─────どうしてこうなってしまったのだろうか。ヴァルダとの交戦から月日が流れたとはいえ、無警戒になっていたというわけではなかった。だが、過去最大の危機を迎えることになってしまった。
目の前には一見無邪気な目をしていてその実、とんでもなく獰猛な雰囲気を発した童女が立っていた。
*
ことは数分前に遡る。
(おいおいおいおい...!こんなバカでかい気配、それこそオーフェリアクラス.......!)
この気配に覚えはある。先日行われたグラン・コロッセオで感じたものだ。直接見たことはないがおそらく彼女のものだろうと推測していた。
(いやだとしたらヤバいだろこれ──────!)
脱出ルートを探すが、どこを見ても光、光、光。できるだけ上空に移動してみても景色は変わらず自然落下するだけ。大きな気配がどんどん近づいてくる。
(あ、これもう無理だ)
光がさらに強まり思わず眼を閉じてしまう。しばらくして眼を開けると、広い草原に大きな岩があちらこちらに生えており崖と見間違える大きさのものもあった。
先ほど感じ取った大きな気配を感じる方向に顔を向けると、10歳程の童女がこちらに歩いてきていた。
そして現在に至る。
*
「ほっほっほ!初めましてじゃの。雲崎理空」
普段であれば適当な返事ができただろうが、そんなことをする気も起きないほど理空の気分は下降していた。
「........《万有天羅》、
「いかにも儂が范星露じゃ」
────────《万有天羅》 范星露。
六歳の頃
それだけならばまだしも、『何でもあり』と言われる《万有天羅》の称号を継いでいるというのがさらに異常だ。そもそも先代である二代目の《万有天羅》は史上初全ての《
(まあ総じてヤバすぎる存在ってことか)
こうして向かい合っているだけでも感じる。オーフェリアと同じく無限ともいえる
恐らく唯一正面からオーフェリアと互角に戦える、いや、オーフェリアの場合身体に負荷がかかりすぎることを考えるとアスタリスク最強は目の前にいるこの童女だろう。
「どうやってオレをここに引きずり込んだ?」
「縮地術の応用じゃな。汝等の言葉で言うならば瞬間移動じゃ」
いきなりお株を奪われた気分だ。本当に気分が悪くなってくる。いや、気分が悪くなってくるのはそれだけが原因ではない。《万有天羅》は代々相当な戦闘狂と聞いている。この異空間(?)はとんでもなく広い。そんな場所にわざわざ引きずり込んできたということは........。
「いやはや...元の場所で人を待っておったんじゃが早く来すぎてのう。このまま待つのも退屈じゃからおぬしをここへ連れてきたというわけじゃ」
「お前には形式上とはいえ界龍との約定があるんじゃないのか?」
「ふむん?ぬしはレヴォルフの諜報工作員かえ?」
「さあ、どうだか」
自分の情報を無闇に明かす趣味はない。理空の情報は漏れていないとは思うが星露の情報も全く出回っていない。まずは出方を伺う。
「ほっほっほ!面白いのう。儂を相手に腹の探り合いか!じゃが一つ訂正をしておこう。あの約定は儂の行動を縛るものではない。あくまで儂が譲ってやっておるだけじゃ。儂が本当に事を成そうとすれば誰であろうと止める事はできん。それは統合企業財体であっても例外ではない。.......それに儂はぬしに前々から興味があったからのう」
なるほど、よくわかった。
「やはりよく鍛えられておる。今からでも界龍に来んか?」
よく、わかった。現状、駆け引きをしても意味のないことが。
「─────もういいよ」
「む?」
キラキラと輝かせていた星露の目がキョトンと丸くなる。
「.......要するに、
星露はただ自分の趣味のためだけに生きている存在。損得勘定をしてくれないのならば、懐柔する手立てがない。
「.......ほう」
星露の雰囲気から幼さが消える。
「話が早くて助かるのう」
「とっととここから出たいんだよ」
「それは困るのう。できるだけ長く楽しみたい」
「オレはちっとも楽しくねえよ。お前ら戦闘狂と一緒にすんな」
口を上手く動かせてはいるが、正直背筋が凍っている。力の大きさはオーフェリアと互角。感じるプレッシャーだけならばそれ以上だ。この差は戦いに対して気合いが入っているか否かだろう。
恐らくあと数秒もすれば仕掛けてくる。この際能力が割れてもいい。先手必勝だ。
「むっ......!」
「.......!」
僅かな血が飛び散る。星露の右腕から出たものだ。この化け物にも赤い血が流れていたのかと感心している場合ではない。
(......初見でほぼノーダメージかよ。しかも今回は数カ所仕掛けたってのに......!)
