミさんは私という素晴らしい女神の使徒になる子なんだから、常に私の隣にいなきゃおかしいじゃない!!」
おかしいのはお前の頭だ。
尚も食い下がるアクアに、私は頭痛を覚える。
そして、もう相手するのが面倒くさくなった私は――
「あ、おじさんすみませーん。もう発車していいですよー!」
――御者の方に発車の合図を出すことにした。
「わああぁぁぁーっ! 待って待って!? 私が悪かったから! 荷台に大人しく乗るから! 置いてかないでっ!?」
◇◆◇◆
「アルカンレティア行き、発車しまーす!」
私たちの御者のおじさんの言葉を合図に、後列の方たちも続々と馬に指示を出す。おおよそ、十そこらの馬車が列を為して、アクセルの街の外へと進み始めたのである。
乗客の身体に負担を与えないスピードで、馬車は舗装された道をガタガタと心地よい揺れの中進んでいく。
そして、しばらくその心地良さに身を任せていると、私たちの住んでいる街はすっかり見えなくなっており、見慣れない景色が一面に広がっていた。
今日は快晴でよかった。
恥ずかしいことに、私は冒険者という職業なのに、この世界に来てまともに旅をするのも、こうしてゆっくりと景色を眺めるのも初めてだ。
ただ、それは私だけではなかった。私の隣ではダクネスが、座席の上に鎧のまま膝立ちで、馬車の横手の窓に張り付いて、
「わぁー、おい、カズミ見てみろ! とても大きなバナナが泳いでいたぞ!」
よく分からないことを呟きながら、移り変わる外の景色を目を輝かせてジッと見ていた。
バナナ……? バナナが泳ぐ……? このお嬢様は、ほんとに頭がおかしいのかも……って、ほんとにバナナが泳いでる!?
その光景を私もダクネスと同じように窓に張り付いて、通り過ぎるまで眺め続けた。そして、お互いのその集中っぷりに二人して、プッと笑いを吹き出す。
きっと、貴族のお嬢様、私もはじめての街の外の世界が楽しくて仕方がなかったのだろう。
――まさかこの世界で、こんなふうに穏やかな旅ができるなんて……
「クァー! クゥー! カァー!!」
「むむ……ちょむすけの方が可愛いですからね?」
……悪くないかもしれない。
そんな穏やかな旅の中、ずっとソッポを向いて拗ねている子が一人だけいた。
漫画であれば、ツーンという擬音がコマまで書かれていそうなほど、彼女は現在尖っていた。が、たまにチラチラとこちらを見るのは、きっと……
「はぁ、アクア? なんでそんな拗ねてるの?」
「……つーん、だ」
構って欲しいのだろう。
その証拠に、こちらから声を掛ければ、アクアは絶対に何かしらの反応を返してきた。
はぁ……つーんっていう人、漫画以外で初めて見たよ……。現実にほんとにいるんだね。呆れて溜息が出るよ……。
「どうしたら機嫌直してくれる?」
そうして私が聞くと、アクアは揺れる荷台の空いたスペース、彼女の隣をぽんぽんと無言で叩いた。
叩きながら、私に期待の眼差しを送る事も忘れずに、である。
「はぁ……もうほんと、しょうがないなぁ……」
その蒼い瞳に根負けした私は、座席から立ち上がるとアクアの隣のスペースに座ってあげる。すると、彼女は表情をパァッと輝かせて、
「やったー! さっすが、私の可愛い信徒カズミさん!」
「いつから私はあんたの信者になったのよ……あぁ、もうコラ、熱いからくっつかないで……!」
私の胸に抱きついてきた。
旅はまだ始まったばかり……腕を絡めてくるアクアに嫌気が差すが、これから訪れるであろう街への期待を胸に、私は今日くらいは彼女の好きにさせてあげることにした。
ガタゴトと馬車に数時間揺られると、気づけば、景色は茶色一色の荒野に切り替わっていた。
「うぅ……お尻痛い、肩重い……」
そんな中、揺れる荷台と私に身体を任せ気持ちよさそうに寝ているアクアにイラついていた。
しくじった。それが今の私の正直な感想であった。せっかくの旅行だからと甘やかさず、座席に座っていればよかった。
なんなら、今すぐ私に涎を垂らしそうになっているこの子を馬車から叩き落としてやろうかな……?
