昨日と同じ部屋に理空達は呼び出されていた。マリアがいないがそれは置いておこう。
「ギュスターヴ・マルロー?」
「うん。まあ、僕もよく知らないんだけどね。昨日襲撃してきた人間はそういう名前らしいよ。なんでも国際指名手配されているんだとか。確か出身は......えーと」
「アルルカント・アカデミーですね。その筋では有名ですよ」
(ああ、あいつが言ってたな。《
やたら印象が似ていると感じたのも納得だ。
ギュスターヴが召喚するあれも数十分もすれば消滅するらしい。
ちなみに、指名手配されているような人間を何故通してしまったというと、本物の『銀河』のIDを持っていたらしく、止められなかったのこと。
そういえば、クローディアの母親は『銀河』の最高幹部で父親は幹部一歩手前だったはず。
だとするなら。
今の報告を聞いた際にクローディアは眉を顰めていたことといい、昨日のギュスターヴのあの言葉といい、今回の黒幕は———
「ああ、そうそう。一応警察から護衛をつけるよう要請がきてるけど、どうする?」
「不要だ」
「わたしも......」
「俺も遠慮しておきます」
紗夜も無言で首を横に振る。
「オレも要らないな」
(傀儡国家からの護衛なんて当てにならないし)
「ふふっ、皆さん不要のようですね」
「......そもそもこの国に軍隊はあるのか?」
「痛いところをついてくるなあ」
ふとした理空の疑問にヨルベルトは感心したように見てくる。
「え?ないんですか?」
「うん。有事の際は統合企業財体から兵を借りることになっているんだ」
全く、本当に立派な傀儡国家だ。
「お話の途中ですが、私は少し用事ができましたので先に失礼します」
クローディアが頭を下げて背を向ける。何やら急いでいるようにも見えた。
「オレも適当にぶらつく。何かするならオレの邪魔にならない範囲で頼む」
理空もクローディアとほぼ同時に部屋を出た。
*
柄にもなくクローディアは真剣な表情を保ちながら歩いていた。先程の話から考えると、黒幕に心当たりがあるからだ。
もしその考えが正しければ、寄る場所も出来る。もしそうなら。
「急いだ方がいいかもしれませんね.......」
「———へぇ、何にだ?」
聞き覚えのある平坦な声が真横から聞こえる。
言うまでもなく、理空である。突然のことに驚きを隠せない。何とかいつもの笑みを浮かべて理空を見る。
「ついてきていたのですか、雲崎君」
「まあな。部屋出てからずっと横にいたぞ?」
ということは、先程まで浮かべていた表情も見られていたということだ。
「...何か御用でしょうか?」
「用事が何なのかと思ってな」
「.......私事ですから教える気にはなりませんね」
クローディアにしては珍しいはっきりとした拒絶だ。まあそんなことはどうでもいい。
「私事、ねえ。父親に関することとか?」
今度こそ表情が崩れた。一瞬しまったと思って戻そうするがそれを見逃してくれるほど理空は甘くない。
「やっぱりな。今回の黒幕はお前の父親か」
完全にバレているようだ。理空がいる時に険しい顔を浮かべたのは失敗だった。
「.....何故その考えに至ったのでしょう?」
「テロリストが天霧達にお前と組むなって言ってたからな。お前に優勝されると困る人間、つまりお前の願いを知っている人間だ。それを知り得るのは精々お前の家族くらい。んで、母親は『銀河』の最高幹部だからあんなテロリストを使う必要はない。そうなると残るは———」
「私の父、になりますか.....」
観念したようにクローディアはため息をつく。
「.......確証はないですがおそらく父でしょうね。私が優勝したら父がというより『銀河』が困るからでしょう」
「ふーん」
興味なさそうに理空は踵を返す。
「詳しい話を聞かなくていいのですか?」
「興味ねえよ」
大体の察しもつく。
「傍から見ればお前はただの死にたがりにしか見えないだろうけどな」
「.......そうでしょうね」
自嘲したようにクローディアは呟く。理空の背中はもうすでに小さくなっている。
「それでも私は自分の望みを譲るつもりはないのですよ。雲崎君」
毎晩襲ってくる悪夢の中での唯一の光。それを諦めるわけにはいかなかった。
クローディアの声は理空にも、誰にも聞こえることはなかった。
*
クローディアの元を離れ、外に出る。何やら不機嫌そうな表情を浮かべているユリスを見かけたので尾ける。あの知人によればユリスは自分の元いた孤児院にもよく遊びに来ていたらしいので、ユリスがそこへ向かうだろうという期待からだ。あれが元いた場所というのはそれなりに興味がある。
ユリスが入っていった孤児院は郊外の汚れたアパートともまた違った古さを感じる。
だが、庭の子供たちは元気そうに雪合戦やかまくら作りを楽しんでいるようだ。
孤児院ということは食事も賄っているということだろうがとても賄い切れるとは思えない。まあ、借金の抵当としてあの知人が強制的に徴収されたと話を聞いていた時点で大方の見当はついていたが。
車の扉が閉まる音がし、振り返ると綾斗が孤児院に向かって歩いてきた。気配は消しているので気が付かれはしないだろうが、静かに入口の端に寄る。建物の扉が開き、初老のシスターが出てくる。2人は促されるがままに建物の中へ入っていった。
敷地内に入り、窓から建物の中を覗く。それをし終えた後に温室があることに気がつく。
(そういや、あいつは花が好きだったな)
どこで花の知識を得たのかは謎だったがこういうことか。
一通り孤児院は見終えたので、外に出ようとすると浮かない顔をしたユリスと付き添う綾斗が出て行くのを見た。どこか今日のユリスは不安定だ。
それを見届け、理空も孤児院を出る。元々の目的地はここではない。道を歩いていき、森の中へと枝分かれした道を進む。何故か車が止まっていて、足跡が3組あった。綾斗とユリス、後1人は誰だ?と首を傾げながら進むと、かつて自分がいた場所が見える。吹雪で見えづらいが確かにそうだ。
足跡を辿るように進んでいくと、突然禍々しく、無限に湧いてくるかのような
思わず目を細めてしまった。例の知人がここに来ているのは流石に想定外だった。人影を見る限りではあの場所に綾斗とユリスもいる。
殺されはしないだろうが、クローディアへメールを送る。理空はため息をつきながら森の中心にある平原のような場所へと歩いていった。
*
綾斗は窮地に立たされていた。ギュスターヴに襲撃されたから、ではない。目の前の少女にだ。
雪のように真っ白な長い髪、赤い月をはめ込んだかのような瞳、表情は今にも泣きそうなほどの悲壮感を湛えている。
《
《
その能力は『毒』。
すでにユリスは毒の瘴気の腕を喰らって気を失っており、綾斗も無味無臭、無色透明の瘴気を吸ってしまい意識をどうにか保っているという始末であった。
勝利どころか、撤退も絶望的だ。何せ今にもこちらを襲おうと、オーフェリアから出ている瘴気の腕が大きくなっているのだから。
「ごめんなさい。でも、すぐに楽になるわ」
その腕が振り下ろさられそうになり、気力を振り絞って《
——その腕が消え失せた。
(この、能力は........!)
