翌日、放課後。いつものように授業を聞き流し帰宅する。
帰宅して私服に着替えていると、携帯から電話の音が鳴る。空間ウィンドウの色は黒。つまり、音声通信だ。
『理空君、今から来てくれる?出来るだけ急いで』
「ハイハイ、すぐに向かう」
『変装はしてきてよ?』
「注文が多いぞ」
そう言って切る。言われなくてもそうするつもりだ。暇を持て余していたとはいえ、予想以上に面倒なことを引き受けてしまったと自嘲してしまう。
やり方は固めてある。後は、実行するだけだ。
*
「早いね」
「身体能力にそれなりの自信はあるからな」
校門の前でシルヴィアが待っていた。
昨日もそうだったが、シルヴィアの想定以上に理空が来るのは早かった。
入校許可証を送られ、シルヴィアと一緒に歩いて行く。普通に歩いてはいるが、理空と同じように気配は消しているようだ。
校舎内に入り、美奈兎と一緒にいる3人——記録映像で見た少女達がいた。シルヴィアはそこに近づくなり、気配を元に戻した。
「え......?」
「はい......?」
「ふぇ......?」
穏やかな雰囲気の少女と、高貴な見た目の金髪の少女、いかにも気弱そうな少女。全員世界の歌姫が目の前に現れ、固まる。
「シ、シ、シ、シルヴィア・リューネハイム⁉︎何故ここへ⁉︎」
「ソフィア先輩、知り合いなんですか?」
「一度剣を交えたことがあるだけですわ!」
「さすがの剣技だったよ」
真っ先に声を上げた金髪の少女———ソフィア・フェアクロフ。
理空にも聞き覚えはあった。あのアーネスト・フェアクロフの妹だ。
「初めまして、蓮城寺柚陽と申します」
穏やかそうな少女——蓮城寺柚陽は礼儀正しく、自己紹介をする。
「知ってるよ。柚陽ちゃん天霧綾斗君と知り合いなんでしょ?」
「シルヴィアさんは綾斗さんと知り合いなんですか?」
「ふふっ、まあちょっとね」
綾斗と知り合い。決まりだ。例の誘拐事件の件で、フローラの居場所を特定したのはシルヴィアだろう。まぁ、今回の件とは関係がない。
「え、えっと.....」
柚陽の後ろに隠れている気弱そうな少女———ニーナ・アッヘンヴァルはオドオドしている。
「初めてまして、ニーナちゃん。メルヴェイユ戦ではお見事だったね」
「え......?」
「最後の大技は凄かったよ」
その言葉を聞き、ニーナの顔がぱあっと明るくなる。
美奈兎は理空の姿が見えないことに違和感を感じる。
「あれ?理空くんは.....?」
「ここにいるぞ」
「えっ⁉︎」
シルヴィアの一歩後ろに理空は立っていた。
思わず、シルヴィアは感嘆してしまった。ここまで一緒に歩いてきたにも関わらず、見失いそうになるほど気配を絶つのが巧かった。
そして、それは柚陽も同様だった。
(重心の運び方といい、相当な手練のようですね....)
柚陽は綾斗同様、《識》の境地を使える。にも関わらず、ほぼ目の前にいるのに気がつくことが出来なかったのは初めてだった。
「あなたは.....?」
「....雲崎理空だ」
名乗ってはおいた。所属学園まで言うと面倒そうだから伏せておく。
「雲崎理空...?どこかで聞いたような....」という声が聞こえたが、聞き流す。
「早く移動するぞ。ギャラリーも集まってきたしな」
滅多に顔を見せないシルヴィアの存在によって、好奇心からくる視線がチラホラあった。
「うん、そうだね。ついてきて」
歩いて行きシルヴィアは生徒会長の権限で、一般生徒が入れないエリアの扉を開けた。
「こんなところが校舎内に.....」
「ここはベネトナージュ専用のエリアだからね。っと、この部屋かな」
「ここにクロエが...?」
インターホンを鳴らし、空間ウィンドウが開く。
「クロエ!」
『っ!美奈兎?どうしてここに....?』
「どうしてもこうしてもないよ!開けて!」
『いや、けど.....』
「早く!」
その圧に負けたのか、扉が開く。クロエを見るやいなや、美奈兎はクロエに抱きつく。
「クロエの馬鹿!あんな別れ方じゃ納得できないよ!」
「ちょ、ちょっと、美奈兎」
ニーナとソフィアも抱きつこうとしたところで淡々とした声が入ってくる。
「麗しい友情ですね。あなたにそのような友人ができたことは私としても嬉しく思いますよ、クロエ」
言うまでもなく、理事長であるペトラだ。
「あなたには後でお話があります、シルヴィア」
「はーい」
理空の存在にもすぐに気がついたようで、ペトラは理空の方を向く。
「......あなたがいることは流石に想定外です。何故ここにレヴォルフの序列四位がいるのです?《
「え.....?理空君がレヴォルフの序列四位?」
元々情報に疎い美奈兎だけではなく他の3人も驚愕している。
「一応髪の色は変えてたんだけどな」
「その瞳の色は特徴的ですからね」
今度カラーコンタクトでも買うか、と呑気な思考を頭の片隅でする。
