雨のち陽キャ 作:Shinsemia
午前の最後の授業が終わって、今は昼休みの時間。周りのクラスメイトたちも売店に走っていったり、お弁当箱を持って別の教室の友達のところに行ったりしていた。
僕もいつも通り、三上さんたちとお昼ご飯を食べるために席に集まっていた。
ただ、いつもと違うのは……。
「急で悪いんだけど……一緒にお昼食べてもいいかな?」
「私は大丈夫だよ!咲希ともっと話したいと思ってたし!」
三上さんはそう言いながら、さっちゃんの肩に手を回すような仕草をする。さっちゃんはくすぐったそうな顔をしながら苦笑した。
さっちゃんが晩御飯を作りにきてくれた昨日の夜。
その帰り道に彼女がお願いしてきたのは、一緒にご飯を食べたいということだった。
「でも、普段から一緒に食べてる友達は大丈夫なん?」
「うん。話はしてきたから」
さっちゃんの振り返った先には、普段から一緒に行動してる友達グループがいた。向こうはこちらの視線に気づいたようで、こちらに手を振ってきた。
何故か、ニヤニヤしているような気がしたのが引っかかるけれど……。
「どうして急に?」
「実はね──」
さっちゃんはお弁当箱を机の上に置きながら、少しずつ事情を説明した。
僕とさっちゃんが幼なじみであること。さっちゃんが料理好きで、その味見役として僕が付き合うことになったこと。
三上さんたちは最初、僕とさっちゃんが幼なじみであることを知って、ひどく驚いていた。たぶん、教室内で僕と彼女が話してるところを一回も見たことがないからだろう。
机や椅子の準備を終えると、さっちゃんは「はい」と言って僕にお弁当箱を差し出した。
「……ありがとう」
「ううん。あたしの方こそありがとね」
さっちゃんは柔らかく微笑みながら首を振った。
前もそうだったけど、やっぱり不思議な感じだ。さっちゃんと、またこうして話す時が来るなんて、想像もしていなかった。
席に座って、早速お弁当箱の蓋を開く。
「へえ……めっちゃ美味しそうじゃん!」
三上さんがお弁当の中身を見て、目をきらきらさせながら身を乗り出す。
お弁当の中身は色鮮やかだった。小さなハンバーグを主菜として、ほうれん草のおひたしや人参と里芋の煮物など、手広く料理が詰まっていた。
花見さんや成宮君も同じ感想を抱いたらしく、見た目に関しては申し分がない出来だった。
小さくいただきますと唱えてから、まず煮物を口に運んだ。
「……」
さっちゃんは緊張してるのか、自分のお弁当には手を付けず、じーっと僕の方を見つめてくる。そんなに見られると正直食べにくい。よく見てみれば、花見さんと成宮君も、僕の感想を待つようにこっちを見ていた。面白いことなんて何もないはずだけど……。
そんなことを考えながら、ゆっくりと味や香りを確かめる。柔らかく、中まで味が染みている煮物は、噛めば噛むほど素材の味を引き立たせていた。
母さんと似た味だな、と思った。ひょっとしたらレシピとかも教わったのだろうか。
「どうかな?」
「……美味しいと思う。でも……」
「でも?」
「あ、いや……個人的になんだけど、少し味が濃いかなって思った。ただ、あくまで僕の感想だから……」
料理の完成度自体は高いと思う。本当にきちんと、レシピ通りに作ってくれたのがよく分かる味だ。
ただ、僕は昔から人よりも薄味の方が好きな傾向にある。だからそういう感想になってしまった。
ひとしきり感想を言い終えたところで、みんなそれぞれ自分のご飯にやっと手をつけ始めた。
「そっか、じゃあ次は味を薄めに調整してみるねっ」
さっちゃんは僕の感想一つ一つを、小さなメモ帳に書き込んでいった。料理に関して熱心なのはこの前さっちゃんが家に来たときから知っていたけど、こうして見ると本当に真剣に取り組んでるのが分かる。
「……あれ?」
ふと、三上さんが首を傾げて、僕とさっちゃんを交互に見る。
「……どうしたんですか?」
「なんていうか……さっきの会話に何か違和感が……」
「違和感ってなんだ?」
隣に座る成宮くんも訝しげな様子。僕も思い返して見るけれど、どこに違和感があるのか分からない。
「ユッキー、私に何か話しかけてみて」
「え……いきなりなんですか?」
……突然どうしたんだろう?