ほんの少し身体がブレていつの間にか数メートル遠くまで後ろに下がっていた。理空が使う『瞬間移動』と同じ類のものではない。単純な速度だ。
これは相当に不味い状況だ。とっとと逃げたいが異空間のせいで出来ない。『相互移動』は動きが速い人間に相性が悪い。座標に設定するという性質上設定した場所からズレると当たらない。いや、動きが速いだけならまだいい。その速度に合わせた設定をすればいいだけなのだから。だが星露の場合それ以上に反応速度が厄介だ。初見で『相互移動』をほぼ無傷で凌がれたということはこれ以降、かすらせることすら難しくなってくる。しかも《万有天羅》は近接戦闘を好むという話を聞いた事がある。
最強クラスの実力に加えて相性も最悪。この時点でかなり絶望的だ。遠距離タイプのオーフェリアの方が全然やりやすい。
「ほっほっほ!久方ぶりじゃぞ!血を流したのは!」
もう興奮状態に入っているらしいが理空はかなり気が滅入っている。初見でヴァルダにすら致命傷を与えることができなかったのだからそれは最初から諦めていたが、薄皮一枚程度しか削れないのはやや来るものがある。
星露が何か呟くと無数の火球が出現する。ユリスとは比較にならない数だ。『相互移動』でまとめて飛ばして視界をクリアにすると意外な光景が目に入る。
「ふむ.......微かじゃが火球が炸裂した音が聞こえるのう。ぬしの能力、『消失』ではなく空間転移の一種じゃな。良い能力じゃ」
たった二回で見抜かれた。異空間を警戒して普段より距離を短くしたのが裏目に出た。それでも10キロ以上は飛ばしたはずなのだがそれが聞こえるのは驚きだ。
(...とか考えてたらきりがないんだろうな)
この異空間といい、身体能力といい、《
まあ良い。バレたらバレたなりの戦い方がある。
気を取り直して今度はこちらから仕掛ける。星辰力を脚部に集中させて高速機動で間合いを詰めて蹴りを放つ。星露はそれを綺麗にいなしながら宙を舞う。立て続けに拳を数発放ち最後の一発が当たったと思ったら、突然星露が陽炎のように揺らめき消える。気配を探り上空を見上げると複数人の星露が向かってくる。《
「ほほ。楽しいのう。じゃがそれでは儂は倒せぬぞ?」
「余計なお世話だ。それとオレは楽しくねえ」
しかし星露の言っていることも事実だった。ユリスの最大火力程度であれば星辰力だけで防げるレベルの人間にただの拳を放ったところで効果はない。
『瞬間移動』を使って近くの岩陰に隠れる。向かって来られる前にとあるものを手の中に握る。星露が目の前に来ると同時に先ほどのような格闘戦が始まる。拳を躱されたタイミングで
追撃を仕掛けようとした瞬間に悪寒を感じ下がる。星露は俯いていて表情は読めない。
「ほほ......ほっほっほ!これほどとはのう!滾る!滾るぞ!」
「......やっぱ頭おかしいなお前」
体の中に石ころを埋められて喜ぶのは最早戦闘狂の域を超えてマゾヒストではないだろうか。
そんなことを考えられるくらいにはまだ余裕があるわけだが内心冷や汗をかいていた。最初に『相互移動』を躱した際の星露の動きはまるで捉えられなかった。あれを回避ではなく攻撃に使われたらたまったものではない。
だからこそ今の攻撃でダメージを与えて機動力を落としたかったのだがこの様子を見る限りでは期待できない。
「では次はこちらから行くぞ!」
(消えっ─────⁉︎下か!)
