学戦都市アスタリスク 消失の魔術師   作:ネタバレOK派

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理空の能力

 重い、重い空気が溢れかえっていた。

 綾斗にとって、理空は『得体の知れない存在』だった。

 それでも何度かこちらを手助けしてくれていたし、妨害しようとする様子も見られなかったからある程度信用を置いていた。

 だからこれほどにくるものがあるのかもしれない。

 この頼みを断られることは想定していた。していた、はずだったのだ。

 

「.........理由を伺わせてもらってもよろしいでしょうか」

 

 クローディアですら、普段の笑顔が消えている。

 

「オレの能力に関わるから言いたくないんだけどな......」

 

 それじゃ引き下がってくれないか、と諦めた様子でいる。

 

「———まず、オレの能力は『消失』じゃない」

「なっ⁉︎」

 

 全員の顔が驚愕に染まる。今日何度目かもうわからない。

 ただ、それも無理はない。

 理空の能力を知っている人間はヒルダ、ロドルフォ、ペトラのみなのだから。おそらく、他のほぼ全ての人間が誤認しているだろう。

 

「オレの能力は『移動』だ」

「『移動』.......?」

「......やってみせた方が早いか」

 

 テーブルの上に置いてあるカップに触れる。その直後、中央付近にあったはずのカップが端にあった。

 

「これだけだ」

「........」

「『移動』は主に3種類だな。オレ自身を移動させる『瞬間移動』、触れたものを指定の場所に移動させる『指定移動』、2つの座標を入れ替える『相互移動』だ。だから、消すなんて真似はそもそも出来ないんだよ」

「......質問」

 

 紗夜が手を挙げる。

 

「何だよ?」

「ここまで聞くと『指定移動』よりも『相互移動』のほうがよっぽど便利に見える。『指定移動』のメリットはあるのか?」

 

 紗夜の疑問は最もだ。

 『相互移動』が座標を2つ設定するだけなのに対し、『指定移動』は座標を設定する前にまず触れるという条件を満たさなければならない。

 

「もちろんある。『指定移動』は触れたものの中でも移動するものを選べる」

「??????」

 

 いまいちよくわからないという顔をする紗夜。綾斗、クローディア、綺凛も同様だが、《魔女(ストレガ)》であるユリスは理解が早かった。

 

「なるほど、そういうことか」

「えっ?どういうことなの?」

「例えばここに濡れた紙があるとする。『指定移動』ならば()()()()()()()()()()()移動することが可能ということだろう」

「そういうことだ。『相互移動』の場合は()()()移動するけどな」

 

 脳裏によぎるはバラストエリアの一件。

 あの時理空が綾斗と綺凛に触れた瞬間服は一瞬で乾いてしまった。あの時に『指定移動』を使っていたということだ。

 思い返してみれば、目の前から消えるのも、能力が消されるのも『移動』によるものだとすれば辻褄が合う。

 

「あのさ、《孤毒の魔女(エレンシュキーガル)》の能力に使ったのは....」

「『相互移動』だな」

「『指定移動』って触れれば発動出来るんだよね?」

「?ああ」

「触った瞬間に移動するっていうのは出来ないの?」

 

 もしそれが出来るのならば、鉄壁の防御だろう。あの幻獣の首を消し飛ばしたことを考えると、『相互移動』による攻撃は恐らく防御不可。

無敵に近いのでは?と思うほどの破格の能力だ。

 

「『指定移動』で移動できるものはオレが解析済みのもの限定だ。例えば、《魔女》や《魔術師(ダンテ)》だったら人によって星辰力(プラーナ)万応素(マナ)の接合パターンは違うし、そういうのは間近で見るなりしなきゃならない。普通の物質とかでも同じ。どういう性質を持つかとかを知らなければならない」

「なるほどね.......」

 

 今言っているような制限はあるものの、ある意味『消失』よりも強力なものだろう。攻撃、防御、回避、機動、全てに精通している。

 

「要するに理空の能力は『移動』だから姉さんを目覚めさせるのは無理ってことか........」

「いや?満更無理でも無いと思うぞ?」

「ええっ⁉︎」

 

 腰が浮きかける。それに気がつき、慌てて座り直す。

 

「さっき言ったろ。解析済みなら『指定移動』が使えんだ。なら『禁獄』とやらをオレが知れればそれをどかすことはできるだろうよ」

「じゃ、じゃあ.....!」

「最後まで聞けよ。けどそれはリスクがデカいんだ。解析してる間に何が起こるかわからない。もしかしたらオレ自身が『禁獄』にかかるかもしれないし、『禁獄』が暴走して天霧遥に何が起こるか全く予想がつかない。そんな条件で試していいのか?」