三上さんは首を交互に傾げながら唸るように「んー?」と眉間に皺を寄せる。
そして数秒の後。
「……あ」
三上さんは急に小さく声を漏らした。何か思いあたったらしい。
「そっか、ユッキーって咲希と話すときだけタメ口なんだ……」
言われて、はっとした。思い返してみれば、彼女の言うとおりだ。
「……確かに、優希くんがタメ口使ってるところ初めて見たかも」
三上さんは少しだけトーンを落としながら、そして花見さんは何故か、うっすらと目を細めながら頬杖をついた。
「あ、あはは……」
さっちゃんはそんな微妙な空気を感じ取ったのか、苦笑いを浮かべた。
三上さんの言う通りだ。つい、口が滑ったと言えばいいのだろうか。タメ口で話すことを隠す必要があるかと言えば微妙だけれど、かと言ってこれじゃあまるで、僕が差別してるようにも見えてしまう。
僕が迷っていると、静観していた成宮くんが口を開いた。
「天木と相原さんって長い付き合いなんだろ?だったらまあ、そういうところで違いが出てくるのは当然なんじゃないか?」
「ぶー。成宮は味方じゃないのかよー」
「そもそも味方ってなんだよ……あ、でも天木が俺と話すときはタメ口のときもあるぞ」
「なんだとー!」
いじけて唇を尖らせる三上さんを適当にあしらって、成宮くんはパックのストローをかじった。
僕が誰にでも敬語を使うのは、もはや癖みたいなものだ。友達がいないのが当たり前で、他人との線引きを明確にするための防衛機構だった。
賑やかな成宮くんと三上さんを眺めながら箸を口に運んでいると、それまで黙っていた花見さんが、桜色の小さな口を開いた。
「咲希ちゃんと天木くんって、幼なじみなんだよね?」
「うん、そうだよ」
……。
「その割には、なんか一緒にいるところ全然見ないねー」
ぴくっと、さっちゃんが箸を動かす手を止めた。でもそれは一瞬のことで、すぐににこやかな顔に戻った。リスみたいに小さな口でパンをかじっていた花見さんに対し、さっちゃんは答える。
「幼なじみだからって、毎日話をするわけじゃないよ」
「ふーん、そういうものなのかなあ。あたしは幼なじみとかいないからわからないけど、涼子と成宮くんを見てると、もっと騒がしいものだと思ってた」
「むー、騒がしいってなんだよー」
三上さんが唇を尖らせて、成宮くんは苦笑気味だった。
……もしも。
もしも、さっちゃんと仲良しのままだったなら、三上さんや成宮くんみたいな関係になっていたのだろうか……?
あんな言葉を投げつけられなければ……。
僕はさっちゃんと……。
「……ん? ユッキーどしたん?」
「あ……いえ、なんでもないです」
「……」
箸を止めて呆然としていたことに気づいた。ちらっと、さっちゃんの様子を伺うと、彼女はやっぱり寂しそうな顔をしていた。
分からない。さっちゃんが何を考えているのか、全然分からない。
でも、それを訊き出すのも恐い。今だって、気を抜けば昔を思い出してしまいそうで、体が震えあがりそうなのに。
何よりも、いったいどうして。
そんなに、寂しそうな顔をしているの……?
