学戦都市アスタリスク 消失の魔術師   作:ネタバレOK派

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《時律の魔女》②

「.......」

「.......」

 

 とっくに日も暮れ、辺りが暗くなっている時刻に警備隊本部のとある一室にヘルガと理空が机を挟んで向かい合っていた。

 暗くなっているというのも、綾斗の封印解除状態があの後すぐに限界を迎えて気を失いその介抱やら何やらで時間を食ったのだ。介抱なんてする気は起きなかったがヘルガとシルヴィアがいた手前やるしかなく、綾斗が目を覚ますまで待機していなければならなかった。挙げ句の果てに取り調べの順番を最後に回されてしまい今に至る。

 すでに綾斗とシルヴィアは帰宅している。ヘルガからは厳しい目を向けられており、内心やらかしたと少し後悔している。ヴァルダに関しては仕方ないまでもあの2人に剣を突きつけているところに来られたのがまずかった。ヘルガも気配を消していたのだろうが、周辺に人がいないか確認を怠ったのは理空のミスだ。

 

「......一応弁明があるなら聞こう」

「弁明?何の?」

 

 理空のすっとぼけにヘルガは眉を顰める。

 

「天霧君達に剣を突きつけていたことだ。在名祭祀書(ネームド・カルツ)入りしていないかリスト下位のレヴォルフの生徒がやるのは珍しくないしそこまで大きな問題ではないが序列四位の君がやったとなれば流石に軽視できない」

「突きつけていただけだ。本当に手を出す気でいたなら他にいくらでも手段はあったぞ?」

「やる意思があるか否かではない。実際に剣を突きつけていたのが問題なんだ」

 

 まあこうなるだろう。どう考えても危険行為なのだから。

 

「...まあいい。この件に関しては不問としておく」

 

 意外な処置に少し驚いてしまう。この件が一番重く見られると思っていた。それが顔に出ていたらしくヘルガは理由を続ける。

 

「天霧君もリューネハイム君もその件に関しては特に何も言っていなかったからな。やられた側の人間が問題視していないのなら少なくとも今回は不問とする」

 

 肩透かしを喰らった気分になるが安心は出来ない。ヘルガはこの件に関してはと言った。つまりまだ終わらない。

 

「むしろ今から話す方が本題だ」

「他に何かしたか?」

 

 相変わらずのふてぶてしい態度だがその程度で冷静さを失うほどヘルガの経験値は低くない。

 

「以前話していたヴァルダと名乗った精神操作系能力者に対しての殺傷行為だ。これに関しては意思を確認するまでもないな?」

「ああ、殺そうとしたがそれがどうかしたか?」

「意図的な殺傷行為は星武憲章(ステラ・カルタ)違反だ。知らないとは言わせない」

「あれくらい正当防衛と認めて欲しいんだがな。『死んでもらうぞ』と言われていたのを天霧達から聞かなかったか?」

「勿論聞いている。だが回避と防御に徹して私の到着を待つことも出来た筈だ。そうしていればあの2人が邪魔をすることもなかっただろう。ヴァルダの捕縛の成功確率も高かった」

 

 結果論になってしまうがそれは否定できない。そもそも邪魔さえなければ理空があの2人に剣を突きつけることもヴァルダを逃すこともなかったかもしれないが所詮仮定の話だ。何事においても最優先されるのは結果だ。

 今回残った結果は理空がヴァルダに対して殺傷行為をしたということ、ヴァルダを逃したこと、そして綾斗とシルヴィアに対して剣を突きつけたという3つのみだ。

 

「捕縛?オレは最初会った時に言ったよな?オレはあいつらを捕まえたいんじゃなくて排除したいんだ。勘違いするな」

 

 結局、そこなのだ。 

 ヘルガは六花の治安を守るために犯罪者を捕まえようとしているのに対し、理空は敵となっている者をただ排除したいだけ。ヴァルダと《処刑刀(ラミナモルス)》を共通の敵としているが、ヘルガと理空の目的は一致していない。

 

「排除をするしても他にいくらでも手段があるだろう。今回のように過激なことを繰り返されては六花は無法地帯に成り果てる。簡単にそういうものは伝染するんだ」

「元々無法地帯だろうが。それにオレだって人殺しが趣味ってわけじゃない。正当防衛だっつったろ。今回の相手はそんな甘いこと言ってられない」

「君がそこまでする必要はないだろう、と言っているんだ。正直に言えば、君の助力を得るのも内心気は進んではいない」

「あんたのことはともかく、オレは警備隊は全く信用していないんだよ。『組織』ほど信用出来ないものはない」

「...あまり侮らないでもらおう。警備隊員は皆私が設定した試験を潜り抜けている。いずれ警備隊を担っていく存在でもあるんだ」

「いずれじゃなくて今の話をしろよ。だいたい、そういうあんたは今まで過激な方法を取らなかったのか?」

 

 答えは否、である。警備隊長に就いてから数十年、凶悪犯や大事件だって起きた。最たる例が『翡翠の黄昏』だろう。そういった事件に対処する際に過激な方法だってとった。

 だが、ヘルガと理空では立場が違う。裏に精通していようと、理空も生徒の一人だ。理空からすれば知ったことじゃないのだろうが、警備隊がある大きな理由として六花の民衆の安全を守ることが挙げられる。まして生徒の手を汚させることをそうそう容認できるはずもないのだ。