「まぁ、それは置いておくとして...クロエをここから出すわけにはいきません。理由は既に話した通りです」
美奈兎はペトラの前に立つ。
「どうしました?まさか力づくで連れ出すつもりというわけでもないのでしょう?」
「あたしもそこまで馬鹿じゃないです」
「ならば嘆願ですか?何を言われようと私は——」
「いいえ理事長、これは交渉です」
「.....交渉?」
美奈兎が内容を口にしようとする瞬間、理空がするりと声を入れてくる。
「......《
「ちょっ⁉︎言わないでよ!」
「言っとくが若宮。それじゃ交渉になってないからな?」
「何で⁉︎《
「優勝出来て初めて差し引きゼロなんだよ。お前らが優勝する確率なんて低すぎるからな。そうなればただでそいつを晒すだけだ」
「そういうことです」
「ちょっと!あなたはどちらの味方なんですの⁉︎」
ソフィアが口を挟んでくるがスルー。ペトラは理空に視線を向ける。
「結局のところ、あなたは何をしに来たのです?」
「こいつらに協力してくれって、リューネハイムに頼まれただけだ。まぁ、今のところ例の試合を観るくらいしかしていない。これをどう捉えるかはお前の自由だ」
「........」
ペトラが今取れる選択肢は2つ。クロエを『出す』か『出さない』かだ。前者が最悪で後者が最善である。
正直、この最悪を最善よりも良く思わせるのは難しい。ならば、最善を最悪よりも悪く思わせる。
要するに、理空は出さなくてもクロエの能力はもう分かっているぞ、出さなければこの情報をばら撒くぞ、と遠回しに脅しているのだ。
これはハッタリの部分もある。それなりに自信はあるが確証は得られていないのだから。ペトラが質問をしてくるとすれば———
「クロエが《
来た。この回答を間違えればただのハッタリと化す。だが、当てれば本物の脅迫だ。
「..... 精神感応系、テレパシーってところか」
ペトラの顔が一瞬固まる。どうやら正解のようだ。
「ペトラさん、美奈兎ちゃんたちは話してないよ」
シルヴィアからの後押し。これはありがたい。理空が見ただけで気づけたのだ。別の目敏い人間にも見抜かれている可能性がペトラの頭の中で膨らんでくれる。
これで両方最悪にできた。あとは、『出さない』よりはマシと思わせる材料を突きつければいい。
「それでだ、ペトラ・キヴィレフト。もしこいつらが優勝出来なかったときは大きい損失を被る、だろ?」
「そうですね」
「ならその分の担保を用意すれば良いわけだ」
「...確かにそれを用意してくれるのであれば、考えなくもありません。クロエの過去の実績などから金額に換算すると———ざっとこれくらいになりますか」
「なっ⁉︎」
美奈兎たちにとって見たこともない桁の額は数えるのも億劫になるものだった。
「ズ、ズルい......そんなの理事長の好きな額にできるもん.....」
「信用がありませんね」
「まぁ、割と妥当な額ではあるな」
「だからあなたはどちらの味方なんですの⁉︎」
「仮にあなたがこれを払えるとしても、受け取る気にはなりませんね」
「へぇ?理由は?」
「率直に言いますと、信用出来ないからです」
予想通りの回答をしてくる。この展開も織り込み済みだ。そもそも、理空がクロエの能力を言い当てた時点でもう詰んでいる。
「だ、そうだ。リューネハイム」
「うん、ペトラさん、相変わらず変なところで誠実だよね。それこそ、いくらでもごまかすことができたのに」
「......?」
「これくらいなら私でも払えちゃうよ?」
空気が固まる。その状況下ですぐに意識を戻せたペトラがシルヴィアの方を向く。
「いきなり何を言い出すのですか、シルヴィア」
「もちろん無条件ってわけじゃないけどね」
シルヴィアはクロエの側まで行き何かを耳元でささやく。
「え.......?」
「さあどうする?決めるのはクロエの意思だよ」
「わ、私は.......」
クロエは美奈兎たちと目を合わせて、美奈兎たちは力強く頷く。クロエの眼から迷いが消える。
「申し訳ありません、理事長。どうしても私は彼女達と一緒に《獅鷲星武祭》で戦ってみたいのです」
その言葉を聞き、ペトラは諦めた様子でため息をつく。
「そう、ですか......」
「それじゃ私との取引は成立ってことでいいかな?」
「え、ええ。意図は計りかねるけど.......」
「じゃあ、担保金を負担するよ。ペトラさんも、自分が提示した額なんだから嫌とは言わないよね?」
「...あなたは一体何を考えているのです?シルヴィア」
「私も私なりに学園のことを考えているだけだよ。ペトラさんとは違う形で、ね」
ペトラは再度ため息をつく。
「不本意ではありますが、もう1つの条件を満たせばクロエの出場を認めましょう」
「もう1つの条件.....?」
「——チーム・ルサールカに勝利することです」