私が、頭に青筋を浮かべながらそんな事を考えていると、
「――ん? 『千里眼』っと」
遠くに見えるそれなりの土煙に気がついた。
土煙は、馬車の列が行く道の横手からこちらの方へと突っ込む形で向かってきていた。
千里眼と呼ばれる双眼鏡変わりのスキルでも、何かは確認できないほど、未だかなりの距離があるが……どんどん大きくなる土煙の様子から、それがかなりの速度で迫ってきていることがわかる。
「ねえアクア、起きて。……あれが何かわかる?」
「んんっ……ダメ、カズミ……。あなたは私の……使徒なんだから……どこぞの馬の骨と……ンッ」
「……あんたはいったいどんな夢見てんのよ……」
私の肩に体を預けるアクアを起こそうとしたが、彼女は気持ちよさそうに、寝言を立てるだけであった。
ここまで来ると、怒りよりも呆れの方が強かった。仕方なく、私は近くの座席に座るダクネスを呼び、彼女にアクアの身体を抑えててもらうようにお願いをした。
それから、嫌な予感のする土煙を確認するため、手綱を握る御者のおじさんに話し掛ける。
「あの、すみません。なんかこっちに土煙が向かってきてるんですが……。あれ、何かわかりますか?」
「おぉん? さてねぇ……あっしには見えませんが、ここらで土煙を上げるとすれば、リザードランナーの群れですかね? ですがこの前、姫様ランナーが倒されたって話ですから、きっと砂くじらが砂でも噴き上げてるんじゃないですかね? ……他だとぉ、走り鷹鳶ぐらいでしょうか?」
「はしりたかとび……?」
「おっと! お嬢さんダジャレじゃないですよ? けど、こいつが危険なモンスターでしてね? 繁殖期に雌の気を引くため、雄同士で勇敢さを競うチキンレースっつう求愛行動を取るんですよ。硬い獲物目掛けて、かっ飛んでてギリギリで躱すってやつでね」
ナニソレ、鷹と鳶が合わさるとそんな危険なモンスターになるの?
「まぁでも、その辺の岩にでも突っ込んで来んで大丈夫ですよ」
「なら安心ですね。わざわざありがとうございます」
「いえいえ、若いお嬢さんと話せただけであっしは充分ですよ」
そう言って、御者のおじさんは一礼だけすると、正面に向き直った。
いい人だ。私も御者のおじさんに再度お礼をして、それから、再びダクネスに任せていたアクアの身体を掴もうとしたその時――
再度その土煙に視線を向けると……。
――近づいていたのだ。
先程よりも大きな土煙がこちらに近づいていたのである。しかも、その土煙はこの馬車の列に向かって真っ直ぐ進んできていた。
「す、すいませーん! やっぱり、凄い勢いで向かってきてるんですけど……」
私の心配気な声音に、御者のおじさんは私の指差す方、土煙の正体を見極めようと注視する。
「……ああ、ありゃ走り鷹鳶ですね。でも、こっちに向かって来るにしてもおかしな話ですよ。もしかするとキャラバンの中に、アダマンタイトみたいな凄まじい硬い鉱石を積んでいる馬車がいるのかもしれませんね」
「エッ……!?」
その話に、私は息が詰まる。そして、ある一つの解答が導き出されそうになった。
意識が理解を拒むが、真っ直ぐにキャラバンではなく、この馬車に突っ込んでくる土煙がそれを許さない。
「おぁん? なんかこっちに……というか、この馬車に……?」
アダマンタイトみたいな凄まじい硬度……を誇る女……ならいる。
つまり……ダクネ……!
「カズミカズミ! 物凄い速い生き物が真っ直ぐこちらに向かって来ている! というか、連中が私を凝視している気がするぞ! な、なんという熱視線っ!!」
「やっぱりお前かっー!? って、アクアは?」
頬を恍惚とさせ、ダクネスがこちらに報告をして来ているということは、彼女に任せたアクアを心配で見ると、
「痛い、痛いよ……カズミは……? カズミさんはどこ?」
荷台から地面に落とされてはいなかったが、ぶつけたであろう頭を押さえ、涙目で呻いていた。
その姿にさすがの私も少し同情してしまった。しかし、今はアクアを慰めている暇はない。
「お嬢さん、馬車を止めますよ! 護衛の冒険者達がお嬢さんとこの馬車を守ってくれますから!」
……。
ウチのおじょうさまが硬くてすみません。
罪悪感から私は、馬車の中で横に伏し、喘ぎ悶える変態の両肩を掴む。
「ねえダクネス! あのモンスターの群れの狙いはあなたよ! あの群れは硬いものを好んで突撃するんだってさ! あの子たちの標的はあなたの硬い筋肉よ!」
「おいカズミ、私だってこれでもお前と同じ乙女の端くれ、硬い筋肉だと言うな。あれだ、私の鎧はアダマンタイトも少量含んだ特注品だ。きっと、それでこちらに向かって来ているのだろう」
……。
「……ほ、本当だ! だからそんな目で見るな! 私の身体はそこまで硬くない……!」
涙目になって抗議するララティーナお嬢様の体を引っ張って、私は馬車の外へと飛び出す。
「めぐみん、アクア、戦闘準備! 本来私たちは戦わなくていいけど、今回は私たちが招いた敵みたい。自分たちの尻拭いは自分でやるよ!」
その言葉に、めぐみんと涙目のアクアも続けて馬車を降りる。
「私も何かお手伝いします!」
さらにウィズが、馬車から飛び降りようとしたが、それを私は手で制した。
「ウィズは馬車の中で、御者のおじさんを守ってあげて!」
「は、はい!」
そうして、私たちが戦闘準備を終えると、事情を知らない御者のおじさんが御者台から止めに入った。
「お嬢さん! お嬢さんは金払ってるんですから、安全な所にっ!」
す、すいません。げ、原因はウチの子なんです……! って、あんたはいつまで興奮してるの!? ほら、集中して! 集中してよ!?