 

(......これほど、とはな)

 

 ヘルガは理空に出会う前から理空のことを注視していた。というのも、レヴォルフの生徒にしてはあまりにも問題がなさすぎたのだ。序列二位であるロドルフォは歓楽街(ロートリフト)最大級のマフィアのトップであるし、序列一位であるオーフェリアもディルクの手駒となっているだけあって黒い噂は絶えない。ここまで極端でなくとも、街での乱闘や他学園の生徒の襲撃すらも一件も見つからなかった。

 だからこそきな臭かった。実際に会ってみれば問題がないなんてとんでもない。十数歳とは思えない眼をしており、危険性も感じていた。だが、これほど逸脱しているとは思っていなかった。

 狂気による非人道的行動をしている人間の方がまだマシだ。狂気による行動ならば地雷さえ踏まなければ最悪は免れる。しかし理空は理性で非人道的行動をしているのだ。簡単に命を絶つことのできる能力を持った上で、だ。核爆弾に遠隔爆破機能がついているようなものだ。

 

「これ以上は水掛け論になるだけだ。終わりにしないか?」

「.......そうだな」

 

 ヘルガも大人しく引き下がる。理空を説得するのは少なくとも現時点では不可能だ。

 

「そうそう、ヴァルダの件なんだが」

 

 しれっと話題を切り替えてくる。しかもどうでもいい話題ではないのがタチが悪い。

 

「具体的な能力までは分からなかったな。頭の中がかき乱された。奴自身のスペックは序列一位クラスだが、あんたと一対一をすれば確実にあんたが勝てるレベルだ」

 

 残念ながら、精神干渉云々では綾斗とシルヴィアから聞いた情報とほとんど差異はなかった。

 

 

「以前闘った《処刑刀(ラミナモルス)》に比べると劣るな。あいつはまだまだ実力の底は見えない」

「......そうか」

「まあどっちみちオレが向こうの立場だったらあんたと戦うのは避けるけどな」

 

 当然の話だ。わざわざリスクを冒してまでヘルガとやる理由などどこにもない。ヴァルダを二度も窮地に追いやっている以上、理空に仕掛ける可能性も薄い。それだけに、あの場で仕留め損ねたのは悔やまれる。今更言っても仕方がないが、あの2人ごとやる覚悟で『相互移動』を発動するべきだった。今後は《黒炉の魔剣(セル=べレスタ)》の使い手と世界の歌姫といえど、切り捨てる選択肢も浮かべておくべきだろう。

 

「もう帰っていいか?多分もう伝えることはない」

「ああ、構わない。だがその前に言っておくことがある。─────先程も言ったように君の取る手段には賛成しかねる」

 

 はいはい、と言いそうになるが堪えて部屋の扉の方へ立って歩く。

 

「それともう一つ」

 

 その一言で扉の前で足を止める。

 

「私は君のことを調べている」

 

 わざわざそれをバラす意味はない。要するに、『完全には信用していないぞ』という警告だろう。理空とて他人のことをそう簡単に信用しない。ヘルガのこともある程度は信用を置いているものの、完全には至っていない。状況的に裏切られることはないとは思うが、裏切らないからといって理空にとって不利益なことをしないとは限らない。

 

「で?何か出てきたのか?」

「いや、何も」 

「でも何かはあるはず、って顔だな」

「.......」

「まあ調べるだけ調べるんだな」

 

 扉を開けて外に出る。二人警備隊員が立っていた。理空にはあまり視線を向けてこない。ありがたい。今、理空の頭はヴァルダと《処刑刀》の件とヘルガへの警戒でいっぱいなのだ。

 ヘルガの方は脅威とはなっていないが障害にはなり得る。敵に回さないに越したことはない。ヘルガも自分を説得しようとするとは思わなかった。ヘルガは綾斗と違い現実を知った上でそうしている。思わず他人事のようになって呟く。

 

 

「......ブレねえんだろうな、お互いに」

 

 

 

 

 

 

 現実というものは勝手に消えてはくれないものだ、というのを再度実感させられた。

 今まで自分にできることはしてきたつもりだ。星猟警備隊(シャーナガルム)を設立し、優秀で誠実な人員を集め、六花の治安を守ってきたし難事件やテロだって解決してきた。

 それでも尚、ああいう子供が作られてしまう。

 勿論、全ての人間を救えるなんて大それたことは思っていない。だが、すんなりと受け入れられるものでもない。

 

「警備隊長、大丈夫ですか?」

「ん?何がだ?」

「いえ、何か思い詰めたような顔をしてらしたので.......」

 

 一緒に職務をしていた隊員に指摘され少しドキリとしてしまう。顔にまで出ていたということは相当だったのだろう。

 

「気のせいだ、心配するな」

「そうでしたか」

「ああ、早く片付けよう」

 

 半分嘘である。少し、疲れたのかもしれない。

 それでも。この因果な世界においても。自らの『義』を捨てる、という選択肢は浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

 




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