雨のち陽キャ 作:Shinsemia
「はー、お腹ペコペコー」
今日も今日とて、昼休みになると三上さんがやってきた。ふわ、とあくびをする彼女は眠いのか、目をしょぼしょぼさせながらこする。午前中は確かに退屈な授業だった。例えば体育や化学の実験などがあれば、体を動かすことになるから退屈ということは無いのだけれど。今日はそういった類の授業はなくて、ひたすら教科書と睨めっこしていた。
三上さんは近くの椅子を引っ張ってきて、僕の机の上に小さなお弁当箱をちょこんと置いた。
「──涼子ー? 今日も出張?」
「……?」
ふいに聴こえた第三者の声。声のした方に目を向けると、茶髪のツインテールの女の子がやってきた。
ぴょこぴょことした垂れ下がる髪と、くりっとした大きな瞳。身長は僕よりも一回りくらい小さい。
名前は確か……。
「花見さん……?」
「うん、そだよー。こうして話すのは初めてだね!」
ニコッと微笑む彼女は
「実はさ、天木くんに訊きたいことがあって」
「……僕に?」
今日はやたら人と話す機会が多い。成宮くん然り、花見さん然り。花見さんはあんパンの入った袋を開けながら、僕に問いかけた。
「髪、ばっさり切ったよね。どうしてなのかなって」
「……これ、ですか」
僕は眉にかかる程度の長さの前髪をいじりながら、どう答えるか考えた。大した理由じゃない。漠然と、何かを変えてみたいと思っただけだった。そのきっかけは三上さんだったけれど。
「……実はね。女の子の間でも、結構話題になってるんだよ? 天木くんって、意外とイイ感じかもって」
「え……」
……僕は、もっと別の類の言葉をささやかれているのかと思っていた。今日は朝からずっと、クラスメイトからの視線を感じていた。それは悪意なのか、ただの興味なのか。僕には判断がつかなくて、どうにも居心地が悪かった。
「で、あたしがその代表で訊きにきたわけ」
「それ嘘でしょ、どうせ花見が興味あるだけじゃん」
「えへっ。でも、他のみんなも興味あるのは本当だよ?」
花見さんはわざとらしく舌を軽く出しながら、茶目っ気をたっぷり含んだ表情でおどけてみせた。
パクっとあんパンをかじる花見さん。小動物のリスのような持ち方をしていて、男子に人気ありそうだな、と思った。
「髪を切ったのはなんとなくですよ」
「ええ、ほんとう? 天木くん、今までにそんなに切ったところ見たことないもん」
花見さんとは今年になって初めて同じクラスになった。だから別に、”今まで”というほど長い付き合いはない。だけど確かに切る前は結構長かったし、その印象が強く残っているのは仕方ないことかもしれない。
「にしても、本当にさっぱりしたよねー。それでも男子にしては長い方だけど」
三上さんはカフェオレの入ったパックにストローを差しながら、バッサリと切られた髪をしげしげと見つめる。細い指でストローの位置を調整し、小さく形の良い唇でちゅーと中身を啜る。
僕はどうにもむず痒くなって、手慰むように前髪に手を触れる。目の上くらいまでの長さに切った髪は、以前に比べればだいぶ短い。それはまあ、当然と言えば当然なのだけれど。
そんな僕を見て花見さんは、んー、と思案するように指を唇に当てた。そして、何か思いついたように「あ!」と声を上げた。
「分かった! 好きな人でもできたとか!」
ガタン!
