───────────嫌な音が聞こえる。
───────────自分の身体が壊されていくのを感じる。
───────────生暖かくて赤い液体が口いっぱいに広がり外へ溢れる。
鳩尾にめり込む右手の手首を左手で掴むと同時に手首の関節を極める。
星露の目が大きく見開く。自分の手の感触に気がついたのだろう。理空の狙いにも。
渾身の拳を相手に叩き込んだ直後は必ず動きが止まる。その瞬間を捕らえるために拳が叩き込まれる直前、理空は残り
『相互移動』発動。狙いは左肩から左足。身体ごと心臓を真っ二つにしにいく。
───────しかし。
「.........惜しかったのう」
一メートル程星露が後退している。制服が裂けた左肩から腹まで血が流れているが浅い。手首の骨を自分で折って脱出したようだ。
そして、もう理空には星辰力がない。《
だが例外もある。
星辰力の総量が乏しい者の中でも稀に働く逆のメカニズムが。理空はその特異体質を使いこなせる。
相手の星辰力が空になるのを目の前で見て警戒が緩む瞬間。
(.......これを待ってたんだよ!)
星辰力の超回復。当然、能力が使える。
「これは........⁉︎」
「死、ね”ッ!」
鮮血と肉片が飛び散る。『相互移動』で削られたものだ。かなり近い座標にしたためだろう。
(どっちだ......?)
斃せたか、否か。これで斃せなかった時のことは考えていない。
制服の左半分が赤く染まった星露の身体が仰け反りそのまま倒れ、なかった。
一瞬頭が真っ白になる。これでも斃しきれなかったのか、と。相当な深傷のようだがそんなこと理空には関係がない。
星露がゆったりとこちらへ歩いてくる。途中で右手を拳に変える。
すぐに頭を切り替える。腕を上げたいが力が入らない。ゆっくりと小さな拳が向かってくる。
コツン、と顎が揺れた直後に膝が崩れ落ちる。普段であれば多少足の力が抜ける程度のものだが、今の理空が倒れるには充分なものだ。
そのまま仰向けに倒れた。敗北、である。
ここからもし星露が自分にトドメを刺そうとしたとしても何もできない。何せもう会話もままならないのだから。
目の前の化け物の気まぐれ次第でいまから死ぬことになる。だというのに精神が落ち着いている自分に驚く。
結局、自分は死にたいわけでも生きたいわけでもない、ということだ。
「いやはや......随分と無茶をするのう」
興奮しているのかと思いきや意外にもかなり真面目な表情だ。やれやれ、とでも言いたげな気がする。
「先日、同じ体質を持った者と手合わせしていなかったら最後の一撃は決まっていたかもしれんのう」
この体質を持つ人間はかなり珍しい。十中八九美奈兎だろう。どういうつながりかは全くわからないが知り合っているらしい。そういえばルサールカとの勝負はどうなったのだろうか。
「ぬしのその体質は使えば使うほど命を削っていくものじゃぞ?」
(.......だろうな)
予想はついていた。何度も何度も試行錯誤しているうちに何らかの副作用があるのではないか、と。ヒルダの見解とも一致している。だが、どのみちもう遅い。既に数え切れないほどこの体質を使っているのだから。
「ふむ。知っておったという顔じゃな。これほど儂を追い詰めたことといい.......ますます面白い。ぬしに稽古をつけるのも吝かではないと思っておるほどじゃ」
「........」
「むう........」
口にはしていないが迷惑そうな視線と表情が答えだ。
そんなもの最初から願い下げだ。強くなろうとしているわけでもなりたいわけでもない。何より強くなりきってから喰らおうという考えが見え見えだ。この化け物とは関わりたくない。今回ここまで善戦できたのも理空の能力や戦い方が知られていなかったからだ。
「ぬしと体術で対抗できるのも儂の弟子の中では
「.......?」
何のことか見当がつきそうでつかない。こんなことをわざわざ言う意図もわからないが、先程みせた表情などを見てもただ単に強い者と闘いたいだけでもなさそうだった。
一種の悟りすら感じる。見た目は完全に童女だが。
言うことを言って気が済んだのか、星露は異空間を解除する。視界に映る明るい空(?)が暗い景色へと変わっていく。理空が元いた場所ではない。再開発エリアの廃ビルの中だ。具体的な位置まではわからない。
(...いや、どこだよここ)
視界が廃ビルの天井で埋まるのを最後に理空の意識が暗転した。
*
────────見事。
目の前で気を失った人間を素直に賞賛した。
ここまで追い詰められたのはこの六花来て以来初めてだ。
千年以上の経験の中で理空以上の逸材がいなかったかと言われればそうではない。現に今の六花にもオーフェリアやヘルガがいるのだから。
玉か石かと言われれば玉だ。しかし理空の能力はオーフェリアほど強大なものではないし、理空自身は星露のように最強ではない。
それでも正面戦闘に拘らずに搦め手を上手く使えば最強をも喰らい得る奇石のような一面もある。本人はもう通用しない思っているようだが仮にまた自分が理空を襲っても何らかの手は打ってくるだろう。少なくとも例の空間転移を繰り返し使用されたら梃子摺ることは間違いない。
みっちり修行をつけたいが残念ながらヘルガ同様嫌われてしまったらしい。
もうしばらくこの余韻に浸っていたいが知人との約束の時間が来ている。理空を治療院へ飛ばしてこの傷を幻影で覆い隠す。
見慣れた赤い髪に兎の耳のような形のカチューシャをした少女が現れる。
「ゴメン星露ちゃん、少し遅れちゃって……」
「もう、美奈兎さん!置いていかないでくださいまし!」
「まあまあ。ソフィア先輩落ち着いて」
「おお、ようやく来たかえ。汝等」
チーム赫夜のメンバーも続いて来る。
この奇石達も着々と力をつけてきている。才能が開花する瞬間というものは何度見ても面白い。
「むぅ........」
不覚にも頬が緩みかけてしまう。あの
自分は常に置いていかれる側。そんなことはとっくに受け入れているのだから。
理空の過去編欲しい?
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欲しい
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いらないから話を進めろ