「......『相互移動』は?」

「座標を間違えればあの世行き。『指定移動』よりリスクがデカい」

「........っ」

 

 その通りだった。今回のような特殊なケースでなくとも、能力が暴走する実例はある。『禁獄』が暴走してしまえば遥の命にも影響するかもしれない。かといって能力を遥の身体ごと移動しても意味がない。結局、手詰まりだ。

 いや、手はある。あるが、その方法は取りたくない。

 

「まあでも、どうしても目覚めさせたいなら《大博士(マグナム・オーパス)》の助力を得ることを勧めるぞ?」

「え........」

「つーかオレ連絡先持ってるから掛け合ってやろうか?それとも連絡先もらっとくか?」

「いや.......」

 

 余りにも予想外の言葉が出てきて呆然としてしまう。

 ユリスも信じられないものを見たような眼をしている。

 

「理空ってさ、その.....《大博士》の実験台だったんだよね?」

「?()()()()()()()()()()()

「っ⁉︎」

 

 恐ろしいほどに冷めた眼に思わず身を引こうとしてしまう。

 

「別にあいつのことを恨んでるわけじゃねえよ。オレの場合は対等な取引によるもんだ。オーフェリアだってあくまで借金の抵当に充てがわれただけで、誘拐されたわけじゃないんだろ?筋は通ってんじゃねえか」

「.........」

「取引の内容について詳しく聞きたいか?」

「いや......いいよ」

「連絡先は?」

「いらないよ......」

 

 ヒルダを解き放つわけにはいかない。そこは譲れなかった。

 

「オレからすれば何でそれを拒むのかわからんけどなあ」

「いや、だって———」

「あー、何となく予想はつく。大方オーフェリアみたいな犠牲だのを出したくないとかだろ?」

「......うん」

「それでも理解は出来ねえな」

 

 一旦区切って、相変わらずの平坦な声で続ける。

 

「《鳳凰星武祭(フェニクス)》で優勝してる時点でもうすでに数百人蹴落としてるようなもんだろ。んで、お前らは《獅鷲星武祭(グリプス)》に優勝しようとしてんだからまた数百人蹴落とそうとしてるわけだ。それとあいつを解き放つことの何が違う?」

「それは———」

「犠牲は生まれるもんだ。それを生まないようにするってお前は神か何かかよ」

 

 理空を言っていることは恐らく間違っていないのだろう。

 それでも、自身の友人とその親友の例を考えると、手を借りる気にはならなかった。

 

「大体お前、どうやって目覚めさせる気だ?あの爺さんじゃ無理だろ」

「それは、《大博士》も先生も言ってた」

「何だ、もう接触済みか。てことは話はもう来てて、それを断ったのか」

「.....うん。《大博士》を解き放たずに姉さんを目覚めさせる方法を見つけてみせる。そのためにも《獅鷲星武祭(グリプス)》にも優勝する。蹴落とすっていう行為かもしれないけど、それでも《大博士》の犠牲になることとはまた別のことだと思うから」

「ふーん。精々頑張れよ」

 

 確定情報じゃないので何とも言えないが、統合企業財体の手を借りてもかなり時間がかかるだろう。数年か、十数年、下手すればそれ以上。ヒルダを解き放てばすぐだろう。本当にそうなら、綾斗はどちらをとるのか。

 

(...その意地がどれだけ続くか見ものだな)

 

「一応言っとくが、オレはあいつの味方ってわけじゃないからな。連絡先は持ってるが、それも取引ってだけで協力関係じゃない」

「だろうね」

 

 協力関係を結んでいるなら連絡先を持っていることをわざわざバラす意味はない。

 

「はぁ.........」

「落ち込んでるところ悪いが、仮に能力が『消失』だったとしても断っているからな」

「.........何故でしょう?」

 

 これまでほとんど黙っていたクローディアが口を出す。

 

「天霧遥を《蝕武祭(エクリプス)》で負かした奴が何をしてくるか分からんからな」

「どうしてそう断定が.....」

 

 もういいだろう。ここまで明かしてしまった以上、もう隠す意味もない。

 

「《鳳凰星武祭》の閉会式の日に襲われたからな」

「なっ⁉︎」

「目的は知らんが何かしらやろうとしてんだろ。天霧遥のことを把握してないとは思えない」

「その人の特徴は?」

「それ聞いて天霧はどうするんだ?」

「それは.....捕まえて話を.....」

 