空間ウィンドウを開き、美奈兎達に見せる。
「優勝を目指すのであれば、これくらいは出来ないとお話にならないでしょう?」
一瞬怯んでしまうが、すぐに気合いを入れる美奈兎。
「分かりました!その勝負、受けて立ちます!」
「では、私はこれで失礼します」
「——待てよ」
部屋を出ようとしたペトラを理空が引き止める。ペトラは若干驚いた様子で理空の方に振り向く。
「なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねえよ。リューネハイムから話を聞いてないのか?」
「...シルヴィア?」
「あははー、先に言っても断られそうだったからさ」
その可能性は否定できない。そうでなくとも何らかの対策を練られてもおかしくはない。
「オレはお前との一対一の対談を要求したんだけどな」
「対談?どういうことでしょう?」
「そのままの意味だ」
「ペトラさんにとっても、悪い話じゃないんじゃない?」
シルヴィアが伝えなかったことで考える時間は無い上にクロエの情報を握られている今であれば要求を断る理由はない。
ペトラとしても、情報が少なすぎる理空と話せるというのは少なからずメリットはあるのだ。というよりも、断ってしまえば理空が情報をばら撒こうとしかねない。結果的にはシルヴィアのファインプレーだったということになる。
「30分程度しか取れませんがよろしいですか?」
「充分だ」
「いいでしょう、ついてきて下さい」
「じゃ、そういうことで」
それを最後に、2人はこの部屋から出て行った。
「さてさて、クロエ。制服に着替えて」
「えっ?」
確かに今はクロエは制服を着ていない。だが、別に今着替える必要はないはずだが......
「シルヴィアさん、何を......?」
思わず美奈兎が質問してしまうが、それは他の4人も同じ意見である。
シルヴィアは悪戯っぽく微笑んだ。
「もう少しだけ理空くんには働いてもらおうかなって」
*
とある一室にて、理空とペトラは向かい合って座っていた。
「話とはなんでしょう?」
「とある情報を調べて欲しい」
「.......対価として何を差し出してくれるのです?」
ペトラから見て、理空は相当に頭が切れる人間だった。記録映像からクロエの能力を特定するあたり、それは明らかだろう。
だとすれば、この要求がタダで呑んでもらえるはずがないということは分かっているはずだ。
「そうだな。———オレの能力の内容、とか?」
「っ⁉︎」
理空の能力。どの学園も正体が分かっていないもの。それは情報力を売りにしているクインヴェールに取って喉から手が出るほど欲しいものだった。
「その代わり他言無用だけどな。上に知らせるのもタブーだ」
「.......」
正直、上にも何ならシルヴィアにも知らせるのがベストではあるがそれでも知れるというのであれば魅力的だ。
「分かりました」
「んじゃ、説明するぞ。オレの能力は————
*
——っていうもんだ」
「.......」
ペトラの予想以上に恐ろしいものだった。これが真実なら、ある意味世間の認識よりも強力なものということになる。
「それで、とある情報とは?」
「ああ、《
「.....特徴は?」
「《
封印処理がされているはずの《赤霞の魔剣》を持っていることに疑問は出てくるが、押し殺す。それについての答えはほぼ出ているようなものだ。
「分かりました、掴めたらあなたに報告します」
「ああ」
「話は終わったかな?」
理空が能力で消えようとした瞬間シルヴィアが扉を開けて入ってくる。ペトラはまたため息をつく。さすがに話の内容までは聞かれていないだろうが、タイミングが良すぎる。時間を聞かれたのは不味かったかもしれない。早く切り上げるつもりが、能力の説明に時間がかかった。
「何の用だ、リューネハイム」
何故か制服姿に着替えているクロエと美奈兎達4人もいる。
「うん、美奈兎ちゃん達を鍛えてくれないかなって」
「はぁ?」
「協力するっていったでしょ?」
「......」
断れる話ではある。ここまでしたんだから美奈兎達とて、文句はないだろう。ただ、シルヴィアがここまで肩入れするチームに興味はわいてくる。
「今日一本。それっきりだ。それ以降はもうやらない」
「充分だよ」
まぁ、少なくとも今の段階なら余裕で勝てるだろう。久しぶりの決闘が序列戦ではなくこういう形でやるとは思っていなかった。
今までにない、妙な感覚が理空の胸に引っかかった。
理空の能力はリーゼルタニア編が終わった後に明かそうと思います。もう分かっている方もいらっしゃるかもしれませんが.....。
いつシルヴィアと打合せしたんだよって話にもなりますね。
小説って書くのが物凄く難しいですね........。
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