花見さんが少しばかり大きな声で言うと、とある方向から大きな物音。僕の座る窓際とは正反対の廊下側の机。そこにいるのは、一つの女子のグループ。
「相原さん、どうしたの?」
「あ……ううん。何でもないの」
ストレートの長い金髪をなびかせる彼女は、一緒にご飯を食べていた友人に対して、白い頬をかきながら愛想笑いを浮かべ、椅子に座り直した。その後、彼女はこちらを一瞥すると、そのまま友人との談笑に戻っていた。
「……」
「どしたんだろうね、咲希」
三上さんも花見さんも首を傾げていた。花見さんが”咲希”と呼ぶのは、先ほどの金髪の彼女のことだ。
……さっちゃん。
「それで、どうなの?」
「え?」
「天木くん、好きな人でもできたの?」
目をらんらんと輝かせる花見さんに、僕はぶんぶんと思いっきり首を振った。好きな人なんていないし、そもそも友達だっていないんだ。そんなことあるわけない。
そう返すと、「えー、つまんないのー」と言って唇を尖らせた。ぶーと抗議する花見さんは小動物の威嚇のような感じで、全く怖くなかった。ヘアゴムで結ばれたツインテールが尻尾みたいにゆらゆらと揺れる。
ぽんぽん。
「天木、俺も一緒に飯食っていいか?」
「あ……成宮くん」
肩を叩かれる感触に、僕は顔を上げた。そこにいたのは成宮くん。「よ」と軽く手を挙げた成宮くんもまた、近くの席に陣取った。
ところで僕の周りの席の人は大丈夫なのだろうか。見たところ、どこかに行っているらしくて席にはいないけど。でも、仮にいたとしても成宮くんなら譲ってくれる人は多そうだ。
「ちょっとー、狭いでしょー」
「いいだろ、別に」
三上さんと成宮くんは軽口をたたき合う。三上さんの言葉を意にも介さない成宮君は、購買で買って来たパンをいくつか取り出した。結構な量だ。彼はバスケ部だし、運動量もばかにならないのだろう。
「おおー、成宮くんの登場だー」
花見さんがにししっと笑いながら大仰に話す。成宮くんはとにかく目立つ。身長はかなり高いし、友達も多い。成宮くんはパンにパクっとかじりつくと、花見さんのおどけた声に苦笑を返した。
三上さんや花見さんもそうだけど、成宮くんも話し上手だ。聞いてて居心地の良い会話といえばいいのか。うるさくもないし、静かというわけでもない。人と話し慣れてない僕でも、話しやすい話題ばかりだった。
なんてことのない昼休みの時間。今まで僕はずっと一人だった。騒がしいくらいに大声で話す男子たちや、おしゃれの話題で盛り上がる女子。僕にとってその会話はただの環境音でしかなくて、僕自身に向けられたものではなかった。
でも、今は……。
「……あれ、どしたん。ユッキー? 食欲ないの?」
ぼーっとしていると、三人の視線がこちらを向いていた。一度、机の上に視線を落とす。大して広くもない机の上には、三上さんや成宮くんのお弁当や花見さんのパンの袋。スカスカだった僕の机の上は、いつの間にか賑やかになっていた。
「……いえ、ちょっとお腹いっぱいなので」
その満腹感が、ひどく心地よかった。
「おーい、ユッキー」
放課後になり、教科書とノートをバッグにしまっていると三上さんの呼びかける声。ロングで明るめの茶髪をなびかせ、半袖のワイシャツから細く白い腕を覗かせる彼女が手を振りながらこちらに来る。その後ろには三上さんだけじゃなく、花見さんと成宮くんの姿もあった。
「ユッキー、このあと暇? よかったらどっか遊び行かない?」
「……え」
突然の遊びの誘い。僕は呆けた声を出した。三上さんはニヤっと笑みを浮かべると、ポケットからしゅっと何かを取り出した。
「じゃーん! カラオケの割引チケット!」
「久々のカラオケだー!」
三上さんと花見さんはきゃっきゃと手を掴み合いながらはしゃいでいる。そんな彼女たちを意に介した様子なく、成宮くんは若干呆れたように頭に手をやりながら僕の席に真っすぐに向かってきた。
「あいつの言った通り、カラオケの割引チケットがもうそろそろ期限切れになるらしい。それで俺も誘われたんだが、天木もどうだ?」
「あ……えっと……」
あまりにも突然のことで、僕は言葉が出なかった。遊びに誘われたことなんて、全くなかったから。
「……いいんですか?」
「ん? なにがだ?」
「いや……僕が行ってもいいのかなって」
「イイに決まってんじゃん!」