「ったく、とんだ休暇旅行だな」
見慣れた紺色の髪と大きな金色の瞳。いつもに比べれば声に感情が入っているだろうか。
「————よう、オーフェリア」
*
「理空..........?どうしてここに?」
「旅行のついでだ」
「そう............」
「お前は?オーフェリア」
「私の運命がそうさせただけよ」
(
そのやり取りに綾斗はやや違和感を感じるが今はそれに意識を割く余裕はない。意識を保つので精一杯だ。
「で?オレとここで殺り合うか?」
「......やめておくわ。貴方の運命に関わる気にはならないもの」
そんな言葉をかけた後すぐにオーフェリアの目の前に空間ウィンドウが開く。
『おい、オーフェリア。てめえ、どこで油売ってやがる。あれほど研究所から出るなっつったろうが』
音声通信だったが、苛立ちが大量に混じった声ですぐにディルクだと分かった。
「.......すぐに戻るわ」
そう言って空間ウィンドウを閉じ、こちらに視線を向ける。
「さようなら、理空。......ユリスにはもう関わらないでと言っておいて」
「
「........」
理空の言葉に反応を示さずに止まっている車の方へ向かう。
「......お前はいつまでそうしてんだ?」
虚空に視線を向けてそう言葉を紡ぐ。
「おやおや、気づいていましたか」
宙に昨日と同じ格好をしたギュスターヴが立っていた。
(ギュスターヴ・マルロー⁉︎不味い......!)
綾斗は手負い。とても満足に動ける状態じゃない。
「あなたに手を出すなとは言われていませんからね。《
その言い回しを聞く限り、理空とクローディアの考えは当たっているようだ。
ギュスターヴの両脇に魔法陣が浮かび上がり、昨日よりも一回り小さく、だが万応素の力強さが大きいモノが出てくる。
「ご紹介いたしましょう。我が作品、オルトロスとケルベロスです。
ギュスターヴは勝ち誇ったように笑みを崩さない。
———が、次の瞬間。オルトロスの2つの首が、ケルベロスの3つの首が消えた。
「........は?」
「頼んでもない説明ご苦労さん。...それで」
興味がなさそうな視線をギュスターヴに向ける。
「———これで終わりかよ?」
さすがにこれにはギュスターヴも焦りを隠せない。
(攻撃にも使えるのか.......!)
朦朧としてきた意識の中、綾斗は理空の能力を脳に焼き付けていた。
「それと、もうすぐエンフィールドがこっちに来るそうだ。お前からすれば困るんじゃないのか?」
「.......不愉快なほどに聡いですな」
無言のままこちらを睨んでくるが、大きくため息をつき首を横に降った。
「仕方ありませんな。ここは引くといたしましょう」
ギュスターヴは森の中へ消えていった。
———ドサッ。
緊張の糸が切れたのか、綾斗は気を失った。先程クローディアに連絡は入れたから平気だろう。
改めてここら一帯を歩き回る。地面の至る所が腐食し、花どころか草一つ生えていない。
自身の力で自身の最も好きだったものを壊すとは、運命というものが本当にあるのなら皮肉なものだ。
「綾斗?ユリス?」
クローディアが到着したようだ。焦燥感を隠さぬ雰囲気を醸し出しながらこちらへ走ってくる。
「しっかりして下さい、お二人共......!」
「オーフェリアの毒喰らって気失ってるだけだよ。介抱すんなら好きにしろ。オレは先に王宮に戻る」
「........分かりました」
元来た道を歩いて行く。正直言って、オーフェリアと戦うのはリスクが大き過ぎる。あの場から引いてくれて助かった。
理空が気紛れであの場所に寄るのなら、オーフェリアも寄る可能性も考慮すべきだった。
いや、それは無理な話か。理空にも知れることには限界がある。
「........本当にとんだ旅行に来ちまったな」
自嘲気味に呟いた声は白い息と一緒に空気の中へ溶けていった。
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