 だから言いたくなかった。予想通りすぎる。

 

「天霧遥が《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》持ちで負けたんだぞ?今のお前じゃ話になんねえよ」

「うっ.......」

「封印が完全に解けてない。精々あの状態を1時間程度保つので精一杯。《黒炉の魔剣》も持て余す。どうやって勝つ?」

 

 実際、戦ってみてわかった。あれに勝てると言い切れるのは界龍(ジェロン)の《万有天羅》やオーフェリアくらいのものだろう。普通の序列一位の3人分の実力はあると見た方がいい。

 

「それでも自分の手でどうにかしたいなら突っ込んでさっさと死ね。仮に情報を渡すとしても下手に挑まないっていう条件つきだな」

「.......わかった」

 

 意を決したようだ。

 

「《処刑刀(ラミナモルス)》って名乗ってた男だ。仮面を付けてる。《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》の使い手だ」

「《赤霞の魔剣》........?」

「どういう剣なの?」

「《黒炉の魔剣》と同じ『四色の魔剣』の一振りだ」

「ですがあれは......」

「ああ、封印処理がされているはずだ。けど持ってたってことは要するに———」

「———《悪辣の王(タイラント)》と組んでいるということですね?」

「だろうな。んで、あいつの手駒の中にはオーフェリアもいる」

「...........っ」

 

 ユリスはかなり辛そうな顔を浮かべた。自身の親友が綾斗の姉である遥を負かした人間の仲間とくれば当然だ。

 

(...《ヴァルダ=ヴァオス》のことは言わなくていいか)

 

 ヴァルダ自身が戦う可能性は低いし、能力を知ったとしても対処出来るものでもない。それに、あまりに知りすぎていると怪しまれかねない。

 

「オレから話せるのはこれくらいだな」

「雲崎、一ついいか?」

 

 これで帰ろうとしたところ、ユリスが入り込んでくる。

 

「まだ何かあんのかよ」

「私は......オーフェリアに勝てるか?」

 

 悲痛そうな様子で聞いてくる。本人も薄々、いや、はっきりと分かっているのだろう。

 

「無理だろ」

「ちょっ、理空」

「差がありすぎる。はっきり言って勝負にならない。少なくとも今のところはな」

「........」

 

 下を向いてぎゅっと拳を握りしめる。爪が食い込んで血が出そうなほどに。

 

(つっても、こいつもそれが分かってて突っ込むタイプだからな)

 

 理空にとって最優先は《黒炉の魔剣》の適合者である綾斗だ。正直、他の4人なんてどうでもいいが、誰かが殺されて綾斗に何らかの影響が及ぶのは可能なら避けたい。

 かと言って、理空にはユリスの実力を飛躍的に伸ばすことなど出来ない。

 

「......リースフェルト」

 

 よって博打に出る。下手すればユリスの心が折れるかもしれない。でも上手くいけば変化はもたらせるかもしれない。それに折れたら折れたで荷物が1つ消えるのでそれはそれでありだ。

 理空の声に反応し、顔を上げる。

 

「オレと1回戦ってみるか?」

「......何?」

「同じ能力者だからな。何かしらのヒントは得られるかもしれないぞ?ああ、安心しろ。別にオレはお前の技を解析出来るなら後々役立つ」

「........」

「———どうする?」

 

 ユリスにとっても魅力的な面はある。理空の能力もかなり珍しい部類なので、そういう意味ではオーフェリア対策にはなる。断る理由はない。

 

「......頼めるか?」

「ああ。トレーニングルームはそっちが用意しろよ?」

「.....ついてきてくれ」

 

(......ちょっと仲良くなってる?)

 

 ユリスと理空は元々かなり仲が悪い、というかユリスが一方的に嫌っていたのだが、休暇旅行を経て少しそれが和らいだように感じる。

 思わず顔が綻びそうになる。

 願わくは、これが少しでもユリスのためになってくれることを綾斗は祈った。

 

 

 




【理空の能力まとめ】
『瞬間移動』: 理空自身を指定の座標に飛ばす。
『指定移動』: 触れたものを指定の座標に飛ばす。触れるものの中でも飛ばすものを取捨選択出来る。ただし、飛ばせるものは理空が知っているもののみ。
『相互移動』: 指定した2つの座標を入れ替える。空間ごと入れ替えるので理空が知らないものでも飛ばせる。

 
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