成宮くんと話していると、割り込むように三上さんがチケット突きつけてきた。距離が近い。
「ほら、早く早く!」
椅子から立たせるように腕を引っ張られた。三上さんはもう待ちきれないとでも言いたげに、何歌おっかなー、と思案していた。
こうして僕は、カラオケへと引っ張られていった。
「……ふぅ」
ドポドポと、ジュースがコップに流れる様を見ながら一息つく。カラオケのドリンクバーで飲み物を取りに来るついでに、小休止しに来た。
カラオケに来て早々、三上さんはノリノリで今どきの曲を歌い始め、それに続いて成宮くんは激しいロックを歌っていた。三上さんも成宮くんも歌が上手くて、僕は基本的に聴く側に徹していた。もちろん、数曲は歌ったのだけれど。
カラオケボックスの特有の個室から重低音が聴こえるのを壁越しに感じながら宙を見ていると、コツコツと足音が聴こえた。
顔を戻すと、そこにはコップを手にした花見さんがいた。
「やっほ。もしかして、疲れちゃった?」
「……いや、大丈夫です」
そう言うと花見さんは、きょとん、と何故か驚いた顔をしていたけれど、すぐに「そっか」と小さく微笑んだ。花見さんもコップをセットすると、ドリンクのボタンを押して飲み物を注いだ。
「ん~。歌ったなー」
花見さんはぐっと背伸びするように腕を伸ばした。まるで、小さな子どもが背伸びするようだな、と思った。花見さんはあどけない顔立ちをしているし、髪型もツインテールだ。しかも身長も小さい方だし。
「……ちょっと意外だったかも」
「……?」
「天木くん。断るかなって思ったから。こうやって遊ぶのもあまり好きじゃないのかなって思ってた」
「それは……」
断る暇もなかったような気もするけれど。でも、確かに断ろうと思えば断れた。それをしなかったのは……。
「……どうして、三上さんは僕にかまってくるんでしょうか?」
「え? そんなの簡単だよ」
「……?」
「天木くんと一緒にいるのが楽しいからじゃない?」
あっけらかんと言う花見さんに、僕は言葉を失った。単純な理屈だけど、それを素直に言う人は世の中にそうはいないだろう。
……別に僕は話し上手でもないし、どちらかと言えば三上さんとは対照的な性格だろう。だから花見さんの予想が僕にはいまいち納得できなかった。
こつん、と。花見さんが床を踵で蹴る。ふと、気になったことを話す。
「花見さんは三上さんと仲いいですよね。どれくらいの付き合いなんですか?」
「あたしと涼子? 同じクラスになってからだよ」
「……そうだったんですか。かなり仲がいいみたいですし、もっと前からの付き合いだと……」
「そう見える?」
しっくりこないのか、首を傾げる花見さん。
「でも、それを言うなら天木くんもそうじゃない? あだ名で呼ばれてたよね? ああいうのを見ると、実はあたしが知らなかっただけで長い付き合いなのかなって思っちゃう」
「いや……あれは勝手に呼ばれてるだけです」
“ユッキー”と呼ばれるのは初めてだ。それはまあ、友達のいない僕としては当たり前のことだけど。
「確か、下の名前は”優希”だよね? いい名前だよねー、羨ましいかも」
「……そうですか?」
自分の名前の良し悪しなんて気にしたことがない。
「うん。だって、天木くんに似合ってそうだなって思うもん」
ふにゃっと笑う花見さんには、確かに羨望の色が宿っていた。似合ってそう、とはよく言ったものだ。付き合いがほとんどない僕に対して、そんな風に言える花見さんはある意味すごいと思う。なんて、そんな
そういえば。名前といえば、昼休みのときにちょっと気にかかったことがあった。
「三上さんって、花見さんのこと下の名前で呼びませんよね。何か理由でもあるんですか?」
そう問うと、花見さんは「あー……」と言って、困ったように笑みを浮かべながら頬をかいた。もしかして、訊いてはいけないことだっただろうか。
僕が慌てて撤回しようとすると、タタッと誰かが駆け寄ってくる音が聴こえた。
「……っと、いたいた。そろそろ帰るぞ」
成宮くんは通路に佇む僕たちを見つけると、小走りに寄ってきてそう告げた。腕時計を見れば、確かにそろそろ終わりの時間だった。
「戻ろっか、天木くん」
「あ……」
花見さんには先ほどまでの鬱屈した様子はなくなっていた。
僕は、どこか気がかりに思いながらも部屋に戻って行った。