星露の左拳が右脇腹に入る。咄嗟に星辰力を集めるも衝撃で数メートル吹っ飛ぶが即座に『瞬間移動』で間合いを詰め拳を振り下ろす。それをいなされ、再び攻撃が来る前に『瞬間移動』で退がった。
「ゴポッ」
胃液と血が混じったものの味を感じ吐き出す。集中星辰力で守ってなおこのダメージ。何発も食らっていられない。『瞬間移動』で数キロは離れたいところだが移動した座標に岩があると生き埋めになってしまうためできない。
再度星露が仕掛けてくる。目は慣れてきたものの、対抗できるレベルではない。
「ぐっ、う」
星露の波状攻撃に対応しきれない。どうにか急所は外しているがみるみるダメージが蓄積されていく。あっという間に形勢逆転してしまった。こちらも何回か攻撃を繰り出したが全て有効打にはならなかった。
額からは流血、右腕の骨にはヒビがはいり肋も三本ほど逝っている。何より星辰力の消費が激しかった。元々かなり少ないほうなのに星露の攻撃を防ぎ続けていればあっという間に減ってしまうのは自明の理だった。
『相互移動』を発動しようとすると一瞬でその座標から動いてしまう。発動する際の星辰力の流れや力の入れ具合を読まれているのだろう。それに加えてハイテンション状態になりながらも『指定移動』と『相互移動』への警戒を全く怠ってくれない。ロドルフォの能力と同様、この二つは強弱など関係がない問答無用の力なのだから当然といえば当然だ。意外にも理性は存在するらしい。
一方で理空の拳や蹴りに対しては、たとえ
そこに付け入る隙がある。本気で星露が殺しに来ればとっくに決着はついているだろうが、そうではない。
目も大分慣れてきた。星露の攻撃をどうにか捌き星辰力を纏った右拳を繰り出す。例のごとく避けようともしない。
当たる直前に指を伸ばして拳に纏っていた星辰力を人差し指の先に集める。
ドッという音と共に星露の体がのけ反る。制服の左肩の部分に穴が開き、少し血が垂れている。
ますます星露は笑みを濃くする。
「考えたのう。じゃが儂は《万有天羅》。その程度ならば何の問題にもならぬ」
このままではジリ貧だ。『瞬間移動』でその場から離れる。今の指先一点に星辰力を集める攻撃はそう何回も使えない。馬鹿正直に受けてはくれないだろうし、指先以外は無防備になってしまうため頑丈すぎる星露の身体を突くと簡単に指の骨が折れてしまうのだ。攻撃に使った右手の人差し指はおかしな方向に曲がっている。
手札を整理しよう。星露に通用しうる攻撃は三つ。
①全星辰力を指先に集めた一撃
②『指定移動』で星露の体内の血液等を飛ばす
③『相互移動』の斬撃
①:全星辰力を指先に集める時間が必要。仮にそれを作れたとしても星露に当てなければならない。こちらの体術の癖や性質がすでに掴まれている→却下。
②:星露に直接触れなければならない上に、何を移動するかを選択している間に潰される。→論外
この時点で消去法で③しかない。③を成功させる方法を考える。
ただ使っても躱されるだけ。動きを止める必要がある。捕らえられればベスト。捕らえる為になにをすべきか。
地面を削って檻を作るか?いや、一瞬で壊されるのが目に見える。理空は
(この方法しかない、か)
手はある。一番最初に思いついた最も単純で手っ取り早い方法が。しかも高確率で捕らえる事ができる。だがはっきり言ってやりたくない。ひどく気が進まないのだ。こんな脳筋な方法。しかしこれ以外に思いつかないのだから仕方がない。
『瞬間移動』を駆使し逃げ回るふりをしながら最初の場所まで戻る。
(........あった)
この草原の中でも一番大きい岩。崖と見間違えそうなほどだ。それに背中を預け、正面から見据える。それを見た星露は訝しげな表情を一瞬浮かべながらも虚空を蹴って突進してくる。
普通ならカウンターが成立するタイミングで両腕目掛けて『相互移動』を仕掛けるが当然のように当たらない。カウンターを仕掛けにいったため、今の理空の防御は不完全だ。
やや落胆したような星露の顔が脳に焼きつく。
─────星露の右拳が理空の鳩尾に叩き込まれた。
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