しかし、私の内心の謝罪も頭の悪い変態への注意もどちらも届かず。
「冒険者の先生方! お願いします!」
御者のおじさんの声を合図にして、馬車の護衛の依頼を受けた冒険者パーティーが装備を手に、馬車から次々と飛び出していった、
「「――俺たちに――」」
「「――任せておけ!!」」
剣士に、盗賊、魔法使いに弓使いと、バランスのとても良いパーティーが頼もしさを感じさせてくれた。
しかし、今回の問題の種を蒔いたのは、私たちである。彼らだけに任せっきりにできるほど、私の心臓は強くはなかった。
「めぐみんは爆裂魔法の準備をしておいて! アクアは全体の支援をお願い!」
「承知しました!」
後方の彼女たちに指示をしてから、迫り来る走り鷹鳶の軍勢に恐れることなく突撃する冒険者たちを見習って、私とダクネスも彼らに続いて前へ進んだ。
ただし、私はダクネスの後ろに身を隠しながらである。なぜなら、生命力と肉体が貧弱な私が矢面にたっても、あんな速度で突っ込まれたら、たったの一撃で即死であるからだ。
そのため、私はダクネスを盾にしながら前へ出る。って、足速いな!? あんたどんだけ興奮してるの!?
そして、鷹の顔を持ち、ダチョウの様な体型の走り鷹鳶も、多量の土煙を撒き散らしながら、速度を落とすことなく、こちらへ突っ込んでくる。
「おい、そこのクルセイダー! あんた護衛とは関係ないんだから下がってろよ!」
黄色の半アーマーの剣士の男が、彼らより前に出ようとするダクネスを止めようとしたが……
「ハァハァ……! ハァハァ!!」
あのど変態がそれを聞くわけがなかった。ダクネスは嬉々とした顔のまま、彼らよりも前に出ていく。
あぁ……もう……。
「おい! あのクルセイダー目掛けて、モンスターの群れが真っ直ぐに向かっていくぞ!」
「あれは……『デコイ』だ! クルセイダーは、デコイと呼ばれる囮になるスキルを使う! あのクルセイダー、護衛でもないのに、敵を全て引きつけているんだ!!」
……すいません。使ってません。すいません。ですから、そんな尊敬の眼差しで彼女のことを見ないでください。
勿体ないです、その心はもっと別のお方にあげてください。あんな変態に向けるのは、あなたにとっての黒歴史です。
とは言えるわけもなく、私は彼らの横で弓を構える。
「あれだけの敵を前にして一歩も引かない気よ……! なんて勇敢な騎士様なの……!?」
聞こえません……あの変態を賞賛する方々のお声は全て幻聴です。私は何にも聞いてません……!
ピンクのローブに身を包んだ魔法使いのお姉さんが、感動で口に手を当てながら言葉を発する中、私は心の中で耳を塞ぎ、矢を番える。
そして、ダクネスはというと、彼女は私たちを守護する様に先頭に立ち、大剣を構えていた。
その姿だけはまさしく吟遊詩人が唄うような騎士の姿であった。さらにその姿は、他の冒険者たちを鼓舞させる。
盗賊風の冒険者が、腰の縄を手に、勇猛果敢にも走り鷹鳶に先制攻撃をしたのである。
「ただの客で、護衛料も貰っていない冒険者を危険な目に遭わせられるか! 援護は任せろ、『バインド』!!」
「なにっ!?」
男が放ったそれは、真っ直ぐと走り鷹鳶の群れの中へと飛んでいき、ダクネスの横を通り過ぎて――
「とぅわぁ…… あぁん……!!」
――行くことはなく、ダクネスは男の放ったバインドに嬉々として飛び込んだのである。
……は?
即座に絡め取られたダクネスは、あっという間に芋虫状態となり、そのまま地面に転がってモゾモゾと動く。
そんな滑稽な姿を恥ずかし気もなく晒す仲間に私は、とうとう矢をぽろりと手から落っことしてしまう。そして、その空いた手を額に起き、天を仰いだ。
だが、あの変態のことを知らない盗賊の彼は、
「まさかっ……!? 俺がバインドを食らわせることにより、モンスターの群れが俺をターゲットにすることを案じて……! 身代わりになったのか!? すまねえ! 援護のつもりがかえって邪魔しちまった! 許してくれ!許してく゛れえええええ!!」
悔しそうに拳を握り込み、悲痛な表情で転がるダクネスに許しを請いた。
……。
本当にすいません、ほんとっうにごめんなさい……!! あの変態はそのまま挽肉にされてもいいですからっ! いえ、神様ミンチにしてやってください!!
しかし、私の祈りは神に届くことなく、
『カズミ! 嫌なことからは逃げればいいのよ!!』
変な怪電波を受信してしまったので、永遠に私は神に祈ることをやめた。
私もアクア様から怪電波を受信したいです。
え、アクシズ教に入信すれば、受信できるって!?
しかも、アクシズ教を広めるだけでお金がもらえるだって!? これはみんなで一緒に入るしかな(以下略)
今回も読んでくださり、ありがとうございました! 感想など頂けるととても嬉しいです!
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