ゆったりとした昼休みの時間。そのままお昼ご飯を一緒に食べはしたけれど、少し微妙な空気を残しながら、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
放課後の図書室には、生ぬるい空気が立ち込めている。でも、僕はこの空気が嫌いじゃない。
革張りの本の匂い。木製のテーブルの匂い。窓から吹き込む風の匂い。全部ここでしか味わえないものだから。
放課後ということもあってか、ほとんど生徒はいない。管理の先生もどこかへ出ているようだ。
「……」
図書室の一角の席に陣取って、ぼーっとすること数分。
特に何か用事があってここに来たわけじゃなかった。
カリカリとペンをはしらせる音や、本のページをめくる音。シンプルなその二種類の音だけが響くこの空間は、心を落ち着かせてくれる。
「――天木くん?」
「ん……え?」
頬杖をついて窓の外を眺めていると、背後から凛とした声が耳をなでる。
振り向くとそこには、本を腕に抱えながら小首を傾げる神木さんがいた。
僕と目が合うと彼女は「やっぱり」と柔和に笑んで、僕の隣に腰掛けた。
「どうしたの?図書室にいるなんて」
「……少し考え事をしてまして」
「考え事?」
実を言うと、考え事、と言うほどのものでもない。ただ、昼休みの微妙な空気がちょっとだけ引っかかっているだけだ。それもたぶん、時間が解決してくれるものだとは思うけど。
「大したことじゃないんです。ただ、人間関係がここ最近で急に変わってきて驚いてるだけで……」
「……そうなんだ。もしかして友達が増えたとか?」
「……はい」
僕に友達がいないことは神木さんにはとっくにバレていたのだろう。それを恥ずかしく思いながら、僕はそう答えた。
そういう神木さんはどうなのだろう。友達は多い方なのか、放課後に遊びに行くような知り合いはいるのか。僕がそういったものに慣れてなくて、ただ気疲れしてるだけなのか。自分では判断がつかなかった。
「天木くんは楽しい?」
「え?」
「友達が増えて、天木くんは楽しい?」
横から覗き込む大きな双眸。長いまつ毛に縁取られた黒曜石のように輝く瞳が、暖かな色を帯びていた。
「もし楽しいのなら……きっとそれは、良いことなんじゃないかな」
「……」
「私にも少しだけ分かるよ。友達を作って、その度にちょっと疲れちゃって。でも、天木くんが楽しいって思っているうちは、きっと大丈夫だよ」
……不思議な気持ちだ。自分でも上手く表現できなかった心のモヤモヤを、神木さんはいとも簡単にすくってみせた。
「……神木さんは友達が多いんですか?」
「え?……うーん、少ないと思うよ?」
「それは意外ですね」
「む、それってどう言う意味かなあ?」
「はは……」
神木さんは真っ白なほっぺをぷくっと膨らませながら、甘く睨みつけてきた。
そういえば以前、成宮くんから神木さんについてちらっと聞いたことがある。神木さんが僕に接するときの態度と、それ以外の場所での態度が全然違うという話だ。
ひょっとしたら、神木さんは僕のことをそれなりに友達として見てくれてる、ということなのだろうか。
「話が戻るんですけど、神木さんはどうして図書室に?」
「私はただの暇つぶし。生徒会室で読もうと思って本を借りにきたの」
神木さんが言うには、今日は生徒会の活動がないとのこと。ただ、たまにこうして本を借りては生徒会室でゆっくり読書をしているらしい。
……生徒会、か。神木さんからはたびたび誘われてるけど、未だにきちんと返事してない。
「……神木さんはどうして生徒会長になったんですか?」
神木さんは人差し指を桜色の唇に当てながら、「天木くんならいっか」と言って口を開いた。
「別に大した理由じゃないんだけどね。私が初めて自分らしくできた仕事だからかな」
「自分らしく?」
「ええ。私ね、中学校のときも生徒会長やってたの」
彼女はそれから、思い出話をしてくれた。成績が良ければ良いほど、周りから認められる。彼女は成績優秀だったため、当然生徒会への推薦が上がり、選挙で生徒会長になった。最初は面倒な仕事だと思ってたけど、自分の意見を通せる機会があることに、達成感を抱くようになったらしい。
「今でも少し、面倒な仕事だと思っているけどね」
彼女はそう言っておどけながらも、その瞳には深く根を下ろした強い信念が宿っているように見えた。
「……神木さんは強い人なんですね」
それは本当に、ちょっとだけ嫉妬が混じっていたかもしれない。前髪をいじろうとしたけれど、もういつもの位置に前髪はない。
「そんなことないわよ。……でも、もし天木くんにそう見えたなら、生徒会のおかげかもね」
「……生徒会の?」
「ええ。子どもの真似事かもしれないけれど、資料を作成したり、会議したりして、経験を積んできたから」
彼女は真っすぐに前を見て歩いている。引っ込み思案な僕とは、全然違う。
──さっちゃん!
あの頃の僕が、今の僕を見たらどう思うだろう。情けない奴だとこき下ろすか、哀れだと同情の目を向けるか。
また僕は逃げるのか。逃げて、逃げて、無様に倒れこんで。嫉妬なんて、できる立場ですらないじゃないか。
「……」
……僕は。
やっぱり、変わりたい。
きっかけやチャンスがあるなら。僕はやっぱり、もう一度前を見たい。
だって僕は、三上さんに世界が広いことを突き付けられたから。広い世界に、悪意以上に心地よい善意があったから。
僕は……。
「神木さん。ちょっとお願いがあるんですけど──」